七日目:サイコロ賭博と冒険者たち2
思わず美咲はサイコロを凝視する。
「えっ」
まさかいきなり当たるとは思っていなかった美咲は、何度もサイコロの目を確認した。
どう見ても、出ている目は四だ。
「またかよちくしょう! どうしてこうも勝てねぇんだ!」
数字を見た途端男が悲鳴を上げて席に腰を落とした。
どうやらずっと負け続けているようだ。賭け事には弱いのかもしれない。
その割にはやたらと賭け事が好きそうな言動をしているのは、下手の横好きなのだろうか。
(この人、絶対賭け事で身を持ち崩すタイプだわ、きっと)
本気で悔しがる男に対して、美咲は失礼な感想を抱く。
見た目は髭面髪ぼうぼうと、どこの山賊だと言いたくなるような風貌なので、美咲が偏見を抱くのも仕方ない。
もし現代に居たら、ホームレスと間違われるかもしれない。まあ、ホームレスにしては体格が良過ぎるけれど。
「仕方ないさ。良かったじゃないか、賭けたのは一枚だから損害は軽微だよ」
詐欺師風の優男がため息をついて髭男の銅貨と自分の銅貨を美咲に放って寄越す。
そんな何気ない仕草でさえ、この男が行うと様になる。
優男の面目躍如だ。隣に座る山賊男と比べると、現代基準でホームレスと男性アイドルくらい容姿レベルに差がある。この世界の例で言い表すなら、山賊に王子様だろうか。確かに美咲が唯一出会ったことのあるベルアニア王子も無駄に美形でキラキラしていた。
(格好いいけど、あんまりタイプじゃない)
いかにも女性に慣れていそうな物腰の優男に、美咲は少し苦手意識を覚えた。
エルナとの会話でばらしたこともあるが、美咲は男性と付き合った経験がほとんどない。従ってその経験もない。
どちらかといえば美咲は男性に対して奥手な性質で、元々の性格がやや引っ込み事案だったこともあり、男性に対しての免疫が少なかった。
格好いい男性を見ても、付き合いたいと思うより、付随するトラブルを警戒して関わりたくないという気持ちの方が強く沸く。
もっとも異性に対して興味が無いわけではないし、甘酸っぱい恋愛もしてみたいという、年頃の女の子らしい願望は持っている。
だが、こんな世界に飛ばされている現状では、まともな恋愛など出来そうもない。
というか何かの間違いで好きな人が出来ても、美咲は元の世界に帰るつもりでいるのだから、悲恋に終わるのは確実だ。美咲はこの世界で、恋愛を楽しむつもりはない。そもそもそんな余裕もない。
「この一枚の積み重ねが意外に馬鹿にならないでやんす……」
鼠顔の男が天井を仰ぎつつ賭けた銅貨を美咲の前に置く。
こずるそうだというのが、美咲が彼の顔を見た第一印象だった。
身長は低めだが、背の低さに反して指が細く長い。
銅貨をつまんで美咲に手元に置く動作だけでも、彼は銅貨をテーブルに置いた状態から空中に弾き、人差し指と親指で掴み取るという離れ業をしてみせた。
どうやらかなり手先が器用なようだ。
「損はいずれ取り返せば良い。今は流れを読むことが肝要でござる」
長髪一まとめの男が潔く美咲に銅貨を差し出しながら、鼠顔の男に気休めの言葉を与えた。
総髪、つまり伸ばした髪を頭頂またはその後ろで束ねた髪型をしており、他の四人とは人種的にも毛色が違う。他四人が西洋人に似た白人種であるのに対し、この男だけは美咲と同じ東洋人系の黄色人種だ。
山賊みたいな男と同じように髭を生やしているが、彼とは違い、この男の髭は綺麗に口の上と顎の中央のみの髭として整えられている。
美咲は銅貨を袋にしまいながら思考した。
(なんか、凄く特徴的な喋り方の人がいるなぁ。方言か何かなのかな。サークレットで訳されてるからちょっと分かり辛いや)
それはともかく、一回目の賭け事に勝ったことで美咲は押せ押せ気分になった。
いきなり当てて、気が大きくなっている。
今なら何でも上手く気がしていた。
危険な兆候である。
「二回目いくか。次の宣言は嬢ちゃんからだ」
「三にします!」
垂れ目の男に促され、美咲はサイコロを椀に入れて即答する。
促される前に既に本人がやる気だった。
「四でやんすよ! ご利益にあやかるでやんす!」
「なら拙者は二にするでござる」
「俺は五だ」
「次こそ当ててやらぁ! 一だ!」
「僕は六だね。楽しみだ」
男たちが見つめる中、美咲はそっと銅貨を十枚置いた。日本円でいえば千円程度。
当たれば銅貨五十枚。五倍の五千円である。
美咲は調子に乗っている。
「外して後悔するでやんす」
鼠顔の男が銅貨を足して勝負に乗ってきた。
意外と黒いことを言っている。
いや、こずるそうな顔つきなのだから、意外でも何でもないかもしれない。
これも偏見か。
「人生というもの、常に勝負の連続でござるよ」
長髪を纏めた男が呵呵大笑して銅貨を追加した。
喋り方は特徴的なこと意外は、到って普通そうな性格である。人が良さそうとも言い換えられる、柔和な顔立ちが、笑うと笑い皺が出来てさらに穏やかな表情になる。
「ははは。まあ、ここは乗っておかないとな」
垂れ目の男は余裕の表情だ。
この男は美咲を最初にサイコロ遊びに誘ってきた男で、どうやらこのパーティのリーダー的な役割を果たしているらしい。
「ぐぐぐ……勝てばいいんだ、勝てば!」
髭面の台詞は更なる泥沼への深みである。
絶対一人で賭け事をさせてはいけないタイプだ。
「一人だけ降りるのもつまらないよねえ」
詐欺師風優男も降りる気はないらしく、銅貨を追加している。
美咲は椀を伏せてサイコロを振った。
「開けますね」
おそるおそる美咲が椀を退けると、出てきたサイコロの目は三だった。
(……三? 三!? やった、また当たった!)
もはや美咲は狂喜乱舞する勢いだった。
元手も何もなしに、銅貨五十枚の儲けである。
神掛かった引きだ。
もしかしたら、今の美咲は幸運の女神様に愛されているのかもしれない。
「参ったぜ。嬢ちゃんは強いな」
垂れ目の男が天を仰いで銅貨を美咲に差し出す。
他の男たちも次々に銅貨を寄越してきた。
五十枚ともなれば、量も中々である。
元々の硬貨も合わさり袋に納まりきらなくなってきたので、美咲は垂れ目の男にレド銀貨とペラダ銅貨を両替してもらった。
大量の銅貨を懐に仕舞った垂れ目の男が、美咲に続きを促してきた。
「じゃあ三回目だ。この調子で頑張れよ」
「はい! 皆さんいきますよ!」
美咲の目はキラキラ輝いている。
「私は一です!」
びしっと美咲は人差し指でテーブルに銅貨を置いた。
「五でやんす」
「六でござる」
「二にすらぁ。今度こそ……」
「なら僕は四だね」
「ふふふふ。有り金どころか身ぐるみ全部剥いでやるわ」
「三だ。どうでもいいがノリノリだなー、嬢ちゃん……」
垂れ目の男が若干引いている中、美咲は銅貨を五十五枚追加した。
前回前々回で稼いだ銅貨と同量である。
(外してもプラスマイナスゼロ、私の懐は痛まない! 当たれば大儲け!)
美咲は期待を込めて男たちを見回した。
男たちは目配せを交わした。
「仕方ない。乗るか」
垂れ目の男がしぶしぶ銅貨を置いた。
「そろそろ勝たないとシャレになんねぇんだが……」
「一人勝ちはなんとか阻止したいものだね」
「機を窺うでやんすよ!」
「乾坤一擲でござる」
残りの男たちも降りるつもりはないようだ。
美咲がサイコロを振る。
椀が退かされ、出てきた目は二だった。
「俺の時代が来やがったぁぁぁぁぁぁぁ!」
二に賭けていた髭面の男が思わず立ち上がって吼えた。
「ま、まだよ。最初に戻っただけなんだから」
強がりを言う美咲は乾いた笑顔を浮かべている。
日本円に換算して五千五百円が一瞬で消えた。金額的にはまだ大したことはないものの、それでも手持ちの金額を考えると、はした金と呼べる額ではない。
賭け事をしているテーブルの向こうから、少年がやってきた。
「あれ、美咲じゃねーか。何やってんだ?」
「ルアン?」
何かの依頼書らしき羊皮紙片手に話しかけてきたルアンを見て、美咲は振り向いて手元のサイコロを見せる。
「面白いよ。ルアンもやろうよ」
勝っても負けても、出目に一喜一憂するのは楽しい。
目をキラキラさせて誘う美咲に、ルアンは頭痛を感じたかのようにこめかみを押さえた。
「またお前は……大金溶かされてもしらねーぞ」
ジト目で見てくるルアンに、美咲は唇を尖らせる。
「ちゃんと勝ってるうちに止めるから大丈夫よ」
「ふうん。で、いくら勝ってるんだ」
何気なしに聞いたルアンに、美咲は無駄に胸を張って答えた。
「五十五枚だったけど、さっき負けて無くなったから取り返すわ」
この先の展開が手に取るように読み取れたルアンは、呆れつつも美咲に忠告をする。
「止めとけ。このままやっても負けが込むだけだ。大体サイコロ賭博なんてイカサマの宝庫じゃねえか。カモられてるぞお前」
ルアンにとっては常識だったが、美咲にとてはそうでもなかったらしい。
「え。そうなの!?」
「知らなかったのかよ!」
仰天し、慌てて男たちに向き直った美咲にルアンが突っ込んだ。
垂れ目の男がルアンをため息をついた。
「おいおいルアン、ネタばらしは勘弁してくれよ。せっかく久しぶりの臨時収入を得られるところだったのに」
「悪いな。コイツ、俺の知り合いなんだ。さすがに結果が分かってるのを黙って見てる訳にもいかなくてね」
「あ、あれ? じゃあ私、このまま続けてたら、盛大に負けてた?」
ルアンは重々しく頷く。
美咲がギンと男たちを睨みつけると、男たちは顔を背けわざとらしく口笛を吹いて仲間内だけでサイコロ賭博の続きに興じ始める。
自動的にメンバーから外された美咲がふくれっ面になった。
すぐ隣に席を確保したルアンが美咲を手招きしながら問いかけた。
「大体お前何してんだよ。今日は依頼受けないのか?」
「ううん、逆だよ。今日は依頼出してて待機中。城塞都市までの行き帰りの同行者募集なんだけど、見た?」
「あー……あの依頼書やっぱりお前のだったのか。何なんだアレ。場合によってはそのまま魔王城に向かいますとか書いてあったんだが」
勧められた席に美咲が座り直してルアンと話していると、垂れ目の男が口を挟んでくる。
「何だ嬢ちゃん、まさかルアンみたいに魔王を倒すとかいうつもりなのか? 悪いこと言わないからやめとけって。近頃攻めあぐねてる城塞都市を落としに魔将の一人が出向くって噂話が流れているし、今は城塞都市に行くだけでも戦闘に巻き込まれるかもしれんぞ」
そこで垂れ目の男は言葉を切り、ルアンをちらりと見た。
「まあ、その依頼を受けようとしてるバカもいるみたいだけどな」
「ちょ、人の依頼書盗み見るなよ!」
ルアンは赤くなって持っていた依頼書を裏返しにする。
どうやらルアンが持っていたのは美咲が出した依頼書だったらしい。
美咲は歓喜した。
これは、さっそくメンバーを一人確保か。
「その依頼書は俺も見たが、そこの勇者バカはともかく、普通の冒険者ならこんな依頼受けないと思うぞ。普段なら城塞都市までの往復で銀貨二十枚っていうのはなかなかいいが、久しぶりに戦争が激化しそうな気配が出てきちまったからな」
涙ぐんできた美咲を慌ててルアンが慰める。
「心配すんなって! 俺が着いてってやるから!」
「ま、続けて募集するんなら、悪いがもっと席を離して座ってくれ。係わり合いになりたくねえ」
若干気まずげにしつつもはっきりと垂れ目の男が口にした言葉に、美咲ははっきりと魔族への恐怖を感じた気がした。