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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:集いし戦士たち3

 傭兵ギルドの中は、傭兵たちでごった返していた。

 以前訪れた時よりも、傭兵の数が増えているように見えるのは、今日が出発の日だからだろう。

 ギルドの受付カウンターに傭兵登録証を見せると、手振りで傭兵たちが集まっている一角を示される。そこへ行け、ということだろう。

 女性ばかりなので、傭兵ギルドの中に入った瞬間から、美咲たちは四方八方から視線を浴びていた。

 視線自体も美咲たちを値踏みするもの、興味なさげにすぐに逸らすもの、下卑たものなど、様々だ。

 やはり、不埒な考えを抱く者は一定数居るらしい。

 自分たちの胸や腰に注がれる視線を感じて、美咲は不愉快になった。

 むっとした顔で、視線の主たちを睨む。美咲に睨まれた傭兵たちは、嫌らしい表情でニヤニヤと笑うばかりだ。


「美咲。必要なら、私たちで分からせましょうか?」


「命じてくれれば、男性として再起不能にするわよ」


 真剣な表情で耳打ちしてくるミシェーラとユトラに、美咲はぎょっとして振り向く。


「そこまでしなくていいですから。あんな視線、気にしなければいいんですよ」


 結構二人の目が真剣だったので、美咲は慌てて制止する。


「そう。美咲がそこまで言うならやめておくわ」


「私たちも無視することにする」


 残念そうな表情で引き下がる二人に、美咲は引き攣った笑顔を向ける。


(意外に血の気が多いなぁ……)


 まあ、血の気が多くなるのも、美咲は分からないでもない。

 本当に、嫌悪感を感じる視線が多いのだ。

 場違いな女たちとして色眼鏡で見られているのがはっきりと分かる。

 それでも、最後まで視線を向け続けるような輩は多くない。

 殆どは、途中でアリシャとミリアンに気付き、驚愕の表情を浮かべてそそくさと目を逸らす。

 アリシャとミリアンは、傭兵たちの間では有名なようだ。肩書きは伊達ではない。


「おお、美咲殿! ここでござるぞ!」


 周りをきょろきょろ見回しながら歩いていると、急に名を呼ばれ、美咲は視線を声が飛んできた方向に向けた。


「タゴサクさん! タティマさんたちも!」


 知っている顔を見つけて笑顔を浮かべた美咲は、小走りで彼らに近寄っていく。その歩みは、少しずつゆっくりとなった。

 何か懸念があったわけではない。

 ただ単に、混雑しているので時間が掛かっただけである。

 ちなみに周りの傭兵たちが三人ほどすれ違いざまに美咲の尻を撫でようとしていたものの、全てアリシャに手を叩き落されていた。さすがにアリシャやミリアン本人に手を出そうとする輩は居ないようだ。

 ミシェーラとユトラには時々手が伸びているが、二人は自力で防いでいた。そのくらいのことなら、造作もない。


「不肖このタゴサク、約束通りに美咲殿の力になりに来たでござるよ」


 五人組の中で一番背の高いタゴサクは、以前は浪人姿だったのが、美咲にも馴染みのある日本風の鎧と具足、兜を装着した、武者姿になっていた。

 似合っているのだが、いかんせん回りと比べると、果てしなく浮いている。

 悪目立ちしている鎧武者に足を止めた美咲が絶句していると、どうしてこうなったのか、タティマが説明してくれた。


「祖国の戦装束なんだと。タゴサクの野郎が凄く張り切っててな。まあ、助けられた恩があるし、借りは早めに返しておくに越したことはない。だからこれからよろしく頼むぜ」


 苦笑して肩を竦めるタティマの横で、ミシェルがニッと笑って親指を立てた。このジェスチャーは異世界でも同じなようだ。


「この俺様が仲間になれば、百人力だ! 崖から飛び降りる気概で任せな!」


(その例えは駄目なんじゃ……?)


 苦笑する美咲は、改めてタゴサク、タティマ、ミシェルの三人と握手を交わす。

 髭面だみ声のミシェルはまるで山賊のようで、腰に斧を差し、短剣を携えている。主な獲物は斧、それもやや短めの手斧のようだ。まさに山賊である。


「それにしても、君たちは女性ばかりなんだね。羨ましいよ。こっちはむさい男ばかりなんだ」


 貴公子然とした風貌のベクラムが、辟易した様子で仲間たちを見ながら、美咲に握手を求めた。

 笑顔で美咲も握手に応じる。


(やっぱり、イケメンだぁ。眼福、眼福)


 白馬の王子様を地で行くことが十分に可能な容姿のベクラムを、美咲は存分に観賞する。

 ベクラムの切れ長の目は涼やかで、すっと通った鼻筋と薄めの唇のバランスが絶妙な加減で調和している。もし元の世界にベクラムが居たら、モデルや俳優として引っ張りだこだろう。

 存分にイケメンを堪能して満足した美咲は、はふ、と感嘆の息をつく。


(私たちも人の事言えないけど、凸凹パーティだよねぇ、この人たち)


 人が良さそうな顔をしているが、その実所見の美咲をイカサマ博打に誘うような食えない腹の持ち主であるタティマに、山賊の親分にしか見えない髭もじゃのミシェル、容姿は整っているが冷酷そうなベクラムに、背も態度も小さい小男であるくせして、実は一番実家に権力があるモットレー、遥か東の滅び行く祖国を離れ、魔族から逃れて落ち延び、この国に落ち着いたタゴサクと、とてもキャラが濃い面々が揃っている。


「あっしらも人のことは言えないでやんすが、そちらも性別が偏っているでやんすね」


 モットレーが美咲たちを眺めて鼻の下を伸ばした。

 その視線は美咲やミシェーラ、ユトラの胸を行き来している。決してアリシャやミリアンに視線が向かないのは、彼が小心者故だろうか。

 さすがにミーヤには食指が動かない様子である。動かれても困るが。

 デレデレとモットレーが胸を凝視しているので、美咲が少し顔を赤らめた。

 このまま見つめられているのも恥ずかしいし困る。


「あんまり嫌らしい目で見ないでくださいね、モットレーさん」


 若干警戒した様子で、美咲がモットレーに釘を差す。


「お主、美咲殿をそんな目で見ていたでござるか?」


「濡れ衣でやんすよ!」


 タゴサクに睨まれたモットレーは慌てて弁解した。


「ちょっと見蕩れただけでやんす! やましい気持ちはこれっぽっちもないでやんす! 誓うでやんすよ!」


 自分の顔の前でわたわたと両手を振るモットレーに、美咲はジト目を向けた。

 無論本気ではない。タゴサクの仲間なのだから、美咲もモットレーのことはある程度信用しているのだ。

 だからこれは、お遊びである。


「本当ですか?」


 からかいを含んだ美咲の問いかけに、モットレーが動きを止めた。赤い顔で、美咲を見つめている。

 事態を静観していたアリシャが、話に割って入った。


「それくらいにしておけ。話が進まん。手を出すなら好きにしろ。命の保障はできんが」


 続いてミリアンが、ふざけてモットレーに近付き、耳元に口を寄せる。


「うふふふ。モットレーって言ったっけ? お姉さんと、イイコトする?」


「ほわああ!」


 奇妙な叫び声を上げて、モットレーはその場から飛び退いた。


「あはははははは! 面白ーい!」


 モットレーの反応がツボに入ったのか、ミリアンは腹を抱えて大笑いしている。


「ミリアン・ローズ! あっしをからかうのは簡便して欲しいでやんす!」


「ごめんねぇ」


 ニコニコ笑いながら謝罪するミリアンだが、明らかに形だけで悪びれた様子を見せない。


「って、おい! ミリアン・ローズっていったか!? あの特級冒険者の!?」


 ぎょっとした顔で、ミシェルがミリアンを見た。

 ミシェルに見つめられたミリアンは、ミシェルにニコリと笑いかけた。


「そうよぉ。ちなみにあなたたちを助けた時、美咲に手を貸していたのは私だからね。そこのところ、よく覚えておくように」


 山賊のようないかつい顔に満面の笑顔を浮かべたミシェルは、懐から羊皮紙と羽ペン、インクを取り出してミリアンに詰め寄った。


「サ、サインくれ! 俺、アンタのファンなんだ!」


「へ?」


 さすがにこの流れは予想してなかったのか、ミリアンが目を点にしている。


「ぷっ、くくく……」


 対応に困っているミリアンの背後で、我慢しきれないとでもいうように、アリシャが息を殺して笑っていた。


「頼む!」


 真剣に頼んでくるミシェルに目を白黒させていたミリアンは、やがて苦笑すると差し出された羊皮紙、羽ペン、インクを受け取った。


「いいけど。あなたも物好きねぇ」


 さらさらと羊皮紙にサインをしたミリアンからサインを受け取ったミシェルは、拳を突き上げて喜びを露にする。


「よっしゃああああああ! やったぜぇ!」


「大げさね。でも、まぁ、悪い気分じゃないかも。こそばゆいけど」


 まんざらでもなさそうなミリアンはどうやらミシェルのことが気に入ったらしい。

 そしてアリシャはまだ笑っている。

 一方では、ベクラムが目ざとくミシェーラとユトラに目をつけ、粉をかけていた。


「そういえば名前を聞いていなかったね。お嬢さんたちの名前を窺っても?」


 自分の容姿が整っていることを知っているベクラムは、完璧な貴公子の笑みを浮かべ、二人に話しかける。


「ミシェーラよ」


「……ユトラ」


 どちらも反応は素っ気無い。目を合わせて名乗ったミシェーラはまだしも、ユトラなど目すら向けない。


「二人とも、お愛想、お愛想」


 美咲が台本を見せるかのように笑顔を浮かべてミシェーラとユトラを促して、ようやく二人はベクラムに微笑みを向けた。


「おお……。なんと美しい……」


 何やら呆然としているベクラムに対して、ミシェーラとユトラは既にベクラムに背を向けている。

 明らかに、ベクラムに対して興味なさげな態度だった。


「すみません、ベクラムさん。気を悪くしていませんか?」


「いや、気を悪くするなんて、そんなことはないさ。素敵な貴婦人方だ」


 フォローに入った美咲が訪ねると、さすがは大人というべきか、ベクラムは上機嫌に笑った。

 次の瞬間ミシェーラとユトラが勢いよく振り向いた。

 二人の態度に気付かないまま、ベクラムと美咲は話に花を咲かせる。


「それにしても、驚いたよ。僕たちからしてみれば、彼女たちは明らかに再起不能な状態だった。どんな手品を使ったんだい?」


「うふふ、秘密です」


 微笑んで口元に人差し指を当てる美咲に、ベクラムが笑みを深める。


「そうか、秘密か。なら仕方ないな。ちなみに、より親密になることで、秘密が秘密じゃなくなることはあるかい?」


「さあ、どうでしょう。秘密を持った女って、魅力的じゃありませんか?」


 にこりと笑い合った美咲とベクラムは、同時に噴出した。


「うーん、これは一本取られたかな。成長したねぇ、君。あしらい方が上手いよ」


「いいえ、ベクラムさんには負けますよ。迫られて内心ドキドキしてました」


 仲が良さげな二人の様子に、ミシェーラとユトラは揃って嫉妬の視線を向けた。

 ベクラムへ。

 まあ、いつも通りの反応である。


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