十七日目:美咲の選択4
ヴェリートを攻めるために戦力が欲しい美咲たちにとって、フランツの協力は願ってもない申し出だが、他の騎士たちの反応を見ると、露骨に嫌悪が浮かんでいて、傭兵団の指揮下に入るのを嫌がっているのがよく分かる。
「連合、ですか?」
きょとんとした美咲に、フランツは己の考えを説明した。
「ええ。私と美咲殿で方針を決め、それぞれの部下に伝達するのです。本隊は私たち騎士団が勤め、美咲殿には傭兵団を、そのまま別働隊として率いていただきたい。人数が少なくても、一騎当千の猛者が揃っているようですから、できることは多いはずです」
フランツは、騎士たちの心情もきちんと理解しているようだ。指揮権を一本化するのではなく、自分と美咲を同位に置いて、あくまで独立させたまま協力体制という形を取ることにしたらしい。
騎士と傭兵の仲が悪いことを考えれば、確かにその方が現実的だろう。本来なら指揮権を一本化させないのは愚作だが、今回のようにあまり時間が無く、すぐに行動しなければいけないような場合は仕方ない。
自分だけで決めるべきことではないと思った美咲は、仲間たちに問いかけた。
「えっと、他の皆はそれでいい?」
先に美咲と一緒に会話に参加していたディアナ、セザリー、テナ、イルマ、システリートの五人が顔を見合わせ、何かを確認するかのように頷き合うと、代表してディアナが口を開く。
「私たちは構いません。美咲様の決定に従います」
年上から同年代、年下までさまざまな女性たちに敬われる美咲は、騎士たちから訝しげな視線を、兵士たちからは奇異の目を向けられ、苦笑した。
そもそも年端もいかない少女が団長をしている傭兵団からして、普通ではないことは自覚している。
「あたしもそれでいいよ」
騎士や兵士たちに流し目を送りながら、ペローネが頷いた。
そこに居るだけで色気を漂わせているペローネが意味ありげに微笑むと、騎士たちや兵士たちの中から、頬を染める者が現れる。
匂い立つ女の香りにやられたのだ。
ひそひそと、「あれは誰だ」「娼婦なのか」「髪が短いぞ」などと、囁き声が上がった。
呆れた表情で、美咲がペローネを見る。
彼らをからかったらしいペローネは小さく舌を出した。
「宜しいですわよ。騎士団の皆様方にわたくしの槍捌きを華麗に見せ付けてやりますわ」
己の愛槍、『加速』の槍をくるくると器用に片手で回し刃先を空に向け石突を大地叩き付けたイルシャーナが、戦意を漲らせて宣言した。
立派にカールを描いた縦ロールと、イルシャーナの猫のような勝気な釣り目が、彼女にまさしく勇敢な姫騎士の如き威厳を与えている。
だがモンスターに捕まったら「くっ、殺しなさい!」という台詞が誰よりも似合いそうな風体でもあった。
イルシャーナが元々貴族だったかどうかは調整記録のみが知ることだが、貴族であったとしてもおかしくない気品がある。
現に、ペローネを見ても動じなかった何人かの騎士が、イルシャーナを見ておお、と感嘆の声を上げた。
比較的若い騎士にその傾向が多く、年配の騎士はほとんど反応を向けていない。さすがに洗練されている。
「いいんじゃない? 建設的な話ができるなら」
マリスも特に不満はないらしく、腰に手を当てて美咲の決定に従う旨の発言をした。
それでも腰に当てた手のすぐ下には双剣の柄があり、マリスがその気になれば、すぐに抜き放てる状態だ。
見た目は物静かで、少女らしさも垣間見えるマリスは、見た目に反して割と喧嘩っ早いし、気が強い。
比較的仲がいいイルシャーナに対しても、物怖じせずに容赦なく毒を吐く。
それでも嫌われないのは、世渡り上手なのか、それともイルシャーナに度量が備わっているのか。
見た目は快活な少女双剣士であるマリスに、何人かの視線が向けられる。
視線に気付いてその出元を辿って、男たちに行き着いたマリスは、彼らに向けて満面の笑みを浮かべて小さく手を振った。
釣られた男たちの何人かが、締まりの無い笑みを浮かべて手を振り返す。
彼らは知らない。いざ美咲のために戦うとなれば、マリスはその微笑のまま、微笑みを向けた相手に斬り掛かるのだ。
「賛成よ」
特に反対する理由も思いつかず、ミシェーラは素直に美咲に従うことにした。
ミシェーラも臨時に編成した奇襲部隊を率いて敵本陣に乗り込んだ経験から、数の大事さは身に染みている。
あの奇襲も、アンネルの幻術に敵兵が騙されたままでなければ失敗していたことは確実だ。失敗だけならまだいい。多勢に無勢で、大勢を整えられていたら勝ち目はなかった。ミシェーラたちの全滅も有り得ただろう。美咲のためなら死を厭わぬ覚悟を持つミシェーラも、さすがに犬死にはごめんだ。
色気たっぷりな人妻のような肢体は程よく肉がついてむっちりとしている。細過ぎず太過ぎず、ちょうどいい塩梅だ。もし彼女を妻に迎えた男が居たならば、彼の夜の生活はとても充実したものになっていただろう。というか、ミシェーラに僅かに残る記憶と、調整記録に書かれていた情報で、夫がいたであろうことは分かっている。今はミシェーラの夫を探すどころではないし、ミシェーラも夫との思い出どころか顔も名前も縁の場所も全て失い、夫への興味を失っている状態なので、探す手段も暇もないけれども。
「ニーチェは大丈夫です」
真っ直ぐ背筋を伸ばし、ニーチェが敬礼をする。
左即頭部に纏めたお団子から垂れる銀髪が、その拍子に揺れた。
一行の中ではまだ幼いニーチェは、早くも傭兵団の中でなくてはならない地位を手に入れている。自慢の俊足を生かした伝令係と、斥候だ。
暗器使いという特性上、遭遇戦や、狭所での戦闘に秀でており、特に初見での殺し合いは十八番中の十八番といえる。
肉体の保護機能を取り払われている面子の中では比較的非力な方なので、正面からの力押しには意外に弱いところもあるものの、そういうごり押し系は逆に暗器で罠に嵌め易いので、同時に狩り易い獲物でもある。
一見するとクールな美少女であるニーチェだが、その中身はしゃべり方が特徴的だったり、ノリが良かったり、ちょっと変人ともいえる性格をしている。もちろんそんな性格は深く付き合わないと見えてこないので、男たちは表面上はクールなニーチェの姿を見て、「氷みたいな美少女だ……」とか呟いて感嘆していた。
「暴れられるんなら、あたいはどっちでもいいぜ」
脳筋の筆頭格であるドーラニアは、全ての判断を美咲にぶん投げた。
それを度量の広さと取るか、いい加減さと取るかは人それぞれだ。
豪放磊落な人柄は早々に美咲の信頼を勝ち取っており、密かに一部の女たちに妬まれたりしているが、当のドーラニア本人は気付いてすらいない。
単純で、さらに言えば戦闘馬鹿で、基本的に頭が冴えるのは戦闘に関してのみという徹底振りである。
実力は同じ境遇にある女たちよりも頭一つ図抜けていて、アリシャとミリアンを除けば、ドーラニアと互角に戦えるのはアヤメしかいない。
敵本陣の奇襲でも、その怪力を生かして存分に暴れ回っている。
間違いなく美人ではあるものの、全ての部品が大きく、好みは分かれるだろう。だがそ図体に反し意外に可愛いものが好きで、さらにそんな趣味は自分には似合っていないと思っているらしいが、実は結構似合う。現に、以前お嬢様のような品のある私服を来たドーラニアは、まるで白鳥になるかのような変身を遂げた。
「美咲に従うわ」
簡潔に、ユトラが意見を述べた。
ミシェーラが妖艶な人妻ならば、ユトラは理知的な研究者だ。男を知らず、興味も抱かず、ただ研究に身を捧げてきたかのようなストイックな見た目をしている。
だが意外や意外、その身体はミシェーラに負けず劣らず魅力に溢れており、自覚しているミシェーラとは違って、ユトラには無自覚な色気がある。
きっちりと結い上げられた群青色の艶やかな髪は彼女の性格の冷徹さを色彩でよく表していて、それでいて目の下の泣き黒子や、剥き出しになったうなじが、無防備に女であることを主張している。
男たちの中から、誰かがごくりと唾を飲む気配がした。
「姉さまの決定なら、どんな決定でも賛成よ!」
格好だけ見れば、一番真っ当な騎士らしい見た目のラピが、片手剣と大型の盾を携え意見を表明した。
精一杯威厳があるように見せようとしているが、逆に硬くなり過ぎて完全に背伸びする子どもにしか見えなくなっている。
だがその見た目は、一種のフェイクだ。少女そのものな見た目に反し、ラピの防御戦術は鉄壁で、盾の扱いも本職である騎士たちに全く引けを取らない。
魔族兵との戦いでは、敵の攻撃を盾で的確に捌き、味方を庇って活躍した。
ラピの場合、派手に活躍するよりも、堅実な働きを見せる方が、傭兵団全体としては安定しているといえるだろう。
性格的には意外に子どもっぽいところもあり、こうと決めたらてこでも動かない融通の利かなさを見せるが、その一方で美咲の決定にはころっと態度を変えて従ったりする。
現に今も、騎士たちに対して密かに怒りを露にしていたが、美咲が協力を決めたとたん、にこやかな笑顔で己の立ち位置を翻した。
「食べ物くれる人にレトワはついていくよ!」
己の欲求に忠実かつ正直なレトワは、やはり発言も問題だった。
いつも腹を空かしているレトワは食欲が有り余っていて、自制心とか道徳心とか、常識とか、色々なものが全て食欲に飲み込まれてしまっている。
食欲に支配された少女と書くとすごく深刻そうだが、その実態はただの度を越した腹ペコ少女である。
まあ、たまに幼児退行を起こしているんじゃないかと美咲が疑うかのような、酷いだだのこね方をすることもある。これでも高校生である美咲と同い年なのだが、精神年齢の差は歴然としており、同年代や年上よりも年下と気が合うらしい。
戦闘における戦い方は直情的な性格に反してテクニカルで、どちらかというとマリスと戦闘スタイルが似通っている。だが、獲物が二本の片手鎌である分、マリスよりもレトワの戦い方はトリッキーだ。
ちなみに今は片手鎌だが、本人が言うには大鎌も得意らしい。鎌自体が形状的にはあまり戦いに向いていないロマン溢れる武器だが、そんなものでもレトワが使うとたちまち優秀な武器と化す。
「……知らない人に食べ物もらってついていかないようにね、レトワ。あ、私もいいよそれで」
レトワの台詞に一抹の不安を覚えて、念のために注意するのはアンネルだ。
アンネル自身も色々問題のある少女だが、そのアンネルにも、レトワの言動は危なく思えるらしい。まあ、レトワは明らかに食べ物で釣られそうな発言をしているので仕方ないかもしれない。というか、実際釣られそうだ。
そんなアンネル自身の問題は、やはりどこでも寝たがることだろう。
病気というわけではなく、アンネルが単に度を越した睡眠愛好家というだけで、その気になれば起きていることは不可能ではないはずだし、実際緊急事態では全く寝ないで起きているので、間違いなく睡眠時間を増やす必要はないはずなのだが、アンネルは隙を見れば寝ようとする。行儀よく馬車の中で寝ている時もあれば、馬車の狭いスペースに蹲って寝ていることもある。酷い時には、立ったまま寝る。さらに酷くなると、目を開けたまま寝る。さすがにこの頃になると、美咲が怒るので、ここまで寝倒すことはあまりない。
戦闘は得意ではないが、全く不得意というわけでもない。ディアナに仕込まれたスリングの腕前は確かで、ほぼ狙った場所に極めて高い精度で当てることが可能だ。弾になる石自体もそこら中で拾えるため、あまり金がかからないのも、美咲としては助かる。
そして何といっても、アンネルの一番の特色は、幻影魔法の使い手であるという点だ。何でも四分の一だけ魔族の血が流れているらしく、元から魔族語についての知識があり、助けられた後のディアナの調整で、多彩な幻影魔法を習得した。
先の戦争においての勝利は、アンネルの幻影魔法なくしては為しえなかったと言っていい。
「一応、人族軍の兵士や騎士でも、怪我したらこっちに来なさいよ。診てあげるから」
傭兵団唯一の治癒術師であるセニミスが、仲間たちだけでなく、騎士たちや兵士たちにまで声をかけた。
見たところ、セニミスの目には人族軍に自分と同じ治癒術の使い手がいるようには見えなかった。
魔法薬をありったけかき集めていたことからも、それは明らかだ。
気が強く、性格的にきついところがあるセニミスだが、それでも怪我人に対する治療方針は慈悲に満ち溢れている。
さっそく何人かの兵士たちが回りの制止を振り切ってセニミスに近寄っていき、魔法で治療を受けた。
外傷、内傷、病気問わず、呪いによるものであっても、セニミスの魔法は全ての原因を取り除き、症状を完治させた。
全回復した兵士たちは驚きの声を上げ、仲間たちにいかにセニミスの魔法が凄いかを語って聞かせる。
それを聞いて、なら自分もと次々に怪我を隠していた兵士たちがセニミスの下へ押し寄せ、その一人一人をセニミスは丁寧に治療して回った。そればかりか、最終的には騎士たちの下にも自ら赴き、頑として見せようとしなかった騎士たちの負傷を探り当て、治療を施した程である。
こういう場面において、セニミスは妥協というものをしない。戦えないからこそ、治療という分野に関して、セニミスは誰よりも強い責任感を持っている。
そんなセニミスであっても、治せないのが美咲に刻まれた死出の呪刻だった。呪刻だけではない。セニミスは、美咲に対してだけは無力なのだ。些細な病気や怪我であるなら魔法を使わずに治療することが出来るものの、大きなものになると、魔法薬に頼る以外にセニミスに出来ることはない。そしてその魔法薬も、よほど高価なものを除いて美咲に効果を及ぼさず、効きの遅い傷薬に頼らざるを得ないのが現状だ。
今も美咲は、左腕にゲオルベルに噛み付かれた傷を抱えている。治ってはいなくても血も止まって良好状態だった傷口は、無残にもブランディールに踏みにじられて再び開いてしまっている。
「……美咲も腕、出して。血が垂れてる。傷口開いちゃってるでしょ」
「あ、ごめん。思い出したら痛くなってきた。セニミスお願い早く痛い痛い」
平然としていた美咲は、指摘されて傷の存在を自覚したらしく、とたんに情けない泣き顔でセニミスに助けを求めた。
今までは戦闘の興奮状態が抜け切っておらず、痛みを感じていなかったのだ。それがセニミスに傷の存在を指摘され、一気に興奮が冷めて同時に痛みがぶり返してきたのである。
セニミスは美咲の傷口を検分すると、すぐに馬車から水入りの皮袋と酒精が強い酒、清潔な布を持ち出し、水で丁寧に汚れを注いだ後、適当な大きさに布を裂いてたっぷりと酒を含ませ、傷口に押し当てた後、上からじゃばじゃばと酒を振りかけた。
「いたたたたたた! 染みるよ、セニミスちゃん!」
「我慢する!」
泣き言を言う美咲をピシャリと一喝し、セニミスは治療を続ける。
もっとちゃんとした道具あればいいのだが、現状はこれが限界だ。幸い傷口は綺麗だし、化膿している様子はない。この世界の薬は魔法薬ではない傷薬でも優秀なのか、それとも運よく治り易い形に傷がついたのか、外にも中にも殆ど膿は出ていない。なるべく傷口を乾かさないようにして、頻繁に乾く前に布を取り替えるようにしていけば、大丈夫だろう。
「あんまり危ないことにならなければ、私は正直どちらでも……いえ何でもありません」
美咲の傷の治療の最中、痛ましそうな目で見ていたメイリフォアは、美咲を思ってか何かを言いかけて、途中で止めた。
我が強く、良くも悪くも目立つ他の女性たちに比べ、メイリフォアは少々影が薄い。
一応女たちの中では最年長なのだが、影だけではなく威厳も薄く、どうしても地味に見られがちで、メイリフォア自身もそのことを自覚している。
容姿そのものは、他の女たちに劣っているわけではない。特徴が無いということは、逆説的に整っていると言い換えることもできるから、ある意味では優れているとさえ言えるかもしれない。
それでもメイリフォアが注目されにくいのは、突き抜けた性格が多い女たちの中では、唯一常識的な感性を持っているからだろうか。
もしかしたら、不幸属性も持っているかもしれない。いや、不幸というなら、異世界に拉致された上に魔王退治を強制されている美咲が一番不幸かもしれないが。
「私とサナコも異論は無いよ。話が纏まったようで何よりだ」
アヤメがそう報告する後ろで、サナコがコクコクと頷いている。
二人は女たちの中で唯一、身元が判明している。既に滅んでしまっているし、本人たちは過去のことを一切覚えていないから確かめる術は無いが、タゴサクが彼女たちの過去を知っていた。タゴサクが言うには、彼女たちは過去に魔族に滅ぼされたワノクニという昔の日本に似た文化を持つ国の出身らしい。まあ、そう考えたら、三人の名前が美咲にとってとても馴染みのある名前なのも、説明がつく。
サークレットのおかげで会話が通じている美咲の耳にも、彼女たちの名前はそのままの音で聞こえるのだ。翻訳サークレットは、人名などの固有名詞は訳さず、そのままの音を伝えてくる。
「どこであろうとお供しますよ。アヤメさんと美咲さんのいるところなら」
にっこり笑ったサナコは、アヤメという女侍に守られる姫のようだった。それも西洋の姫ではなく、東洋の姫だ。
今の格好こそ皆と同じ戦装束姿だが、十二単などを着たらとても似合うだろう。戦装束も、アヤメと同じ東洋風のものだ。
東洋的な美を追求したかのようなその容姿は、されど古典的に走ることもなく、美咲の目から見ても、美少女として高い水準にある。
元が姫であるからか、相応に気品も持ち合わせており、さらに現在はディアナの調整によって、戦闘者としてもそれなりの力を与えられている。
鉄扇と己の肉体を使った格闘技は、まさに美咲の知る拳法のようで、サナコが戦うさまは、まるで拳法映画のワンシーンを切り取ったかのようだった。