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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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七日目:サイコロ賭博と冒険者たち1

 次の日。

 風のせせらぎ亭の一室で美咲が目を覚ました時には、アリシャはもう出かけた後だった。

 時間が経つと人間誰しも冷静になるもので、昨日の己の言動を振り返った美咲は、アリシャがいないことに残念なような、それでいてホッとしたような複雑な感情を抱いていた。

 一人で平気だと息巻いていても、冷静になった今はそれがどれほど無謀なことだったか美咲は理解している。


(やっぱり、仲間が要るよね。私一人じゃ無理だ。絶対死んじゃう)


 魔王を倒すどころか、その途中で果てるのが関の山だ。

 道半ばで倒れて誰にも気付かれないまま、静かに朽ちていくだけの己の死体を想像し、美咲は怖気を感じて震えた。

 そんな未来は御免だ。どうにかして仲間を見つけなければならない。

 城塞都市ヴェリードへの行き帰りだけでも同行者を確保しなければ、魔王城に辿り着く以前に城塞都市にすら辿り着けない可能性が高い。

 どうせなら魔王城まで着いてきてくれる仲間が欲しいけれど。

 身支度を整えて武装した美咲は、水鏡で自分の姿を確認する。


(うん。真剣な顔してるとそれなりにらしく見えるかも)


 美咲の主観では、水鏡には凛々しい表情の少女剣士が映っている。

 実力的には剣士(笑)みたいなものだが、実力差はおいおい努力で補っていけばいい。

 もちろんそれにも限界があるだろうが、美咲には魔法を打ち消すという奥の手がある。

 今の実力でも、魔族が相手ならそれなりに渡り合えるはずだ。

 意気揚々と風のせせらぎ亭を出た美咲は、冒険者ギルドの前に着いたところではたと立ち止まった。


(あれ? でもパーティ組むのって、具体的にどうやるの?)


 そういえば、詳しい話を誰からも聞いていない。


(仕方ない。ギルドの人に聞こう)


 相変わらずどこか抜けている自分に苦笑しながら、美咲は冒険者ギルドの中に入る。

 午前中なので、昨日と同じく依頼用のカウンターが混雑しているのに比べ、換金などのカウンターに向かう人はまばらだ。

 始めに依頼が掲示されている大掲示板に向かった美咲は、列の最後尾に並ぶ。

 昨日の薬草摘みのような依頼はもう無くなっている可能性が高いが、今日の目的はそれではないので関係ない。

 やがて自分の番が来て、美咲は列の管理をしているギルド職員に尋ねた。


「あの、魔物退治以外でパーティ募集をしている依頼はどれですか? 私、ベルアニアの字が読めなくて……」


 ギルド職員は文字が読めない冒険者への対応にも慣れているのか、笑顔を振り撒きながら丁寧に美咲に説明してくれる。


「現時点で出ている依頼ですと、魔物退治以外では王都までの同行者募集のみとなっております」


 王都は美咲がこの世界に召喚された場所であり、城塞都市とは逆方向である。

 残念ながら、美咲が望む城塞都市行きの依頼は無いようだった。


「じゃあ、魔王討伐の依頼とかってあります?」


「……現時点では承っておりません」


 一瞬返答に間が空いた。

 その間は言葉にするよりも雄弁にギルド職員の胸の内を表している。

 つまり、「何言ってるのこの人」的な感じである。


(まあ、あるわけないよね)


 美咲としても実際にあるとは微塵も思っていなかったので、素直に結果を受け止めた。


「そうですか。ありがとうございました」


 ギルド職員に礼を言うと、何の依頼も受けずに大掲示板から離れ、逆に依頼用の受付に並ぶ。

 長蛇の列は中々進まず、美咲の番になる頃には、体感でかなりの時間が過ぎていた。

 受け付けのお姉さんが笑顔で美咲に応対する。


「本日も冒険者ギルドをご利用いただきまして、ありがとうございます。今日はどのようなご依頼でしょうか」


「あの、パーティ募集をしたいんですけど」


「では、こちらの書類に必要事項の記入をお願いします」


 羊皮紙と一緒に羽ペンとインク壷を渡されるが、美咲は日本語しか書けない。


「私、ベルアニア文字の読み書きはできないので、読み上げて代筆していただけませんか?」


 仕方がないので美咲が頼むと、受付嬢は非常識な人間に会ったかのように固まった。


(あれ? 何か間違った?)


 焦る美咲に、復帰を果たした受け付け嬢は、営業スマイルを浮かべながら丁寧に美咲に説明する。


「冒険者ギルドでは代筆屋が常駐しております。代筆をご希望の場合はそちらをご利用ください」


(代筆屋なんてあるんだ……)


 世間知らずが丸出しだったのか、受付嬢は、代筆屋がどこにいるのかまで美咲に教えてくれた。


「ありがとうございます。行ってみます」


 美咲がベルアニア式の礼をすると、受付嬢も微笑してカウンターの向こうで礼を返してくれた。

 教えてもらった代筆屋に向かい、書類に書かれていることを読み上げてもらって書きたいことを代筆してもらう。

 書類は依頼申請用のもので、張り出される依頼書とは別のもののようだ。

 依頼する内容は、要約すると「商業都市ラーダンから城塞都市ヴィラードへの行き返りに同行してくれる方。最終的に魔王討伐までつきあってくれるとなお良し」という感じである。

 枚数は四人分。報酬は一人当たり二十レドに設定した。

 もっと多く設定した方がいいというのは、美咲とて分かっているものの、あまり多すぎても依頼料が払えないのでこれが限界だ。


「御代は十二レドです」


(げっ、やっぱり高い)


 薄々予想はしていたものの、金額にショックを受けた美咲は、若干青くなりながら代金を支払う。

 またほとんどすっからかんになってしまった。

 既にある程度纏めて払っているからすぐに宿に困るということはないとはいえ、改めて金策をしなければ期限が切れたら宿に止まれない。

 というか下手すると明日からの食費すら危うい。

 代筆してもらった書類を再び依頼受付に持っていって受理してもらった。


「それでは、こちらでお待ちください。パーティご希望の方が来ましたらお呼びします」


 示されたスペースには椅子とテーブルが並べられている。ここで時間を潰せということだろうか。

 席では思い思いに冒険者と思われる男女が寛いでいて、どんな人間がパーティに入るのか気になるのか、時折ちらちらと回りの様子を窺っている者もいる。

 さすがにこんな場所で食事や酒を嗜む者はいないらしく、知り合い同士雑談していたり、テーブルを一つ陣取ってサイコロ賭博などの簡単な賭け事に興じていたりしている。どうやらトランプのような賭博につき物の道具はまだ出回っていないらしい。

 男女の比率はやはり男の方が多めで、立派な鉄製の鎧を着込んでいたり、鎖帷子を着ていたりなど様々だ。武器も多種多様でアリシャのような自分よりも大きな敵を斬り倒すことを目的とした超重武器を携えている者がいれば、ダガーなどの短剣で身軽さを駆使して戦うのであろう者もいる。

 以前冒険者ギルドで会ったルフィミアのような裾の長いローブを着ている者以外は皆総じて筋肉質で、アリシャのようによく鍛えられていた。

 ローブを着ている者はおそらくマジックユーザーなのだろう。つまり、魔族語を扱える人間だということだ。

 席に着くと、よほど場違いだったのかじろじろと周りから遠慮なく観察の視線を向けられ、美咲は居心地が悪そうに身体を竦める。


(早く仲間が見つかればいいんだけど)


 仕方ないとはいえ、待っている間ずっと奇異の視線で見られるのはやはり居たたまれない。

 しばらく経っても美咲の名前は呼ばれず、美咲は暇を持て余した。

 何か時間を潰せる物でもないかと道具袋を漁るが、エルナの道具袋には彼女の性格故かそういうものは入ってなかった。

 回りを見回すと、テーブルでサイコロ賭博をしている者たちがいかにも楽しそうにしていて、美咲は少し羨ましく感じた。


(なんだか懐かしいな。向こうでトランプとかよくやったっけ)


 元の世界では、学校にトランプなどの遊具を持ち込んでくる人間が少なからずいたので、美咲もよく休み時間に輪に入って遊んだりしていた。

 定番では大貧民にスピード、あとは少しコアなところでナポレオンなど、色々やっていた。

 小銭を賭ける時もあって、数百円の損得に一喜一憂していた覚えがある。

 無意識に熱い視線で見ていたのか、遊んでいた男たちの一人が振り向いた。

 垂れ目が特徴的の、ひょうきんな顔立ちの男だ。


「嬢ちゃんも混ざるか? 楽しいぞ」


 まさか誘われるとは思わなかったので、美咲は一瞬返答に困って固まってしまう。


(ど、どうしよう!? 少しだけならいいかも!?)


 ただでさえ残り僅かな路銀をすってしまう危険性があるとはいえ、うまくいけば数日の食事代くらいは稼ぐことができるかもしれない。

 何しろ、今の美咲は金欠だ。銅貨数枚でも、稼げるのなら有難い。


「どうする?」


 垂れ目の男は手の中のサイコロをもてあそびながら、返事を催促してくる。


「お願いします……」


 考えた結果、どうせ暇だったということもあり、美咲は男の誘いを受けることにした。

 美咲が席に着くと、テーブルを囲っていた男たちがどよめいた。


「女の子が参加か! こりゃ盛り上がるな!」


「おー! ついに紅一点が! 良かったら俺のパーティに入らんか?」


「おいコラ脈絡なく勧誘してんじゃねえぞテメェ!」


 男たちの半ばどつき合いのようなやり取りに思わずくすりと笑った美咲は、改めて誘ってくれた男に礼の言葉を述べる。


「あの……ありがとうございます。皆さんもよろしくお願いします」


「いいってことよ。ルールは知ってるか?」


 首を横に振ると、男は「まあ、そりゃそうだよな」と謎の納得をした。

 もしかしたらまた良い所のお嬢様みたく思われてしまったのかもしれない。


「説明するぜ。サイコロの目を一人ずつ宣言して、まず銅貨を一枚ずつ賭ける。宣言するのは親から左回りで、親は前回で勝った奴だ。他の奴が賭けた数と同じ数は賭けれないから注意しろよ。全員が数字を宣言したら、親が追加で賭ける銅貨の数を決める。親以外の奴は親に従って銅貨を賭けるか、勝負を降りるか決めるんだ。親以外全員が降りた場合はやり直しになる。ただし親の他に勝負に出た奴が一人でもいる状態で降りた奴の数字が当たった場合、賭けた銅貨は親の総取りになるから気をつけろ」


(つまり、それって言い換えたら降りれば最悪でも銅貨1枚の損害で済むってことよね?)


 男たちは5人、ちょうど美咲を含めて合計6人いる。


(何か、面白そう。わくわくしてくる)


 さっそく道具袋から巾着を取り出して、美咲は銅貨を出す準備をする。


「よし始めるぞ。さっきは俺が勝ったから俺から宣言するぜ。俺は三だ」


 美咲を誘った垂れ目の男が銅貨を一枚テーブルの上に置く。


「なら俺は六だ。次こそ勝ってやらぁ」


 その左隣に座っている髭面の男が、銅貨をテーブルに一枚叩きつけるように置いた。


「おお怖。負けが込んでるからって興奮しないでくれよ。僕は二だ」


 盗賊というか詐欺師っぽい優男風二枚目の男が、大げさに身を震わせて銅貨を置く。

 垂れ目の男が不敵な笑みで美咲に発言を促す。


「嬢ちゃんの番だ。残ってる中で好きな数字を言いな」


「じゃあ、四でお願いします」


 銅貨を置いた美咲の左隣に座る鼠に似た顔つきの男が、しばらく悩んだ末に自慢げに鼻を膨らませた。


「残りは一と五でやんすか。なら一にするでやんす! 足の速さなら誰にも負けないでやんす!」


「誰もそんなことは聞いておらぬ。残ったのは五なら、拙者は自動的に五だな」


 最後の伸ばした髪を一つに纏めて後ろに流した男が鼠風の男に突っ込みつつ銅貨を置いた。

 全員が宣言したのを確認して、垂れ目の男がサイコロを椀に入れて、振る準備を始める。


「銅貨の積み上げに入る……といいたいところだが、今回は嬢ちゃんが初回だし俺からは上げねぇ。このまま続けるぞ」


 椀が伏せられ、中のサイコロが椀の中で転がり、止まった。

 出目は確定したが、それは椀によって遮られまだ美咲たちからは見えない。

 自然と身が乗り出し皆の腰が浮いた。


「泣くも笑うもサイコロ次第。開けるぞ」


 垂れ目の男が伏せられた椀を取り払う。

 出目は四だった。


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