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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:集いし戦士たち6

 美咲たちが門前に着いたのは、人族連合騎士団主力が出発する直前だった。

 ベナルドからの書状を受け取った騎士団長は、書状を読むと重々しく頷く。


「事情は分かった。私たちとしても、正直馬車が不足していてな。馬にまで補給物資を括りつけて間に合わせている状態だ。補給物資の一部をそちらの馬車に積み替えさせてもらうことになるが、構わんかね?」


 同意を求めてくる騎士団長に、美咲は頷いた。


「はい。それくらいならば構いません。ただし、こちらの手の者が間違えて開けてしまう恐れがありますので、補給物資には騎士団のものと分かるよう、印をつけていただきたく思います」


 騎士団長は美咲を侮ることもなく、鷹揚に首肯すると、解決作を提示する。


「もっともだな。では、移動させる積み荷には、騎士団の文字を入れておこう」


「ありがとうございます」


 最初に出会った騎士たちとは違い、穏便な態度の騎士団長に、美咲が深く頭を下げた。

 中々良い人格の持ち主のようだ。


「積み込みについては、私たちも手伝いましょう。騎士様方の手を煩わせるまでもありません」


「そうして貰えると助かる。補給隊には私から連絡を入れておく。申し訳ないが、今すぐ取り掛かって欲しい」


「承知いたしました」


 騎士団長の下を辞すると、美咲はタティマに頼んで馬車を補給隊の方へと移動させてもらった。

 タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクの五人に加え、前の席に座るイルシャーナ、マリス、ドーラニア、ユトラ、アヤメ、サナコの六人もこれを手伝う。

 その間に、美咲は屋上に上ってラーダンを発つ人族連合騎士団の隊列を眺める。

 隊列は長く、細い列となって続いていた。

 美咲たちがいるのは補給部隊なので、列の最後部に近い場所にいる。

 列はのろのろとしていて、ところどころ間延びしており、思ったよりも練度が低いように美咲の目には見えた。ヴェリートを取られているというのに、余裕がありすぎるようにも思える。

 違和感を覚えたが、美咲にはそれが何なのか分からない。

 いつまでも気にしていても仕方ないので、美咲は疑問を心の隅に追いやった。どうでもいい疑問より、直に始まる戦争について考えた方が、よほど健全だ。

 おそらく、あの蜥蜴魔将ブランディールや、ゴブリンたちとも戦うことになるだろう。蜥蜴魔将が恐るべき強敵であることは間違いはないし、ゴブリンたちだって上位種であるゴブリンキングやゴブリンマジシャンに率いられている以上、一筋縄でいく相手ではない。

 蜥蜴魔将は一人で戦局を変えうる戦力を保持している上に、騎獣としてあの竜を従えている。ベルークギアのような、驚異的ではあっても知能が低い竜ではなく、人間や魔族の言語すら解するような知恵ある竜だ。その知能は、本来魔物に属する竜でありながら、魔族の一員として数えられているほど。けれど、だからこそもし彼の竜を従えることが出来れば、もしかしたら魔王城の場所についての情報と、移動手段を一度に確保できるかもしれない。

 そして、一匹一匹の力は大したことはないといっても、ゴブリンたちの一番の恐ろしさは、繁殖力の高さを生かした、圧倒的な物量だ。美咲がルフィミアと一緒に命からがらゴブリンの洞窟を脱出してから、もう一週間以上過ぎている。その時の戦いと、直後のヴェリート奇襲作戦で減少した数も、もう回復している頃だろう。むしろそれ以上に数を増やしていてもおかしくない。そんな彼らが、上位種に率いられて一糸乱れぬ連携を発揮するのだ。もはや群れではなく、それは軍隊である。


(……グモ)


 正直、グモのことを思うと、彼の同族であるゴブリンを殺すのは、いささか気が引ける。グモと友達になれたのだから、ゴブリンとだって和解できるのではないかと、美咲は希望を抱いている。

 もちろんそれが現実的でないことも、美咲は承知だ。あれもこれもと手を伸ばしたって、全てが思い通りになるわけではない。むしろ、思い通りになどなることの方が少ない。もし思い通りになるのであれば、美咲は今まで、誰も死なせて来なかった。

 美咲は元の世界に帰るという自分の目的を果たすために、魔王を殺すと決めたのだ。そのために築いてしまった、犠牲がある。美咲自身でなくとも、人魔の戦いで、肉親や知り合いを失った人間は枚挙に暇が無いだろう。先のラーダン空襲だってそうだ。あれで多くの人間が焼け出され、死人まで出た。美咲がお世話になっている宿屋の女将たちは、自分たちも大怪我を負った上に、宿屋自体を失った。和解なんて、できるはずが無い。


(戦うんだ。今はただ、がむしゃらに。私だって、戦う理由がある)


 自らの事情を抜きにしても、ルアンの仇、ルフィミアの安否確認など、目的はいくつでもある。特にルフィミアの生死は、絶対に確かめなければならない。生きているなら何が何でも助け出すし、もし死んでしまっているのなら、その時は、蜥蜴魔将に勝負を挑むまでだ。どの道、あの竜を従えるためには、現在の主人である蜥蜴魔将を美咲自身で打倒しなければならないのだから、戦いは避けられない。

 美咲は真剣な表情で、補給物資を自分の装甲馬車に積み替えていた。その背中からは、ほのかに蜥蜴魔将に対する殺気が滲み出ている。普段とは様子が違う美咲に、イルシャーナたちはどう声をかければいいか分からず、困惑しながら作業を手伝っている。


「あまり、気負うでないでござるよ、美咲殿」


「……タゴサクさん?」


 ぽふ、と頭に手を乗せられ、驚いた美咲は反射的に手の持ち主に目を向ける。

 普段の男物の着流し姿も目立っていたが、甲冑姿のタゴサクは、完全に鎧武者だった。西洋風異世界を闊歩する侍は異彩を放っていて、美咲は思わず言葉を失う。


「ところで、あの二人は名は何というのでござる?」


「はい?」


 神妙な表情のタゴサクにアヤメとサナコの名前を問われ、美咲は思わず首を傾げた。

 確かに三人は同郷を思わせる容姿をしているが、本当に知り合いなのだろうか。


「アヤメさんと、サナコちゃんですけど、それが何か?」


「名は違う……顔も違うが、どこか面影がある……あの時は気付かなかったが、こうして見ると……」


 ぶつぶつ呟きだしたタゴサクを、美咲は唖然として見上げる。

 タゴサクは一体どうしてしまったのだろうか。


「美咲殿、彼女たちの調整記録は今手元にあるでござるか?」


「え? その日のうちにミリアンさんに証拠品として渡しちゃいましたから、ありませんけど」


 タゴサクの質問の真意が分からず、美咲は首を傾げた。


「となると、確認は厳しいでござるな……。確証もないでござるし……」


 ぶつぶつ呟くタゴサクを不思議に思いながらも、美咲は補給物資の積み替えを続ける。時間は有限なのだ。サボってはいられない。


「おい、そこの男! さっさと動け! 女たちに全てやらせるつもりか!」


「お、おお。すまぬでござる」


 騎士の一人に怒鳴られて我に返ったタゴサクは、ひょいと補給物資を軽々抱え上げ、装甲馬車に積み込んでいく。そのペースは、美咲がやるよりも遥かに早い。やはり地力が違うのだ。

 悔しさで、美咲は人知れず唇を噛み締めた。

 いくら努力しても、スタート地点が違う以上、美咲はこの世界の人間に対して、自分が劣っていることを実感せずにはいられない。

 おそらくは、タゴサクとて以前よりも強くなっているのだろう。美咲が努力して強くなっても、それと同じだけの時間が万人に与えられている以上、こういうことはある。仕方ないことだと分かっていても、美咲は彼らに追いつけない自分に憤りを感じるのだ。


「おい、タゴサク、嬢ちゃんにいいところ見せろよ!」


 通りすがりに、補給物資を担いだタティマがタゴサクの背中をどついていった。


「茶化すなでござる!」


 思わず振り向き、目を剥いて怒鳴ったタゴサクに、タティマは大笑いしながら、装甲馬車の方向へ歩いていく。

 同じように補給物資を担ぎ、悠々と歩くタティマやタゴサクとは対照的に、一歩一歩踏み締めるようにして歩く美咲は、他人の目から見ると危なっかしく映るらしい。

 先に補給物資を積んで次の補給物資を求め、騎士団の馬車に戻っていくイルシャーナが、通りすがりに美咲に労わりの言葉をかけていった。


「美咲様は休んでいても宜しくてよ? この程度の瑣末事、このイルシャーナがちょちょいのちょいと終わらせてみせますわ! ホーホッホッホッホ!」


「高笑いしないでよ。ボクたちまで変な人間だと思われるじゃないか。恥ずかしい」


 ちょうど補給物資を手にイルシャーナとすれ違うマリスが、冷たい目で苦言を呈す。


「この程度で羞恥心を抱いているようでは、まだまだですわね! わたくしは美咲様のためならば、たとえ全裸であろうと往来を闊歩してみせますわ!」


「……そんな、どう考えても実現しなさそうな状況を持ち出されても」


 調子に乗るイルシャーナを見上げるマリスは呆れてため息をつく。

 そもそも、美咲のためにイルシャーナが全裸で練り歩くような状況が、マリスには思い浮かばない。一体全体何がどうなったらそうなるのだろうか。無駄に騒ぎを起こして美咲に事後処理を押し付ける結果にしかならないことは目に見えている。

 補給物資を一度に四つも担いだドーラニアが、通りすがりにイルシャーナとマリスを窘めた。


「お前ら、くっちゃべってないで集中しろ。騎士団の奴らが手薬煉引いて待ってるぞ。あいつら、あたいらが見た目より力があるからって、遠慮ってもんをしやがらねぇ。普通、女にここまで運ばせるか? 男が運んでる量より明らかに上じゃねえか」


 自分たちに向けられたはずの言葉が、いつの間にか別の人物に対する愚痴に摩り替わり、イルシャーナとマリスは顔を見合わせて肩を竦めると、己の役目を果たしにそれぞれの方向に歩き出す。

 自然と方向が同じマリスとドーラニアが一緒に歩き、前を歩くミシェルとベクラムを追い越した。

 ミシェルとベクラムとてペースを考えなければ同じことは出来るが、女性である二人の足腰の強さに、酷く驚いた様子を見せる。


「お前ら、力あるなぁ。結構重いだろ」


「マリスちゃんだっけ? 君も凄いけど、そっちの褐色の人は別次元だねぇ。一度に四つなんて、僕じゃそもそも持ち上がらないよ」


 四人が並んだ状態で、ドーラニアはミシェルとベクラムを睨んだ。


「あたいは褐色の人なんて名前じゃねぇ。ドーラニアだ。名前で呼んでくれ」


「ボクはマリスだよ。ボクの名前は覚えてくれていたみたいだね」


 会話をしながら、ミシェルとベクラム、ドーラニアとマリスは、お互い同じことを思った。


(こいつら、何から何まで正反対だな。大柄な筋肉女に、小さくていたいけな少女。美女と野獣か。いや、野獣の方も美人なことは美人だよな。ってことは美女と美獣か。おう、こっちの方がしっくりくるな)


(彼女たちは、確か僕たちよりも前にあの屋敷に捕らえられていた女たちだよね。元気になったようで良かった。……それにしてもこの二人、随分と凸凹したコンビだねぇ)


 ミシェルトベクラムがドーラニアとマリスを見てそんなことを思えば、ドーラニアとマリスも二人を見てこんなことを思っている。


(あの顔は、ミシェルって面じゃねえな。隣の優男と名前を交換した方がしっくりくるぞ。優男も優男で、名前が容姿に比べて厳つすぎる。色々ミスマッチな二人組みだ。まあ、あたいにはどうでもいいけど)


(うーん、ドーラニアとあのミシェルって人、並ぶとそんなに違和感ないね。どっちも山賊の親玉って感じだし。夫婦で山賊やってそう。ベクラムって人は、結婚詐欺師が似合いそう。配役を当てはめると、僕は結婚詐欺に遭って泣く薄幸の美少女って感じ?)


 前の三人はともかく、マリスについては突っ込みどころがある。マリスはどう見ても騙される側ではなく騙す側だ。ベクラムと組んで、嬉々として結婚詐欺に勤しんでそうだ。

 他にもさりげなく、モットレーが一人でアヤメとサナコをナンパするという、喜劇のような状況が発生していた。


「あっしはモットレーというしがない冒険者でやんす! ぜひ、ぜひお二人のお名前を伺いたいでやんす!」


「はあ……アヤメだが」


「サナコです」


「おお、異国の情緒溢れる名前でやんすね! ぜひ、この後食事でも……」


 勢い込むモットレーに、呆れた顔で、アヤメは言った。


「どうして舞い上がってるのかは知らんが、積み込みが終われば後は出発して戦争に参加するだけだぞ。食事に行く時間など無いことは、少し考えれば分かるだろうに」


「お断りします」


 にっこりと笑顔を浮かべるサナコに至っては、取り付く島もない両断振りだった。

 何度か往復を繰り返して、補給物資の積み込みが終わると、アリシャとミリアンが自分の馬車を駆ってやってきた。

 同時に騎士たちの声が響き渡る。

 出発の時間になったのだ。


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