十七日目:集いし戦士たち1
全員の準備が終わったのを確認した美咲たちは、外に出て傭兵ギルドへと向かった。
美咲、ミーヤ、アリシャ、ミリアンに加え、ディアナ、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ドーラニア、ニーチェ、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコの総勢二十三名からなる大所帯である。
ディアナが装甲馬車の御者を務め、外の座席に美咲、ミーヤ、セニミス、アリシャ、ミリアンが座る。他のメンバーは全員馬車の周りを固めて警護を行い、不測の事態に備える。
ただでさえ大きい馬車なのに、さらに回りを囲んだためかなり人目を引いている。
大通りを再び延々と移動しているのだが、どうにも注目を浴びている気がして、馬車の乗り心地そのものは快適なのに、何故か美咲は居心地が悪い。
きょろきょろと周りを見回した美咲は、ようやく異変に気付く。
やたらと注目を集めている。
「なんか、私たち見られてません?」
すれ違う人々の視線が、自分たちへと突き刺さるのを感じ、美咲は身じろぎをした。
「ミーヤ、全然見えないよぉ」
周りの様子を見ようとミーヤが座席の上でぴょんぴょん飛び跳ねるが、まるで分からずミーヤは口をへの字に曲げた。
「そりゃ、お前は背が小さいからな」
茶化すアリシャに、ミーヤは不機嫌そうにむくれた。ミーヤにとって、自分よりも先に美咲と知り合い、美咲に懐かれているアリシャは敵なのである。わがままであることは分かっているものの、やはりミーヤは美咲に自分を一番に見て欲しいと思っている。
想いの正体は、幼い故の美咲に対する独占欲だ。ミーヤは美咲にアリシャよりも自分を見てもらいたいのである。
「お姉ちゃん、肩車して」
ぶすっとした顔のミーヤに頼まれた美咲は、ミーヤが不満なのは分かっても、どうして不満なのかまでは分からないので、少し戸惑う。
「えっ? まあ、いいけど」
それでもよほどのことでない限り、美咲がミーヤの頼みを断ることはなく、今回も美咲はミーヤの希望通り、肩車してあげた。
幸い、ミーヤは重くないし美咲も鍛錬の成果により昔より身体が鍛えられているため、肩車しても美咲に掛かる負担は少ない。
「わあ、たかーい」
しばらくは怒っているんだぞとばかりに厳しい顔を作ろうとしたミーヤだったが、幼子の集中力が長く続くはずもなく、肩車をしている美咲がミーヤに構っているうちにどうして自分が怒っていたのかも忘れて、きゃっきゃと喜び始める。
「やっぱり、美咲ちゃんはミーヤちゃんのお姉ちゃんしてるわねぇ」
まるで本当の歳の離れた姉妹のように美咲とミーヤが戯れる様子を見て、ミリアンが表情を和ませた。
「そ、そうですか? あまり実感無いんですけど」
ついミーヤと一緒にはしゃいでしまった美咲は、何だか恥ずかしくなって顔を赤くした。
そのまま耳まで真っ赤にして、ミーヤを肩から下ろす。
気付けば、通行人からも視線を浴びている。
恥ずかしさで湯気が出そうだった。
「元々ただのメイドだった身としては、ここまで注目されるのは落ち着きませんね」
唯一武装をせずに、メイド服姿のままでいるディアナが、自分たちに向けられる通行人のうち、男たちの邪な視線を感じて苦笑した。
何しろ女性ばかりだし、元々奴隷にされていただけあって、見目が良い者たちが多い。容姿のレベルは、専用に調整されていただけあって皆完璧に近い。
美人を目で追うのは男の性であり、ディアナとて承知しているものの、やはり気分が良いものではない。好きでない相手ならばなおさらだ。
好きな相手ならば、見られるのもやぶさかではないのだが。
「こういう時は、胸を張って泰然としていればいいのよ、ディアナ」
見られていることを気にしている素振りを見せるディアナに、セザリーが助言する。
元同僚だった事実が発覚してから、セザリーはディアナと仲良くなり始めているようだ。元々の立ち位置が敵だっただけに孤立しがちなディアナを、義妹であるテナ、イルマと一緒に何かと気にかけている。
今回も、さりげなくディアナを守るようにディアナに並んで外側を歩いていた。
「そうそう、こういう風にね」
お手本とばかりに、テナがドヤ顔で肩で風を切って歩いた。
わざとらしくふりふりと腰を振って歩いている。
モデルウォークを彷彿とさせる動きだ。
しかし色気が足りない。
「テナちゃんには張るほど胸がありませんけどねー」
生温い笑顔のイルマは、背筋を伸ばしているのにあんまり強調されていないテナの胸を揶揄した。
悲しいかな、テナの胸はどちらかといえば小さめで、システリートやミシェーラ、ユトラを代表とする巨乳陣に比べれば小さいと言わざるを得ない。ドーラニアも大きいが、アレは半分くらいは筋肉なので除外とする。
「何だと、この妹め!」
年下のくせして地味にテナよりも胸があるイルマに、胸の小ささを指摘されたテナが怒った。
無理もない。
イルマとて大きい方ではないが、こう見えてテナよりはあるのだ。しかも、まだ幼いので、テナより将来性がある。
「まあ、性的な視線も含まれてるのは仕方ないかな。あたしたち、女ばかりだし」
外側を歩くペローネが、突然尻に伸びてきた男の手をするりとかわす。
取り立てて大き過ぎず小さ過ぎず、全てのパーツが丁度良い大きさで纏まっているペローネは、スタイルそのものは抜群に良い。腰の位置が高くほっそり長い足をしていて、性的魅力を最大限に見せていながら、決して下品にはならない。
一番の特徴は、表情だろう。常に潤んだような瞳と唇は、異性の気を引くのには十分な魅力で、誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、男たちを引き寄せる。ペローネ自身が望まなくとも。
ペローネが振り向いて手を出してきた男を睨むと、そそくさと男は人ごみに紛れた。
先ほどのペローネのように、外側を歩くイルシャーナも、容姿のレベルは極めて高く、スタイルもいいので被害を受けていていてもおかしくはないはずなのだが、何故か遠巻きにされている。
「オホホホホホホホ! 皆わたくしの魅力に釘付けですわ!」
「それは絶対ないから安心していいよ」
高笑いをするイルシャーナの回りから通行人が離れたのを見て、マリスは大体のことを察した。いくら美女でも、いきなり高笑いを始めるようなエキセントリックさの持ち主は敬遠される。考えれば当然のことだ。
黙っていれば気品溢れる美女なのに、中身が残念過ぎる。
「酷い言い草ですわ!」
普段よりも鋭いマリスの舌鋒に、イルシャーナがショックを受けて涙目になる一方で、ミシェーラはシステリートたちと話し合いながら周りを警戒していた。
新妻感を漂わせているミシェーラは、どう見ても保護者である。
派手過ぎない落ち着いた様相で、かといって女を捨てているわけでもない。
一行の中では年上でも、鉄製の姫騎士鎧が不思議と似合っている。
こう見えて、ミシェーラは童顔だ。落ち着いた態度と雰囲気を纏っているせいで歳下に見られることは少ないが、だからこそ姫騎士鎧を来ても痛々しくはならない。
もしシステリートやペローネ、ユトラなどなら、こうはいかないだろう。
「装甲馬車があって良かったわね。美咲と非戦闘員を纏めて警護できるわ。目立ち過ぎるのが珠に瑕だけど」
馬車の左隣を歩くミシェーラは、振り向いて馬車上の美咲とミーヤ、ディアナ、システリート、セニミス、アリシャ、ミリアンを見た。
もし万が一、自分たちの警備を潜り抜ける者が現れても、美咲の傍にはアリシャとミリアンという、この場の誰よりも強い二人がいるので、ミシェーラは安心して警備に集中できる。
ミシェーラは腰に括りつけた有刺鉄根鞭を撫でた。何かあれば、ミシェーラも戦うことに異論は無い。美咲を守るためならば、なおさらだ。
「あまり離れ過ぎないように固まって歩きましょう。逸れたら大変です。変な輩に目をつけられてるかもしれませんし。私たち、見目がいいですからね」
一見すると真面目に言っているだけのようにも見えるシステリートだが、わざわざ異性を煽るような扇情的なポーズを取ろうとしては、顔を真っ赤にした美咲に折檻されて喜んでいた。
叱られて喜ぶのでは叱る意味がなく、美咲が頭を抱えている。
美咲をからかうのに執念を燃やしているとしか思えないシステリートの態度は、システリートの美咲に対する深い愛情の裏返しだ。
その証拠に、システリートは本当に美咲が落ち込んでいる時は、悪戯を控える。むしろ、励まそうとする。よく美咲を見ているのだ。時と場合を弁えている。
「自分で言っているのには突っ込みを入れたいですけど、その通りなのでニーチェは黙っているのです」
ふざけているとはいえ、システリートの懸念自体はもっともなことなので、ニーチェはシステリートをどつかなかった。
ニーチェをじっと見ていたレトワが、ふと思いついた様子で口にする。
「レトワ思うんだけど、それって結局黙ってなくない?」
思わず立ち止まりそうになってたたらを踏んだニーチェは、足早になって遅れを取り戻しながら、愕然とした表情になった。
「大変です。あのレトワが真面目なことを言っています。明日は槍が降るかもしれません」
ぷくぅっとレトワが頬を膨らませる。
「なんて酷い言い草。レトワお腹空いたよ?」
耐え切れなくなった様子で、セニミスが叫んだ。
「前後の台詞に脈絡が無いわよ!」
触発されたようにお腹空いたと騒ぎ出すレトワを横目に見ながら、アンネルが辟易した様子でメイリフォアに近付く。
「歩くの面倒……。メイリフォア、寝るから抱っこして」
言うや否や、アンネルはメイリフォアに飛びつき、抱きついた。
「えっ? ちょ、……もう寝てるし」
反射的にアンネルを腕で支えてしまったメイリフォアは、己の腕の中でアンネルが寝息を立てていることに愕然とする。
アンネルとメイリフォアの様子を見ながら、アヤメがくすりと笑う。
「この寝つきの良さはもう、ある意味特技なんじゃないか?」
「戦闘中でも寝ながら戦いそうですよね、この子」
歳相応に幼い寝顔のアンネルの頬を、サナコが指でつつく。
そしてしばらく歩いているうちに、一行は傭兵ギルドに着いた。