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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
231/521

十七日目:第二次城塞都市攻防戦1

 それからしばらく後、人族連合軍主力部隊と、魔族軍本隊はラーダンとヴェリートの中間点の辺りで向かい合った。

 人族軍が前列後列一列ずつの横二列の陣形を取っているのに対し、魔族軍は横一列のみの陣形だった。

 この中で、美咲たちは後列に陣取り、戦争開始の合図を待っている。

 やがて魔族軍が動き出した。次々に魔法が唱えられ、美咲がいる陣に対しても容赦なく打ち出される。

 魔族軍が放った魔法はアリシャやミリアン、それに他の傭兵魔法使いといった、人間の中では数少ないマジックユーザーによって迎撃されるが、やはり数の差は如何ともしがたく、いくつかが防御を抜いて損害を出した。


「応射せよ!」


 朗々と響くエルバートの号令で、後方に控える弓兵隊が一斉に矢を放った。放たれた矢は山なりに飛び。直前で殆どが魔法によって防がれる。やはり、魔法兵は魔族の方が多いようだ。質で大きく差をつけられているうえに、数も魔族軍の方が多い。


「弓兵はそのまま応射を続けよ! 斉射終了後、歩兵隊は敵軍へ間合いを詰めろ! 接近戦に持ち込めば勝機はある!」


 エルバートが命じると、人族軍の前列部隊がゆっくりと前進を始める。

 魔法によってさらに何人かが倒れていくが、騎士たちは整然とした歩みで少しずつ前に進んでいく。

 呼応するかのように、魔族軍も動きに変化を見せた。ゆっくりと後退し始めたのである。しかも、後退しながらも、放たれる魔法は止まない。

 これをされると、人族軍としてはとても不利になってしまう。

 全員が魔法に長け、遠近ともに攻撃手段を持っている魔族軍に比べ、人族軍は半数が弓兵と魔法兵の混合であり、残りの半数が歩兵と騎乗兵の混合である。

 騎士が騎乗するのはワルナークと呼ばれる馬であり、小型ではあるが力強く、重装備の騎士たちを乗せて軽快に走ることが出来た。

 敵が人族の戦いでは花形ともいえる役割を担っていた騎乗兵だったが、魔族軍との戦いにおいてはハーピーやワイバーン騎兵といった飛行能力を有した魔族兵に対して、不利な戦いを強いられている。

 二次元機動しかできない騎乗兵に対して、飛行能力持ちの魔族兵は三次元機動を取ることができる。二次元機動と三次元機動の差は大きく、その結果は以前蜥蜴魔将ブランディールが人族連合騎士団の前指揮官を容易く討ち取ったことからも一目瞭然だ。


(やはり、このまま、間合いを詰めるのは無理か……。やはり、伏兵で背後を討つ。これしかないな)


 エルバートはゴブリンの洞窟を抜けて魔族軍の後背を突こうとしている部下のことを思い浮かべる。

 詰め寄れば下がられるのは、予想通りであった。飛び道具は魔族軍の方が多いのだから、魔族軍は無理に人族軍と組み合う必要などないからだ。距離を取って応戦しながら、じっくりゆっくり相手が疲弊するのを待てばいい。待てば待つほど、戦力差は広がっていく。

 それを予想していたから、エルバートはベルナドに魔族軍の背後を強襲させ、強制的に乱戦に持ち込むことを考えた。

 乱戦になれば、誤射の危険性から攻撃魔法は迂闊に使えなくなる。変わらず支援魔法、回復魔法の脅威はあるものの、そちらについてはこちらもできる限り魔術師を動員することである程度補える。

 攻撃魔法さえ封じてしまえば、後は数が物を言う。数の多さは、人族が魔族に勝っている数少ない点である。

 魔族はたとえ一人であっても強大な敵ではあるものの、幸いにというべきか、人族ほど生殖能力が高くない。魔族が一人戦えるようになるまでに、人族は三人戦えるようになると言われているくらいだ。

 敵を上手く罠に嵌めるためには、もう少し押し込まなければならない。

 そして、魔将の有無の確認も必要だ。もし魔将が出てくれば、作戦は根本から瓦解し兼ねない。一応魔将がいた場合の作戦もあるにはあるが、居ないに越したことはない。

 エルバートには勝算があった。

 両軍が激突するまでに、既に一度斥候を出した時の報告では、敵の陣容に魔将の姿は見られなかった。

 ならば絶えず斥候を出し、回りを警戒させて早期発見に努めればいい。


(いざとなったら、傭兵隊にぶつけるか。あれはもう天災のようなものだ。騎士団を損耗するのも馬鹿らしい。それに、上手くすれば魔将を討ち取れるやもしれん。有名なだけあって、あの二人は強い)


 アリシャとミリアンに対して、エルバートは直接の面識こそ無かったが、武勇については伝え聞いていた。

 特に、彼女たちが所属していた傭兵団は、人族が惨敗を続け、多くの国が呑み込まれた初期の戦争においても、多くの戦功を上げている。

 団員は人種も生まれた国もバラバラで、中には魔族と人間のハーフや、魔族そのものすら居たが、彼らはそんな本来なら侮蔑の対象である混ざり物や敵性種族に対しても、手厚く仲間として遇している。お陰で、彼の傭兵団は魔法にも精通している者が多かった。


(傭兵団が解散としたと聞いた時は、前団長が騎士団に引き入れようと四苦八苦したものだが、ついぞ誰も見つからなかったと聞く。僻地に引き篭もったか、魔族に殺されでもしたかと思っていたが、まさかあんな傭兵団に身を寄せていたとはな)


 エルバートは戦闘が始まる前の移動中に顔を合わせた面々を思い出す。

 人数こそ多かったが、その殆どが女性という奇妙な傭兵団だった。過去にそういった傭兵団が皆無だったとは言わないが、その多くは直接戦闘に参加するよりも、売春や補給物資運搬などの後方支援の従事することがほとんどで、今回のように最前線に出るというのは珍しい。

 だがまあ、ある意味当然といえば当然でもある。アリシャとミリアンという二枚の手札を遊ばせておく余裕は、人族連合騎士団側にはない。

 あの二人こそ別格だが、それ以外にも、ちらほらと腕が立ちそうな人間がいたことにもエルバートは気付いていたし、エルバートは魔物らしき気配が馬車から漏れていたことにも気付いていた。

 気付いていながらエルバートが敢えて見逃したのは。ミーヤが持っていた笛を知っているからである。

 元々が魔族由来の品だが、いくつか鹵獲されていて、騎士団でもこの場には配属されてこそいないものの、魔物使いとして働いている者も居る。傭兵団が所持していてもおかしくない。欲を言えば取り上げたかったが、その場であの二人の不興を買うのも不味いと思い、その場では見送った。


(ふん。あんな子どもに持たせているより、我ら騎士団が使った方が、よほど戦力になるものを)


 不満は無いではないが、物が物だ。薬などとは訳が違う。無理やり接収するのも反感を思えば上手くない。

 思考を切り上げると、エルバートは号令を下す。


「もっと押し込め! このままでは予定時刻に間に合わんぞ!」


 檄を飛ばし、エルバートは歩兵の前進を急がせた。

 魔法に撃たれてばたばたと数人の歩兵が倒れていくが、その間にそれ以上の数の歩兵が間合いを詰めていく。

 強引な進軍に、今度は魔族軍の指揮官の方が戸惑いを覚えるほどだ。


「妙だな。このまま攻めても悪戯に被害を増やすだけだというのは、向こうも承知していると思うのだが」


 最後列のさらに後ろから、共回りの兵のみを連れ、腕を組んで戦況を見据える獅子の顔を持つ指揮官は、不可解そうにその瞳を細めた。

 彼は以前ヴェリートを攻め落とす前にも魔族軍を率いていた人物だ。本来ならば肉眼で戦場が見えるような距離ではないが、そこは魔族。魔法で視力を水増しすることで補っている。

 今回は五千の兵を率いている。元々魔族はそれほど数が多くなく、纏まった兵数を揃えるのは難しい。一部の魔物を自勢力に組み込んで、何とか体裁を保っている状態だ。

 兵数差は単純計算で十倍。さらに魔族軍側は寄せ集め。そんな状態でも魔族軍が優勢なのは、やはり魔族の全員がマジックユーザーであるという点に尽きるだろう。母国語がそのまま魔法語である彼らは、そこらの雑兵でさえ、攻撃魔法を連射する片手間に仲間に治癒魔法をかけることをやってのける。


「解せん。魔将殿にお出でいただくべきか? しかし、そう何度も手を煩わせるというのも……」


「ヴァルダー殿!」


 魔族軍指揮官の思考を、魔族軍兵士の声が遮る。ヴァルダーというのは、獅子顔を持つ魔族軍指揮官の名前だ。


「何だ」


「蜥蜴魔将殿から連絡です。助力は要るかと」


 タイミングの良さ、あるいは悪さにヴァルダーは押し黙った。奇しくもちょうど同じことを考えていたヴァルダーは、まるで自分の弱気を言い当てられたかのようで、気まずさを感じる。


「要らぬ。この戦い、敵兵に恐れる者なし。蜥蜴魔将殿にそう伝えよ」


 ただしゃにむに前進するだけの人族軍の動きを睥睨し、ヴァルダーは伝令の兵士にそう命じる。


「はっ! 承知いたしました!」


 敬礼をした兵士は、魔族語を呟き脚力を強化して走り去る。まるで疾走する肉食動物並みの速度で駆ける伝令兵士は、あっという間に見えなくなった。


「おやおや、蜥蜴魔将殿の助力を断って宜しかったのですかな」


 背後からとぼけたような声が聞こえ、ヴァルダーは苦い木の実を噛み潰したかのような表情を浮かべて振り返る。

 共回りの兵たちがぎょっとした顔になって武器を構えるのを、ヴァルダーは手で制した。


「止めろ。味方だ」


「おお、おお、怖いですな。ですが職務に忠実なようで大変宜しい。ヴァルダー殿は良い部下をお持ちだ」


 大仰に怖がってみせたのは、黒いローブを着込んだ髑髏のような魔族だった。

 というか、そのまんま髑髏である。まるで骸骨がローブを着込んでいるかのようで、そのローブも端々が擦り切れ、破れている。


「……死霊魔将殿。あなたは今回の戦には関係ないはず。何用で参られた」


「何。魔王様の言いつけでしてな。念のために此度の戦、そちらに協力するようにとのこと。命令書もありますぞ」


 死霊魔将アズールは肋骨が覗く懐から、丸められた羊皮紙を取り出してみせる。


「あー、この度魔王ア……」


「読み上げなくていい。本当に魔王様のご命令かなどと、疑うつもりなど毛頭ない」


 ヴァルダーはわざとらしいアズールの朗読を早々に遮る。


「左様ですか。一応確認せずともよろしいので?」


「くどい」


 しつこく確認するアズールに多少苛立った声を上げたヴァルターは、再度アズールに問いかける。


「それで、そちらはこちらの指揮下に入ると考えてもいいのか?」


「ああ、ああ、それにま及びませんぞ。決してわざとではありませんが、このアズール一つ大事なことを言い忘れておりました。このアズールめは魔王様より、特別行動権を与えられておりますので、自由行動を取らせて貰います故」


 アズールの宣言に、ヴァルターは驚いた。いくら魔将といえども、魔王がそこまでの権限を与えるのは初めてだったからだ。

 魔王は魔族軍を束ねる存在ではあるが、実務が苦手で兵を束ねるような器でもなく、魔族軍の権力は魔族軍のトップである総司令官が握っている。故に、魔族軍の一指揮官であるヴァルターも、魔王にというよりは魔族軍総司令官に従っており、直接魔王に忠誠を誓っているわけではない。

 その魔王が唯一直属の部下として置いているのが、魔将である。

 蜥蜴魔将に死霊魔将、牛面魔将。現在はこの三人を以て三魔将と呼ばれている。牛面魔将が言うには、近々魔王は新たな魔将を迎えるつもりで、当該人物にアプローチを続けているらしい。もし成功すれば、新たな魔将が誕生することになる。魔王は既に魔将の呼び名も決めていて、人魔将と名乗らせるつもりなんだとか。

 だがまあ、所詮は噂。与太話である。真偽のほどは極めて怪しい。

 問題は、魔族軍と魔将は味方同士ではあるものの、命令系統が別なので、少々関係が複雑になっていることにある。

 今までは魔将が魔族軍に協力する形で従っていたため魔族軍からも不満は出なかったが、今後もそう上手くはいかなくなるだろう。

 魔将の独断専行が目立つようになれば、魔族軍兵士の中に不満を抱く者とて現れるに違いない。


(死霊魔将め。一体何をするつもりなのだ。……まさか、また死体をごっそり持っていくつもりではあるまいな)


 表情が読めない髑髏顔のアズールに、ヴァルターは警戒心と猜疑心に満ちた眼差しを送る。

 この死霊魔将と呼ばれる魔族は、過去の戦いにおいて、圧倒的劣勢の状況を、敵味方の死体を操り、その死体で以て死体を量産して戦力をひっくり返し、打破するというとんでもない方法を取ったことがある。

 死霊魔将は劣勢時の引き出しが多く、先ほどの方法で戦力差を覆したり、捕虜に悪霊を取り付かせて開放し、敵将の暗殺を狙ったりと、悪辣な手段を好む傾向がある。とある国を攻めた時など、非戦闘員が避難した場所を襲い、兵士たちの妻や子ども、恋人などを捕らえ、肉壁として生きたまま死人兵たちの最前線に並べたこともあった。無論彼らの精神に死霊魔将が手を加えないはずもなく、助けを求めながらも近付けば隠し持った凶器で襲い掛かるように洗脳されていて、涙を呑んで断腸の思いで殺しても、新たに死人兵として蘇るだけという、地獄絵図が国の各地で繰り広げられた。

 ヴァルターは直接その戦争に参加したわけではないが、参加した同僚から話を聞いたことがあるので知っている。味方であるからまだいいが、敵としては絶対に相手にしたくないタイプだ。


(どんな手段を取るにしろ、ろくなことにはなるまい)


 これからの戦いの行く末を想像し、ヴァルターは暗澹たる気分になった。

 本来ヴァルターの望む戦い方は、真正面から武と武をぶつけ合う、由緒正しい歴史ある王道ともいえる戦い方なのだが、死霊魔将が取る戦い方とは、まず間違いなく百八十度かけ離れている。正々堂々と表現できる戦いはもう望めないだろう。一見して正々堂々に見えても、その裏では着実に敵を嵌める計略を進めている。死霊魔将アズールとは、そういう男だ。


「ところで、指揮に集中しなくて宜しいので?」


「……私の副官は、優秀なのでな」


 笑みを含んだアズールの言葉に、ヴァルターは不機嫌さを隠さずに言い放ち、魔族軍の指揮に戻った。


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