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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:最も長い一日の始まり2

 ディアナたちが服屋に行き、システリートたちは馬車で調合作業に入り、美咲もまたミーヤたちを伴ってラーダンの街並みを歩く。

 綺麗だった街の景観は、前日の空襲でかなり様変わりしていて、あったはずの家屋が焼け落ち見る影も無い。

 幸い重点的に狙われたのは騎士団の宿舎や駐屯地といったいわゆる軍事施設が殆どで、場所によってはあまり被害を受けなかったのが不幸中の幸いか。

 馬車屋も被害が大きかった大通りではなくラーダン郊外にあり、空襲を免れていた。

 扱うものが大きいせいか敷地も大通りの店に比べると広めで、馬車の車体だけでなく馬車を引く騎獣自体も扱っているらしく、敷地内には動物特有の臭いが漂う。

 ここでは馬車の販売の他に、馬車のレンタルや騎獣の販売、レンタル業務なども行っている。

 空襲の翌日でありながら、馬車屋は既に営業を再開していた。

 被害が無かったとはいえ、大した商魂である。


「いらっしゃいませ。馬車がご入用ですかな?」


 人の良さそうな笑みを浮かべた店主が、店に入った美咲たちに気付いてやってきた。


「どんな馬車があるか見たいんですけど……」


「左様ですか。ささ、こちらへどうぞ。色々な馬車を展示しておりますよ」


 店主の後をついて歩きながら、ミーヤは美咲に顔を向ける。

 ミーヤの手が美咲の服の裾を掴んでいるはいつも通りだ。


「お姉ちゃん、楽しみだね!」


「そうだね。ミーヤちゃんは、どんな馬車がいい?」


 にっこり笑って美咲が尋ねると、ミーヤはうんうん唸りながら考え込み、ぱっと表情を輝かせた。


「うーんとね……ミーヤは、可愛いのがいい!」


 続いて美咲は、共に着ているメンバー全員にも意見を求めた。


「他の皆は、何か希望はある? あるなら善処するよ」


 真っ先に答えたのはアンネルだ。


「私は、寝心地がいいのがいい。アリシャとミリアンの馬車は揺れが大きくて寝にくい」


「そうだねぇ。歩かせるだけでも凄く揺れるのに、走り出したらちょっと言葉にできない揺れよねぇ」


 毎回毎回殺人的な揺れでグロッキーになっている美咲としては、アンネルの提案もそれほど受け入れにくくはない。アンネルの願望が結局は寝ることに向いているのは少し笑うけれど。


「私は別に希望は無いわ。強いて言うなら、姉さまの好きなのがいいわ」


 微妙にコメントし辛い意見を言うのはラピだ。

 この発言は、料理を作る人が食べたいものの希望を聞き、何でもいいと答えられるのと同じくらい問題がある。

 作りたいものが決まっているならともかく、そうでなければリクエストがあればそれだけで何を作ればいいのかはっきりして、予定を立て易くなるためだ。


「んーと、気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、本当に何かない?」


 美咲がもう一度尋ねると、ラピは眉を寄せて考え込む。


「これといって特には。あ、でも、大きい方がいいわね。私たち、大所帯だから、狭いと大変だもの」


「確かに。アリシャさんとミリアンさんの馬車は、二手に分かれても私たち全員が入ったらぎゅうぎゅう詰めだったものね」


 馬車に泊まったここ数日を思い出し、美咲はため息をつく。

 決してアリシャとミリアンの馬車が小さいわけではないのだが、やはり荷物なども積んでいる関係上、空いたスペースは狭くなる。

 必然的に半々に分かれても、全員が馬車の中で寝るには手足を曲げて寝る必要があり、伸ばせないというのは地味にストレスが溜まるのだ。

 全身を伸ばして寝ることができるのは身体が小さいミーヤくらいである。


「安全を考慮するのも大切ですよ。魔物の襲撃で馬車が壊れる可能性もあります」


「あ、そっか。道中で馬車が壊れたら大変だもんね。ということは、ある程度は自分たちで修理できるようにもしないといけないか」


 口を挟んだメイリフォアの意見を受け、美咲はアリシャやミリアンの馬車を思い浮かべる。あれらは馬車の車体が金属板などで補強されていて、頑丈な代わりに車体は重そうだったが、どちらの馬車も馬型魔物であるワルナークが力強く、重い車体をぐいぐい引っ張っていた。美咲と綱引きをすればワルナークが勝つくらいだった。実際に、アリシャのワルナークは、最初美咲が馬車を盗もうとしたとき、びくともしなかったくらいだ。

 続いて美咲は、残る二人に意見を求める。


「アヤメさんとサナコさんは、何か希望あります?」


 顔を見合わせた二人は、少し考え込んでから美咲に向き直る。


「そうだな。悪路を走ると部品が壊れることも多いだろうから、修理し易いのがいいんじゃないか?」


「なるほど。整備も私たちの手でやらなきゃいけないもんね」


 単純な性能だけでなく、メンテナンスの頻度や必要回数なども考慮に入れなければならないことに気付き、美咲は目から鱗が落ちた気分になった。


「人族の勢力圏を出てしまえば、今までのように宿に泊まることもできなくなるでしょうし、ある程度馬車だけで生活できるようになるのが理想ですね」


 サナコによっていつの間にか意識から除外していた事実が指摘されて、美咲はハッとした。


「なるほど。最終的には魔族の本拠地に乗り込むんだから、激しい戦闘にも対応できるような馬車にしないといけないわね」


 皆の意見を参考にしつつ、美咲は自分の理想の馬車がどんなものか、イメージを確かにした。

 大事なのは頑丈さと整備のしやすさ、そして足の速さだ。

 敵地で悠長にはしていられないから、できるだけ早く魔王城に乗り込まなければならない。


「……あれ?」


 そこまで考えて、美咲はとんでもないことに気付いた。


「魔王城って、どこにあるの?」


「ミーヤ、知らないよ?」


 自分に聞かれたと勘違いしたのか、ミーヤが不思議そうな顔で美咲を見上げる。


「とりあえず東に進めばあるんじゃない?」


 アンネルが欠伸をしながら適当すぎることを言った。


「それ、誰が考えても分かることでしょ。魔族は東から攻めてきたんだから」


 案の定、あっさりとラピに突っ込まれている。

 ラピは考え込み、困りきった表情で美咲を見た。


「私たち、奴隷になった時に一度全部記憶を消去されたせいで、持ってる知識が偏ってるのよね。姉さまの疑問に答えられればいいんだけど、私には分からないわ。アンネルと似たり寄ったりな答えでいいならわかるけど」


「っていうことは、まず知ってる人を見つけなきゃいけないのか……」


 アドバイスを受けて、美咲は思案する。

 エルナと旅を始めた当初、こんな問題は欠片も話題に出なかったから、おそらくエルナはどこに魔王城があるのか、正確な位置を知っていたのだろう。もしかしたら、魔族である母親から聞かされていたのかもしれない。

 ということは、エルナの周りにいた人物なら知っている可能性があるということだ。


(……そんなの、あのクソ王子が一番可能性高いに決まってるじゃないのよ)


 今更来た道を引き返すわけにもいかず、美咲は項垂れた。

 戻れるものなら戻りたいが、行きはザラ村に着くまでに、エルナが転移魔法を使って距離を稼いでいるので、実際にどれくらいの距離を移動したのか美咲には分からない。ただでさえ美咲は地理に疎いのに、これでは王子がいる王都に着くまでにどれほどの時間が掛かるのか、美咲には予想がつかないのだ。


(戻って、改めて王子に転移魔法の術者を紹介してもらう? 駄目だわ。本当にあの王子が紹介できる人物に、該当者がいる保障もないんじゃ、リスクが大き過ぎる)


 苦労して来た道を戻っても、術者がいない挙句に期日に間に合わなくなってしまったら、本末転倒だ。


(それに、王子はエルナに討伐するまで戻ってくるなって言ってる。私はともかく、エルナにまでそこまでする理由は分からないけど、王子にとっても、これは賭けなのかもしれない)


 美咲が知るゲームなら、勇者はただの木の棒を持たされて城から追い出されているところだ。

 ゲームと比べるのも変な話だが、大量の軍資金に貴重なアイテム、装備と、美咲は物品自体は過剰ともいえる優遇を受けている。

 そのほとんどを無知ゆえに失ってしまったのは、美咲自身に責任があるので、不満など言えるはずもない。

 これは美咲の推測だが、本当ならば、ラーダンかヴェリートで潤沢な軍資金を使い、エルナは仲間を集めるつもりだったのかもしれない。

 相応の報酬さえ約束されるなら、どんなに危険でも参加しようと思う者は絶対にいる。

 それは功名心であったり、単純な物欲であったり、己の理想を追求するためであったりと理由自体は様々だが、得られるものが危険に釣り合うと思うからこそ、人は自ら危険に飛び込むことを良しとする。そもそもそういう者でなければ、魔王討伐になど同行してくれないだろう。

 あるいは、王子は自らを守る王城の兵を減らしたくなかったのかもしれない。美咲が魔王を殺せるならまだしも、殺せなければラーダンも落とされて、王城まで攻め込まれる可能性はないとは言えない。仮に殺せたとしても、その時点で兵を引いてくれるとは限らないのだ。自衛戦力を手放したくないと思うのは当然だろう。


「知っている人物を探すのが、一番現実的でしょうか」


 メイリフォアがぽつりと呟く。

 王子なら知っているかもしれないが、会うことができない以上、伝書鳩などの美咲にしてみれば前時代的な通信手段に頼るしかない。それでは日数がかかるので、返事が返る頃には既に事態が解決している、などという可能性になりかねない。

 真っ先に思いついたのは、エルナが王子に通信していた通信器具だが、何故か残されたエルナの道具袋には入っていなかった。エルナが死んだ後、美咲が確認したエルナの道具袋からは、通信器具が忽然と姿を消していたのだ。

 エルナが持ち歩いていたのかもしれないし、或いはディナックに金目のものだと思われて、あの夜に美咲の道具袋や勇者の剣と一緒に奪われていたのかもしれない。だとすると、エルナが怪我した身を鞭打って追いかけたのも頷ける。


「まずはアリシャとミリアンに尋ねてみればいいんじゃないのか? 魔族語が堪能だし、魔族についても詳しい。案外知ってるかもしれないぞ」


「そうでなくとも、冒険者や傭兵を生業としているお二人なら、噂くらい知っているかもしれませんね」


 アヤメとサナコも口々に言う。

 二人の提案ならすぐにでも出来る。馬車を購入したらやってみるべきだと美咲は判断した。

 馬車選びに話は戻る。


「車体は整備がし易くてなるべく頑丈なのがいいんですけど」


「おお、それならいいのがありますよ。こちらです」


 美咲が希望を告げると、店主は揉み手をせんばかりの勢いで、美咲を展示されている馬車の一つの前に案内した。


「頑丈さならばこれが一番ですな。鋼鉄製のフレームを使い、車体の外壁は鉄板と、特に硬いと言われている木材エルバステロンを二枚張り合わせております。お陰で強度を確保しつつ、木材特有の温かさを実現できました。部品も同じ素材で出来ているので、故障の頻度も低く、手入れし易い馬車です」


 ぞろぞろと美咲の後をついてきた仲間たちは、その馬車を見て様々な反応をした。


「わあああ、何だか凄いね、お姉ちゃん」


 ミーヤは大きな馬車の車体を見上げ、あんぐりと口を開けている。

 だいたいアリシャやミリアンが所有する馬車の四倍くらいの大きさで、物々しい鉄製の車体は錆び止めを兼ねた艶消しの塗装剤で黒く塗られている。

 アリシャとミリアンの馬車は要所が金属で補強されていだけで、車体そのものは木製だったのに比べ、この馬車は最初から全てが金属製だ。車輪は全部で十二本もあり、並ぶ車輪を見た美咲は、大型トラックのタイヤを連想した。

 馬車の見た目はまさに、移動する家である。家と呼称してもおかしくない大きさなので、本当にそう見えてくる。

 大き過ぎて、街中では通れない箇所も多そうだ。そういった意味でも、ラーダン郊外に馬車屋があるのは、ある意味では理に叶っている。

 ここからなら、この馬車でも支障なく外壁門に向かえる。


「中は木の板で覆われてるんだね。これなら夜も凍えないで済みそう」


 いつの間にか起きたアンネルが、馬車の中を覗きこむ。

 物がない馬車の中は実際の広さも相まって、相当過ごし易そうな雰囲気を与える。これなら、全員同じ馬車で過ごしても問題ないだろう。


「実は、この馬車にはこんな機能もございまして」


 店主が室内の天井からぶら下がった紐を引っ張り、壁のフックに固定すると、天井が開いてはしごが下りてくる。

 思いもかけない機能に、美咲は目を丸くした。


「へえ、面白いわ。天井が開いて、上に登れるのね」


 ギミックを見て、ラピが興味深そうに目を見張る。

 ラピや美咲に向け、店主がにこやかに説明をする。


「馬車の屋上には大型クロスボウが備え付けてありますので、有事の際にはここから攻撃することが可能です。他も同じような迎撃用の戦闘弩座が、左右の外壁の窓に一つと外部座席にございます」


 備え付けの弩はよくある携帯用のものより大型で、威力が高い。巻き上げ式で、弦を巻き上げるには相応の力がいるが、美咲とミーヤ以外は筋力が限界突破しているので、その点は欠点にはなり得ない。

 今まで乗っていたアリシャやミリアンの馬車も決して小さくはないが、やはりこの馬車の大きさと比べたら見劣りしてしまう。

 何せ、元の世界でいうと、中だけで約二十畳ほどの広さがあり、さらに外部座席も御者席とは別に十席ほどあるのだ。

 二十人全員が入ると流石に多少狭く感じるものの、十人程度ならば十分余裕がある。


(半分の人数でも、アリシャさんの馬車だったら鮨詰め状態だったしなぁ)


 みっちりと固まり合って寝たことを思い出し、美咲は遠い目をする。

 それに比べ、この馬車は大きいから寝るときも足を伸ばすのには苦労しなさそうだ。


「ですが、これほど大きく頑丈に作られているのでは、重量もかなりあるのでは? これで速度が出るのでしょうか」


 懐疑的な口調でメイリフォアが問題点を指摘する。

 言うまでもないが金属は重い。そして木材も大きくなればなるほど重いので、両方の材料がふんだんに使われている馬車はさぞかし重いだろう。

 そもそも、引けるワルナークが存在するのかすら不明だ。いくらワルナークが元の世界の馬よりも力強いといっても、限界がある。


「問題ありません。騎獣を三頭使うことで、快適な走りを実現しております」


「三頭も使うとなれば、それなりに餌代も掛かるだろう。それに御者も一人で勤まるのか?」


 やや疑い深い口調でアヤメが懸念を口にする。

 今、美咲たちの中で御者ができるのは、セザリーとディアナ、それにメイリフォアだけだ。他の皆も覚えればできるかもしれないが、現時点で可能なのはこの三人だけである。

 これでも増えた方なのだ。最初はディアナだけしかできず、慌てて教えて、何とか技術を形にできたのが、セザリーとメイリフォアの二人だったのである。他は素人に毛が生えた程度のレベルでしかない。


「問題ございません。馬車に使う騎獣はバルガロッソでして。三体で車体を引かせるので、快適な馬車旅をお約束します」


 バルガロッソというのは、カバに良く似た見掛けを持つ魔物のことだ。

 ただしこの魔物は、カバに似ているとは言っても、ガチの肉食であり、カバに負けず劣らず凶暴で、ゲオルベル程度なら逆に襲って喰い殺してしまうほどの凶暴さを持つ。

 社会性に富み、群れを成して生活している。そのため主と認めた者には従順で、例え人間であっても忠義を尽くす。

 ふと何かに気付いたかのように、サナコが声を漏らした。


「あれ、でもバルガロッソって主人として認めて貰わないと、とても危険なんじゃ……」


「ご安心ください。当店で扱う騎獣は全て調教済みでお渡しいたします」


 店主の営業スマイルと共に発せられた言葉は、サナコの疑問を封殺した。


「あの、この馬車の値段は……?」


 きっと高いんだろうなと思いつつ、おそるおそる美咲が問いかけると、店主が満面の笑みで告げた。


「付属品は別売りですが、特別にこの本体を二十ランデでお譲りいたします。今だけの大特価ですよ。大変お買い得です」


 あまりの高さに美咲は息を飲む。

 日本円に直せば約二千万円だ。家を買うほどではないが、それでも高い。

 そんなにするとは思わなかったのか、ミーヤも吃驚した表情をしている。


「たっかーい」


 驚くミーヤとは別に、アンネルは他のことに興味が入っているようで、他の展示品をちらちらと見ている。


「どんな付属品があるんだろ」


 一方で、このシチュエーションがある程度予測できていたラピは、自分の見立てが当たったことに満足そうに頷いていた。


「やっぱりそれくらいするのね」


「まあ、武器も似たような値段だから、安いと言えるのかしら……?」


 納得がいかなさそうに首を捻りながら、メイリフォアは思考する。


「見たところ、これ以上大きな馬車も無さそうだし、選択の余地は無いようにも思えるが」


 アヤメが回りを見回して言う。


「これ、車体だけの値段ですよ。きっと全部買ったらかなりの値段になるはずです」


 サナコは早速他のものを見て回りたそうに身体を動かしている。

 しばらく考え込んだ後、美咲は決断する。


「買います。でも、先に付属品を見てみましょう。どうせなら纏めて揃えたいし」


「おお、どうもありがとうございます。付属品はこちらにありますぞ」


 相好を崩した店主は、いそいそと美咲をすぐ傍の展示スペースに案内する。

 そこには、見て大体の用途が分かるものから、傍目には何だか訳が分からないものまで、多様な商品が置かれていた。

 どうやらこれら全てがあの馬車の付属品らしい。


「一つ一つ、説明が要りますかな?」


「お願いします」


 店主の申し出に、美咲は頷く。


「では説明いたしましょう。まずはこれ。貯水タンクですな。生活用水用と飲料水用の二つに分かれておりまして、それぞれ別に水を溜めることができます」


 初めに店主が説明を始めたのは、大きな金属製の箱のようなタンクだった。


「この貯水タンクの材料にはドーラク鋼を使用しております。これは錆びにくく、衛生面で優れている金属でして。濾過装置があるので直接雨水などを取り入れることが出来ますし、飲料水用のタンクには自動煮沸機構も備えております。これだけ高性能で、お値段はたったのニランデ。ニランデですぞ」


 美咲の頭にドーラク鋼とはなんぞや? という疑問が過ぎったが、説明を聞く限りでは、貯水タンクそのものの性能はかなり良さそうだ。


「買います」


「ありがとうございます。次の説明に参りますぞ」


 水は大事。即決した美咲に向けてニコニコと朗らかな笑みを浮かべ、店主は次の商品の説明に入った。


「保冷貯蔵庫です。中に周りから熱を奪うアルゾール石を入れることで、温度を下げて食材を保存します。アルゾール石を使わずとも通常の貯蔵庫として使えますし、石を交換すれば半永久的に保冷を行うことができます。これだけの機能を備えた高機能製品が、今ならなんと八ランデ」


 説明を聞いて、美咲は目を見張る。


(これって、冷蔵庫だ!)


 まさか冷蔵庫があるとは思わず、美咲は願っても無い幸運に喜んだ。

 食材を腐らせる可能性がぐっと減る。それに料理のレパートリーも増える。


「買います」


 美咲は即断した。もはや一片の迷いも無い。


「替えのアルゾール石はどうしますかな? 今なら五つ纏めで一ランデで提供しておりますぞ」


「買います」


 目を輝かせた美咲は、以後ただひたすら購入を告げる「買います」マシーンと貸した。


「わあ、すごーい」


 次々と積み上がっていく品物と金額にミーヤが目を丸くする。


「今なら、買って貰えるかも」


「させるか」


 アンネルがどさくさに紛れて美咲に自分の欲しいものを買わせようと商品を漁りに行こうとし、ラピに止められていた。


「だ、大丈夫かしら……。金額、凄いことになってるけど」


 おろおろしながらメイリフォアは美咲と店主のやり取りを窺う。

 心配性のメイリフォアに、アヤメが喉の奥を鳴らして笑う。


「心配ないだろう。武具を買い揃えた金がまだ余ってるし、新しく馬車の代金まで大量に貰ったからな。もう私たちはあの二人に足を向けては寝られん」


「改めて思いますけど、敵でなくてよかったですね。二人とも実力、財力、人柄、どれを取っても優れていますし、美咲さんが心を許すのも頷けます」


 サナコは目の前の光景よりも、この光景を作る資金をぽんと出したアリシャとミリアンの懐の深さに驚いている。


「全部買います!」


 聞こえてきた美咲の声からは、完全に店主の話術に乗せられていることが丸分かりだった。


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