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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:今一度、あの戦場へ5

 伝令の騎士が伝えてきた内容に、美咲は首を傾げた。


「はあ……その、指揮官さんが、ここにいらっしゃる、と」


「はい。どうもこの見事な馬車を、是非見てみたいそうで」


 まだ若い伝令の騎士は、美咲の装甲馬車を見上げた。

 補給物資を運搬させるにはもったいないと思うほど頑丈なつくりで、武装が備え付けられていることからも、馬車自体に高い戦闘能力が備わっていることが分かる。

 馬車を引くバルガロッソも三匹とも大型の個体で、大きい装甲馬車の本体が普通の馬車に見えるほど、体格がいい。しかも、バルガロッソたちは戦闘を考慮してか、裸ではなく鋼鉄製の防具で身が覆われている。

 この馬車の突進を止めるのは、並みの努力では不可能だ。通常の、ワルナークの突進を止めるような柵などその大きさと馬力で薙ぎ倒していってしまうし、ワルナークに対して特に有効である落とし穴も、巨大な装甲馬車を落とすためにはかなりの大きさの穴を掘らなければならず、その隠蔽は容易ではない。普通の落とし穴ならば、そもそも馬車が落とし穴に入りきらないし、仮に嵌まったとしてもバルガロッソたちが怪力を発揮して引き上げてしまうからだ。

 無理やり騎士団に徴用されそうになったくらいなので、騎士団が装甲馬車に並々ならぬ興味を抱いていることは、美咲とて知っていたが、それほどまでとは思っていなかったので、美咲は驚く。


「そういうことなら。私たちは、どうお迎えしたらいいですか?」


「そのままで、楽にせよと伝言を指揮官殿より承っております」


 なんともいえない伝言内容に美咲は反応し辛いものを感じ、曖昧に微笑んで誤魔化した。

 どう接すればいいのかと、美咲は少し不安だったが、仲間たちが側にいるので、怖がりはしない。


「ディアナさん、もしかしたら中を見学していかれる可能性もあるから、念のため補給物資をできるだけ片付けておいてくれる?」


 一応馬車の中を見られることを考えて、美咲はディアナに指示を出す。口に出したのはダミーで、実際にディアナに伝わった命令は、「魔物を見られる危険性があるので、隠せ」である。


「承知しました。何人か人手をお借りしても宜しいですか?」


「構わないわ。好きなだけ連れて行ってちょうだい」


 頷いたディアナは、セザリー、テナ、イルマに声をかけて装甲馬車の中に入っていく。やはり元が同僚だったからか、ディアナは他の女性に頼むよりも、セザリー、テナ、イルマに対しての方が頼みやすいらしい。


 馬車の中でガタゴト物を移動させる音が聞こえてくるのを聞きながら、美咲は伝令の騎士と雑談を続ける。


「ところで、指揮官の騎士様って、あとどれくらいで来るんですか?」


 美咲にとっては単なる時間つぶしと暇つぶしのための質問だったが、伝令の騎士にとってはそうでもなかったらしい。

 しばらく考え込んだ伝令の騎士は、生真面目に答える。


「隊の歩みは極めて遅いですから、ちょっと待つかもしれませんね。お引止めして申し訳ない」


 伝令の騎士は指揮官が来るまで待つつもりのようで、穏やかな微笑みを浮かべる。


「いえいえ、お構いなく」


 そう口にして、美咲も伝令の騎士に愛想笑いを返した。

 和やかな雰囲気で雑談を交わし、良い雰囲気になった美咲と伝令の騎士は、お互いの名前を名乗り合う。


「美咲。異国の情緒溢れる素敵な名前ですね」


「フランツさん。よろしくお願いします」


 若いが実直そうなフランツに好感を抱いた美咲は、意識してにこやかに接した。

 そして、その光景を黙って見ていられないのが、美咲を慕う女性たちである。

 作業に従事しているディアナ、セザリー、テナ、イルマはともかく、他のメンバーは襲撃を警戒するだけで比較的暇を持て余しているため、自然と興味の対象は美咲とフランツに集まってくる。


「なんか、お姉ちゃんあの騎士の人といい雰囲気だね。もっとミーヤを構ってくれればいいのに」


 不満そうな表情で、ミーヤが唇を尖らせる。

 ミーヤは外部座席の転落防止と防壁を兼ねた手すりつきの壁に身を乗り出し、美咲を見つめている。

 外から見ると、頭しか見えないミーヤが仏頂面で美咲を凝視しているので、ちょっとシュールな光景だ。


「彼もだけど、何だか警戒が薄過ぎじゃない? さっきも襲撃があったばかりだっていうのに」


 フランツだけでなく、他の騎士たち全般の危機感が薄い様子を見て、ペローネが疑問を抱き始めている。


「単に、上が無能でそれが伝染してるのではありませんの?」


 馬鹿にしたように冷めた口調で言ったのは、イルシャーナだ。

 先のオーガとの戦いなどで暴れまわったイルシャーナは、騎士たちの戦いぶりを見て、その実力の低さにがっかりしていた。

 長年魔族軍と激闘を繰り広げているというのだから楽しみにしていたのだが、いざ本物を目の前にしてみると、とてもそうは思えない。


「でも、戦い方は悪くなかったよ。常に数的優位を保つようにして、絶対に不利な状態で当たらないようにしてた」


 イルシャーナとは違い、マリスは少しだけ騎士団の実力を高く評価していた。個々の実力は確かにそんなに高くは無いが、状況判断だけは的確だ。これこそは、長年戦ってきた経験の賜物といえるかもしれない。

 もっとも、そのお陰で馬車を放棄して積荷を燃やされたり、邪魔が入らずに暴れまわるオーガを一匹一匹美咲たちが倒して回る羽目になったりと、それはそれで問題があったのだが。


「気のせいかしら。何だか視線を感じるような気がするのだけれど」


 回りを気にする素振りを見せたミシェーラは、ぐるりと辺りを見回す。何人かの騎士が露骨に目を逸らした。ほぼ白状したに等しい態度に、ミシェーラは呆れる。これでは誰が見ていたのか丸分かりだ。

 まあ、でも仕方ない部分もあるといえる。ミシェーラは仲間たちの中でも比較的常識的な性格をしているが、見た目は他の女性たちと変わらず、異性を引き付ける魅力を放っている。さすがにその方向に特化しているペローネほどではないものの、人によっては完成されすぎているペローネよりも、清楚さを残しほど良いレベルで落ち着いているミシェーラの方に強い魅力を感じる者も多い。


「気のせいじゃないですよ。私たち、やっぱり見られてますね」


 ミシェーラの呟きに、システリートもまた同意を返す。

 今はもうイステリートはふざけておらず、真剣な表情と真面目な態度を取っている。そうしていると、システリートは何故か知的美人に見えるので、騎士の何人かが案の定システリートに目を奪われていた。

 普段のシステリートを知る美咲からすれば、信じられない光景である。


「また、敵が襲ってこねえかなぁ。今度はもっと大勢で」


 割と洒落にならないボヤキをするのは、ドーラニアだ。さすがに彼女に対しては、騎士たちも可愛らしさよりも先に威圧感を覚えるようで、ドーラニアを見る表情は普段と変わらない。

 別に異性の視線を気にするドーラニアではなかったから、ドーラニアは自分に注がれる視線に無頓着で、仮に見つめられることがあっても、特に何も思っていなかった。気付いてすらいない場合も多い。


「ドーラニアは馬鹿なのです。ニーチェは楽な方がいいのです」


「うへぇ。毒舌だな、お前」


 痛烈な突っ込みを入れられ、ドーラニアが思わず呻いた。割とドーラニアに対して厳しいニーチェは、ドーラニアに対して割とずけずけ物を言う。他人に対しても美咲以外には結構手厳しいニーチェは、ドーラニアだけでなく他の人物にも敬遠され気味である。

 ニーチェの突っ込みは少々過激なので、ごく一部の人種を除いて、警戒されている。だがそれが知り合ったばかりの人間に伝わるわけではないので、ニーチェは割りと受け入れられていた。


「……何だか、視線を向けられる場所が偏っているような気がするのは、気のせい?」


 視線を感じて、ユトラが回りの騎士たちに対して不快感を抱いている素振りを見せるかのように、盛大に顔を顰めてみせる。それで、ペローネやミシェーラ、システリート、ユトラといった、大人の女性の胸や尻に視線を向けていた騎士たちがそっと目を逸らした。どうやら失礼なことをしていたという自覚はあるようだ。

 ユトラが不機嫌そうに腕を組めば、その双球が強調される。別に狙っているわけではないのにセックスアピールになってしまうことに、ユトラはため息をつく。相手が美咲なら、ユトラも我慢できるのだが。


「見たい奴には見せとけばいいのよ。ほら、ほら」


 明らかに演技をしていると分かる硬さで、頬を染めながら、ラピが見せつけるようにポーズを取る。恥ずかしいのならやらなければいいのにと美咲は思ったが、どうやらラピは美咲がフランツと仲良くしているのが気に入らない様子で、美咲の気を引こうと思ったようである。

 だが実際に一番最初に向けられたのは、美咲の視線ではなく、レトワの視線だった。

 不思議そうなレトワの顔を見て、ラピの表情が引き攣っていく。


「ラピちゃん、何してるの? 美味しいこと?」


 傍からその光景を見ていた美咲はこの期に及んで質問が食欲に直結しているレトワを凄いと思ったが、ラピはそんなレトワの反応にホッとした様子で、取り繕うかのようにまくし立てた。


「そ、そうよ! 美咲がこれすればおやつくれるって言ってたわよ!」


「えっ、ホント!? ならレトワもやる!」


 言ってない。

 はっきりそう主張したい美咲だったが、目を輝かせるレトワと、やっちまったといわんばかりに項垂れるラピに、追求するのは止めた。

 後でベウ子にベウ蜜を分けてもらえるよう交渉しようと、美咲は心に決める。

 にこにこと期待に満ちた笑顔で、レトワが美咲に向けてポーズを取った。

 全然いやらしくない。まるで学芸会のような雰囲気が漂う。

 騎士たちも、何故か子どもの発表を見守る父兄のような表情になっている。


「アレ、私もやらなきゃ駄目?」


 眠そうに目を細めながらも、嫌そうな表情を隠さないアンネルが、美咲を振り返って尋ねた。

 アンネルの顔には思いっきり「やりたくない」と書かれている。だが同時に、「報酬次第」とも書かれていた。


「別にやらなくていいよ?」


 これ以上カオスな空間を作られてもたまらないので、美咲が断ると、アンネルは膨れっ面になった。


「アレ、私もやらなきゃ駄目?」


 何故かアンネルはもう一度同じ台詞を繰り返す。


「えっと、だからやらなくてもいいよ?」


 苦笑しながら美咲がもう一度断ると、アンネルはますます膨れっ面になる。


(どうすりゃいいのよ!)


 困りきった美咲が内心で叫ぶと、アンネルは美咲に早口で言う。


「アレ、報酬次第ではやってもいい。その代わりラーダンに戻ったら、家具屋の最高級ベッドを買って」


「……ああ、そっちが目的なのね」


 ようやくアンネルの態度の理由に納得した美咲は、掛かる費用を脳裏に思い描いて試算する。


(戦争に勝てば勝利報酬もがっぽり貰えるだろうけど、最高級ベッドはちょっと……。いくら傭兵や冒険者が高給取りといってもなぁ)


 傭兵になって得られる金は、他の職種の類を見ない。

 街の中でつけるような職が、大体一ヶ月働いて十二レド~二十五レド、つまり十二万円~二十五万円ほどしかないのに関わらず、傭兵ならば一ヶ月の給料が最低四十レド、実力があり名声が高い傭兵ならば七ランデを超え、さらに三ヶ月区切りで五ランデ近くのボーナスまでつく。

 これを美咲が良く知る日本円に換算すると、傭兵の月給は低くても約四十万円、高ければ七百万円に加え、三ヶ月戦えば五百万円のボーナスが貰えるということになる。

 冒険者も傭兵のように高給取りの部類に入るが、依頼によって報酬の額がまちまちで、基本的に街で出来る仕事は安く、街の外に出なければならない仕事は高い。命の危険がある依頼であればあるほど、報酬も高くなるという寸法だ。また、拘束期間が長い護衛任務なども報酬の額は良い。

 もっとも、これらは大雑把な傾向で、あくまで報酬は依頼人の裁量に委ねられるため、場合によっては価格が上下し、割のいい仕事、割に合わない仕事というのが発生する。美咲が以前出した魔王討伐パーティの募集は、文句なしにぶっちぎりで割に合わない仕事であった。

 ちなみに、アリシャとミリアンは傭兵としては最高級の扱いを受けているようで、彼女たちの傭兵登録証には、先ほど挙げた最高額とほぼ遜色ない数字が刻まれている。さらに戦に出ていない時には冒険者として危険度が極めて高い依頼で金を荒稼ぎしているため、そちらでも基本的に一回の報酬で金貨を何枚も稼いでいる。

 傭兵としてはアリシャが、冒険者としてはミリアンが、共にトップクラスの評価を受けており、高給取りである。彼女たちに比べれば、美咲が稼いだ額など便所のちり紙にも満たない。

 そういうわけなので、美咲は傭兵にはなったがまだ実績のない新兵もいいところなので、その月収は四十レドである。もっとも褒章など、活躍によっては特別ボーナスが無いわけではないので、結局どれだけ稼げるかは、活躍の度合いに依る。

 ラーダンの街で買える最高級ベッドは、九ランデ近くになるものもあり、美咲の給金ではどうがんばっても買えるものではない。


「アンネルちゃん、もうちょっとランクを下げられない? 買ってあげたくても、ない袖は触れないのよ」


「……じゃあ、一緒に選んで」


 意外にも、アンネルはだだをこねることもなく、美咲の説得を受け入れ妥協を示した。

 もしかしたら、アンネルは最高級ベッドを買うことその物ではなく、美咲と一緒にベッドを買うという行為自体をしたかったのかもしれない。


「うん、じゃあこの戦争が終わったら、一緒に新しいベッドを買いに行こうね!」


 美咲が笑顔で約束すると、アンネルは嬉しそうに微笑んだ。

 満足そうな表情になったアンネルは、学芸会のようなノリでポーズを取るレトワと、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらポーズを取るラピの下へ近付いていき、自分も加わってポーズを取り始めた。


「サービスサービス」


「しなくていいから」


 頭が痛くなってきた美咲は、苦笑いをして首を横に振った。

 何気に、ラピ、レトワ、アンネルの三人の中で、一番色っぽくポーズを取ったのはアンネルだ。

 レトワは完全に食欲が前面に出ていて論外だし、ラピは恥ずかしがりすぎていて、それはそれでいいのかもしれないが、一般的な部類ではない。

 唯一アンネルは、自分の要求が完全ではないとはいえ、通ったことに気を良くしているようだった。


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