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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十六日目:襲われた商業都市5

 ペリ丸と同じように、ベウ子は完全に水を怖がっていた。


「(私も嫌いよ。羽が濡れたら飛べなくなるもの)」


 ベウ子の娘たちもあれから何匹か追加で蛹から羽化したらしく、姿を見せていたが水に濡れた美咲たちに近付こうとしない。


「(きらい)」


「(雨の日は引き篭もる)」


「(明日から本気出す)」


 天気を警戒する働きベウにベウ子の指摘が飛ぶ。


「(皆落ち着いて! まだ雨は降ってないわ!)」


「(そうだった)」


「(うっかり)」


 どうやら、働きベウたちは、ベウ子ほど頭は良くないようだ。


「バウ? バウバウ(そうか? ワシは好きだがなぁ)」


「バウバウバウ!(水浴び気持ちいいわよ!)」


 ゲオ男とゲオ美は水は特に苦手ではないようで、濡れた地面を走り回っては盛んに尻尾を振っている。とても機嫌が良さそうだ。


「ピー?(何これ?)」


「ピーピー?(触ってみる?)」


「ピー(つめたーい)」


「ピーピー(気持ちいい)」


 ベルークギアの幼生体であるベル、ルーク、クギ、ギアの四兄弟姉妹も、恐る恐る水溜りに近寄り、興味深そうに手をつけ、感じる感触に驚いたり喜んだりしている。


「よし、ミーヤちゃん。ついでにペットたちも綺麗にしてあげよう。水が大丈夫な子は水で洗って、水が駄目な子は乾いた布で拭けばいいわ」


「うん!」


 水桶と布を手に美咲とミーヤがペットたちににじり寄っていく。


「ぷぷぷぷぷぷう!(ぼぼぼぼぼくは遠慮するよ!)」


 ペリトンの群れが一斉に逃げ出し、ペリ丸も便乗して逃げ出そうとしたが、寸前でマク太郎がペリ丸を捕まえた。


「くまくま。くまくま、くまくま(まあ待てよ。折角なんだし、洗ってもらおうぜ)」


 じたばた暴れるペリ丸を逃がさないマク太郎はまるでいじめっ子のようだが、マク太郎本人は混じり気なしの善意である。


「(私たちは乾いた布でいいわ。身体の表面を擦るぐらいでいい。洗うよりも、マッサージする感じね。羽は敏感だから、あんまり触らないで)」


 美咲とミーヤの決めたことを受け入れながらも、ベウ子はきちんと注意事項を伝えた。昆虫型の魔物は色々と身体の手入れが面倒なのだ。


「(佇んでるだけで身体を綺麗にしてくれるの? やった)」


「(自分でやらなくていいなんてラッキー)」


「(しまうの面倒くさいから毒針出したままでいい? え? 駄目? ちぇ)」


 飛び上がった働きベウたちが盛んにぺちゃくちゃ喋るかのように意思を伝えてくる。

 見た目は大き過ぎるスズメバチのような凶悪な面構えなのに、彼女たちの性格はどこか美咲の知る女子高校生に通じるものがある。


「バウバウ! バウ!(水浴びさせてくれるのか! よっしゃ!)」


「バウ! バウバウ!(やったわ! 久しぶりの水浴びよ!)」


 一番喜んだのは、ゲオ男とゲオ美のコンビだ。

 番らしいこの二匹は、自分から地面に伏せると盛んに尻尾を振ってはやく水浴びさせてくれとアピールをした。


「ピーピー!(よく分からないけど良いことなのね!)」


「ピーピー!(水浴び楽しそう!)」


「ピーピー(ドキドキ)」


「ピーピー(ワクワク)」


 幼生体のベルークギア四体は、未知の体験を前に喜ぶもの、興味深々なもの、不安がるもの、反応が様々だ。


「魔物もずいぶん懐いているみたいだな」


 美咲とミーヤが己に懐いている魔物たちと触れ合う様子を見て、アリシャが顔を和ませて喉の奥で笑い声を漏らした。

 アリシャの隣で。手持ちの布で身体を拭くミリアンが、アリシャに顔を向けて気遣わしげな顔を向ける。


「でも、あなたも思い切ったことをしたものよねぇ。魔物使いの笛を他人にあげちゃうなんて。それがどういうことが分かってるの?」


「分かってるさ。まあ、将来に対する投資のようなものだよ」


 肩を竦めるアリシャは落ち着いている様子で、長い付き合いのミリアンといえど、その真意を見通すことは容易ではない。


「ふうん。まあ、何か訳があるのならいいけど」


 結局ミリアンは追求を諦め、水浴びに集中することにする。

 しばらくすると、美咲から名指しで声が上がった。


「ディアナさん、ディアナさん、ちょっと手伝って!」


「わ、私ですか!? 分かりました!」


 慌てながらも素早く反応して駆け寄るディアナを見て、セザリーが後を追いかける。


「美咲様、手が必要なら私が」


「もちろんセザリーさんもよ! テナちゃんとイルマちゃんもお願い!」


「はいはーい。任せて!」


「お手伝いしますですぅ」


 リクエストを受け、テナとイルマも美咲の下へ移動した。

 なにやら美咲から説明を受けているディアナ、セザリー、テナ、イルマを見て、ペローネが僅かに気遣わしげな表情になった。


「あたしたちも手伝った方がいいのかしら」


 裸身を晒すイルシャーナは、腰に手を当て胸を張った。大きすぎず小さすぎず、ほどほどの大きさの胸がぶるんと揺れる。


「わたくしはお手伝いしますわ、もちろん。美咲様、わたくしも……」


「あ、イルシャーナさんたちはいいから、寛いでてください。もう人数は十分なので」


「しょぼーん」


 イルシャーナが最後まで言い切る前に美咲に断られ、イルシャーナが落ち込んだ。


「あらら。振られちゃったね」


 苦笑したマリスがイルシャーナを慰めに行く。

 何だかんだいって、二人は仲が良い。

 手早く水浴びを終えたミシェーラが、服を着込みながら思案する。


「今日は後はもう自由時間ということね。寝るまでの間、何をしようかしら」


 まだ裸のシステリートは、水桶に汲んだ水を頭から被る。

 頭から滴る水を頭を振って飛ばし、ニーチェに意味ありげな視線を向ける。


「私は思う存分水浴びしますよ。何しろ泥だらけになったので」


「……申し訳ないです」


 言葉とは裏腹に悔しげに唇を噛むニーチェを見て、システリートは笑顔で首を横に振る。


「あ、別に嫌味で言ったわけじゃないですよ?」


「次からは、もっと確実な手段で殺ります」


 ニーチェの目が据わっているのに気付き、システリートが悲鳴を上げる。


「なんか怖いですよこの子!」


 にじり寄るニーチェに、システリートは思わず距離を取った。


「あー、やっぱ気持ちいいねぇ。汗を掻いたら綺麗さっぱり流すに限る」


 見た目的なインパクトはアリシャやミリアンに全く負けていないドーラニアが、桶の水を勢い良く被り、呵呵大笑する。

 笑うのに合わせてぶるぶると揺れるバストは豊満で、大きいのにも関わらず全く垂れていない。

 ドーラニアの胸と自分の胸を見比べたユトラが、複雑そうな声を出した。


「なんか、負けた気分だわ……」


 ユトラの胸とて、小さくはないし、むしろ大きい括りに入るのだが、それでも一番大きなシステリートは、もちろん、ミシェーラにだって敵わない。密かにドーラニアには勝ってると思っていたユトラは、大きさは勝っていても形で負けていたことに気付いたのだ。大胸筋が発達していても、意外なことにドーラニアの乳は形良い。割とどうでも良い話だが、本人にとっては深刻である。


「よく分からないけど、元気出したら?」


 小さめな身体に小さめの胸のラピにしてみればユトラの悩みなどあってないようなものである。ユトラにあってラピにはない。それは大きな胸。別に羨ましくはなくとも、自分よりも大きな胸の持ち主に自分の胸の悩みで落ち込まれたら、微妙な気分になる。


「ごくごくごくごく」


 桶に汲んだ水を傾け、流れ落ちる水をレトワが喉を鳴らして飲んでいる。

 もちろん飲む量以上の飲み残しが顔を伝って流れ落ちていくのだが、果たしてこれを水浴びといえるのか。


「バカレトワ。水を飲むのか水を浴びるのか、どっちかにしなさいよ」


 呆れるセニミスの隣では、素っ裸のまま眠りこけるアンネルに業を煮やしたメイリフォアが、なみなみと水が入った手桶を持って笑顔を浮かべている。


「うふふふふふ。この手桶の水をぶっ掛ければ、アンネルちゃんも起きてくれるかしらね」


 手桶を持つメイリフォアの手は筋力が強化されているのにも関わらずふるふると震えていて、メイリフォアがいかにアンネルを持て余しているかが分かる。

 メイリフォアとて何度もアンネルを注意しているのだが、腰の低さ、気の弱さが裏目に出てすっかり舐められてしまっているようだ。


「スヤァ」


 それも今日この時までとばかりに、メイリフォアは容赦なく冷たい水をアンネルの顔にぶちまけた。


「オラァ!」


「つ、つめたーい!」


 さすがに寝ていられず、悲鳴を上げて飛び起きたアンネルは、わけが分からない様子で周りを見回し、中身をアンネルにぶっ掛けた姿勢のまま、水が滴る手桶を構えたメイリフォアを見つけ、憤慨した。


「何するのよ!」


 メイリフォアに文句を言おうとしたアンネルの背に、愉悦の笑みを浮かべるアヤメがやはり水を湛えた手桶を手に忍び寄る。


「よし、私からもやってやろう」


 気配を消す高等技術を無駄に駆使したアヤメの一発を浴びせられ、アンネルが二度目の悲鳴を上げた。


「ぴぎゃあ!」


 そして、アヤメが悪乗りすれば、便乗する人物がもう一人。


「アヤメさんたら本当に楽しそう。なら私も」


「ひゃー!」


 駄目押しの三発目を浴び、ついにアンネルがひっくり返った。


「……何だか、楽しそうですね、向こう」


 やたらと大きい毛皮に包まれた身体をたわしで擦りながら、ディアナが気になる様子で振り返る。


「ほら、ディアナ、手を動かして、マクレーアが見てるわよ」


 止まりかけた手をセザリーに指摘され、ディアナは意識を目の前のマク太郎に戻す。

 マク太郎は四足で立っているのに、その時点で背の高さがディアナとほとんど変わらない。それどころかやや大きい。ディアナも女性としては長身なので、マク太郎の背の高さがよく分かる。


「襲わないと頭で分かってはいても、目が合うと心臓が縮みそうになるんですけど」


 ディアナが呟くと、マク太郎が振り返ってディアナを見た。

 思わず呼吸が止まるディアナの肩を、テナが軽々しく叩く。


「こんなの慣れよ、慣れ」


「美咲ちゃんを守る同志だと思えばいいですぅ」


 テナとイルマは比較的早い段階でマク太郎と出会ったので、ディアナよりかはマク太郎に耐性がある。

 また、ディアナは屋敷でマク太郎が暴れ回り暴虐の限りを尽くした光景を見ているので、恐怖するのはそのせいもあるのかもしれない。

 襲われこそしなかったが、ディアナはマク太郎が屋敷の警備に雇われていたごろつきを一瞬でミンチにする姿を見ているのだ。恐ろしく思うのも当然である。


「ぷーぷー(水きらーい)」


「こら、逃げちゃダメー」


 逃げるペリ丸を、ミーヤが必死に追いかけているのを見て、ディアナが近くを通り過ぎようとしたペリ丸を捕まえようとしゃがむと、地面が黒く陰った。

 思わず上を向けば、そこにはマク太郎が。

 マク太郎は素早く口でペリ丸をつまみ上げ、ミーヤの下に持っていく。

 ようやく追いついたミーヤは、マク太郎の口元のペリ丸を見て、少し驚いた表情になった。


「捕まえてくれたの?」


 ミーヤは天真爛漫な笑みをマク太郎に向けた。


「ありがとう! マク太郎は優しいね!」


 マク太郎は無表情だったが、ディアナはマク太郎が褒められた瞬間、鼻の穴を自慢げに膨らませたのを、見たような気がした。


「水浴びが終わったら、お姉ちゃんのところに一緒に行こう!」


 返事の代わりにミーヤの顔をべろべろ舐め回すマク太郎を見て、同志というのは言いえて妙かもしれないと、ディアナは思った。


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