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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:第二次城塞都市攻防戦3

 相変わらず、美咲たち補給部隊はその場待機が続いている。


「騎士団の指揮官がこの様子じゃあ、兵站が軽視されているのは間違いなさそうね。まあ斥候も頻繁に飛ばしてるみたいだし、襲われる可能性があっても早期発見してしまえばいいと割り切ってるのかもしれないけど」


 セニミスは軍全体で補給の問題が出そうな可能性に表情を険しくした。


「もしかしたら、私たちの出番もあるかもしれんな」


「一応、警戒はしておいた方が良さそうですね」


 未だに遠距離で撃ち合っている人族軍と魔族軍を見ながら、アヤメがとサナコが呟いた。


「ちょっといいか?」


 声をかけられて美咲が振り向くと、馬車に篭っていたアリシャが剣を手に出てくるところだった。


「お待たせぇー。完成よぉ」


「アリシャさん、ミリアンさん! もう出来たんですか!?」


 驚きつつも喜んで駆け寄った美咲は、アリシャに抱き付いた。

 結構勢いをつけたというのに、やはり全く微動だにしない。どれほど鍛えられているのか、興味が沸くくらいだ。


「戦争には間に合わせるって言っただろう。少しオーバーしたかもしれんが、その代わりきっちり仕上げたぞ」


「こっちも大盤振る舞いしといたわぁ」


 ミリアンとアリシャが美咲に鞘と勇者の剣を見せる。

 鞘と勇者の剣には、優美な自体で魔族文字が彫られている。


「これ、何が書いてあるんです?」


「望み通り私たちの名前と、あとは守護を得られるように、『幸運』とそれに類する文字を思いつく限り彫り込んでおいた。どれほど効果が得られるかは未知数だが、役に立てばいいな」


「私はそこまでする必要ないって言ってるのに、アリシャったら強情でねぇ。同じ意味の言葉を考えるのに苦労したわぁ」


 自信満々なアリシャの態度に、ミリアンが苦笑する。

 何でもミリアンが言うには、アリシャは最初思いつく言葉を片っ端から入れようとしたらしい。『無敵』『超人』『最強』とかそんなのばかりだったそうだ。そんなことをしても美咲が武器に振り回されるようになるだけだから止めろとミリアンが止め、宥め空かせて今の『幸運』の加護重ね掛けという状態に落ち着いた。


「幸運、ですか……。私としては、最初の文字の羅列に凄く心動かされるんですけど」


「こらこら、安易に簡単な方法に走っちゃ駄目よ。そんなの剣が無くなったらすぐ死んじゃうじゃない。強くなりたかったら、こんな力に頼るんじゃなくて、地力の方を上げる努力をしなさい。そっちの方がよほど役に立つわよ」


 清清しいほどの正論で説教をされた美咲は恥ずかしさに顔を赤く染めた。


「ごめんなさい。私が間違ってました」


「分かればいいのよ」


 謝罪する美咲の頭を、ミリアンは微笑を浮かべて撫でる。


「だが、心配だ。やはり『変身』の加護くらいは」


 まだ何か言おうとするアリシャの手から笑顔で勇者の剣を奪い取ったミリアンは、鞘に納めると美咲にしっかりと手渡した。


「はい、これ。運を馬鹿にしちゃ駄目よ。最大限に努力をして、出来ることも全てやった時、最後に物を言うのは運なんだからね」


 もっともなミリアンの忠告を美咲は胸に刻む。

 そんな美咲に、タゴサクが近付いていく。タゴサクの後ろでは、彼の冒険者仲間であり、パーティメンバーでもあるタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーが固唾を呑んで見守っている。


「美咲殿」


「あ、はい。何でしょうタゴサクさん」


 名前を呼ばれた美咲は、振り返ってタゴサクに向き直る。


「一つ、尋ねたいことがあるのでござるが、良いでござるか?」


 改まって尋ねてくるタゴサクに、普段とは違う緊張が走って、美咲は人知れず息を飲んだ。


「……分かりました。窺います」


 神妙な表情で答えた美咲に、タゴサクは意を決して答える。


「アヤメ殿とサナコ殿について、知っていることがあれば話していただきたい」


 真剣なタゴサクの表情に、美咲は真面目な話題だということを悟った。

 タゴサク、アヤメ、サナコ。この三人は日本人に良く似ていて、けれども日本人ではない。タゴサクが自分の故国がワノクニという名前だったことを明かしているから、もしかしたらアヤメとサナコもワノクニ人なのかもしれない。


「構いませんけど、どうして今頃? あなたが探している人物と同一人物なら、あなたはもっと早く私に話を持ちかけてきたはずです」


 疑問を尋ねると、タゴサクが静かな声で答えた。


「今も、確信があるわけではござらん。拙者の知る彼女らの顔と、あの二人の顔は違う故に。されど、調整報告書を読んで分かったでござる。彼女らはその容姿を含め、調整を受けた後なのだと。信じたくなかったでござるが、考えに考えて、ようやく真実を暴く決心が着いたでござるよ」


 どうやら、タゴサクの決意は固いようで、美咲はため息をつく。

 タゴサクも美咲も、あの調整報告書は読み込んでいるから、おそらく辿り着いた答えは一緒だ。これは答え合わせに過ぎない。


「私とて、全てを把握しているわけではありませんが、知っている限りで良ければお話します」


「かたじけないでござる」


 ほっとした様子のタゴサクに、美咲はゴブリンの洞窟で見た調整報告書に書かれていたもののうち、二人の出身地に関して伝えた。


「やはり、拙者が見たのは、見間違いではなかった。彼女らの出身地はワノクニ。しかも、逃避行の最中、片方の護衛と逸れた末に、でござるか……」


「二人もちょっと来なさい。関係のある話だから」


 突然美咲がアヤメとサナコを呼び寄せたので、タゴサクが絶句した。


「私たちの過去の話か」


「正直興味ないんですけどね」


 おそらくは、タゴサクが思っていたような反応とは、二人の反応は違ったのだろう。二人から目を離し、タゴサクが目を伏せた。

 タゴサクには気の毒だが、アヤメとサナコの反応はある意味仕方ないともいえる。

 奴隷になる以前の記憶は全て彼女たちからは失われているのだから、どんな事実が明らかになったところで、彼女たちにとっては今更でしかないからだ。

 そして、調整報告書の内容と、タゴサクの彼女たちへの反応で、美咲には彼らの関係がどういうものか、おおよそ見当がつく。


(……居た堪れないわ)


 失意のタゴサクと困惑するアヤメとサナコに挟まれ、美咲は居心地が悪くて身じろぎした。

 調整報告書と今まで美咲がかわしたタゴサクとの会話から読み取れるのは、サナコがワノクニの姫であり、アヤメとタゴサクがその護衛だったという事実である。報告書には護衛の一人を退け、二人を追跡、捕縛したと書かれていた。そのもう一人の護衛が、おそらくタゴサクだったのだろう。


「ま、まあ、忘れてしまったものは仕方ないでござるよ! それに、過去とはいっても大したものではござらぬ故!」


 大笑いするタゴサクだが、その陽気さがかえって痛々しい。


「拙者、少し戦場の方を見てくるでござる」


 踵を返したタゴサクは早足で歩き出すと、未だに魔法と矢の応酬を続けている両軍を観察しに行った。

 何とかして元気付けられないかと思い、後を追おうとする美咲だが、途中でタティマに腕を掴まれて止められた。


「すまんね。しばらくそっとしておいてくれや」


「でも……」


 気にする様子を見せる美咲を、今度はミシェルが諭す。


「こういう時は男同士の方がいいんだよ。まあ、俺たちに任せとけって」


 見た目に似合わず、幼馴染でミシェルと仲がいいベクラムが、気障に笑って美咲を流し見る。


「そうそう。浴びるほど酒を呑んで、馬鹿騒ぎしてぶっ倒れるみたいに寝れば、次の日にはケロっとしてるもんさ」


「今は戦争中でやんすけどね」


 一応回りを警戒しながらモットレーが言う。

 戦争中ではあるものの、補給部隊が待機しているこの場所は、人族軍側斥候を大動員して徹底した情報封鎖をしている甲斐もあって、魔族軍には未だ存在が漏れていないようだ。

 怖いのは一方的にこちらを発見してくる飛行兵だが、人族軍主力はよく戦っていて、ハーピーもワイバーン騎兵も容易に目の前の人族軍を迂回できず、かといって人族連合騎士団主力部隊と傭兵たちからなる彼らを攻めあぐねている。

 何しろ、人族軍は数が多い。

 魔法でちまちまと狙い撃っても全てが当たるわけではないし、弓と違って魔法の種類が多種多様な分、一撃一撃にタイムラグが生まれる。折角の魔法の威力も多くが防がれ、撃ち落とされ、防御を抜いて人族軍に被害を与えるのは、一斉射した数の半分にも満たない。

 そのため人族軍にも余裕があり、敵が襲ってこない補給部隊の護衛も務める美咲たちは、暇になっているというわけだ。

 もっとも美咲たちも完全無警戒というわけでもないので、交代制で見回りや見張りをしている。だからこその余裕というわけだ。


「そうですね。タゴサクさんのこと、皆さんにお願いしてもいいですか?」


 弱々しい笑顔で頼む美咲に、タティマたちは笑顔で頷いた。


「……何だか、私たちは悪者みたいだな」


「別に、私たちだって要らないから失くしたわけじゃないんですけどね」


 今度はアヤメとサナコが複雑そうな表情になっている。


「取り戻したいなら、ディアナさんとタゴサクさんに頼んであげるわよ。消し去られた記憶を復元するのは無理でも、他人と共有していた思い出なら、戻せるかもしれないわ。ディアナさんとよく話し合ってみないと、断言はできないけど」


 美咲の申し出に、二人は揃って首を横に振った。


「私はいい。他人の記憶など受け入れたところで、それが本当かどうか私には判別がつかない。妙な記憶を入れられるくらいなら、このままでいい」


「別に、あの人が信用できないっていうわけじゃありませんけど、今のままでも不自由はしてませんから」


 どうやらアヤメとサナコは、タゴサクが二人の記憶が無いのをいいことに、自分に都合のいい記憶をねじ込もうとする可能性を危惧しているようだ。

 警戒しすぎだと美咲は思ったが、散々心身共にを弄ばれてきたであろう二人が敏感になるのも当然なので、美咲は二人の意思を尊重する。


「そっか。じゃあ、タゴサクさんには悪いけど、このことについては忘れておきましょう」


 締め括り、次の話題を探そうとした時。

 両軍の主力がぶつかる戦場から、美咲たちがいる補給部隊の陣地まで届くほどの鬨の声が轟いた。

 緩んでいた空気が一気に引き締まる。


「何事!?」


 叫んだ美咲に、主力がぶつかる平野をじっと見ていたドーラニアが叫び返す。


「向こうで動きがあった! 状況が変わるぞ!」


「ニーチェ、見てきて!」


 すぐさま美咲はニーチェに斥候を命じる。情報を集めるのは戦の基本であり、とても重要なことである。


「了解したのです!」


 健脚を生かし、凄い速度でニーチェが駆けていった。


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