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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:集いし戦士たち2

 重厚な戦車のような装甲馬車を、ディアナは馬車の巨体ゆえの扱いづらさに苦労しながらも傭兵ギルドの馬車専用駐車場に止めた。


「さてと。着いたわけですけど、行きますか」


 座席から降りた美咲は、むんと気合を入れる。

 続いて馬車から下車したアリシャが、美咲にアドバイスをする。


「建物内には、美咲と私、ミリアン、後はニ、三名に抑えた方がいいだろうな。馬車の見張りを残しておかなくちゃならん」


「見張り、ですか?」


 きょとんとした表情になった美咲に、今度はミリアンが説明する。


「傭兵も冒険者も、つまるところ一つに括っちゃえば無頼漢だからねぇ。人の目のないところでの犯罪行為なんて日常茶飯事よ。詐欺、盗み、殺人、強盗、名声を得ているならともかく、そうでない木っ端な奴らだと、犯罪者と大して変わらないわ」


「特に、私たちは女所帯だからな。性犯罪にも気をつける必要があるぞ。周りにはいつでも注意を払っておけよ。お前でなくても、気付いたら誰かがいないなんて可能性は十分にある」


 ミリアンの説明を再びアリシャが補足し、美咲だけでなく、全員に警戒を促す。


「私は、狙われたらひとたまりもないですね。絶対に一人にはならないようにして待ってます」


 自分が誰よりも弱いということを自覚しているディアナは、ごくりとつばを飲み込んで馬車を降りた。


「そうですね。私もその方がいいと思います。セザリーさん、テナちゃん、イルマちゃん、ディアナさんのこと、頼むわね」


 同意した美咲は、セザリー、テナ、イルマの三人に、ディアナの身柄を託す。

 美咲が三人を選んだのは、ディアナが三人と打ち解けていたのを見ていたからである。


「お任せください、美咲様」


「はーい」


「任されましたですぅ」


 セザリー、テナ、イルマの三人は快諾し、ディアナが行う馬車の固定作業を手伝う。

 続いて馬車を引いていた三匹のバルガロッソに肉を食わせ、水を飲ませた。

 バルガロッソたちも生きているため、飲まず食わずでは死んでしまう。普段から十全のパフォーマンスを発揮させるためにも、餌はたっぷりとやる必要がある。

 小さな足が届かず、ミーヤがずり落ちそうになりながら馬車の端でプルプル震えていたので、美咲はミーヤを抱えて下ろしてやった。

 幼いミーヤには、馬車が少し大き過ぎたようだ。


(階段でもつけてあげるべきかしら)


 美咲ですら、馬車上に一人で上るには足をかなり高く上げなければならないのだ。ミーヤにはさぞ辛かろう。


「ミーヤはお姉ちゃんと一緒だよね?」


「別に待っててもいいよ?」


 やんわりと美咲は待っていて欲しいことを告げると、ミーヤはすぐに拒否した。


「やだ! ミーヤはお姉ちゃんと一緒なの!」


 どうやら、ミーヤは置いていかれるつもりはさらさら無いらしい。

 慕ってくれるのは嬉しいが、美咲は少々困ってしまう。


「うーん。本当は、連れていくべきじゃないんだろうけどなぁ。アリシャさん、駄目ですか?」


「……まあ、下手に禁止して、予想できん行動に出られるのも困るからな。構わんさ」


 苦笑したアリシャが許可を出したので、美咲はミーヤに微笑みかけた。


「じゃあ、一緒に行こうか」


「うん!」


 ミリアンが、美咲に尋ねる。


「一人は決まったわね。残りは誰にするのぉ?」


 少し考え、美咲は答えた。


「そうですね。ミシェーラさんとユトラさん、お願いできますか?」


 まさか己が呼ばれるとは思っていなかったようで、ミシェーラが目を瞬かせた。


「え? 私?」


 吃驚した様子で、ミシェーラは美咲を見る。


「いいけど……私たちでいいのかしら。もっと他に適任がいるのではないの?」


 嬉しいけれど腑に落ちないミシェーラは、ちらちらと周りに視線を走らせた。


「な、何故わたくしではありませんの……」


「うぐぐぐぐ、どうして私じゃなくてミシェーラが」


 案の定、ミシェーラに対して嫉妬を露にしているイルシャーナとシステリートが、悔しそうに歯噛みしている。


「選んでくれたのは嬉しいけれど、他に適任がいると思うわ」


 ユトラは冷静に、美咲に考え直すことを薦める。


「ボクなんてどうだい?」


 珍しく、いつもは一歩引いているマリスが自己主張した。

 指名されたミシェーラとユトラは遠慮しているみたいだから、今なら通ると思ったのだろうか。

 様子を見ていたペローネが、ミシェーラとユトラの二人に囁く。


「二人が引き受けないと、また誰が行くかで揉めて時間を取られるんじゃない? 時間が無限にあるわけでもないだろうし、下手したら遅刻しちゃうよ」


「確かに……。それはそうね」


「時間は有限だものね」


 ペローネの指摘に、ミシェーラとユトラは頷く。


「ミシェーラとユトラでいいんじゃねえか? 馬車はあたいらでしっかり見張っとくぜ」


「ニーチェも馬車を見張るのです。近付く輩は問答無用でサーチアンドデストロイです」


「それは駄目だろ、おい」


 漫才のようなやり取りをしつつ、ドーラニアとニーチェが自主的に残ることを表明した。


「レトワはとりあえずおやつを食べるよ!」


「ええ、アンタはこれでも食べてなさい。姉さまが帰るまでは大人しくしてるのよ」


「やったー」


 食欲魔人なレトワの唐突な宣言に、ラピが即座に以前作った魔物の燻製肉を手渡した。

 レトワは目を輝かせて、鎌で器用に燻製肉を削いで食べ始める。


「燻製肉って、おやつだったっけ……?」


 セニミスがレトワの奇行を見て、思考の袋小路にはまり込んでいた。


「じゃあ私は寝る」


 いそいそと装甲馬車内に入ろうとしたアンネルの首根っこを、メイリフォアが掴んだ。


「寝ないで馬車の番を手伝ってくださいよ」


 少しずつ、アンネルの相手をしているうちに、メイリフォアも神経が太くなってきたらしい。


「じゃあ、寝ながら馬車の番をする」


「それって見張り番している意味ないですよね?」


 メイリフォアはアンネルに笑顔で圧力をかけた。


「さっさとミシェーラとユトラで行ってくればいいだろう。話している時間の方が無駄だ」


「馬車は私たちで見ておきますから、ご心配なさらず」


 アヤメとサナコも残ることを決めたので、必然的に傭兵ギルドの建物に入るのは、美咲、ミーヤ、アリシャ、ミリアン、ミシェーラ、ユトラの六人に決まった。

 ようやく決定したことに美咲がホッとしていると、馬車の中からひょっこりと魔物たちが顔を出す。


「ぷうぷう。ぷうぷう(やっと決まったね。待ち草臥れたよ)」


 うさぎに似た魔物、ペリトンであるペリ丸が、ピョンとうさぎ顔負けの後ろ足を生かして地面に飛び降りた。魔物なので、似てはいてもうさぎよりも基本的な運動能力は高い。


「くまくまー(じゃあ行くかー)」


 続いてのそり、のそりと巨体を揺らして出てきたのは、熊に似た魔物のマクレーアであるマク太郎だ。ヒグマよりもさらに大きい巨体は、傍に近付かれるだけで迫力がある。美咲も言葉が通じておらず、味方だということ知らなければ、腰を抜かしていたかもしれない。

 攻撃力も決して馬鹿にはできず、人間がまともに戦おうとすれば、確実に死者が出るだろう。美咲の世界でも、ヒグマによる死亡事故は報告例があるのだ。そのヒグマよりもさらに大きく、しかも魔物なのだから、その危険度はヒグマの遥か上を行く。


「(私たちも行った方がいいのかしら? でもお家に誰も残さないのも無用心だし)」


 何匹もの働きベウが、馬車に張りついて中に出入りを繰り返している。

 彼女たちは最近になって生まれた若い働きベウたちで、巣と、その巣がある馬車を守る役目を負っている。

 ただの魔物であれば、人間であるディアナたちも働きベウは容赦なく攻撃するだろうが、彼女たちはミーヤのペットである女王ベウ、ベウ子の娘たちだ。他の人間ならいざ知らず、美咲とミーヤの仲間を襲うことはない。


 若干警戒している他の魔物たちと違って、我慢し切れないとでもいうように、飛び出した影が二つあった。


「バウ! バウ!(散歩! 散歩するべ!)」


「バウバウ(思い切り走り回りたいわー)」


 狼に似た魔物、ゲオルベルであるゲオ男とゲオ美の二匹である。

 本当は一気に走り出したいのだろうが、美咲とミーヤの言いつけが頭に残っている二匹は、困惑する居残り組の間をすり抜け、馬車の周りを走り回っている。


「ぴいいいいいい(パパと一緒に行くー)」


「ぴいいいいいい(オレはママと)」


「ぴいいいいいい(私も行くの)」


「ぴいいいいいい(僕もー)」


 遅れて小型ほどの大きさの恐竜もどきが四体、馬車を転げ落ちるようにして地面に降りた。

 ベルークギアの幼生体、ベル、ルーク、クギ、ギアの四体である。まだ生まれたばかりなので、まだその動きは拙く、ふとした拍子に転んだりしている。こんな頼りない形でも、成長すればほとんどの魔物を圧倒する体躯と強さを持つ、強大な魔物になるのだ。

 何しろ、ベルークギアの見た目は、ティラノサウルスを一回り大きくしたものに酷似している。


「あ……この子たちのこと忘れてた」


 この魔物たちを放ったままにするわけにもいかないし、かといって、馬車に押し込めておくのも可愛そうだ。全員は無理でも、何匹かは連れて行ってあげたいと思い、美咲は考える。


(まず、マク太郎は論外。間違いなく大騒ぎになる。ゲオ男とゲオ美も同じ理由で駄目。基本的に肉食の魔物は皆駄目って思った方がいいかも。とすると、いくら幼生体でもベルークギアのベルたちも駄目。ベウ子たちも同じく論外。……そこまで騒ぎにならなさそうなのはペリ丸くらいかな)


 決めた美咲は、ペリ丸を呼んだ。


「ペリ丸、おいで、一緒に行こう」


「ぷう!? ぷうぷう!(いいの!? やったー!)」


 喜ぶペリ丸は、美咲の前まで跳ねて移動すると、一際大きくジャンプして美咲の胸に飛び込んだ。


「わっ」


 驚いた美咲が慌てて抱き抱えると、ペリ丸は美咲の腕の中で丸くなる。


「いいなぁ……」


 そんな美咲を、ミーヤが指を咥えて羨ましそうに見つめる。

 反射的にペリ丸を受け止めたのはいいのだが、それから美咲は持て余してしまった。


(どうしようかな、この子)


 周りを見回した美咲は、ミーヤが何か言いたげな眼差しで、自分を見上げていることに気がつく。


「ミーヤちゃん、ペリ丸のお守り、お願いしていい?」


「うん!」


 目を見開いたミーヤは、たちまち表情を輝かせると、美咲に向けて大きく手を差し出した。

 その手に、美咲は身長にペリ丸を乗せる。


「ぷうぷう!(ミーヤの保護者は任せて!)」


「ペリ丸! ミーヤが守ってあげるからね!」


 見事に一人と一匹の意見は食い違っていたが、美咲は敢えて指摘しなかった。お互いがお互いを守ろうとする。結構な関係ではないか。片方が片方に寄り掛かるより、よほど健全である。

 傭兵ギルドの中に入る人員の選抜が終わり、美咲たちは馬車に残る者、進む者に別れた。

 中に入るのは美咲、ミーヤ、アリシャ、ミリアン、ミシェーラ、ユトラの六人で、馬車に残って待機するのが、それ以外のディアナ、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、システリート、ドーラニア、ニーチェ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコの十七人だ。非戦闘員が三名いるとはいえ、居残り組の方が圧倒的に多く、戦闘では頼りになるドーラニアとアヤメも残っているので、馬車については心配する必要はないだろう。馬車を盗んだり、女ばかりと甘く見て、襲おうとするような不届き者が現れようと、袋叩きにされる未来しか見えない。

 出かける人員を見回し、アリシャが言った。


「じゃあ、行くか」


 ミリアンが、残るディアナたちに手を振る。


「皆、後のことは頼むわねぇ~」


「行ってきます!」


 歩き出すアリシャとミリアンの後ろで、美咲も皆に挨拶すると、ミーヤを促す。


「ミーヤちゃん、行こう」


「うん! ペリ丸も大人しくしてるんだよ!」


 器用にペリ丸を抱きながら、ミーヤは小走りで美咲の傍に並んだ。


「ぷう、ぷうぷう(ミーヤ、僕たちは美咲の傍にいようね)」


 腕の中、ペリ丸がミーヤに話しかけるが、残念ながらその意思は美咲以外には伝わらない。

 見上げてくるミーヤに、美咲はペリ丸の言葉を通訳した。


「私たちとはぐれないようにって言ってるわ」


「……うん!」


 表情を輝かせたミーヤは、ペリ丸を優しく抱き締めた。

 一行の最後尾を歩くのは、ミシェーラとユトラの二人だ。美咲に助けられた者たちの中でも年長の二人は、改めて見ると、美咲にまるでハリウッド女優のような印象を与える。

 ミシェーラが、ユトラに話しかけた。


「ユトラ、私たちで美咲とミーヤの警護をするわよ」


 ちらりとユトラはミシェーラを見て、頷く。


「なら私が美咲の警護をするわ」


 有無を言わせず自分を美咲の護衛に当てようとするユトラだが、ミシェーラも負けてはいない。


「いいえ、私よ」


 普段はもっと我の強い奴らがいるので隠れがちだが、ミシェーラもユトラも、決して気が弱いというわけではない。

 ユトラを表情を緩めると、ミシェーラに嘲笑を含んだ微笑を送った。


「諦めなさいよ。こういうのは早い者勝ちと相場が決まっているのよ。私が先に美咲の警護をすると宣言した。だから美咲は私のものよ」


 真正面からユトラの笑顔を見て、ミシェーラの額に一瞬青筋が浮かぶ。

 怒りを堪えてぐっと拳を握り込んだミシェーラは、ユトラに負けずに相手を馬鹿にするような微笑みを浮かべた。


「何どさくさに紛れて、私たちの主を独占しようとしているのよ。それに、早い者勝ちの法則を持ち出すなら、そもそも最初に護衛を提案したのは私よ。決定権は私にあるわ」


 美女二人は、異性が見蕩れるような微笑を浮かべながら、ガンを飛ばし合う。


「あなたはミーヤの警護をしていなさい」


 念を押すように命じるミシェーラに対し、ユトラは首を振って拒否する。


「美咲の命令でもないのに聞く理由は無いわ」


 まだ建物内にすら入っていないのに一触即発になっている二人に、アリシャが呆れた顔を向ける。


「お前らは何いがみ合ってるんだ」


 背後からやり取りが聞こえてきていた美咲は、苦笑してミシェーラとユトラに頼み込む。


「えっと、じゃあ私、ミーヤちゃんと一緒に行動しますから、二人とも、護衛お願いできますか?」


 己の主直々にお願いされたミシェーラとユトラは、ころりと態度を変えて満面の笑顔で答えた。


「「喜んで」」


 変わり身の早い二人を見て、ミーヤが何ともいえない表情になる。


「何だかミーヤ、釈然としないよ……」


「ぷう(よしよし)」


 ペリ丸がミーヤの腕の中で立ち上がり、慰めるようにミーヤを頬擦りした。


「あははははは。美咲ちゃんも罪な女ねぇ」


「何ですかそれ……」


 腹を押さえて笑うミリアンを、美咲は恥ずかしさで顔を赤くして睨んだ。


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