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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
210/521

十七日目:最も長い一日の始まり1

 朝になり、美咲はパチリと目を開いた。

 気分は不思議と悪くない。身体に疲れが残っている様子もなく、体調は完璧だ。

 夜更かしをして鍛錬をしたにも関わらず、久しぶりの、爽快な目覚めだった。

 不思議に思いながらも、美咲は上体を起こして周りを見回す。

 見覚えはあるものの、どうして此処に自分が居るのか、記憶が繋がらない。


「ここ、馬車の中……? そっか。私、あのまま寝ちゃったんだ」


 昨日の夜のことを思い出し、美咲ははにかむ。

 思い切りアリシャに甘えたことが、今更になって少し恥ずかしい。

 火照る頬を押さえ、しばらく身悶えた後、訳も無く居たたまれなくなって、美咲は動き出した。

 馬車の中には誰もいない。道具袋などはあるので、既に起きて外に出ているようだ。

 美咲は皆の姿を探すために馬車を降りる。

 地面に降り立った美咲を、輝く朝日が照らした。

 それがまるで自分を祝福しているように思えて、自然と美咲の表情が綻ぶ。


「……いい天気」


 眩しさに思わず手をかざした美咲は、穏やかな表情で呟く。


(久しぶりに目覚めの良い朝を迎えられたし、良い天気だし、今日は良い日になりそう)


 そこまで考えたところで、今日が傭兵として戦争に参加する日だったことに気付き、美咲は一気にダウナーになった。

 無言になった美咲は、静かに己の身体を抱き締める。

 小刻みに、身体が震え始めていた。

 理由は分かっている。怖いのだ。戦争をするのが怖い。殺し合いをするのが怖い。殺されるかもしれないのが怖い。誰かを殺すことになるのも怖い。

 そして何より、親しい誰かが死ぬかもしれないのが、怖い。

 エルナがいた頃は、戦争には参加しない予定だったのに、何の因果か今日、美咲は初陣を経験する。

 いや、因果などは分かっている。美咲の我がままだ。

 ルフィミアの無事を確認せずにはいられない、美咲の弱い心が取った選択だ。


(……違う。これは、この選択は、間違いじゃない)


 弱気になる心を、美咲は叱咤する。

 元の世界に帰るためには、戦わなければならないのだ。戦って、魔王を殺さなければ、美咲の身体に刻まれた、死出の呪刻が美咲を殺す。

 死にたくないから殺すのだ。魔王だって、そのためにエルナの召喚を妨害し、美咲の身体に死出の呪刻を刻んだに違いないのだから。魔王は良くて、美咲のそれがいけないというのなら、それは美咲に諦めて潔く死ねというのと同じこと。

 誰かにそんなことを言われても、美咲は全く納得できない。

 生きたいと思う気持ちは、誰もが持つ欲求だ。遺伝子に刻まれた本能だ。死を恐れるのは生物として当然の反応であり、そういう意味では美咲の行動は正しい。


「遅い目覚めだな。戦争は午後からだ。午前中のうちに、必要な用事を済ませるといい。馬車の代金は纏めてディアナの奴に預けてあるからな」


「午前中は私たちも予定があるから、残念ながら別行動よぉ。お昼にまた会おうねぇ」


 アリシャとミリアンは、もう外出着に着替えていて、慌しく出かけていった。

 つむじ風のように駆け抜けていった二人に置いていかれ美咲はしばし呆然とする。

 殆ど相手をされなかったのが少し寂しい。

 忙しいことは分かっているけれど、それでも美咲はもっとアリシャに構って欲しかった。

 戦争当日の朝で、情緒不安定気味だったから、余計に。


「おはようございます、美咲様。もう皆、出かける準備は済ませておりますよ」


 悲しい気持ちでアリシャとミリアンの二人を見送った美咲に、ディアナが声をかける。

 振り返った美咲は、申し訳なさそうな表情を浮かべディアナにはにかむ。


「全員ですか? じゃあ、私が最後なんだ。何かすみません」


「いえ、お気になさらず。先に起こすのも考えたのですが、起こさなかったのは私たちですから」


 理由を口にしながら、ディアナはそっと心の中で付け加える。


(それに、あんな光景を見たら起こせませんよ)


 本当は、一番最初に起こそうとしたのだ。

 しかし、部屋に入ろうとしたディアナは見てしまった。

 美咲のベッドに腰掛、優しい瞳で美咲を見つめるアリシャと、そのアリシャの横で、まるで母親に抱かれる幼子のように、安心し切ったあどけない微笑みを浮かべて寝ている美咲の姿を。

 ディアナに気付いたアリシャは、最後に微笑んで美咲の髪を撫でると、ディアナに「まだ時間はあるだろ? もう少し寝かせてやってくれ」と言い残して部屋を出て行ってしまった。

 これでは、到底起こせるはずがない。

 二人の間に結ばれた強い絆を、ディアナは目の当たりにした。

 微笑んだディアナは、背後を振り返る。


「セザリー、テナ、イルマ。美咲様にお食事をお出しして差し上げて」


 ディアナが脇に退くと、セザリー、テナ、イルマの三人が、それぞれスープ、干し肉、パンのを盛った皿に、一人分の折りたたみ式の椅子と机を運んできた。

 朝食の場を美咲のためにセッティングしていく三人の動きはきびきびとしていて、無駄が無い。まるでプロのメイドのようである。


(……って、三人とも元メイドだった)


 本人たちにその記憶は残っていないけれど、それでも身体の方が覚えているのかもしれない。

 そう思えるほど、働く三人の態度は堂に入っている。


「あれっ?」


 粛々とディアナの命令通りに動く三人姉妹を見て、美咲が目を丸くする。

 元々彼女たちは同僚だったらしいが、そのことを覚えているのはディアナだけで、ディアナと彼女たちの間には微妙な空気が流れていたような気がしたのだが、今美咲の目の前にいる彼女たちからは、そんな気配は微塵もない。


「本当は私が用意したものなのですが、自分たちが運ぶと聞かなかったのですよ」


 くすくすと笑い声をこぼしながら、ディアナは美咲にどうしてこうなったのか語る。


「こ、こら! それは秘密にしてって言ったでしょ!」


 木製の折り畳み式テーブルと椅子をその場にセットしたセザリーは、顔を赤くしてディアナに文句を言った。

 どうでもいいが、持ち運びを考慮してある程度コンパクトに作れているとはいえ、一人でテーブルも椅子も両方運んでしまうセザリーの筋力は伊達ではない。おそらくは、同じことを全員ができるのだろう。

 もちろん美咲には出来ないことだ。当然ミーヤにも、ディアナにも出来ない。

 常人にはない実力を手に入れられたことは、彼女たちにとって、不幸中の幸いといえるだろう。


「まあ、テナたちはセザリーに手伝わされただけなんだけどね」


 からからと笑いながら、テナがスープをテーブルの上に置く。

 スープは作りたてのようで、まだ湯気を立てている。

 具は何かの葉野菜で、僅かに緑の臭いがした。

 それでも気になるほどではなく、違和感以上に食欲をそそる匂いの方が強い。


「セザリーちゃんの熱意に負けましたですぅ」


 イルマが干し肉を皿ごとテーブルに置き、自分の腰に手を当てた。

 続いてイルマはナイフを干し肉の皿に添える。ナイフで削って食べろということらしい。干し肉の食べ方としては、スープの具にするのと同じくらい定番の食べ方である。

 干し肉は保存食として定番なので、今までそれなりに美咲も食べてきたから、嫌いではない。


「ディアナちゃん、とても料理が上手いんですよぅ。それに比べて、セザリーちゃんは料理が下手なので材料を洗うことしかしてません」


「ちょ、イルマ、そればらす必要あるの!?」


 料理下手を暴露され、セザリーは大いに慌てた。

 いざという時は頼りになるのに、セザリーにも意外な短所があったようだ。

 意外に思って、美咲はセザリーを見つめた。


「普段は何でもできるような澄ました顔してるけど、こう見えて、セザリーって家事が苦手なのよ。掃除も嫌いだし」


 にやにや笑いながら、テナが美咲に更なる新事実を暴露した。

 驚きながらも、美咲は新事実を受け入れる。


「そうだったんだ……」


「あなたまで何ばらしてるのよテナ!」


 完璧に見えていた外面は、どうやらハリボテだったようで、セザリーが涙目になっている。

 手早く食事を終えた美咲の食器をディアナが片付け、木桶と布を手に井戸の方へと歩いていく。どうやらすぐに洗ってしまうらしい。

 味は元の世界の食べ物に比べればそれほど良いとはいえないが、それでも不味くはなかった。この世界の食べ物は不味いものは本当に不味いし、味以前に見た目で敬遠しがちなものも多い。そんな中でもこれだけきちんと食べられるものを作れるのは、素直に凄いと思える。

 美咲が立ち上がると、今度はテナがテーブルと椅子を片付け始めた。やはり、テナも片手で楽々と持ち上げている。まるで重力がそこだけ仕事をしていないかのような見た目で、視界に入ると自然に目が吸い寄せられる。


「美咲ちゃん、今日の予定はどうしますぅ?」


 イルマに尋ねられ、美咲はテナから視線を外し、しばし考えてから答えた。


「そうね。午前中のうちにやるべきことを全て済ませてしまいたいから、並行して動いた方がいいかな。傭兵団の制服を取りに行くのと、薬の調合、あとは傭兵団専用の馬車の調達。三つに分かれて行動しましょうか」


「じゃあ、また班決めしなきゃですねぇ」


 うふふと少女っぽく笑いながらイルマが目を細める。


「そうだね。皆を呼んできてくれる?」


「任せてください」


 頼みごとをすると、イルマは自信満々に請け負った。

 しばらくして、美咲の前には、アリシャとミリアンを除くいつもの面々が集合していた。


「ディアナさん、セザリーさん、テナちゃん、イルマちゃん、ペローネさん、イルシャーナさん、マリスちゃんで服屋に制服を取りに行ってもらおうかな。班長はディアナさんでお願いします。ディアナさん、代金を渡すので、その時にアリシャさんから預かった馬車の購入費用と交換してください。システリートさん、ミシェーラさん、ニーチェちゃん、ドーラニア姉さん、レトワさん、セニミスちゃんは薬の調合をお願いします。システリートさんが詳しいので、調合法については彼女に聞いてくださいね。残る私、ミーヤちゃん、アンネルちゃん、ラピちゃん、メイリフォアさん、アヤメさん、サナコちゃんで馬車を購入しに行きます」


 矢継ぎ早に指示を出し、美咲は皆を見回す。


「お昼になったら、各自またここに集合してください。それじゃあ、行動開始!」


 美咲の合図で、それぞれが動き出した。

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