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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:第二次城塞都市攻防戦10

 アンネルの幻影で大軍団に見せかけているが、実際はセザリー、テナ、イルマを含む、弓矢や飛び道具を使える者たちだけの集団を、システリートは必死に指揮していた。


「弾幕もっと張ってください! この際弾幕に混ぜられるなら矢じゃなくても何でもいいですから! いくらアンネルの幻影で誤魔化しても、攻撃の厚みがないとバレますよ!」


 本来なら戦う術を持たないシステリートは戦場に出るなど断りたかったのだが、生憎適任者がシステリートしか居なかった。

 他に指揮ができそうな人物として、セザリー、ミシェーラ、ユトラ、後は協力してくれている、タゴサクのパーティのリーダーであるタティマなどがいたが、彼ら彼女らには、他に優先すべき役割がある。

 セザリーは義妹たちと一緒に幻影に紛れて矢を放つという大事な仕事があるし、ミシェーラとユトラは敵本陣に乗り込むだけの白兵戦能力を持つ大事なメンバーだ。タティマも彼のパーティメンバーのうち、タゴサク以外は腕の差こそあれ弓を扱えるそうなので、セザリー、テナ、イルマと共に幻影の矢の中に本物を紛れ込ませるという大事な仕事について貰っている。


「姿が隠れてるって分かってても、怖いわ、ねっ!」


「射つくす勢いで射っちゃうよ!」


「くらいやがれですぅ!」


「嬢ちゃんたちに負けてられねえぞ! 男気見せろよお前ら!」


「へっ! タティマ、誰に物を言ってんだ! 俺たちの中では一番弓の扱いが下手なくせに!」


「ちなみに弓の扱いは僕が一番上手いけどね」


「口より先に手を動かすでやんすよ!」


 セザリー、テナ、イルマ、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーらによって纏めて放たれた矢は、大量の幻影の矢の斉射に紛れ、確実に魔族軍の兵力を削いでいく。

 魔族軍も飛んでくる矢を防ごうと魔法を唱えているが、囮の幻影でできた矢を吹き飛ばすばかりで、肝心の実体の矢を防げていない。

 それだけでなく、すぐ背後の装甲馬車からは、天井に備え付けの戦闘弩を用いて、ペローネ、セニミス、メイリフォア、ディアナが射撃を繰り返している。

 人数が足りないため、本来戦闘員ではないセニミスとディアナも使い方を教わって矢を放っていた。

 高い習熟を必要としない戦闘弩ではなかったら、こうはいかなかっただろう。


「敵部隊からの魔法攻撃を確認! 総員盾構え! セニミスは障壁の展開を急いで!」


「了解!」


 相対する魔族たちからの魔法発動を確認したシステリートが、素早く指示を出すと、セニミスが結界を張って装甲馬車と実体戦力を守り、結界だけでは防ぎきれない余波を各自が盾を使用することで防いだ。


「応射用意! 射撃始めてください!」


 システリートの号令で、盾から弓に持ち替えた人員が再び射撃を再開する。

 先ほどからもう何度も幻影に合わせて射撃を繰り返しているが、からくりがばれた様子はない。アンネルの幻影は優秀で、直撃してもダメージを与えられないものの、きちんと着弾した衝撃まで再現してくれる。

 さらに少数の本物の矢を紛れ込ませることで、幻影であることを気付き難くしている。実際に、敵軍はまだ幻影であることに気がついていない。足を止めて撃ち合っていることからも、それは明らかだ。

 魔法に頼っている魔族軍兵士は、魔法こそ人間の遥か先の水準にあるが、故に魔法を過信し過ぎている傾向がある。今も、このまま撃ち合っていれば損耗率の差から再び有利を取れると思っているのだろう。逆転するまでは、また逃げ回る気でいるはずだ。

 それこそが、システリートの思う壺だった。元より圧倒的差をつけられている以上、システリートたちが勝利するには軍勢のぶつかり合いだけは避けなければならない。そのための手段が、幻影魔法を用いた大部隊偽装である。

 倒されるのが幻影の兵士なら、人族軍としては痛くもかゆくもない。幻影はいくらでも補充が利くし、元から戦力として計上されていない以上、魔族軍は無駄に魔法を撃っているのと同じだ。


(……でも、限界があるのは事実ですね。残っていた物資をかき集めて、できるだけ矢の量は確保しましたから、すぐに矢が切れる心配はなさそうですけど、幻影は所詮幻影。現実の兵士とは違います。いずれ違和感を抱いて疑問を抱く魔族も出てくるはず)


 鋭い目で戦況を睨みながら、システリートは考えをまとめていく。

 そんな彼女の態度は、普段のふざけた態度からは想像もつかないほど真面目だ。今のシステリートを見れば、美咲は別人だと思うかもしれない。あれはシステリートなりの美咲への甘えであって、本来のシステリートはこちらが素だ。


(そろそろ小細工に気付き始めてもおかしくない。奇襲がうまく行っていればいいのですが)


 この場に居ない者のうち、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アヤメ、サナコ、タゴサクの十人は、幻影で敵の目を欺いているうちに敵の本陣を奇襲し、あわよくば敵将の首を取って更なる混乱を齎し時間を稼ぐという、大事な仕事をしているはずだ。

 遠くからニーチェが走ってきたのを見て、システリートの心臓が跳ねた。


「報告です」


 ニーチェはその俊足を生かして戦場を走り回り、奇襲部隊と囮部隊の連携を図るという役目を担っていた。


「奇襲部隊は敵本隊を迂回し、敵本陣の侵入に成功。攻撃を開始しています」


「ありがとうございます。もう一度奇襲部隊を連絡を取って、顛末を聞いてきてください。あと、こちらも後もう少しは持ちそうだと、報告を」 


 システリートが早口で告げると、ニーチェは頷き、再び走り出す。

 そうしてニーチェがこっそり魔族軍本隊を迂回しようとした時、本隊にアリシャの援護攻撃が落ちてきた。

 アリシャに叩き落され、一時的に前後不覚になった古竜のバルトである。


 魔族軍兵士たちが反応できないほどの猛烈な勢いで落下したバルトは下にいた不運な魔族軍兵士たちを押し潰し、ちょっとしたクレーターを作る。

 地上に甚大な被害を出したバルトはそれに気付かないまま怒り狂って再び空へと舞い上がり、その羽ばたきで生き残った兵士たちが猛烈な風を受けて吹き飛ばされた。完全に逆上して回りが見えていない。兵士たちは飛行魔法を使えば死なずに済むだろうが、突然の状況下において、何人が冷静に判断を下せるだろう。それに、まず意識がなければ話にならない。気を失っていれば魔法は使えず、良くて大怪我、悪ければ死ぬ。

 そして、離れていたとはいえ猛烈な風の余波で吹き飛ばされたニーチェは、地面を転がって砂埃塗れでぼろぼろになりながらも、起き上がり、しっかりとした足取りでシステリートの下へ戻る。

 ニーチェが戻ると、システリートが唖然とした表情で固まっていた。彼女の視線の先では、ごっそりと数を減らした魔族軍兵士たちの生き残りがわれ先にとヴェリート方面へと逃げ出すのが見える。


「システリート。状況が変わりましたけど、ニーチェがミシェーラに伝える報告は、そのままでいいのでしょうか」


 話しかけられて我に返ったシステリートが、もう一度ニーチェに内容を変更して伝える。


「あっ、そうですね。起こったことについて聞かれたら、見たまま、有りのままを伝えてください。向こうも混乱していると思うので。折り返し向こうの様子の報告をお願いします」


「分かりました。行ってきます」


 再び走り出すニーチェを見送りながら、システリートは深く安堵の息をついた。


「……何とかなっちゃいましたよ」


 引き攣った半笑いの表情で呟かれたその言葉には、実際に指揮を取ったシステリート自身の驚きが、多分に込められていた。



■ □ ■



 空の一騎打ちも、地上の戦争も、関係なく美咲とブランディールは死闘を繰り広げていた。

 地力は間違いなくブランディールが上だ。本来ならば、ブランディールは美咲を歯牙にもかけることはないだろう。

 何合もの美咲との斬り合いの後、ブランディールは飛び退って距離を取ろうとした。


「させない!」


 距離を取られればまた有利不利が覆ることを承知している美咲は、ブランディールの離脱を許さず、猛然と追撃した。


(前へ、体力が続く限り一歩でも前へ! 魔法を再使用させる隙を与えるな!)


 離脱を阻まれたブランディールは、仕方なく美咲の攻撃を防ぐ。

 本来なら苦も無く弾ける攻撃が、今は酷く重い。


「ちっ、上手く力が入らねぇ……。何だこれは」


 思うように動かない身体に苛立ち、ブランディールは毒づいた。

 最初の一撃を回避されて体に触れられてから、どうにも調子が出ない。

 手足は普段より重く、己の愛剣を支えるのも一苦労だ。

 ブランディールの不調の正体はもちろん、美咲の魔法無効化体質だ。

 一番最初に美咲が行ったのは、ブランディールの身体に何がなんでも触れて、まずは圧倒的な肉体の性能差を埋めることだった。魔族なら誰もが無意識に使っている強化魔法を、美咲は無理やり無効化した。

 戸惑うブランディールは動きの精彩を欠き、思ったような動きが出来ず、美咲の攻撃を許してしまっている。


「てめえ! 俺に何しやがった!」


「言うわけないでしょ!」


 怒鳴るブランディールに叫び返す度に、美咲を包む炎がうねりを帯びて激しく燃え盛る。

 この炎が、いつもの実力を発揮できないブランディールにとって、厄介だった。

 打ち合えば打ち合うほど、ブランディールの身が焼かれていく。

 火中にいる美咲の方はというと、まるで炎がオーラなのだといわんばかりに、今までと比べても一番良い動きをしている。精神が肉体を陵駕したことで、一次的に、美咲に従う女たちのように、身体のリミッターが外れているのだ。


「調子に、乗るなよ! ユゥオロォイタァ(より強く)ウユカ、ユゥオロォイヘェ(より速く)アヨカァ!」


「無駄よ! フゥオヌウ(炎よ)ォユ エァソォイヌゥオアゥレェアヂ(足の裏で弾けろ)ィエヘゾキル!」


 苦し紛れにブランディールが強化魔法をかけ直すより早く、美咲の足元で炎が爆発し、その勢いで美咲が飛び、勇者の剣を振り上げる。

 美咲がブランディールに勇者の剣を叩きつけると、発動しかけた強化魔法が霧散した。


「ちくしょう、どうなってやがる!」


 接触したことで再び焼けどを負ったブランディールが、苦痛で呻いた。

 苦し紛れに大剣を振るうが、普段の速度が乗った斬撃ならいざ知らず、力ない大振りの一撃は非常に読み易く、美咲ですらもかわせてしまう。


(行ける!)


 大剣の重量に上体が流され、ブランディールの身体が隙だらけになっているのを見て、美咲は踏み込んだ。

 がら空きの左脇腹目掛けて振るった勇者の剣は、咄嗟に大剣から手を離したブランディールが地面を転がることによってかわされた。

 だが好機だ。

 ブランディールはもはや無手で、大剣は地面に転がっている。

 当然ブランディールが大剣を拾おうと身を起こして走り出し、美咲はそこへ躊躇無く勇者の剣で斬りつけた。

 確実にかわせないタイミングで放たれた一撃を、ブランディールは勇者の剣の腹を叩くことで逸らす。本来の力が出るならば、逸らすだけでなくそのまま叩き折るところだが、今の状況では無理な話だ。

 再び炎がブランディールの身を炙る。


(ちっ、どうする。こいつから離れさえできれば、強化魔法をかけ直せるんだが)


 思考を巡らせながら、ブランディールは大剣を拾い上げた。ずしりとした重みが腕に伝わってくる。ブランディールには懐かしいとさえ言える重みだ。強化魔法が使えるようになるまでは、この重みと付き合ってきた。

 幸か不幸か、魔族という特性上すぐに身体強化魔法を覚えてしまったので、今の今まで忘れてしまっていた。


「おっらぁ!」


 大剣を振り上げたブランディールは、自分に走り寄る美咲目掛け、大剣を振り下ろす。

 美咲は急制動をかけると、ブランディールの大剣のすぐ手前で立ち止まり、振り下ろされた大剣を素早く踏みつけた。


「ぐっ……!」


 握った大剣を引き戻そうとして、ブランディールが小さく呻く。

 強化魔法を封じられた現状でも、大剣を振るえるブランディールの筋力は驚異的だ。だが、さすがに大剣の重量に加えて美咲の体重も加算されると、厳しいらしい。

 それでもじりじりと大剣が持ち上がっていくのを見て、美咲は眉を顰める。


「……呆れた。たいした馬鹿力ね」


 全力で体重をかけて美咲が大剣を踏みつけ、もう一度地面に叩きつけると、ブランディールは潔く大剣を諦め、美咲から距離を取ろうと飛び退った。


「離脱なんてさせない!」


 攻撃魔法を背後で炸裂させ、衝撃で速さを無理やり上げた美咲が、素早くブランディールとの間合いを再び詰めた。


「うざってえぞお前!」


 溜まらず叫ぶブランディールに、美咲も叫び返した。


「魔法で身体強化とかクッソ卑怯なことする奴に言われたくないわよ!」


「んだと!? てめえこそ何なんださっきから! 魔法は消えちまうし力は抜けちまうし、何しやがった! 正々堂々と戦えよ!」


 後退を続けるブランディールはある程度距離を離すことに成功したものの、まだ追い縋ってくる美咲に舌打ちする。

 足止めしなければ、先ほどの二の舞だ。折角稼いだ距離がまた無駄になる。


「こいつを喰らえ! ガァウリィエン(紅蓮弾)デェアン!」


 ブランディールが拳大の炎の弾を連射する。

 飛んでくる炎弾を美咲は間合いを詰めながらかわした。かわさずともダメージの無効化はできるのだが、生憎美咲の体質では発生する衝撃そのものは消せない。衝撃でダメージを食らうことは防げても、衝撃自体は受けるのだ。足を止められることを、美咲は嫌った。


(回避した、だと?)


 一方で、ブランディールは美咲がわざわざ牽制の魔法を避けるとは思っておらず、その意味を探る。

 今度は炎弾にせず、直接炎をばら撒いてみるが、美咲はその中を頓着せずに真っ直ぐ突っ切ってくる。

 当然炎に巻かれても、最初から燃え盛っている美咲は、むしろ火の勢いが増しただけだった。


(あ、くそ、間違えた。こいつ最初から火を纏ってるじゃねえか。これじゃ分からねえよ)


 選択ミスをした事に気付き、ブランディールは舌打ちする。

 今度はブランディールは大剣を投げつけてみた。

 まさかそんな手段をブランディールが取るとは思っていなかった美咲は、危ういところで大剣を避けた。


(これも避けた、か。つーことは、なんでも防げるわけじゃねえな。対象は魔法、ダメージそのものは消して、衝撃だけ通すってところか)


 恐ろしいことに、たったあれだけの観察で、ブランディールは美咲の体質に関して、かなり詳細な情報を手に入れていた。

 魔将の一人として働いていたのは伊達ではないのだ。ブランディールは武に関しては、それなりの洞察力も持ち合わせている。

 思い出したように呼吸をすると、爛れたブランディールの喉が焼け付くように痛んだ。呼吸がし辛い。そろそろ治療しないと不味い。後一度美咲が纏う炎の中で息をすれば、今度こそブランディールは呼吸困難に陥るだろう。

 体勢を立て直した美咲が、再びブランディールを追いかける。


「ケェアジィ(風よ)エユゥ ソォイヤゥアゥスゥオカァウソチィエシ(収束して背中にパンチ)ネェアケノペント!」


 何かを殴りつけたような音と共に、美咲が猛スピードでかっ飛んでくる。攻撃魔法で無理やり速度を上げたのだ。魔法無効化体質だからこそできる芸当である。

 ようやくブランドールは悟った。距離を離すなど不可能だ。いくら下がっても、美咲はいくらでも早く間合いを詰められるのだ。むしろ、自分が逃げれば逃げるほど、美咲は戦いに慣れて魔法行使が正確になっていく。

 ついに、勇者の剣による一撃が、ブランディールを捉えた。


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