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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
239/521

十七日目:第二次城塞都市攻防戦9

 地上に、小さな太陽が出現している。

 あっさりとブランディールが美咲に勝利しかけた直後、炎が突然ブランディールと美咲を中心に巻き起こり、そうとしか表現できない巨大な火柱を作った。


「ぶ、ぶらんでぃーるぅうううううううう!」


 火中に呑まれた相棒に、バルトは一瞬自分の状況をも忘れて声を上げた。

 絶好の好機だが、アリシャは仕掛けない。アリシャもまた、眼下の炎に目を奪われている。


「……これは、驚いた。規模、威力。どちらも今まで見せた美咲の魔法とは全く違う。確かに、精神の高ぶりによって魔法の威力は変化するが……。まさかあいつ、土壇場で己の限界を超えてみせたのか。隷従の首輪も無しに、自分の意思だけで」


 アリシャが我に返るのと同時に、バルトがブランディールを助けようと飛び去っていく。


「おっと、足止めしなくちゃな」


 魔法を発動させ、短距離の空間転移をしたアリシャは、バルトの前に立ち塞がる。

 歯を剥き出しにしたバルトが凶悪な唸り声を上げて叫ぶ。


「ソコヲ退ケ!」


「やってみろよ」


 大剣を手に、アリシャも殺気が混じる凄絶な笑みを浮かべた。

 戦士でありながら、アリシャは転移魔法すらも使ってみせた。かつてエルナが使ってみせた転移よりは移動距離が短い分難易度が低いだろうが、それでも驚くべきことだ。


「ガアアアア!」


 完全に冷静さを失い、バルトはアリシャ目掛けて突っ込み、その巨大な鉤爪を、振り下ろす。

 まるで金属同士が激しくぶつかり合うような音と共に、火花が散った。

 冷静に鍔迫り合いに持ち込むアリシャとは対照的に、バルトの目は焦りからか血走っている。


「頭を冷やせ。折角の死闘だ。水を差すなよ。野暮じゃないか」


 火柱からブランディールが飛び出し、己の治療を始める。

 そのブランディールに火柱を纏う美咲が近付き、問答の後に再びぶつかり、激しく剣戟をかわした。


「オイ、冗談ダロ! 何ダアノぶらんでぃーるノ情ケナイ戦イ方ハ!」


 何度も打ち合う二人を見て、バルトが愕然とした声を上げる。

 バルトの知るブランディールは、恵まれた体躯と魔族という種特有の魔法で強化された身体能力によって、人間など歯牙にも欠けない戦い方をしてきた。

 ブランディールとまともに戦える相手は魔族軍にも多くなく、相棒である己を除けば、同じ魔将である死霊魔将、牛面魔将、そして魔王くらいしかいない。人魔将はまだ正式に魔族軍に加入したわけではないし、バルトも誰なのか分からないが、もしかしたら人魔将もこの中に入るのかもしれない。

 人間ならば、目の前のアリシャと、ミリアンを除けば、ブランディールなら誰であろうと粉砕できると、バルトは思っている。現に、先代の人族騎士団団長と今代の人族騎士団団長は、共にブランディールに斬って捨てられた。

 そのはずが、今のブランディールは、美咲を相手に互角の戦いをしていた。

 お互いが全力で剣と大剣をぶつけ合い、その衝撃を先にいなした方が次の一撃を繰り出す。その一撃すらも迎撃されて、その繰り返し。

 どちらも一歩も引かない、その状態が既におかしいのだ。

 隔絶した力で相手を蹂躙してこそのブランディールである。バルトにしてみれば、美咲はブランディールより遥かに弱い。一撃で武器ごと両断できるはずなのだ。それが、この体たらくである。


「私を忘れるなよ。脇見とは余裕だね」


 ハッとしてアリシャを振り返ったバルトは、大上段から振り下ろされる大剣を、遅れて鉤爪で受け止めた。

 無理な受け止め方をしたせいか、鉤爪の一本が中ほどからぼきりと折れる。


「グッ!」


「おいおい! 竜の癖に脆いじゃないか!」


 たまらず後退するバルトを、アリシャは笑いながら追いかける。

 バルトとアリシャもまた、熾烈な空中戦を繰り広げる。

 だがアリシャはバルトよりも圧倒的に強く、力比べに持ち込んで勝利するほどの力と、次々に魔法を繰り出す魔法の腕、そして全力で飛ぶバルトに追随する速さを備えていた。

 どれを取ってみても、明らかにおかしい。人間が備えていい能力ではない。だが、現に、バルトの前にその反則級の強さを持つ人間が立ち塞がっている。


「有リ得ン! 有リ得ン有リ得ン有リ得ン! ドウシテコウナッタ!」


「目の前の事実を否定するなよ。目を背けたところで、何も変わらんぞ」


 揶揄するようなアリシャの台詞に、バルトが激昂し、アリシャ目掛けて尾を叩きつける。


「五月蝿イ黙レ!」


「迂闊な奴め!」


 癇癪を起こすかのように暴れるバルトを、ついにアリシャの大剣が捉え始めた。

 今までは冷静に攻撃に使う部位をアリシャの一撃を受け止められる鉤爪のみに絞っていたバルトは、今や身体中を凶器としている。

 だがそれは悪手だ。バルトの皮膚は極めて硬く、並みの攻撃を寄せ付けないが、それでもアリシャの大剣はバルトの皮膚を貫いて、確実に中にダメージを蓄積させる。

 次々にバルトの巨体に、傷がつけられていく。致命傷に至っていないのは、竜の強靭な皮膚のお陰だ。

 余裕が出てきたアリシャは、ちらりと下の大地に目をやった。

 圧倒的な戦力差があったはずの人族軍と魔族軍は、いつの間にか同数になって睨み合っている。

 魔族軍が減ったのではない。むしろ逆だ。人族軍が、急激に兵数を増やしている。


(なるほど。考えたな)


 一目でからくりを見抜いたアリシャは、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。


(少し、助けてやるか)


 目を離した隙に襲い掛かってきたバルトの攻撃を、見もせずにひらりと回避し、すれ違いざまに大剣を一閃してバルトを魔族軍目掛けて叩き落す。

 アリシャの感覚で少し強めの一撃を当てられたバルトは、錐揉みしながら吹っ飛び、魔族軍を薙ぎ倒した。



■ □ ■



 魔族軍の追撃は、急に萎み、終息した。

 これでもかと整えられた陣地の中で、完全武装の人族軍の大部隊が待ち構えていたからだ。


「射撃用意! 斉射開始!」


 新しい指揮官らしき女の号令と共に、浮き足立っていた魔族軍目掛けて、大量の矢が降り注ぐ。何人かは咄嗟に唱えた魔法で矢を吹き散らしたが、行動が遅れ矢に射抜かれる兵士が続出する。

 勝ち馬に乗ろうと走っていた兵士たちは、まさかここまできて手痛い洗礼が今さら飛んでくるなど、思ってもいなかった。

 誰だって死ぬのは恐れる。それは勝ち戦であろうと例外ではない。いや、自軍の勝利だということを確信しているからこそ、余計に死を恐れるのかもしれない。

 先頭を走っていた兵士たちが足を止め、それに状況を分かっていない次の兵士たちが突っ込み、ちょっとした混乱が起こる。


「何だ、どうしてこんなに人族の兵が残ってる!」


「どうして止まってるんだ!」


「押すなよ、潰れるだろ!」


「下がれ、矢が飛んでくるぞ!」


「ぎゃああ!」


 掃討戦に移行していたために、統制などあってないようなものだった魔族軍は、すぐには混乱が収まらない。

 さらには足の速さでばらばらになっていたために、魔族軍指揮官のヴァルダが事態を把握するまで時間が掛かった。


「何だ、何が起こってる! 伝令はどうした!」


「ハッ! 分かりません」


「分かりませんとはどういうわけだ!」


 阿呆な返答をする己の部下を、ヴァルダーは思わず殴りつける。


「それが何分、状況把握に努めるため、様子を見に行かせた伝令がまだ戻ってきていませんので……」


 殴られた部下は、頭を押さえながらヴァルダーに理由を説明する。


「戻ってきていないだと……?」


 勝利ムードから一転して不穏な雰囲気が漂い始めたのを感じ、ヴァルダーは身を震わせた。


「敵襲ー! 敵襲ー!」


 突然、傷だらけの魔族軍兵士がヴァルダーの天幕に駆け込んでくる。


「敵の奇襲部隊が本陣を強襲しております! 味方が応戦するも、敵の勢い凄まじく、ここまで攻め入られるやもしれません!」


 ヴァルダーは思わず言葉を無くした。

 目の前の大軍団に、魔族軍本陣を襲う奇襲部隊。一体人族軍は、どこにこんな兵力を隠し持っていたのか。


「兵をこちらに回しましょう!」


「駄目だ! それよりも兵を纏めて体勢を整え直せ! 目の前の軍団から決して目を離すな! こちらに注力していると食い破られる! 整うまでは今の人員で耐え凌ぐぞ! 私も戦う!」


 部下の上奏を否定し、ヴァルターは立ち上がった。


「調子に乗るなよ人間たちめ……!」


 命令を伝えるために、部下が一人姿を消した次の瞬間のことである。


「乗ってねーよ。これでも必死なんだよ、こっちは」


「悪いがこれも戦争だ。恨むなよ」


 突然本陣に乗り込んできた十人ほどの集団が、たちまちヴァルダーの回りで部下たちと激しい立ち回りを演じ、ヴァルダー自身も二人に襲いかかられた。


「人間の、女、だと……!?」


 振り下ろされた大斧と、ヴァルダの鎧の隙間を縫うように振るわれた刀を、すんでのところで避けたヴァルダーは、闖入者の姿を見て愕然とする。

 ヴァルダーと相対する女だけではない。部下たちと戦う相手も人間の女で、その誰もが美しく、かつ手練だ。

 連携も巧みで、奇襲で魔族軍側が混乱しているうちに、ヴァルダーの部下たちは瞬く間に全員が殺された。

 あっという間に残るはヴァルダーが一人だけになった。

 佇む人間の女のうち、一人が口を開く。


「魔族軍指揮官とお見受けします」


「……いかにも」


 苦い表情で、ヴァルダーは頷く。

 命令を出したのは失策だった。これで魔族軍の注意は目の前の人族軍の大部隊に向けられ、本陣が手薄になってしまった。

 元々、ある程度は折り込み済みだった。危険を承知の上で、動揺から軍を立て直すことを優先し、判断を誤った。

 その結果がこれだ。本陣にまで攻め込まれ、こうして魔族軍は王手をかけられつつある。一見結束しているように見える魔族軍といえど、中身は一枚岩ではない。ヴァルダーが死ねば、頭を失い瓦解するだろう。

 先ほどまで王手をかけていたのは自分たちだったはずが、気付けば盤面はひっくり返され、逆に王手を突きつけられている。

 誰もが魔法を当たり前に使う魔族だが、ヴァルダーはそれこそこの逆転劇の方が、魔法のようだと思った。

 どこかで地響きがした。


「一つ、解せぬことがある」


「死に往く者に語る言葉は持ちません。お覚悟を」


 女たちがじりじりと間合いを詰める。

 一刻も早く自分を殺したそうな女たちに、ヴァルダーは喉の奥で笑う。


「余裕の無いことだ。なるほど、お前たちとて、見た目ほど余裕があるわけではないか。ふむ。分かったぞ。あの大部隊は偽計だな」


 ヴァルダーの言葉が聞こえた女たちの目が一斉に見開かれ、驚きを露にする。

 分かり易い反応を表す女たちに、ヴァルダーはおかしそうに喉を鳴らす。


「図星のようだな。惜しむべくは、たとえそれを知ったところで、今の私には誰にも伝える手段が無いことか。ままならぬことよ」


 それが、ヴァルダーの最期の言葉となった。

 凶器が振るわれ、ヴァルダーは死んだ。

 死体に手を当てて敵の指揮官の死亡を確認したミシェーラの下へ、魔族軍の監視に当たっていたニーチェがやってくる。


「あら。どうしたの?」


「いえ、それが」


 何故かニーチェはずたぼろで、疲労を滲ませている。


「アンネルたちと睨み合っていた魔族軍が壊滅しました」


「は?」


 ミシェーラが、呆気にとられた顔でニーチェを見つめた。


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