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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:美咲の選択6

 美咲は目を丸くして目前の光景を見つめていた。

 視線の先には、真新しい破城槌と投石器、攻城櫓が一つずつ揃っている。


「いやあ、やっぱり人数が多いと作るのが楽で良いですね」


 どこか自慢げに、システリートが言った。

 これらはシステリートと騎士団、『暁の腕』、『喰らい付く牙』の工作班が協力して作り上げたものだ。

 システリートは攻城兵器の使い方だけでなく、作り方についても豊富な知識を持っていて、他の専門家に負けず劣らずの知識量だった。それだけでなく、作業もディアナの調整のおかげでまるで長年携わっていたかのように正確で早く、予定時間よりもかなり繰り上がって作業は完了した。

 あまりに作業が進んだため、工作班の多くの人員が、システリートを褒め称えたほどだ。早いだけでなく、システリートが作り上げた攻城兵器についても言うことなしの性能なのだから、当然である。

 作り始めてから作り終わるまで一レンディアほどしか掛かっていない。つまり二時間とちょっとだ。木を切り、加工し、組み立てる。言うだけなら簡単だが、いざ作業をするとなると多くの手間が掛かるのは言うまでもないのに、早い。

 ここまで作業がスムーズに進んだのは、魔法の存在も大きい。魔法を使えば、重い木材も楽々運べるし、木を切るのも斧で地道に切るより遥かに早い。まともに戦っても人類が魔族に勝てないわけである。


「おっきいねー」


 初めて攻城兵器を見るミーヤは、目を丸くして見上げていた。


 子どもであるミーヤに戦争に接する機会など無いのだから当然の反応だ。というか、無いほうがいい。

 ミーヤはヴェリートからラーダンに落ち延びてきた身だが、当然思うところはあるのだろう。

 攻城兵器からすぐ目を逸らして、遠くに見えるヴェリートの城壁を見つめた。

 その表情は硬い。


「……もうすぐ、ミーヤちゃんの故郷を取り返せるよ」


 美咲がミーヤに笑いかけると、ミーヤはくしゃりと笑った。


「うん。パパ、いるかなぁ。ママもいるかなぁ。ラーダンには居なかったし、帰ってるかもしれないよね」


 両親の身を案じるミーヤは、言っている本人ださえも、その可能性が低いことを悟っているようだった。ミーヤの父親はともかく、ミーヤの母親はミーヤと一緒に逃げて、途中でミーヤを逃がすために略奪や奴隷狩りをする魔族たちの目を逸らそうと自ら囮になったのだ。

 その生死は不明だし、最悪ただ死んでいるよりも、よほど酷い状態になっている可能性もある。そしてそのことすら、ミーヤは覚悟しているのかもしれない。


「いるよ。きっといるよ。生きて、ミーヤちゃんのことを待ってるよ」


 そう信じることしか、美咲には出来なかった。

 ルフィミアの死を告げられても、美咲は諦め切れない。可能性がほとんど無いことは分かっている。最後に戦った本人が言っていたのだから。でもせめて、ルアンのように、その死体を見せ付けられるまでは、希望を捨てられない。もしかすると、それは、ただ絶望することよりも、辛いことなのかもしれない。それでも、美咲は、信じたいのだ。


(この世界は、辛いことばかり。でも、こんな小さな子にまで、不条理が降りかかって欲しくない)


 きゅっと、ミーヤが美咲の外套の袖を掴んできた。気付いた美咲は手を回して、ミーヤを外套の内側に招き入れる。

 準備を終えた騎士団や傭兵団たちが、密集隊形を組んで攻城兵器を運んでいく。

 ヴェリート側からも激しい抵抗があると思われたが、妨害らしい妨害はなく、攻城櫓は容易くヴェリートの外壁に取り付けられてしまった。


「……アリシャさん。妙じゃありませんか」


「そうだね。街の中の動きが感じられない」


 簡単に進み過ぎる現状に違和感を感じて美咲がアリシャに相談すると、アリシャは頷いて同意した。

 静か過ぎるヴェリートは、一種の異様さを感じさせる。まるで獲物が近付いてくるのを息を殺して待っているようにも見える。


「向こうも同じことを感じたみたいよ。乗り込む前に先に投石器で投石して様子を見ているみたい」


 ミリアンの言う通り、投石器に石がセットされ、大きく弧を描いてヴェリート内に投げ入れられていった。

 どこか遠くで石が何かに当たる破壊音がした。それ以外に物音はなく、ヴェリートの中は相変わらず静まり返っている。


「いまさらかもしれませんけど、あんなもの放って大丈夫なんですかね。街の人とか、いるんじゃないですか?」


「どうだろうね。一度魔族に占拠されたからな。中はどうなっているか……。美咲も今のうちに覚悟しておいた方がいいぞ」


 意味有り気なアリシャの言葉に、美咲が疑問を覚えて聞き返そうとした時だった。

 反応の無い街の様子に、とうとう直接突入して確かめてみることに決めたのか、騎士団や傭兵団の人員たちが慌しく動き始める。


「美咲様。突入が始まりました」


「え! もう!? ミーヤちゃん、行くよ!」


 ディアナに報告され、美咲は慌ててミーヤを連れて駆け出す。

 ヴェリート市街は道が細く、美咲たちの馬車は街中までは乗り入れられない。だから、馬車は街の外に止め、徒歩で行く。


「おう、嬢ちゃん。お先させてもらってるぜ」


「様子が妙ですが、ここで様子見していてもらちが明きません」


 『暁の腕』団長グオエアルと、『喰らい付く牙』団長ウリバテスの二人が、美咲を出迎える。どうやら彼らの傭兵団員が、攻城櫓から突入を開始したようだった。

 突入した傭兵団員たちは、後続を招き入れるためにまずは城門の開放を行った。

 目の前で、ヴェリートの城門が開かれていく。


「よし、俺たちも突入するぞ」


「出遅れてはなりませんよ」


 その場に残っていたそれぞれの団員を引き連れ、ヴオテアルとウリバテスが城門を潜り抜けてヴェリートの市街へと入っていった。

 まるで、開け放たれた門が、美咲には何かの顎門のように見えた。

 あっさり事が運び過ぎて、何だか嫌な予感がする。


「私たちも行きましょう」


 セザリーに促され、美咲は我に帰った。


「何だか、ミーヤ、怖い……」


 自分でも理由が分からなさそうに、ミーヤは美咲の背後に隠れた。


「皆、注意だけは切らさないようにして。どうも様子がおかしいわ。杞憂かもしれないけど、警戒しておこう」


 『美咲の剣』に所属しているメンバーに注意を促し、美咲はヴェリート市街に入った。



■ □ ■



 歩けば歩くほど、美咲の頭の中で違和感が膨れ上がっていく。

 美咲に同行するテナとイルマも怪訝な表情だ。


「……誰も見当たらないわね」


「ちょっと変ですぅ」


 がらんとしている市街で動いているのは、そのどれもが騎士団や傭兵団の人員らしき者たちばかりだ。

 彼らは住居の中に踏み込んでは、中から金品を持ち出しているようだ。


「おい、人っ子一人いねえぞ。どうなってやがる」


「こっちの家はかまどに火が入ったままだった。まるでついさっきまで誰かいたみたいだ」


 団員同士が話しているのを聞きつつ、美咲は周りを見回す。

 いくつかの住居が投石の直撃を受けたらしく破壊されているものの、それ以外はいたって綺麗なものだ。

 ところどころに風化した赤茶色の染みが残っているのは、もしかして、前回のヴェリート陥落時の名残なのだろうか。

 さっきまで日が差していたのに気付けば天候まで変わっていて、青空に代わってどんよりとした曇天が広がっている。

 逃げ込んでいるはずの魔族兵も、元々いたヴェリートの住民も、一人たりとも見当たらない。


「ところで、あの人たち何やってるの。火事場泥棒じゃない。フランツさんたちまで一緒になって」


 美咲は呆れた表情で、住居に侵入してはまるで競争するかのように金品を取ってくる騎士団や傭兵団の面々を眺めた。

 もし住民が残っていれば、抵抗に遭って大騒ぎになっていただろう。

 この場合、住民が誰も居ないというのは幸と不幸のどちらなのだろうか。


「あの傭兵たち、随分と手馴れているみたい。騎士たちもそう。傭兵ほどじゃないけど、今日初めてやるような手際じゃない」


 一歩引いて観察していたペローネが、ぽつりと言う。


「仕方ないんじゃありませんの? 略奪は勝者の権利ですし、今更私たちが何を言ったところで、止めはしないでしょう」


 思いの他の冷静な態度で、イルシャーナは事態を見守っている。

 彼女の目は不愉快そうに細められているが、略奪自体を否定するつもりはないようだった。


「それよりも、抵抗らしい抵抗が無かったことの方がボクは気になるな。逃げ込んだはずの魔族兵たちはどこに行ったんだろう」


 マリスも少し不安があるのか、その両手は無意識に双剣の柄に添えられている。

 時折神経質に回りを見回すその様子は、確かに警戒心の表れを示している。


「私たちはどうしましょうか。彼らのように、家捜しでもしてみますか?」


 ミシェーラが美咲に指示を求めてきた。

 確かに、このまま突っ立っていても仕方ないので、何か行動に移したほうがいい。

 とはいえ、美咲は他の傭兵たちのように、略奪を行うのは躊躇われた。美咲の中で、現代で培った価値観は未だに息衝いているのだ。物心付いてから、召喚されるまでずっと育まれてきた価値観である。そう簡単に捨てられるものではない。


「略奪はしない。あいつらと同じにはなりたくないもの」


 吐き捨てるように言った美咲に、ミリアンが目を丸くし、アリシャがくっと笑いを堪えるような声を上げた。


「……何ですか、その反応は」


 笑われたことに気付き、美咲はアリシャにむっとした表情を向けた。


「いや、悪い。若いって良いな。なあ、ミリアン?」


「ちょ、私に話振らないでよ」


 ミリアンが困った表情でアリシャに文句を言う。

 システリートがいたずらっぽく美咲に笑った。


「ご主人さま。アリシャさんとミリアンさんが報酬求めてこなくて良かったですね。求められてたら、略奪を許可せざるを得ませんでしたよ」


「えっ」


 びっくりして美咲はシステリートを振り返った。


「えっと、その……アリシャさんたちは、略奪、したいんですか?」


 不安そうな表情を浮かべて、美咲がアリシャとミリアンを見上げて問う。


「いや、今のあたしらは報酬を求めて参加しているわけじゃないからな。誰かがやりたいなら止めはしないが、率先してやろうとは思わんよ」


「ですって。良かったわね、美咲ちゃん。私たち、正規の方法で雇おうと思ったら、とてつもなく高いのよ? 具体的な金額聞きたい?」


 澄ました表情のアリシャと、ニヤニヤ笑いながら美咲に尋ねてくるミリアンに、美咲は無言で首を横に振った。きっと金貨が当たり前で、目玉が飛び出るような枚数を聞かされるのだろう。そう予想できる程度には、美咲はも学習してきている。


「主様。お城まで偵察してきましょうか」


 ニーチェの申し出に、美咲は有難く頷いた。

 何が起こるか分からない今、警戒はしておくに越したことはない。


「ええ、お願い。でも、危ないと思ったらすぐに戻ってくるのよ」


「ありがとうございます。では、しばしお待ちを」


 己の身を案じてくれる美咲に、ニーチェは口角を僅かに持ち上げて微笑むと、素早く駆け出していった。相変わらず身のこなしは軽やかで、足が速いニーチェの姿はあっという間に見えなくなる。

 少しして戻ってきたニーチェから、美咲は報告を聞いた。


「城までの道には敵影なし。付近一帯には敵は居ないようです」


 どうやら予想通り、もぬけの殻なのは同じらしい。


「いるとするなら、城かしらね」


「その可能性は高いと思います」


 一人ごちる美咲に、ニーチェが相槌を打つ。


「よし、じゃあ早速行ってみようぜ。他の奴らも略奪しながらしっかり街の重要拠点は制圧してるだろうし、……してるよな?」


 最後不安になったのか、若干心配そうな表情で、ドーラニアが遠くに視線を向けた。

 ドーラニアはある程度略奪に理解があるのか、略奪そのものにはそれほど嫌悪感を示していない。

 そうして、美咲たちは先に進んだ。


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