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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:美咲の選択2

 一部始終を目撃した美咲が、なんとも言えない表情になった。

 あれが、竜。

 ファンタジーもののフィクションで、いつも強大な存在として描かれることの多い竜が、竜と比べれば取るに足らないであろう魔物たちに、振り回されている。

 馬車自体も、バルトの重さが加わって普段より重いので、三体の河馬のような魔物であるバルガロッソが、嫌そうな顔をしている。美咲は魔物の表情が良く分かるわけではないものの、態度なども合わさると不思議と判別がつくのだ。


「……戦力としては、申し分ないはずよ、たぶん」


 自分に言い訳する美咲は、若干自信がなさそうだった。

 しばらくして残った補給物資の確認が済み、持ち主不在の馬車が一つ無事な状態で焼け残っているのを発見した。

 アリシャとミリアンの馬車も無事なことが判明したので、思ったよりも持ち運べる物資は多そうだ。


「惜しいですね。これなら、人員さえ揃えばヴェリートを攻められますのに」


 セザリーがため息をついて、補給物資を詰め込んだ馬車四台を見る。

 装甲馬車に美咲、ミーヤ、ディアナ、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコが乗り込む予定でだ。それに加え、アリシャとミリアンも本人たちの馬車が焼けてしまったので、美咲の馬車に同乗する。新たに確保した馬車には、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクが割り振られた。

 人数の違いは、馬車の大きさと、詰め込んだ補給物資の量の差だ。美咲の装甲馬車には、特にこれでもかと積んであるので、自由なスペースは僅かしかなく、ペットたちを乗せるスペースを除けば、殆どが物資で埋まっている。


「テナたちの寝る場所、無さそうに見えるんだけど、気のせい?」


 物資と魔物ですでにみっちり詰まっている装甲馬車を見て、テナが不安そうな表情になる。


「野宿になった場合私たちは野宿よ。私たちより歳下の子たちは一応、馬車の中だけど。ごめんね」


 申し訳なさそうな表情になって、美咲がテナに謝罪する。


「あ、いいのいいの! テナ野宿嫌いじゃないし!」


 美咲に負担をかけまいと、テナは元気よく明るく振舞った。


「落ちてきた物資に潰されたり、しませんよねぇ……?」


 一方でイルマは移動中に馬車の揺れなどで積んだ物資が崩れないかと心配している。


「でも、結構余ってたもんだね。金属鎧とかもあるじゃないか」


 摘んである物資を検分するペローネが、立派な全身鎧を見つけて驚いた声を上げる。


「騎士団が買い占めていたものでしょうね。おかげでわたくしたちが買えなかったのですけれど。これ、貰ったら駄目なんですの? 私たちが守らなかったら略奪に遭っていたでしょうし、のこのこ今頃戻ってきた騎士団に渡すのは、気に入りませんわ」


 露骨に物欲しげな顔になるイルシャーナは、次々とラーダンで品薄になっていた物品を探し出してきた。ペローネが見つけたのと同じ金属鎧に、剣や盾、槍といった鉄製の武器に、各種魔法薬。

 危うくこれら全てが燃え尽きるか、魔族軍の手に渡るところだった。


「ボクも騎士団に返すのは嫌だな。あいつら、今回の戦いでロクなことをしなかったじゃないか。結局魔族軍を追い返したのはボクたちだし」


 不満げな表情を隠さず、マリスが文句を口に出す。マリスの文句を、ミシェーラが窘めた。


「一応、最初は戦っていたのだから、何もしてないわけでもないでしょう」


 システリートがミシェーラに揶揄する視線を送る。


「あら。ミシェーラは騎士団の肩を持つんですか?」


 肩を竦めたミシェーラは、心外だという表情をしてみせた。


「まさか。騎士団ならそう主張して、物資の引渡しを要求する。そう思っただけよ」


 ミシェーラの言いたいことを察したシステリートは、ため息をついた。システリートの不満は騎士団へと向けられている。


「なるほど。それどころか、私たちが元々蓄えていた分まで取っていきそうですね。今までの行動から見ると、取れるところからは取れるだけ取っていくみたいですから」


 考え込んでいたニーチェが、思い切って顔を上げた。


「騎士団無しでも、ニーチェが忍び込んで城門を空けて、一気に突っ込めば何とかなりませんか?」


 ドーラニアがため息をついて否定する。


「ならんだろ。一口にヴェリートって言ったって広いんだぞ。でもまあ、指揮官と魔将がいなくなったわけだから、今は頭がいない状態で、敵は混乱しているはずなんだ。もう少し人数がいれば、本当に占領できそうなのが歯がゆいよなぁ」


「えっとね、レトワが敵兵を食べちゃうのはどうかな? 魔族って、美味しそうだし。じゅるり」


 無邪気な顔でカニバリズム発言をしたレトワに皆がドン引き、隣にいたアンネルが皆の内心を代弁した。


「……私、時々レトワって本当は凄く怖い子なんじゃないかと思うんだ」


「ほぇ?」


 分かっていない様子のレトワは、そろそろと距離を取る皆を見て、不思議そうに首を傾げている。


「レトワちゃんには悪いけど、却下よ。食べたいなら、補給物資の食料で我慢して」


 諌めた美咲に、レトワは表情を輝かせた。


「じゃあ今食べていい?」


「駄目よ」


 まるでペットに餌を強請られているかのような心持になる美咲だったが、レトワは許すと際限なく食べる。

 情に流されてはいけないと自分も戒めた美咲は、心を鬼にして禁じる。


「ぶーぶー」


「こら。美咲を困らせないの。バカレトワ」


 不満を乗せてブーイングするレトワを、セニミスが窘めた。

 本人に言ったら凄く複雑な気持ちになるだろうが、すっかりレトワの制御役が板についている。


「前途多難な気が……。大丈夫なのでしょうか」


「まあ、なるようになると思うしかないな。どちらにしろ、人手が増えんことにはどうしようもない」


 深刻そうにため息をつくメイリフォアに対して、アヤメは流れに身を任せればどうにかなると思っているようだ。


「今回みたいに、アンネルさんの幻影魔法で誤魔化すのはどうでしょう」


「無理。精神力が足りない」


 サナコの提案に、アンネルが首を横に振る。

 普段ならできなくもないが、今は大規模幻術を行使したばかりだ。精神的にかなり疲労している。その証拠に、アンネルは微妙に呂律が回っていなかった。発音に気を使う余裕が無いのだ。使い慣れているはずのベルアニア語ですらそうなのだから、魔族語は言うまでもないだろう。

 この状態で魔法を使っても、上手くいく保証は無い。

 ただでさえ、疲れていて眠いのだ。それどころではないことくらいアンネルだって分かっているから頑張っているものの、ただでさえ眠りに対する誘惑に弱いアンネルは、普段ならとっくに寝入っているレベルである。

 あわよくば、精神力回復の名目で眠るのを許可してくれないかなどと、期待していた気持ちもある。


「精神力回復の魔法薬なら、人族軍の補給物資の中から残ってるのを見つけたぞ」


「……余計なことを」


 今度は露骨にアンネルが舌打ちした。

 善意の発言をしたタティマに迷惑そうな視線を送るアンネルを、美咲は叱る。


「もう。そんなこと言っちゃ駄目でしょ、アンネルちゃん。タティマさんもごめんなさい」


「気にするな。誰だって疲れるようなことは極力したくないもんだ。気持ちは分かるさ。それに、今は戦闘中じゃないんだ。眠いなら仮眠を取って、いざという時に備えるってのも手だぞ」


 気さくに笑ったタティマが、アンネルの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

 思いがけず仮眠を勧められたことに驚き、アンネルが思わず口を空けた。

 自分のもじゃっとした髭を扱きながら、考え込んでいたミシェルが異論を申し立てる。


「だけどよぉ、人数が足りなかったら幻影魔法で強引に仕掛けるのも選択肢のうちの一つじゃないのか? 上位種に率いられているわけでもないゴブリンなんて、千匹いたって俺たちの敵じゃねえよ」


「それは、さすがに舐めすぎなのでは……?」


 豪語するミシェルはとても頼もしいものの、実際にそれができるかどうかは疑わしいと思った美咲は、表情を引き攣らせた。

 別にミシェルの実力を疑っているわけではなく、現実的に考えて、千匹の敵を一人で相手にできるのかという疑問からだ。

 まあ、普通は無理である。

 美咲の懸念を、ベクラムが笑って払拭する。


「一概には言い切れないさ。普通のゴブリンは、対峙した状態でもあらぬ方向に石を投げるだけで、回りのゴブリン全員の視線がそっちを向くくらい馬鹿だからね。ゴブリンの洞窟で出会った状態の方が稀なのさ」


 ベクラムの説明を聞いて、美咲はゴブリンの洞窟での出来事を思い出した。

 グモに出会った時、他のゴブリンとグモのやり取りを見る機会があったが、確かにあまり頭が良いとは言えない言動をしていたのを、美咲は覚えている。

 ゴブリンのお頭の程度は冒険者の間では有名らしく、パーティを組んでいることもあり、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクの五人は皆同じ意見のようだった。


「となると、考えるべきは千五百の魔族兵でやんすね」


「千五百程度なら、全員で五十人から百人程度受け持てば、十分どうにかなる人数でござるな」


 当たり前のように言うモットレーとタゴサクに、美咲は思わず唾を飲んだ。


(どうにかなるんだ……すごいなぁ)


 魔法無効化という、魔族に対して極めて有利な体質を有する美咲でも、そんな大勢を相手にするなら、苦戦は免れない。

 実際は案外楽に済むかもしれなくても、美咲は悲観的にそう考えていた。


「お前ら、大事なことを忘れてる。ヴェリートを攻めるとなると、当然相手は篭城するだろう。攻略に必要な人数は跳ね上がるぞ」


「そうよぉ。まあ、私たちだけなら問題ないけど、効率を考えると、どうしても手分けする必要があるしねぇ。戦力が分散しちゃうわ」


 アリシャとミリアンが、皆の考えから抜けていた部分を補完する。


「やっぱり、ニーチェが忍び込んで城門を空けるのがいいのではないでしょうか」


 勢い込んで、再びニーチェが提言する。

 ニーチェ本人としては、何度も具申するところを見ると、やりたいらしい。


「とはいっても、制圧できるだけの人数がいないんじゃ……」


「美咲様。どうやら、潰走していた一部の人族軍兵士たちが戻ってきているようです」


 言いかけた美咲は、ディアナの報告を聞いて、周りを見回した。

 確かに、人族軍が逃げていった方向から、何人かで纏まって歩いてくる姿がある。

 どうやら逃げ出した後で、旗色が変わったことを敏感に察した者から、次々に戻ってきているようだ。

 中には騎士たちや、傭兵の姿もある。


「人数、どうにかなりそうですね」


 自分でも信じられなさそうな声音で、美咲は呟いた。


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