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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:第二次城塞都市攻防戦7

 降り注ぐ雷を、バルトはひらりと身を翻してかわした。


「意外とやるねぇ。もうちょっと数を増やそうか」


 必死の形相で飛ぶバルトに、アリシャはにやりと笑って魔族語を唱え、次の雷を呼ぶ。


「ヤメロ! 殺ス気カ!」


 形振り構わず滅茶苦茶に飛び回って、バルトは雷を避け続ける。


「こっちは殺す気でやってんだよ。だから本気出さないとお前も死ぬぞ?」


「ナンテ日ダ! 今日ハ厄日カ!」


 空を飛ぶ利点よりも欠点の方が多くなり、バルトは仕方なく地面に降りて翼を畳んだ。あのまま飛んでいても、いつか雷に撃ち落とされるだけだ。


「お前も殺す気で来いよ」


「無茶言ウナ! 魔法を雨霰ミタイニバラ撒キヤガッテ! 近付クコトスラ出来ネーヨ!」


 バルトが地上に降りてからも、アリシャは火炎、氷、カマイタチなど、魔族語を唱えては次々と魔法を飛ばしている。本来は戦士のはずのアリシャだが、驚くほど魔法の引き出しも多い。

 苦し紛れに炎のブレスを浴びせてみるも、無造作に振った大剣の一振りで吹き散らされた。


「なら、接近戦の方がいいか? 好きな方に付き合ってやるぞ。私は今、機嫌が良いんだ」


 笑みを滲ませた声音でアリシャが呟いた瞬間、アリシャの姿がその場から消えた。

 嫌な予感を覚えたバルトが反射的に前足の爪を振り、突進するアリシャを迎撃する。


「イッテェ! 爪ガ痛ムジャネエカコノ野郎!」


「悪いな。私は野郎じゃなくて、女なんでね」


 バルトの反撃をこともなげに受け止め、アリシャがニヤリと微笑む。


「ソモソモナンデ俺トアンタガ戦ワナキャイケナインダヨ!」


 爪撃、尻尾での薙ぎ払い、突進からの噛み付き、ジャンプしての踏みつけなど、様々な攻撃を試すものの、アリシャはその全てを余裕の表情で防いでみせた。

 歴戦の傭兵というのは伊達ではないようだ。まるでドラゴンスレイヤーの如く、たった一人でアリシャはバルトを完封している。

 だが、バルトとてただの竜ではなく、高い知性と古の力を宿す古竜の端くれ。古竜の中では若いとはいえ、それでも長い時を生きる年経た魔物だ。

 ぼやきながらも一撃は重く、どの攻撃を取ってみても、まともに喰らえば大怪我を負うことは必至だ。


(まあ、私はそんなヘマはしないがね)


 涼しい表情でアリシャは幾度目かの攻撃をいなし、反撃の刃を振るった。同時にバルトも爪を振るい、超重量の凶器同士が激突する轟音が鳴り響く。

 竜の爪は硬く、アリシャの大剣と何度も打ち合っても、欠ける様子は見せない。

 遠ざかれば高威力の魔法を連打し、近付けば一撃の重さが竜の前足と同等の斬撃を放つアリシャは、完全にバルトを押さえ込んでいる。

 苦し紛れに尾を振り回してみても、綺麗にかわしながら戦うアリシャに流れるように大剣を振るわれ、鉄よりも硬い竜の鱗を抉り、深い傷を刻まれるだけだ。


(痛ッテェナ! ヤッパリ爪ジャネエト受ケ止メラレネェ!)


 大剣も間違いなく業物だろうが、それ以上に恐ろしいのは鍛え上げられた肉体に裏打ちされる身体能力の高さと、それをさらに魔法でブーストした、超人的な速さと力、そして耐久力だ。その全てが、人間の域を突き抜けている。竜であるバルトは人間に化け物と呼ばれることは多々あるが、バルトに言わせれば目の前の一見ちっぽけな人間にしか見えないアリシャこそが化け物である。


「チィッ!」


 舌打ちをして、やむなくバルトは翼をはためかせて後退し、一気に距離を取る。当然アリシャから魔法が連打されるが、バルトは炎のブレスを吐くことでこれを相殺した。


「やれやれ。魔法を十発は撃ったんだが、ブレス一発で全部消されるか。非常識な奴め」


「オ前ダケニハ言ワレタクネェヨ!」


 明らかに自分よりも小さいアリシャに押されているバルトが、歯を剥き出しにして怒り、即座に言い返した。


「くくっ。違いない」


 声に出さずに笑ったアリシャは、なおも追撃の魔法を放つ。湯水のように魔法を使うアリシャは、それでも余裕の表情だ。


「デェアオィトォイユゥオヤァ(大地よ揺れろ)ウリィエルゥ セェアキィエラァウサゲテヘエァゴォイ(裂ける姿は顎門の如く)ツゥオヌグツカ」


 アリシャが魔族語を発して魔法を唱えた直後、アリシャとバルトが踏み締める大地がカタカタと揺れだした。揺れはすぐさま大きくなり、激しい縦揺れとなって二人を襲う。

 そしてバルトの足元の大地が崩れ、巨大な地割れとなってバルトを飲み込もうした。


「ダアアア! 危ネェ!」


 ぎりぎりのタイミングでバルトは空中に身を躍らせ、翼を羽ばたいて空に舞い上がり、難を逃れる。

 反射的に大地に目を向けたバルトは思わず目を剥いた。

 大地のどこにもアリシャがいない。


「残念、後ろだ」


 いかなる奇術か、魔法で大地を揺らすと同時に、アリシャは飛び上がったバルトの上空に位置取りしていた。

 おそらくは飛行魔法を使って空を飛んだのだろうが、驚くべきはバルトの行動を悉く読み切るその洞察力である。

 容赦なく、アリシャの大剣がバルト目掛けて振り下ろされる。

 愕然とするバルトは辛うじて爪を合わせるのが精一杯で、一瞬だけ耐えたものの、踏ん張る足場が無いために、思い切り弾き飛ばされ、大きく口を開けた地割れ目掛けて落下していく。

 幸いバルトは地割れに落ちる前に体勢を立て直し、大地に飲み込まれるのを避けた。

 バルトの背後で割れた地面が魔法が終わって再び閉じられる中、空中からアリシャが急降下しながら大剣で斬りかかってくる。奇しくも、バルトとブランディールのコンビが得意とする急降下攻撃と同じだ。

 まともに受ければ、いくら強靭な竜の皮膚といえども、両断されるのは避けられない。身を捻って回避するバルトを、バルトと同じ高度まで降りたアリシャが急停止して振り向く。

 追撃はしない。アリシャは満足そうに笑うと、肩に大剣を担いだ。


「なまじ生物として強大なら、回避よりも迎撃を選ぶもんだが。中々どうして、主従のどちらも良い判断をするじゃないか」


 ちらりとブランディールを見るアリシャに、バルトは不機嫌そうに喉を鳴らす。


「貴様、ドウイウツモリダ。イキナリ襲イカカッテキヤガッテ」


「おかしなことを聞くなよ。お前たちと私は敵同士。なら戦う以外にどういう選択肢がある」


 地上では、美咲とブランディールが激しく争っている。


「オ前ニカカズラッテイル暇ハナイ。ソコヲ退ケ。俺ハぶらんでぃーるノ友ダ。アイツノ下ヘ行ク」


「それは出来んな。私の弟子の死闘の邪魔はさせん。お前は相棒の勝利でも祈って今しばらく私と踊ってろ」


 ブランディールの下へ駆けつけんとするバルトと、それを邪魔するアリシャが、また空中で激突した。



■ □ ■



 美咲の目の前には、いつか見た蜥蜴人の姿がある。

 ついにこの時がやってきた。ルアンとルフィミアの仲間を失い、ルフィミアと二人で逃げたヴェリートで参加した戦いで出会った、美咲にとっての悪夢と呼ぶべき敵との対峙。

 あの時は逃げることしか出来なかった。弱いからと、美咲だけが見逃された。

 逃げ延びられることを、一時とはいえ安堵してしまった自分の弱さと汚さを憎み、克服して美咲は此処にいる。

 本音を言えば、まだ怖い。瞬きをした次の瞬間には、自分の身体が両断されているのではないかという、彼と対峙する恐怖は根強く残っている。

 それでも、美咲を助けるために残ったルフィミアの消息を知るために、美咲は敵の前に立っている。


「ふーむ……」


 自分を睨みつけてくる美咲を見て、ブランディールは己の尖った顎をつるりと撫でた。

 爬虫類のような目が、じっくりと美咲を眺め回す。

 以前と比べて、かなり筋肉がついている。ガリガリだった以前と比べれば、まだ貧弱ではあるものの、既にいっぱしの女剣士と呼べるだろう。人間の範疇ならば。


「美味そうといえば美味そうだが。やっぱり若いな。弱ぇよ、嬢ちゃん。まだまだ俺の敵じゃねぇ」


「そんなの、やってみなくちゃ分からないわ」


 静かな闘志を燃やす美咲に、ブランディールは諭すように語りかける。


「それが分かるんだよ、俺みたいな戦闘狂にはな。お前が逃げた後戦った人間の女は強かったが、それでも俺の敵じゃぁなかった。その女と、今のお前の身体能力は大体同じだ。だが、お前にあいつみたいに多彩な魔法が使えるか?」


 無言で美咲は唇を噛んで悔しさを堪える。

 使えるわけがない。美咲はまだこの世界に来て二週間とちょっとで、この世界に召喚される前はただの女子高校生だったのだ。ルフィミアと同じレベルまで身体能力を高められたことだって本来なら十分褒められるべきことで、魔法は完全に独学でいくつかを覚えただけに過ぎない。

 そもそも美咲は魔法使いではなく、剣士だ。目指す頂が違う。


「……一つ、聞かせて」


「ん?」


 ポツリと零れた美咲の声に、ブランディールが興味を向けた。


「何だ。言ってみろ」


「ルフィミアさんは、生きてる?」


 願うような、祈るような美咲の声音に、美咲の心情を察したブランディールは気まずげに頬をかいて目を逸らす。普段なら絶対にしない行為だが、目の前の美咲はどう足掻いても自分に勝てない。そう確信を抱いているからこその余裕だ。

 同時に、こんな短期間で美咲が腕を上げた理由も大体察した。とても気まずい。敵とはいえ、ブランディールも仲間の身を案じる気持ちは、よく分かるが故に。

 だが万人に死が等しく降り注ぐのが、戦争だ。


「あー、俺たちの兵士を大勢巻き込んで、自爆して死んじまったよ」


 ぎちり、と音がした。

 反射的に顔を向けるが、ブランディールと相対する美咲は俯いていて表情が見えない。

 それでも、不思議とブランディールには美咲がどんな顔をしているのか想像できた。


「なら、死体を返して。せめて、持って帰って、最後のお別れをして、皆と同じお墓に、埋めてあげたいの」


 死者を悼む気持ちもブランディールには分からないでもないので、次の返答をするのは、ブランディールとしても大いに後ろめたかった。

 だが、もう済んでしまった後なのだ。


「悪いが、それも出来ねぇ」


「……もしかして、そっちで埋葬してくれたの?」


 驚くほど幼く見える、涙に濡れる目が、初めてブランディールを見返す。

 恐らくは、ブランディールの目の前に立ったこの少女は、根がとても善良なのだろう。だからこそ、まず敵の善意を想像する。断られても、できるだけ好意的な理由を予想しようとする。

 そんなことは、長く続いた種族間の戦争において、あるわけがないのに。


「アズールの奴が死体を欲しがってたから、くれちまったよ。今頃、弄り回されて死人兵にでもなってるんじゃないか。あいつ、性悪な上に、高位のネクロマンサーだからな」


 その返答をした瞬間、美咲はきょとんとしていた。

 まるで言われたことが分からないとでも言うかのように。


「大体、前にも言っただろ。お前みたいな奴が戦争に出るから、被害が増えるんだ。断言してもいいぜ。お前に味方した奴らは全員死ぬぞ。あの女みたいに、お前を守るためにな。ちょっとは強くなったみたいだが、結局お前の立ち位置は変わってないんだよ。今でもお前は、守られる側の弱者に過ぎん」


 息をするかのように強化魔法を用い、身体能力を戦闘状態にまで引き上げたブランディールは、空いていた五十ガートほどの距離を、一瞬で詰めてみせた。

 お互いの吐息を感じるかのような近距離まで近寄られたことに、美咲の全身が総毛立った。

 いつブランディールが動いたのか、美咲には全然分からない。兆候すら見て取ることができなかった。

 五十ガートといえば、約五十メートルと同じだ。本来なら一瞬で詰めるなど、どう足掻いても不可能である。

 それを可能にするのが、魔族語によって発動される強化魔法だ。美咲では、どう足掻いても効果を得ることが出来ない魔法。


「違う! 私はもう、弱くなんかない!」


「いいや、弱いぜ。お前は」


 勇者の剣を引き抜こうした美咲の視界が、突然九十度曲がった。

 無造作にブランディールが己の足で美咲の足を払ったのだと気付くのに、美咲は倒れてからしばしの時間を要した。

 反応すら出来なかった。

 本気を出していないブランディールの動きに、美咲は全く着いていけていない。

 これが、美咲とブランディールの間に横たわる、隔絶した実力差なのだ。多少の努力など、誤差に等しい。この魔法による圧倒的な差が、今の戦争の趨勢に繋がっている。


「まあそういうわけだから諦めろ。せいぜい他人を巻き込んだ、自分の愚かさを悔いながら死んでいけ」


 逆手に大剣を構えるブランディールが、美咲の胸に狙いを定める。

 諦め悪く足掻いて立ち上がろうとした美咲は、まだ直り切っていない腕の傷口を容赦なく踏み躙られ、悲鳴を上げて再び地面に這い蹲る。

 滲む視界で、自分が泣いていることに気付く。

 腕がみしみしと音を立てている。踏み潰されそうだ。痛くてたまらない。立ち上がれない。

 荒い息をつきながら、美咲は嗚咽を漏らす。


(結局、何もかも、無駄だったの?)


 慟哭が、口から迸りそうになる。

 この日のために、美咲は、努力を重ねてきたのに。

 アリシャの修行にだって耐えたし、ゲオルベルに噛み付かれて大怪我を負ったことだってある。あれからまだ五日だ。その傷は、未だに治りきっていない。そこを容赦なく狙われただけで、美咲はショックで動けなくなった。

 ブランディールの実力を見誤っていた。あるいは、自分がもっと強くなったのだと、勘違いしていた。

 皆が助けてくれたからここまでこれた。一人で挑んだら、このざまだ。ブランディールは間違っていない。助けてくれた皆が強いのであって、美咲自身の力はこれっぽっちしかない。


(勝てないの?)


 腕に体重がかけられる。一息に踏み潰すことだって出来るだろうに、どういうわけかブランディールはそれをしない。ゆっくりゆっくり美咲を甚振り、美咲の反応を窺っている。

 誰かの悲鳴が聞こえる。

 それが痛みから上がった自分の悲鳴だという自覚が無いまま、美咲はブランディールを見上げた。

 表情が読めない、蜥蜴顔。

 いつかの、ルフィミアと二人で遭遇し、美咲を見た時と同じ、場違いにも戦場に出てきた弱者を蔑む目が、倒れた美咲を見下ろしている。

 悔しい。悔しくてたまらない。

 もう片方の腕を伸ばそうとしても、踏まれている腕の痛みでうまくいかずに、そのまま腕から力が抜けて地に落ちた。


(ようやくここまで来たのに。これからなのに。やっと自分に自信が持てたのに。何にも、通じないの?)


 美咲の瞳から、涙がとめどなく溢れ出した。


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