十六日目:ディーガで遊ぼう2
走る馬車の上で、御者席の後ろの席に座り、美咲は膝を抱えていた。
「ご主人様ー、やらないんですかー?」
「やらない」
背後の扉の中から聞こえてくるシステリートの声に、美咲は端的に答える。
「えっと……美咲ちゃん、どうしたの?」
ずーんと重くなった空気を纏っている美咲を見ながら、遠慮勝ちにミリアンが隣に座るメイリフォアに尋ねた。
「さあ……。どうしたんでしょうか」
ずっと御者席にミリアンと一緒に座っているメイリフォアは、背後に座る美咲を気遣わしげに見つめる。
「おい、どうしたんだ。よく分からんが元気出せよ」
不器用に元気付けようとするドーラニアに、美咲は視線を向けた。
「……ドーラニア姉さん、私って、寝相悪いですか?」
「いや、そんなことはないぞ?」
自然さを装ったドーラニアだが、返答に一瞬間が空いたのを、美咲は見逃さない。
「気を使わなくていいですから、本当のことを教えてください」
「あー……。昨日お前と同じ馬車で寝たガキ共が、今朝やたらとつやつやした顔で出てきたな。とてもいいものを見たとか何とか」
「……消えてしまいたい」
「な、なあ元気出せって! 寝相くらい別にいいじゃねえか!」
焦りながらドーラニアは美咲を励ましてくれるが、かえって美咲は惨めな気持ちになった。
(きっと私、皆の前でパンツ丸出しとか、ブラジャー丸出しとかで寝てたんだ。きっとそうだ。うあああ恥ずかしい。顔から火が出そう)
不幸中の幸いは、周りが女ばかりで、男性がいなかったことだろうか。もしも異性と一緒に眠っていたら、今頃間違いが起きていてもおかしくない。
とはいっても、美咲にとってこの世界で身近な男性といえば、もう死んでしまったルアンと、タゴサクを初めとする冒険者たちくらいである。
(ルアンなら、見られても許せるかも。でもタゴサクさんはイヤ)
タゴサクとて悪人ではないし、むしろ義侠心に溢れる良い男であることに違いはないのだが、あの時代劇に出てくるような髷にちょび髭姿はいただけない。格好悪い。
それに比べ、今思えば、ルアンは将来有望な少年だった。
家族は両親共に美形で兄も美形、ルアンも美少年で、それでいて性格も良いのだから、きっととてもモテただろう。
(……会いたい)
叶わぬと知りつつ、願わずにはいられない。ルアンに生き返って欲しいと。
もちろん、そんなものは意味のない祈りだ。一度地面に零れた水は、地面の中に染み込んでいくしかないように、一度齎された死は決して覆らない。それは、様々な常識が違うこの世界と美咲が生まれたあの世界において、数少ない同じルールだった。
(……ルフィミアさん)
ルアンのことを想えば、自然とルフィミアについても意識に上る。
あの時残った彼女は、今も無事に生きているのだろうか。今の美咲には知る術がない。
明日だ。明日、戦争が始まる。きっとあの蜥蜴魔将も出てくるだろう。
彼なら、きっとルフィミアの生死を知っているはず。
生きているなら良い。でももし、ルフィミアが死んでいたら。
死に物狂いで、仇を討つのだ。
そして、必ず魔王を殺す。
それが、美咲を庇って死んでいった人たちへの、何よりの供養になるに違いないのだから。
「うん! やる気出た!」
落ち込んでいた美咲は、闘志を燃やしたことで気を取り直し、勢いよく顔を上げた。
うじうじするのはもう終わりだ。今はできることだけ考える。
「お、おう。そりゃ良かったな」
目を瞬いて、ドーラニアが不思議そうに美咲を見つめる。
彼女にしてみれば、落ち込んでいた美咲が勝手に唐突に復活したのだから、訳が分からなくなるのも無理はない。
「女の子は、泣いてるより笑ってる方が似合うわ。私みたいにね」
自信有りげに微笑みを浮かべてパチンとウインクしてみせたミリアンは、確かに魅力的だった。
「お、女の子……?」
「ん? 何か言いたいことでも?」
一部無理がありそうな表現に疑問を抱いたメイリフォアは、にっこり笑顔のミリアンに見つめられ、慌てて首を横に振る。
「いいえ、別に」
「そう? 遠慮しなくてもいいのに」
残念そうな顔のミリアンとは対照的に、メイリフォアはそっと胸を撫で下ろした。
そして後ろを見てみれば、美咲の姿はもうない。席を離れて再び馬車の中へと戻っている。
再び馬車の中に入った美咲は、盛り上がっている一同に近付いていった。
「システリートさん、そのディーガっていうボードゲーム、私にもやらせてください!」
「あ、いいですねぇ。じゃあ、今の試合が終わったらやりましょう。ちょっと待っててくださいね。すぐ片付けちゃいますから」
元気良く頼み込んだ美咲に、システリートも即座に快諾した。
「そ、そう簡単にはやられないわよ」
対戦相手のラピは強がっているが、状況は明らかに悪い。
美咲を模した指揮官駒には味方が数人しかいない状況なのに、システリート側の駒は十人を超えているのだ。
事実この後、ラピは負けた。
「うー! システリートの奴、強すぎ!」
悔しがるラピは、むんずと美咲の腕を掴む。
「仇討ち、よろしく!」
「へ?」
ラピによって入れ違いに盤の前に座らされた美咲はセザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、ニーチェ、ラピが観戦する中、システリートと一勝負することになった。
「ご主人様は、ルール分かります?」
ぶんぶんと美咲は首を横に振った。
見たことも聞いたこともない、異世界のゲームなのだ。ルールなど知っているはずもない。将棋やチェスなら遊び程度ならやったこともあるけれど、さすがに何から何まで同じというわけではないだろう。
「じゃあ、簡単に説明しちゃいますね。まずお互いに用意された駒の中から選んでいくんですけど、こっちのカードの束を一枚ずつ引いていって決めます。兵種が書かれていますので、同じ駒を取ってくださいね。ただし、偽計というカードを引いた場合には、どれでも好きな兵種の駒を選べます。基本的にはどんな駒でも、一撃で殺せますし一撃で死にます」
システリートは羊皮紙の切れ端で作ったカードの束を取り出し、そのまま床に置いた。上から一枚引く。「剣歩兵」と書かれたカードだ。
カードを表にして置くと、システリートは駒からラピの駒を取った。
「今は分かり易いように表で見せてますけど、本来は見せずに裏のまま駒を選んでくださいね」
ラピの駒を指差し、システリートは説明を続ける。
「剣歩兵は文字通り、剣を武器として扱う歩兵のことです。一度に一歩の移動と攻撃を同時に行えます。前進して攻撃、攻撃して後退など、ヒットアンドアウェイが得意です。切り込み易い兵種ですね。でも耐久力は低いので安易に飛び込むと普通に死にます」
「言っておくけれど、本来の私ならそんなことはないわよ、姉さま」
自分を象った駒だからか、ラピがわざわざ注釈を入れてきた。
こくこくと頷きつつ、美咲はシステリートの説明に耳を傾ける。
「次は斧歩兵ですね。ドーラニアの駒がこれに当たります。一歩しか移動できず、攻撃か移動のどちらかしかできませんが、代わりに他歩兵よりも攻撃力と耐久力が二倍になっています。つまり、斧歩兵を一撃で倒すには、同じ斧歩兵をぶつけるしかないわけです」
ふむふむと頷きつつ、美咲はシステリートの説明を噛み砕いていく。
つまり、斧歩兵はパワータイプということらしい。
「歩兵の残り一つは槍歩兵です。イルシャーナの駒と、厳密に言えば槍ではありませんが、ミシェーラの駒もこれですね。攻撃と移動の制限は斧歩兵と同じですが、射程がニあります。代わりに攻撃力と耐久力は剣歩兵と同等です。そしてこれが重要なのですが、槍歩兵のみ、射線上に味方がいても攻撃できます」
「ふふふ、さすがわたくし。ゲームの駒としても大変優秀ですわ。宜しくてよ」
システリートの言葉を聞いて、美咲は不思議そうに首を傾げた。
「ということは、他にも遠距離攻撃ができる駒があるの?」
「無視しないでくれませんこと!?」
イルシャーナの抗議はスルーされた。
「そうです。歩兵ではない、特殊兵種がそれに当たります。一つずつ説明していきましょうか」
たくさんの駒の中から、システリートはセザリー、テナ、イルマ、ペローネ、システリート、ニーチェ、アンネル、セニミス、メイリフォアの駒を選び出した。
「弓兵。セザリー、テナ、イルマのことですね。射程が五ありますが、敵味方に関わらず、一番近い駒に攻撃が当たります。また、敵との距離がニ以上ないと攻撃できません。一歩移動したら攻撃ができず、攻撃されれば一撃で死にます。懐に入り込まれると弱いですね」
何か美咲が言う前に、セザリー、テナ、イルマが身を乗り出してくる。
「美咲様。私たちは、別に味方に誤射したりはしませんからね?」
「そうそう。近接戦闘挑まれたら剣に持ち替えるだけだし?」
「私たちは遠近両用の優良兵ですよぅ」
「分かってる。分かってるから」
苦笑しながら、美咲は詰め寄ってくる三人を押し留めた。どうやらゲームの方の彼女たちはかなり尖った性能をしていて、セザリー本人たちはそれが気に入らないようだ。
新たに、システリートがペローネとニーチェ、アンネル、メイリフォアの駒を選び出す。
「投擲兵。弓兵ほどの射程は持ちませんが、代わりに弓兵よりも移動力があります。射程三かつ、移動と攻撃を同時にこなせます。ただし、やはり敵味方の区別関係なく一番近い駒に当たります」
「そもそも味方に当たりそうな状況じゃ投げないけどね」
「ニーチェは誤射するほど馬鹿じゃないのです」
「あはははは……」
肩を竦めるペローネに、自分の駒がオバカなことに不機嫌そうなニーチェを見て、美咲は曖昧に笑みを浮かべて感想を避けた。
「私、どちらかというとスリングよりも妨害魔法の方を多様するんだけど。それでも投擲兵なの?」
「爆裂岩は範囲攻撃ですよ。投擲兵だと単体攻撃しかできませんけど」
どうやらアンネルとメイリフォアの二人は、弱体化している己を象った駒の性能に、納得がいかないようだ。
「あれ、イルシャーナ、どうしたの?」
「美咲様はいじわるですわ……」
今初めてイルシャーナの存在に気付いたかのような態度でいけしゃあしゃあと尋ねた美咲に、膝を抱えて床に指でのの字を書いていたイルシャーナは拗ねた目を向ける。
「ごめん。冗談よ、冗談」
イルシャーナの両手を握り、美咲は謝罪する。
「それじゃあ、一勝負してみましょうか」
「分かりました。負けませんよ」
駒を並べるシステリートに、美咲は自分の服の袖を捲くって答える。
もちろん初心者な美咲はボコボコにされた。