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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:美咲の選択5

 美咲にどこまでも同行することを決めている者たちがいる一方で、あくまで自分たちの命と危険度を得る物と一緒に天秤に掛けて決めた者たちもいる。


「俺たちは元々手助けしただけで、戦争については門外漢だからな。どんな決定であれ、報酬を貰う以上はとりあえず従うさ。あまりにも酷い命令だったら逃げさせてもらうがね」


 奇縁でなんやかんや美咲と仲良くなったタティマが、砕けた調子で美咲に言う。

 まあ、彼の意見は至極当然だろう。彼らは、美咲に従う女たちとは違う。助けられはしたものの、必要以上の恩義を感じることはなく、線引きはきっちりとしている。

 美咲にとっても、そのことに不満はない。下手に美咲のためにと気負って戦われるよりも、彼らのように目的が美咲のためでないことがはっきりしている方が、気が楽だ。

 そもそも、美咲が彼らを助けたことは、先ほどの戦いできちんと清算されている。

 未だに協力してくれているのは、彼らの好意によるもので、それを当然と思うのは間違いだろう。


「元々が冒険者な俺たちには、戦争で金以上に命を賭ける義理なんてねぇ。今だって、仲間の顔を立ててるから参加してるんだぞ」


 凶悪な面構えのミシェルが、髭まみれの顔を歪ませて笑った。

 思い切り悪人面だが、こう見えて意外に善人であることを美咲は知っている。まあもっとも、善人の前に「比較的」という言葉がつくのだが。初見で彼らにイカサマ賭博で有り金を巻き上げられそうになったことを、密かに美咲は根に持っている。世間知らずだった美咲も悪いといえば悪いが、やはり一番悪いのは人を騙す側だ。

 あと本当に顔が怖い。


「まあ、そういうことだよ。代金分の働きはするから、そこは心配しなくてもいいさ」


 ミシェルの肩を気安く叩きながら、ベクラムが快活に笑った。

 強面で犯罪の一つや二つ犯していそうなミシェルと、甘いマスクで貴公子のように整った容姿のベクラムが仲が良いのだから、人間関係というものは奥が深いと美咲は思う。

 弓の名手であり、セザリーたちを含めても群を抜いて弓の扱いに長けているベクラムは、先の戦いでも弓兵として多いに活躍した。その弓の腕は、セザリーたちを抜いて、アリシャの域に迫るかもしれない。アリシャが弓を使うところを一度だけだが見たことのある美咲は、アリシャの弓の腕が尋常でないことを知っている。だから、アリシャに懐いている美咲は、個人的にはアリシャが一番だったら嬉しいなと思っていた。


「第一、あっしらに軍隊行動なんて向いてないでやんす」


 目を細め、キヒヒとモットレーが笑った。一見すると小ずるそうな小男だが、やはり根は悪い人間ではない。そもそも完全な善人など存在しないし、同じように完全な悪人も居ない。悪心と善心が混在してこそ人間だ。そして、悪心は善心でコントロールされるべきである。

 そういった意味では、彼ら冒険者パーティはとてもそれらしいといえる。完全な悪人ではないが、他人の命よりも自らの保身を考える程度には悪人だ。その思考は他人のために命を捨てるような行為とは無縁で、そんな彼らとは、美咲も遠慮せずに済むのでとても付き合いやすい。

 必要以上に心を許すわけにはいかないが、変に気張る必要も無い。彼らとの関係は、美咲の気を楽にしてくれる。


「そういうわけでござるから、美咲殿はやりたいようにすればいいでござるよ。拙者らはそれを支えるでござる」


 まさに武士といった格好のタゴサクが、穏やかな瞳で美咲を見つめる。

 五人の中では一番彼が美咲に入れ込んでいる。個人的に美咲のことを気に入っているのも理由としてあるだろうし、アヤメとサナコが彼にとって知り合いである可能性が極めて高くなったせいもある。

 一緒にクエストを受け、共に行動して達成した分、タゴサクは他の仲間たちよりも、美咲のことを正確に把握していた。責任感が強くて、がむしゃらで、けれど根っこには年相応の弱さが隠れている。それは欠点であると同時に美点でもあり、同じく美咲の魅力だった。

 必要以上に入れ込んでくれるのは、美咲にとって嬉しくもあり、複雑でもある。彼から貰ったものに見合うものを返せるかどうか、美咲には分からない。

 兎にも角にも選択権は美咲に委ねられたので、美咲は決断した。


「その提案、お受けいたします」


 美咲はフランツとしっかり握手を交わした。



■ □ ■



 協力することが確定したので、早速一行は作戦会議に入る。

 参加するのは、騎士団側から臨時指揮官になったフランツと、エドバ、クオルツという二名の騎士だ。この二人はフランツの同僚で、特にエドバは美咲に対して指揮下に入るよう強要しようとした騎士だ。女で、しかも傭兵である美咲を下に見ているのか、その視線はあまり好意的ではない。

 美咲にとって、フランツが人格的に好青年であったことが幸いした。もしフランツが指揮官になっていなければ、またはフランツが美咲を見下して敵対的な態度を取っていたら、ここまで協力的な関係は気付けなかっただろう。

 傭兵団側からは、『美咲の剣』団長である美咲と(紹介された時点で美咲は恥ずかしくて悶絶した)、『暁の腕』団長のグオテアル、『喰らい付く牙』団長ウリバネス、あとは傭兵ではないが、冒険者パーティのリーダーであるタティマと、その名声の高さから参加を求められたアリシャとミリアンが加わっている。

 『暁の腕』と『喰らい付く牙』は、それ自体が名の通った傭兵団であり、美咲が率いる傭兵団とは規模が違う。その動員人数は、普通の傭兵団と比べても群を抜いている。

 また、騎士たちも人族という種の存亡をかけた異種族との戦いであることもあり、ベルアニア国外からも多くの騎士たちが集まり、人数が膨れ上がっている。忘れてはいけない。騎士団は『ベルアニア騎士団』ではなく、『人族連合騎士団』なのだ。


「まずは前提条件を整理しましょう。我々騎士団が動かせる総兵力は、騎士が五百に兵士が千の計千五百です。傭兵の皆様方の内訳はどのようになっていますか?」


「『暁の腕』は二百だな。本当はもっと居たんだが、半分くらい逃げちまったまま返ってこねぇ。だが、その分もう一度集まってきた奴らの胆力と腕については保証するぜ」


 精悍な顔立ちに切り傷の痕を無数に残す筋骨逞しい男が、一番にフランツに答えた。

 歳は三十は回っているだろうが、四十には届いていまい。若々しい風貌だが、その目には年齢に似合わぬ落ち着きが窺える。


「にしても、こんな嬢ちゃんばかりがほとんどのぽっと出の傭兵団が、魔族軍を追い払うとはなぁ。どんな魔法を使ったんだ?」


 からかうように口にしながらも、グオテアルの目は探るように美咲を眺め回している。内心、どんな手段を使ったのか知りたくてたまらないのだろう。

 何しろ、美咲の傭兵団は総数がたった二十三人の、零細傭兵団だ。協力してくれているタティマたちを含めても、二十八人。三十人にすら届かない。実際には魔物なども参加するのである程度差は埋まるものの、それでも少ないことに変わりは無い。何しろ『暁の腕』は減った上で二百人もいるのだ。


「僕たちは三百人くらいまでなら動員できますよ。一度は離散しても、勝機には敏感ですからね。全員戻ってきましたよ」


 柔らかな物腰で、『喰らい付く牙』の団長が答える。

 いかにも傭兵のような『暁の腕』団長グオテアルとは違って、『喰らい付く牙』団長のウリバネスは理知的な雰囲気を纏っている。服装も、最低限の防具こそつけているが、いかにも戦士という風体のグオテアルと違い、極めて軽装だ。『喰らい付く牙』の団員も、『暁の腕』がグオテアルと同じような男戦士ばかりであるのに比べ、鎧姿だったりローブを纏っている者がいたりと、種類が豊富だ。ただ、ほとんどが男で女は数えるほどしかいない。『暁の腕』にいたっては、男しかいない。

 ウリバネスが説明を終えると、フランツ、エドバ、クオルツの騎士団組とグオテアル、ウリバテスの傭兵組が揃って美咲を見てきた。


(こ、この流れで発言するの……?)


 緊張でカチコチになりながら、美咲は口を開く。


「えっと、『美咲の剣』団長の美咲です。立ち上げたばかりで、全員で二十八名います。まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします」


 つい癖でぺこりと頭を下げた美咲は、お辞儀が通じないことを思い出してハッとなった。顔を上げた美咲は、彼らの瞳が爛々と輝いているのを見て、思わず仰け反った。


(も、もしかして、勝手にタティマさんたちで人数水増ししたのがいけなかった? でも、タティマさんたちは今は私の傭兵団に身を寄せてるんだし、間違いないわよね?)


「マジかよ。少ないとは聞いてたが、そこまで少ないのか……。おい、欠員が出たらどうするつもりなんだ?」


「もしかして、後方支援が専門なのかい? 今回の戦争でも、後方に位置していたようだし……」


 グオテアル、ウリバテスがそれぞれ疑問を視線に乗せて飛ばしてくる。


「すまんが、質問はまたの機会にしてくれ。今は方針を決めないと。時間を無駄にはできないことくらい、お前たちも分かってるだろ?」


「そうよぉ。それに人数が少ないのは、私たちが所属してるからよぉ。どんな傭兵団だって、私たちを抱えようと思ったら、これくらいの数にまで団員を減らすことになるわよぉ。私たち、高いもの」


 美咲を庇うアリシャの横で、当たり前のように告げるミリアンの台詞に、美咲はぎょっとした。

 アリシャとミリアンを傭兵団に引き入れるのには、本当は金がいるのだろうか。どう記憶を思い返してみても、美咲は二人が入団するに当たって、金銭を支払った記憶はない。アリシャには美咲の元の世界の持ち物を渡したけれど、あれは美咲を鍛えてもらう依頼料代わりだったはず。


(ど、どうしよう。私、アリシャさんとミリアンさんにただ働きさせようとしてた!?)


「なるほど、そりゃそうだな」


「確かに、お二方ほどの実力者を養うとなると、大集団を維持するのは不可能ですね。どちらか一人ならともかく」


 真っ青になる美咲を他所に、ミリアンの言葉を聞いたグオテアル、ウリバテスの二人が、何か勝手に納得している。


「気にするな。傭兵の報酬なんて、本当は大部分が現地調達だからな」


「はい?」


 何やらアリシャが聞き捨てなら無いことを言った気がした美咲は、びっくりしてアリシャを見上げる。

 どういうことか尋ねようとした美咲だったが、フランツの声に意識を逸らされた。


「とりあえず、街攻めということで、全軍で突撃して、中に入り込んで門を開け、中になだれ込むということでよろしいですか?」


「破城槌と攻城櫓がいるな」


「投石器もあると助かりますね。魔法使いだけでは弾幕の量が足りません」


 フランツの言葉に、グオテアルとウリバテスが次々に必要な攻城兵器を上げていく。


「えっと、私の馬車にも小型ですけど弩がありますから、多少は攻城の役に立つと思います」


 美咲も発言すると、傭兵団長の二人が反応した。


「ああ、あの装甲馬車が、すげぇよな、あれは。なかなかあるもんじゃないぜ」


「確かに。そのまま攻城兵器としても使えそうですよね」


 やはり戦争のプロのグオテアルとウリバテスの目から見ても、装甲馬車は普通の馬車と比べて群を抜いているらしい。

 話し合いの末、時間の問題もあるので、最低限の攻城兵器だけ作成して、相手の篭城準備が整わないうちに仕掛けることに決まった。


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