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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
212/521

十七日目:最も長い一日の始まり3

 結局、馬車屋で美咲が買ったのは、鋼鉄製の馬車本体にバルガロッソというカバ型の魔物三頭、そして様々な付属品の数々だった。


「うふふふふふふ」


 この買い物でアリシャとミリアンに新たに貰った金を含め、全財産のほとんどを使い果たしたのにも関わらず、美咲は上機嫌だった。

 今、美咲たちは買ったばかりの馬車で大通りを移動している。

 まるで大貴族が使っていてもおかしくないような大きさの馬車で、これ一台だけで、普通の馬車なら複数代通れる幅広の馬車道の三分の二が埋まってしまっている。

 大通りは片側三車線の馬車道が真ん中に通っていて、両側に歩道が通っているという、美咲の価値観から見てもかなり整備された通りなので、二車線を占有していることになる。とはいえ、同じ片側三車線でも、元の世界の道路より道幅が大きいので、行き交うのに苦労はない。

 コンクリートでこそないものの、道路には均等に石畳が敷かれ、馬車が走り易くなっており、排水についても馬車道を僅かに隆起させ、その両端に排水溝を設けることで処置している。

 戦闘にも耐え得る性能を持ち、居住性も抜群という高級なだけはある馬車だが、大き過ぎて裏通りには入れず、宿屋の敷地に戻るだけでも、今まで使っていた近道が使えず延々大通りを通っていかなければならないのが欠点といえば欠点だ。

 今は全員が馬車の中ではなく、外の座席に座っている。外の座席にも、きちんと日差し避けと雨よけを兼ねた天井があり、ある程度の雨風を凌げるようになっている。


「居心地いいね! おうちみたい!」


 はしゃぐミーヤは、目をキラキラと輝かせ、今にも立ち上がって馬車中を歩き回りたそうにしている。

 美咲は自分が買った馬車を褒められてニコニコした。


「そうでしょう、そうでしょう」


 ミーヤに相槌を打つ声も弾んでいる。

 高い買い物だったが、高かっただけのことはある。美咲は馬車の性能に満足していた。

 この馬車は構造も独特で、外部座席と馬車の本体は頑丈に作られたフレームに何本もの鎖で吊り下げられ、ブランコのように振動を吸収できるようになっていた。

 外部座席から馬車の中に行き来するのも簡単で、外部座席から直接後部に回れるように、馬車の本体に付随して転落防止柵つきの廊下も設けられている。

 この廊下は特に側面の警戒をする時に便利で、天井に上っての警戒と合わせて危険をいち早く察知するのに多大な貢献をしそうだ。


「凄い。これなら良く眠れそう」


 僅かに揺れてはいるものの、今まで乗った馬車と比べれば雲泥の差の状況に、アンネルが表情を綻ばせる。

 アンネルはそのまま背もたれに深くもたれ掛かり、目を閉じた。どうやら宿屋に着くまで昼寝を決め込むようだ。

 普段なら即座に起こすところだが、美咲は放っておくことにした。今は上機嫌なのだ。

 その理由を、美咲は語る。


「全然お尻痛くならないのよ。高かったけど、買って良かったわ」


 ずっと美咲の機嫌が上向いている理由がこれだった。

 今まで馬車に乗るたびにノックアウトされていた痛みと、この馬車に乗ってからは無縁になったのだ。


「付属品も相当買ったわよね。トイレにお風呂にまでついてるし、下手な宿屋よりも豪華よ、これ」


 ラピが馬車の本体に目を向け、しみじみと呟いた。

 外部座席の最後尾にある大きな扉を開ければ、馬車の中へと入れる。馬車の中はかなり広く空間が取られていて、間仕切りで仕切られているがトイレと浴槽も設置されている。しかもこの二つは収納式であり、必要なければ仕舞っておくことができた。

 特にトイレを収納できるのは便利である。収納してしまえば臭いも漏れないので、悪臭に悩まされることもない。


「しかも、これだけ居住性を良くしておきながら、馬車の本来の用途は戦闘用装甲馬車で、きちんとその性能を発揮できる状態なのは凄いわ」


 メイリフォアは、馬車自体の戦闘能力の高さに驚いていた。

 設置されている戦闘弩座は、屋上にニ機、外部座席にニ機、側面の廊下に片側二機、後部に二機ずつあり、合計十機も設置されていた。

 それだけでもかなりの重武装だが、特筆すべきは、馬車が大きいということは、今まではほとんど別行動だったペットを軒並み収容できるということだ。

 馬車室内の天井の一角を、早速ベウ子が確保し巣作りに勤しんでいるし、ペリ丸も群れごと総勢十五匹で馬車に乗り込んでいる。

 マク太郎も横になって転がれるほどのスペースに喜んでいるし、ゲオ男とゲオ美は外部座席のすぐ近くの廊下に座り込んで日向ぼっこに興じている。

 ベル、ルーク、クギ、ギアのベルークギア四兄弟姉妹は、つい先ほどまでははしゃぎ回っていたが、今は疲れて馬車の中でうつらうつらしている。


「戦闘弩座があちこちについているのもいいな。固定されてるから狙いもつけ易い。名手でなくとも狙った的に当てるのはそう難しくなさそうだ」


 戦闘者としての観点から、アヤメが感想を述べた。

 射撃は得意とはいえないアヤメだが、これなら取り回しが簡単で当てることはできる。


「きっと、帰ったら皆驚きますよ」


 皆が驚く様を想像し、サナコがくすくすと上品に笑った。

 しばらくすると、見覚えのある看板が見え、美咲はメイリフォアに馬車を止めてもらう。


「ここ、服屋だわ。ディアナたちがいるかも。ちょっと覗いてくる」


「あ、お姉ちゃん、ミーヤも行く!」


 降りる美咲を追いかけ、ミーヤも馬車から飛び降りた。

 二人並んで歩く美咲とミーヤを見て、馬車の御者を務めるメイリフォアがラピに要請する。


「ラピ。必要ないとは思うけど、一応美咲様の護衛についていってください。私たちは馬車を停めてから向かいます」


 頷いたラピは、軽く服装を整えると、素早く馬車から降りて走り出す。


「分かったわ。姉さまのことは任せておいて」


 美咲たちと合流したラピを見ながら、アヤメがメイリフォアに尋ねた。


「私たちもついていった方が良くないか?」


「すぐそこだもの。人数なんて多くても少なくても大して意味はないです。それに、この馬車の扱いが特殊過ぎて、私一人では全部の操作は賄えなさそうなんです。というわけで手伝ってください」


「なるほど。承知した」


 頷くアヤメに続き、サナコも手伝いを申し出る。


「私も手伝いますよ。その方が早く済むでしょう」


 この辺りの反応の速さは、さすがサナコだといえるだろう。


「……ところで、あいつは起こさなくていいのか?」


 唯一話題に出なかったアンネルについて尋ねると、メイリフォアはにっこりと笑った。


「放っておきましょう。起こそうとするのに使う気力体力がもったいないです」


 どうやら普段からアンネルと接しているメイリフォアは、散々彼女に苦労させられているようだ。

 メイリフォアはアンネル、アヤメ、サナコを乗せたまま、馬車を服屋前の駐車スペースに移動させ、壁の固定具に綱で馬車を繋いで固定した。

 続いてその場に膝を折って休む体勢に入ったバルガロッソというカバに似た魔物に、何時ぞや狩って、燻製にし切れなかった生肉を食べさせてやる。美咲が見れば一日常温放置された生肉を与えるなど卒倒ものの行為だが、この世界での常識では一日経ったばかりの肉ならばまだ許容範囲内である。

 見た目馬の癖して生肉を喰い千切るバルガロッソはとても奇妙だった。よく見れば、口から除く歯は肉食動物と同じ犬歯が発達した歯だ。他の歯もギザギザで、肉を噛み千切り易くなっており、カバに似ているのはやはり見た目だけのようだ。

 なおも生肉をバルガロッソに与えながら、メイリフォアは服屋に入っていく美咲とミーヤ、ラピを見届けた。



■ □ ■



 残念ながら、もう帰った後らしく、彼女たちの姿は無かった。

 その代わり、美咲にとっては数日前に分かれたばかりだが、どこか懐かしい面々が店内にいた。

 タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクの、五人でパーティを組む冒険者たちである。


「あれ? タゴサクさん?」


 元の世界の日本の過去、江戸時代にそのままいても違和感なく溶け込んでいそうな容貌のタゴサクを見て、美咲は意外な顔ぶれに目を瞬かせた。


「おお、美咲殿! こんなところで会うなんて、奇遇でござるな!」


 呵呵大笑して挨拶するタゴサクは、別れる前と何も変わっていないように、美咲には見える。

 タゴサクを指差し、ミーヤが声を上げた。


「お髭お髷のおじちゃんだ!」


「こら、指差さないの。失礼でしょ」


 軽く嗜める美咲に、ミーヤは不思議そうな顔をした。


(あれ?)


 どうして注意されているのか分からないミーヤを見て、美咲はきょとんとする。


「お兄ちゃんでござる! 拙者はそこまで歳食ってないでござるよ!」


 指を差されたことに関してはミーヤが子どもだからか何も思っていないようで、タゴサクはそれよりも自分に対するミーヤの呼び方にショックを受けている様子だ。


「あははははは! 幼女におじさん呼ばわりされてタゴサクの奴、ショック受けてやがる!」


「幼女じゃないもん! ミーヤだもん!」


「おう、悪い悪い。俺のことは覚えてるか? タティマだ。一応、このパーティのリーダーなんだぜ」


「……ふぇ?」


 ミーヤはタティマの顔をじっと見つめると、不思議そうに首を傾げた。


「おじちゃん、前に気付いたらあっさり捕まってた人?」


「……まぁ、間違っちゃいねぇな」


 微妙な気分で頷いたタティマは、先ほどタゴサクを馬鹿にして笑い転げたことを後悔していた。

 純真な幼児におじさん呼ばわりされるのは、精神的な意味できつい。

 それに、よりにもよって一番格好悪い事実を覚えられていたことに、タティマは少しショックを受ける。

 まあもっとも、タゴサクはともかく、タティマたちは捕まっていてミーヤとはほとんど絡んでいないので、この反応もある意味では仕方ないのだが。


「もしかして、そっちのガキはあの時助けた女の一人か? 見覚えがあるぜ」


 もじゃもじゃの髭と髪が繋がった山賊のような風貌のミシェルが、ラピを見つけてジロジロとぶしつけに見た。

 見つめられたラピは多少不快そうな顔をしつつ、美咲に尋ねる。


「ねえ、誰よこの山賊みたいな男。姉さまの知り合い?」


「山賊って……。一応あんなのでも、あなたたちを助けるのを手伝ってくれた人だからね?」


 いきなり山賊呼ばわりされたミシェルを哀れに思いつつも、美咲はラピに最低限の説明をする。

 説明を受けたラピは驚いた表情になった。


「えっ? そうなの? あんなに悪人顔なのに?」


「顔は関係ないだろうチクショー!」


 ザクザクと初対面で言葉の刃物で斬り付けられ、ミシェルは咽び泣いた。

 ミシェルとて、できることなら名前に似合った美少年に生まれたかったのだ。それが何の因果か、育ってみれば男くさい特徴をこれでもかと詰め込んだ、髭面大男になってしまったのである。

 次に、ベクラムが美咲に話しかけてきた。


「久しぶり。あれから、結構腕を上げたみたいだね。身のこなしで分かるよ」


「本当ですか!?」


 強くなったとは自覚していたが、他人から明確に言われることのなかった美咲は、ベクラムの言葉に一気に気持ちが舞い上がった。

 声まで弾んでおり、美咲の喜びの度合いの大きさを表している。


「見違えたでやんすよ! 今はいっぱしの剣士の顔をしてるっす!」


 続いてモットレーにまで指摘され、嬉しさのあまり顔色を赤らめた。

 真っ赤になった頬を両手で押さえた美咲の口元が、にへらと緩む。


「まあ、それでもミーヤ殿を除けば某らの中で一番弱いでござるがな! 精進するでござるよ!」


 タゴサクの言葉に、美咲は一気にいい気分だったのが冷めて真顔になった。


「いたっ! いたっ! 美咲殿、何するでござるか!?」


 膨れっ面の美咲に脛を蹴られ、タゴサクは大げさに悲鳴を上げる。


「煩いです。デリカシーゼロですよ、タゴサクさん」


「でりかしーって何でござるか!?」


 肝心な言葉を訳してくれないサークレットに、美咲は苛立って舌打ちした。

 しかし、苛立ってばかりいても話は始まらない。


「ところで、何の服を買いに来たんです?」


「来たのー?」


 矛を収めてタティマたち一行を見回す美咲を真似して、ミーヤもまた不思議そうに首を傾げた。

 ただ、ミーヤの場合、本当に不思議に思っているかは疑問だ。

 真似をしているだけとも考えられる。


「装備の更新だよ。お陰様で、前の依頼でたんまり金が入ったんでね。武器、防具、服、全部新しいものに買い換えることにしたんだ。武器と防具はもう購入したから、今日は注文した加護付きの服を受け取りに来たのさ」


 気さくな態度でタティマは美咲とミーヤに事情を説明する。

 どうやら、美咲たちと大して変わらない理由のようだ。

 髭面の大男であるミシェルが、じろじろとラピを見た。


「にしても、こいつがいるってことは、凄い状態だったが全員治ったのか? だとしたらずいぶんと大所帯じゃないか」


「何よ! 文句あるの?」


 ラピはミシェルの真正面に立つと、しかめ面でミシェルを睨み上げた。

 二人が並ぶと、体格差が余計に浮き彫りになる。ラピはより小さく華奢に、ミシェルはより大きく大柄に見えるのだ。


「ああ、悪い悪い。別にいちゃもんつけたいわけじゃねえんだ。不思議に思っただけでな。大所帯であればあるほど、全員が飢えないようにするだけでも大変だろ」


 ミシェルは苦笑すると、ラピの頭を子ども相手にするようにぽんぽんと撫でた。

 不機嫌そうな表情のラピが、ミシェルの手を頭から叩き落す。


「気安く触らないでよね。私に触っていいのは姉さまか、姉さまを守ってくれる仲間たちだけなんだから」


 腕組みをして、ラピは冷たい視線をミシェルに浴びせた。

 叩かれて赤くなった手を擦りながら、ミシェルが苦笑する。


「それが条件なら、俺たちは当てはまってるぜ。何せ、今日の戦争で、肩を並べて戦う予定だからな」


 共闘の予定があるというのは、ラピにとっては意外だったらしく、驚いた表情を浮かべる。


「そうなの?」


「当たり前だ。助けられた借りはきちっと全部返す。借りっ放しは性に合わねぇ」


 こればかりは真面目な顔で言ったミシェルに、ラピは頭を差し出した。


「特別に、撫でていいわよ」


「へ? お、おう」


 許可というよりむしろ催促されたミシェルは微妙な表情になりながらも、ラピの頭を撫でた。

 不思議な二人のやり取りにくすりと笑みを浮かべた美咲は、先ほどのミシェルの疑問に答えた。


「お金に関しては何とかなってますよ。確かに食費とか、新しく揃える武器防具、道具類とかで出費は大きいですけど、私もあの時ミリアンさんからお金をいっぱい貰いましたし、それからも何かと気にかけて貰ってるんです。なんと馬車を買うお金も出してくれたんですよ」


 話を聞いたベクラムが、貴公子然とした怜悧な表情を綻ばせた。


「そりゃ凄い。いくら特級冒険者だからって、普通は他人にそこまでしないよ。その様子だと、あの後も付き合いが続いてるんだろう? 相当気に入られたみたいだね」


「特級冒険者に気に入られるなんて、羨ましいでやんす! ご相伴に預かりたいくらいでやんすよ!」


 語尾が特徴的な小男のモットレーが、美咲に羨望の眼差しを送った。

 タゴサクが、美咲に右手を差し出した。


「美咲殿も大事無いようで何よりでござる。拙者ら一同、約束通り美咲殿の力になるでござるよ」


「……ありがとうございます、タゴサクさん」


 感無量の思いで、美咲はタゴサクと固い握手を交わした。


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