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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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六日目:魔王討伐には仲間が要る5

 部屋に入ると、美咲はまず鍵をベッドのサイドテーブルに起き、道具袋を部屋の入り口から見えないようにベッドの下に隠した。

 大して効果はないかもしれないが、防犯上念のためである。

 外に出る時ならともかく、部屋から出るたびにいちいち預けていたのでは面倒すぎるし、そもそもその度に五十ペラダを支払うのは高過ぎる。

 日本円に換算すれば、毎回五千円を支払わされるのと同じだ。

 そんなことをしていたらさすがにお金がいくらあっても足りないので、こればかりは仕方ない。


「どうやって暇を潰そう」


 ベッドに腰を下ろした美咲は、手持ち無沙汰を持て余す。

 しばらくして立ち上がると、美咲は窓を塞ぐ板戸を開けた。

 茜色に染まる空の下、仕事を終えた人々が家路に着く姿を眺める。


「……帰る場所があるって、いいな」


 もちろん美咲にだって帰る場所がないわけではないけれど、その場所は今、とても遠くにあってすぐには帰れない。

 だから美咲は外を歩いている人々を羨んだ目で見つめる。


「美咲、いるかい?」


 ぼんやりしていた美咲は部屋の扉を拳で叩く音で現実に引き戻された。

 聞き覚えがある声の主は誰何せずとも分かる。

 アリシャだ。


「います。今、鍵開けますね」


 小走りで走っていき、美咲は扉の鍵を外した。

 入ってきたアリシャを見た美咲は、アリシャの格好を見て思わず動きを止める。


「ん? どうかした?」


 筋肉の壁が喋っている。

 そう美咲が勘違いしそうなほど、アリシャの身体はよく鍛えられていた。

 背が高いので、美咲がアリシャの顔を見るためには見上げなければならない。通常の目線のままだと、目に入るのはいいとこアリシャの胸までだ。

 不思議そうなアリシャの顔は整っているが精悍で、鎧を脱いで簡素な服で身を包んでいたとしても、偉丈婦ともいえる肉体の持つ迫力を隠しきれていない。

 驚くべきは、全身くまなく鍛え上げられてはいても、アリシャ自身の女らしさは損なわれていないことだ。

 盛り上がった大胸筋に負けじと、これまた豊満な乳房が服の上からでも存在を主張しているし、手足そのもののパーツは丸太のようでも全体で見るとバランス良く違和感なく納まっている。

 護身用なのか、大振りのナイフを鞘ごと太股に差してベルトで固定していた。


「遅くなって悪かったね。待ったかい?」


「いえ、私もさっき帰ってきたところなので」


 すまなさそうな顔のアリシャに、美咲は反射的に嘘をついた。

 実際は途中で呆けていたから、そもそもどれくらい時間が経ったのか、美咲自身さえよく分かっていなかった。


「夕飯はもう済ませた?」


「いいえ、まだです」


 首を横に振った美咲に、アリシャはにっこり笑って提案した。


「じゃあ話の前に腹ごしらえをしよう。日が沈んだら、酒場以外の飯処は大抵閉まっちまうからね。ここで食べるのでもいいけど、外に行くのもいいな。美咲はどっちがいい?」


 しばらく考え、美咲は希望を述べる。


「えーと、なら外食で」


「よしきた。じゃあさっそく出かけよう」


 全く準備をしていない美咲は慌てた。


「ちょ、ちょっと待ってください。今準備します」


 アリシャに断りを入れ、急いで制服の上から外套を羽織る。

 道具袋から財布代わりの巾着を取り出すとポケットに入れ、少し考えて念のため勇者の剣を腰の剣帯に差す。

 手早く準備を終えた美咲は、待っていてくれたアリシャの側に笑顔で駆け寄った。


「お待たせしました」


「それじゃ、行こうか」


 鍵と道具袋を宿屋の女性に預けると、美咲はアリシャと一緒に夕暮れ時のラーダンに繰り出す。

 道中歩きながら、アリシャは美咲に希望を聞く。


「何か食べたいものはある? 希望があれば聞くよ」


「私、文字が読めないしどういうものがあるかも分からないので、お任せします」


「分かった。なら、適当に入ろう」


 目に付いた看板の店に、アリシャは美咲を引き連れて入った。

 店の中は混雑していて、木製の机と椅子が並べられ、既にかなりの席が埋まっている。

 薄暗い照明で照らされている様は、いかにも異世界の飯屋という感じだった。

 席についた美咲は、やっぱりあったテーブルの窪みに勇者の剣を立てかける。

 対面にはアリシャが腰掛けた。


「確か美咲は文字が読めないんだったよね? なら私が適当に選ぶけど、いいかい?」


「お願いします」


 店員を呼び、アリシャは料理を注文する。

 注文の後、しばらくして料理が運ばれてきた。

 やはり定番であるシチューに、ザラ村では出ることのなかった魚料理に加え、ちゃんとパンもあった。


(肉が少ない……)


 シチューに浮いた僅かな肉を見て、美咲が唇を尖らせる。

 不満を察したアリシャが苦笑して美咲を宥めた。


「狩りで現地調達できるならともかく、そうでなければ肉は貴重だからね。仕方ないさ」


「飲み物もまたお酒だし……」


 杯に注がれたビールを見て、美咲はため息をつく。


(ジュースが飲みたい。贅沢は言わないから、ジュースじゃなくてもせめてお酒じゃないものが飲みたい)


 せめて水を口にできればいいが、腹を壊しそうで美咲は避けていた。

 実際水をそのまま口にする人が回りにいなかったせいもあって、生水はなるべく飲まない方がいいんだと美咲は悟っている。

 どうしても飲みたければ、一度煮沸消毒するべきだろう。

 魔王と出会う前に食中毒で死亡だなんて、美咲はごめんだ。

 そんなことを考えていると、よほど酒が嫌いなのだと思われたのか、アリシャが意外そうな顔で尋ねてくる。


「美咲は酒が嫌いなのかい?」


「嫌いというか、ほとんど飲んだことがないんです」


 子どもっぽく見られるのもそれはそれで嫌だけれど、背伸びした結果酒を出されても困ってしまう美咲は、正直に告げた。


「そうなんだ。なら普段は何を飲んでたの?」


「ジュース……果物の果汁とか、家畜の乳とかですかね。あとはビールみたいに泡だってるけどお酒じゃない飲み物もありました」


 炭酸飲料のいかにも人工的な甘さの数々を思い出す。

 身体に悪そうな飲み物だったけれど、飲めなくなった今ではただひたすらに恋しい。


「なら、何事も経験だし飲んでみなよ。ベルアニアに限らずどこでも飲み物といえば酒が一般的だから、飲めるようにならなきゃ」


 ずずい、とビールの杯を眼前に寄せられ、美咲は無言で杯を取った。


「よし、じゃあまず乾杯だ」


 杯同士をぶつけ、アリシャが豪快にビールを呷る。

 飲み干した後の杯とだん! と机に叩きつけ、「くぅ~っ! うまい!」とか言っている。

 そのまま現代のビールのCMに出ていても違和感がない飲みっぷりだった。

 美咲が飲んだビールは、現代のビールから想像していたものとは違って、炭酸はほとんど感じず、ワインのような甘さと酸味が合わさっている。

 アルコール度数は結構強めなようで、飲み干していないのに早くも身体が熱を帯び始めた。


「意外に飲みやすいですけど、酔いそうです……」


「そりゃそうだよ、酒なんだから」


 笑い上戸なのか、アリシャはくすくす笑っている。


「じゃあ乾杯もしたし食べよう。今日は私の奢りだからどんどん食べなよ」


「えっ? あの、悪いので私も払います」


 慌てて財布代わりの巾着を取り出そうとした美咲を制し、アリシャが身を乗り出す。


「いいっていいって。あの後冒険者ギルドに行ったんだろ? どうだった?」


 興味深深な様子のアリシャに、美咲はやや気後れしながら答えた。


「一応、依頼を一つ受けて達成しましたけど……」


「ならそのお祝いにってことで」


 ウインクするアリシャに、これでしつこく断ったら返って失礼になりかねないと悟った美咲は、諦めて巾着を仕舞い直して礼の言葉を述べる。

 スープの味はやはり薄味だった。


(……ラーダンの外で食べたスープの方が美味しかったな)


 あの時はふんだんに野菜も肉も使い切る勢いだったうえに、貴重な香辛料まで使っていたから、比べるのは酷かもしれないが、やはり劣る。


(そういえば、皆惜しげもなく振舞ってたけど、売り物じゃないのかな。商人っぽい人たちもいたのに)


 不思議に思った美咲は、手っ取り早くアリシャに聞いてみることにする。


「昨日の夜って皆いっぱい食材使ってましたけど、あれって本来売り物にするはずだったんじゃないですか?」


 唐突な問いかけにアリシャはきょとんとしたが、すぐに破顔した。


「違うよ。旅の途中で形が悪くなっちゃったりして売り物にならない場合もあるし、そういうのは欲張って残していても嵩張って荷物になるだけだし、街に入る前に消費するのが普通なんだ。皆そういう不良在庫を消費するために、当日に入れなかった者同士で料理を作って振舞い合うんだ。いつから誰が始めたのかは知らないけど、今じゃすっかり旅の名物さ」


 美咲にとって、アリシャの返答はまさにカルチャーショックだ。

 元の世界でさえ外国と自国の文化常識の差でカルチャーショックを感じることがあるのだから、世界すら違うのならば当然だった。


「で、受けた依頼はどんなだったの?」


 興味を隠そうともせず、アリシャは身を乗り出して美咲に尋ねる。


「別に大したものじゃないんですけど……。薬草の採集です。街の外に群生地があるそうなのでそこで採ってきました」


「一人で行ったのかい?」


 アリシャが険しい顔をしたので、美咲は少し不安になった。


「あの……何か不味かったですか?」


「結果的には何もなかったから杞憂かもしれないけど、できるだけ誰かと一緒に行った方がいいよ。ある程度街から近いとはいえ、街道から結構離れてるならはぐれ魔物が出やすいから」


 すっぽり考えから抜けていた箇所を突かれて、美咲は思わず口を開けた。

 最初の方こそ一人で不安だった美咲も、時間が経つにつれて薬草摘みに意識に比重がシフトして、辺りの警戒に対してはおざなりになっていた。

 まさに「注意しているつもり」状態だったのである。

 なるほどこれは、迂闊と言われても仕方ない。

 もしかしたら、途中でルアンがやってきたのは、美咲が一人でやってないか心配していたのかもしれない。

 彼には美咲が世間知らずだということは、一部誤解があるにせよばれているのだから。


「そういえば、私と同じ位の歳の男の子が手伝ってくれたんです。依頼を選ぶのも、私が字を読めなかったから代わりに読んでくれました」


「へえ。そんなお人良しがいるのかい。まだまだこの国も捨てたもんじゃないみたいだね」


 ルアンの話を聞いて、アリシャは皮肉げに微笑む。

 魚料理の皿を引き寄せたアリシャは、舌鼓を打ちながら美咲に注意を促す。


「ま、とにかく安全の確保だけはいつも怠らないように。いざ必要となった時に忘れてましたじゃ済まないよ」


 パンを食べながら、美咲も真摯な表情で頷く。


「肝に銘じます」


「……ん? 肝に命ずる?」


「ええっと、忘れないように心に深く刻み込むっていう意味です」


(翻訳してくれるのは便利だけど、こういうのなんとかならないかな、このサークレット)


 サークレットがあるから会話が成り立っているが、諺のように単語そのものと意味が違ういわゆる慣用句の場合など、通じないことがあるのがたまに傷だった。

 しばらくして食事が終わり、二人は代金を払って飯屋を出る。

 お店の人が会計を読み上げてくれたので、文字が読めない美咲でも無事払うことができた。

 宿までの道を歩きながら、アリシャは美咲に質問する。


「明日はどうするつもりだい?」


「今日みたいな依頼で生活費を稼ぎながら、引き続き仲間探しを続ける予定です。……アリシャさんが組んでくださったら簡単なんですど」


「組んでやりたいのはやまやまだけど、こっちも商売だからねぇ」


 さすがに申し訳ないと思っているのか、アリシャは居心地悪そうに頬をかく。


「まあ、私が暇な時だけでいいなら依頼くらいは手伝ってあげるよ」


「ぜ、ぜひその時はお願いします!」


 物凄い勢いで食いついた美咲を、アリシャは慌てて手で押しとどめる。


「あくまで都合がついた場合だからね。過度な期待はしないでおくれよ」


 満面の笑みで頷く。

 美咲は明日が楽しみになった。


「あの、最後に一つ質問いいですか?」


「ん? いいよ、私に答えられることなら」


「……勇者って、初めから名乗ってたらいけないんですか?」


 無意識に声を潜める美咲に、真面目な質問だと気付いてアリシャも真剣に答える。


「いけないっていうわけじゃないよ。個人的な意見だけど、実力が伴っていれば別に初めから名乗っててもいいと思う。でもまあ、自分で名乗るよりは他人にそう呼ばれる方が自然なことは確かだね。それがどうかした?」


「いえ、あの、それが……依頼を手伝ってくれた男の子が、魔王を倒して勇者と呼ばれるようになりたいって言ってたんです。私は、初めから勇者としてこの世界に呼ばれたから、何だか納得がいかなくて」


 ルアンの願いを聞いて思ったのだ。


(この世界の人が勇者になれるのなら、初めから勇者として呼ばれた私は何なんだろう)


 どうして自分をエルナに召喚させたのか、美咲には王子の思惑が分からない。

 魔王を倒したいのなら、大勢の軍隊を直接魔王にぶつけるか、手練の暗殺者を魔王に差し向ければいいのだ。

 王子という身分には、それだけの権力があるはずなのだから。


(もう人類側にそれだけの反攻をする余裕が残ってないのかな)


 自分で考えられるだけの可能性を挙げてみる。

 その割にはラーダンの住民たちはちょっと平和ボケしている気がするが、そうなってしまうほど東の城塞都市が堅牢だということだろうか。

 一度確かめに行った方がいいかもしれない。


「アリシャさん」


「ん? どうした?」


 振り向いたアリシャに美咲は告げた。


「私、城塞都市に行ってみようと思います」


 目を丸くしたアリシャは、すぐに剣呑な表情になる。


「一人で行くつもりなら止めときな。今の美咲じゃ、城塞都市に着く前にはぐれ魔物や盗賊にやられて死んじまうよ」


「そんなことありません。それに仲間だってちゃんと連れて行きますから問題ないです」


「当てはあるのかい? 私も最終的には城塞都市に向かうつもりだけど、所属する傭兵団を探してからになるからすぐには行けないよ」


「……明日から探します」


 仏頂面になった美咲に、アリシャは思わずといった様子で噴出した。

 ひとしきり笑った後で、美咲に生暖かい眼差しを送る。


「ま、頑張りな。今のうちに挫折を知るのも悪くない」


 端から失敗すると決め付けているアリシャに、美咲の反骨精神が燃え上がる。


(絶対アリシャさんの鼻を明かしてやるんだから!)


 美咲は早足でアリシャを抜き去ると、振り向いてアリシャにあかんべをして宿屋の中に駆け去っていった。


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