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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
205/521

十六日目:襲われた商業都市2

 救助活動は終わったが、泊まる場所が無くなってしまったので、今日もまた馬車泊になる。

 美咲たちは馬車があるだけマシだ。家が燃えた住民の中には、野宿を強いられる人だっているだろう。

 井戸が無事だったのが唯一の救いか。

 生存者は教会に運ばれた。この世界では、教会が非常時の避難施設や治療施設を兼任しているのだ。

 幸い、宿屋の瓦礫の下からは死人は見つからなかった。

 救助が早かったお陰だ。これは、間違いなく美咲に従う女性たちの尽力の結果である。

 そこへようやくアリシャとミリアンが戻ってくる。


(……ん?)


 アリシャとミリアンが持っている包みが目に入り、美咲はのろのろと顔を上げた。


「あっ、食べ物!」


 良い匂いに反応してレトワが顔を上げる。

 今にも涎を垂らしそうな顔で物欲しそうな視線を向けるレトワに、アリシャはつれなく言う。


「やらんぞ。教会で炊き出ししてるから、お前も欲しかったら行って来い」


 即座にレトワは美咲の下へとやってきた。


「美咲姉、行こう!」


「……はいはい」


 ショックを受けていた心が、変わらないレトワの反応に、少しだけ癒される。

 腕を引くレトワに苦笑しながら、美咲は疲れ切った身体を鞭打ち、立ち上がる。

 アリシャとミリアン以外の皆も立ち上がり、ほぼ全員で教会に向かうことになった。

 道中道すがら、ディアナが胸を撫で下ろす。


「どうにか無事に終わりましたね。一時はどうなるかと思いましたが」


「ええ。死人が出なくて良かったわ」


 先頭を歩きながら、振り向かずに美咲は答える。

 無気力になるのは回避できたものの、ラーダンが襲われた後の光景を見て、受けた衝撃は決して小さく無い。


「……他はどうか知らないけれど」


 ディアナに言葉を返しながら、後半は小さな声で呟く。


「美咲様。そこまでは、私たちの力が及ぶところではございません。どうか思いつめないでください」


 声をかけるセザリーに、美咲はやはり前を向いたまま言葉を返した。


「分かってるわ。大丈夫よ」


 硬質な声は普段の美咲らしくなく、言葉どおりの大丈夫さを微塵も感じさせない。

 腕組みをして、テナが言う。


「本当に、大丈夫なの?」


「何よ、疑うの?」


 少しむっとした様子で、美咲の口調に険が滲む。


「美咲ちゃんは、やせ我慢しちゃう人ですから」


 イルマの言葉に、美咲から息を飲む気配がした。

 ニヤリと笑ってペローネが問う。


「図星を突かれたんじゃないの?」


「知りません」


 イルシャーナが美咲の前に回り込もうとした。


「美咲様、わたくしが慰めてさしあげましてよ?」


 早足でイルシャーナを追い抜き、美咲が冷たく言う。


「要りません」


 淡い笑みを浮かべ、マリスが提案した。


「頭、撫でてあげようか?」


「私、マリスより年上よね? 少なくとも見た目は」


 確かに、声に震えるような感じはない。けれど、一瞬声が上ずった。


「美咲。何か、気掛かりなことでもあるの?」


 ミシェーラに尋ねられ、美咲は歩みを緩めた。


「別に。ただ、ちょっと、街全体のことを考えたら、落ち込んじゃって」


「愚痴なら聞きますよ、何でも」


 珍しく、冗談ではなく真剣な表情のシステリートに、美咲は初めて振り返ると、ふっと笑みを浮かべた。


「ありがとう、システリート。……私たちがどんなに頑張っても、全部に手が届くわけじゃない。当たり前のことなのに、何だか悲しくなっちゃった」


「だからこそ、私たちで大元を断つべきなのだと、ニーチェは思います。必要の無い悲しみを出さないためにも」


 ニーチェの声は静謐だ。ただ、美咲のためにやるべきことをやる。そんな彼女の決意が窺える。


「そうよね。私、魔王を殺すわ。今日の襲撃で、死ななくても良い人がきっと死んでる。それが許せないから」


 皆を見回して、美咲は苦笑した。


「とはいても、やっぱり一番の理由は、元の世界に帰りたいからなんだけどね」


 ぐらりと美咲の身体がよろめいた。石畳の凹凸に躓いたのだ。普段なら足を取られるような場所でもないのに、うっかり躓いてしまうのは、疲労しているからかもしれない。何だかんだいって、異世界の毎日はハードだ。


「心配するな。あたいたちが、必ずお前を元の世界に帰してやるよ」


 早足で追いついてきたドーラニアが、ひょいと美咲を抱え上げた。


「それが、今の私たちの存在意義ですから」


 突然のドーラニアの行動に目を白黒させる美咲に、ユトラが微笑む。


「ちょっと、ドーラニア姉さん、さすがにこれは、恥ずかしいんですけど」


 顔を赤くする美咲に、ドーラニアはそのまま美咲を抱えながらにやりと笑う。


「足にきてるくらい疲れてるんだろ。教会に着くまで休んどけ」


「……ありがとうございます」


 気遣われた美咲はそれ以上何も言えずに、ドーラニアの腕の中で揺れる。

 ミーヤと同じくらいの歳の女の子が、母親らしき遺体にすがり付いて泣いているのを見た。

 逆に、焼け落ちた瓦礫の前で、呆然とした表情で焦げた小さな手を握り締める、母親らしき女性を見た。


(どうして、魔族はこんなことが出来るの?)


 考えていると、自然と美咲の目から涙が溢れ出てくる。


(こんなの……酷過ぎる。一体、彼らが何をしたというの?)


 美咲とて、もう二週間近く、ラーダンで暮らしてきた身だ。街の住人の中には、名前を知らずとも、それなりに顔見知りになった人間も居る。

 そんな、ただ精一杯生きていただけのい人間が、この空襲でどれだけ死んだことだろう。


「泣くなよ。お前には、あたいたちがついてる」


 不器用な手つきで、ドーラニアが美咲の頭を撫でた。

 硬く分厚くがさがさの手のひらは誰かを彷彿とさせ、次第に美咲の全身が心地よく弛緩していく。

 自分で歩かなくていいのは楽なのだが、まるで赤ん坊を抱くような抱き方なのはいかがなものか。いや、別に美咲としてもお姫様抱っこなどをされたいわけでもないのだが。

 密着したドーラニアの胸は布で覆われただけで、ドーラニアは相変わらずの蛮族スタイルである。美咲も疲れていたので、何だかんだ指摘するのを忘れていたから、これ幸いとドーラニアは着替えずに帰ってきてしまっている。


(もう、ドーラニア姉さんたら、横着して)


 美咲はドーラニアの胸の感触を身体で感じながら、いつしか意識を手放していた。


「姉さま、寝ちゃったわね。本当に疲れてたんだ。まあ、無理もないけど」


 ラピがドーラニアの腕の中で寝息を立てる美咲を見て、一瞬羨ましそうな顔をした。そして自分の腕と胸を見て、がっくりと肩を落とす。ラピとドーラニアでは体格があまりにも違う。ドーラニアのように抱き上げようとしても、美咲は安心するよりも不安がるだけだろう。

 なまじ美咲を抱き上げて歩くことは、肉体が強化されているラピにとっても決して不可能なことではないので、ラピは少し悔しく思った。

 そして、空気を読めない子が一人。

 レトワだ。


「ごっはんー、ごっはんー」


 沈鬱な雰囲気の中、レトワだけは明るくいつも通りに振舞っている。

 教会に行けば夕飯を貰えると知っているので、歩くレトワはご機嫌だ

 道中に、道端に慎ましく生えた草を見て、レトワが目を輝かせた。


「あっ。美味しそうな草がある。おやつにしようかなぁ」


 ふらふらと道端にしゃがみ込もうとするレトワを、目を吊り上げたセニミスが引き戻す。戦闘技術はなくても、肉体自体は他の女性たちと同等の強化がなされているので、レトワが本気で抵抗しなければ、これくらいの筋力はあるのだ。


「止めなさいバカレトワ! 状況を考えなさいよ!」


 殆ど怒鳴りつけるような勢いのセニミスに、真っ向からレトワは言い返した。


「考えてるよ。こういう時こそ、明るく振舞わなきゃ。泣いても笑っても、お腹は空くんだよ。空元気でも、悲しみを振り払って前に進まなきゃ、人間は生きられない。少なくとも、レトワはそう思う」


 思いの他真剣な声で、レトワがじっとセニミスを見つめる。

 その視線には、冗談など微塵も感じられない。

 静謐なレトワの表情に、思わずといった様子で、セニミスは息を飲む。


「ッ! 生意気よ、レトワの癖に!」


「ああー。あれ食べられる草なのにー。レトワのおやつがー」


 ずるずるとセニミスに引きずられるレトワは、遠ざかっていく草に未練たっぷりな声を上げた。

 引きずられていくレトワを見て、眠そうな半眼の目でとろとろ歩いていたアンネルの目が見開かれた。


「その手があったか」


 アンネルは素早くすぐ近くにいたメイリフォアの手を掴むと、そのまま脱力した。


「メイリフォア。私、寝るから引きずって運んで」


 場の雰囲気に当てられてしんみりしていたメイリフォアは、うろたえる。


「は? え!? ちょ、ちょっとアンネルちゃん!」


 突然のアンネルの奇行に困ったメイリフォアは、助けを求めて回りを見回した。

 後ろの方を歩いていたので、美咲を含め、ほとんどの仲間たちは先に進んでいる。周りにいるのは、レトワを引きずるセニミスと、面白そうに見ているアヤメとサナコだけだ。

 ここは自分がガツンと言わなければならないと、メイリフォアは覚悟を決めた。


「さすがに、状況を読むべきだと思いますよ。アンネルちゃん、あの光景を見て、何にも思わないんですか!?」


「泣いても笑っても、失った命は戻らない。なら、私はいつも通りに振舞って、皆が悲しみから立ち直れるようにする方を選ぶ」


 展開された真っ当な論理に、かくんとメイリフォアの顎が落ちた。

 そこまでアンネルが考えているとは、想像していなかったのだ。


「そういうわけだから、お休み」


 一瞬メイリフォアが呆けた隙に、アンネルは目を閉じて寝入ってしまった。寝付くのが早過ぎである。

 我に返ったメイリフォアは、慌てて再び周りを見回した。

 たまたまアヤメと目が会う。


「て、手伝って!」


 目が合ったアヤメに、メイリフォアは助けを求めた。

 アヤメはにっこりと笑った。


「頑張れ」


 思わず硬直するメイリフォアの横を、アヤメだけでなくサナコまでもが当然のように通り過ぎていく。


「私たち、先に行きますから」


「そ、そんなー! どうして、私ばっかり!」


「スヤァ」


 早くも寝息を立て始めたアンネルを引きずりながら、メイリフォアは自分がまたしても貧乏くじを引かされたことに気付いて嘆いた。


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