十六日目:ディーガで遊ぼう1
馬車の中では、ペローネ、イルシャーナ、システリート、ニーチェ、ラピが居て、既に思い思いの場所に腰を下ろしている。
床に直接腰を下ろしている者や、木箱に腰掛けている者など、皆様々な姿勢で寛いでいるようだった。
「どうしたの? そんなに慌てて」
不思議そうな表情で首を傾げ、ペローネが美咲に尋ねる。
男装しているペローネは、肌の露出面積が少ないのにも関わらず、不思議と女性的な色気を垂れ流している。濡れたような瞳と、熟れた果実のような唇が、彼女にそんな魅力を与えているのかもしれない。
同性の美咲でさえ彼女の魅力に当てられてくらっとくることがあるくらいで、同じ女として、完成された魅力を持つ彼女にはちょっと憧れてしまう部分もある。その魅力が奴隷時代の人を人と思わぬ調教によって半強制的に培われたのであろうことを知る美咲には、少しばかり複雑な気もするが。
「あははは……。ちょっとセザリーさんたちに追いかけられまして」
愛想笑いで誤魔化しつつ、美咲はペローネに答える。
「まあ、あの人たちったら、何をしてらっしゃるの? もうすぐ出発ですわよ」
呆れた顔になったイルシャーナが、立ち上がって馬車の後部扉を開け放ち、セザリーたちを呼んだ。
その時テナとイルマはセザリーに説教されていて、イルシャーナに気がついたセザリーは、それぞれの頭に拳骨を落として説教を終わりにし、馬車まで歩いてきた。
「ごめんなさいね、義妹たちが迷惑を掛けたみたいで」
「あ、いえ。慕ってくれるのは嬉しいですし。まあ、行き過ぎて困っちゃうことがあるのも確かですけど」
苦笑する美咲に、セザリーは眉間にできた皺を揉み、恐縮した様子で頭を下げた。
「申し訳ありません。あの子たちはどうも、美咲様の好意に調子に乗っているみたいで。私からもきつく叱っておきましたので、どうか許していただけないでしょうか」
「あ、いや、別に好かれること自体は嫌じゃないですし、気にしてませんよ」
恐縮する様子のセザリーに、美咲は胸の前で手をパタパタと振り、微笑む。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいですぅ……」
セザリーの後ろから、神妙な表情のテナとイルマが顔を出す。
「次からはもうちょっと、好意の表し方を考えてくれると、うん、嬉しいかな?」
気まずい雰囲気にならないよう、美咲は意識して朗らかな笑みを浮かべる。
美咲の顔を見て、テナとイルマはホッとした表情になった。落ち着いて考えてみたら、二人ともやり過ぎたことを自覚したのかもしれない。
「うふふふふ。行きを我慢した甲斐がありましたわ。ラーダンに戻るまでの間、美咲様と何を致しましょう」
やがて、イルシャーナが我慢し切れない様子で笑みを零す。
それを切欠に、場の空気が切り替わり会話が繋がり始めた。
「ご主人様、実は私、空いた時間でこんなものを作ってみたんですよ」
システリートが平らに整形された木の板と、木製の駒を取り出した。
「これ、何ですか?」
尋ねた美咲に胸を張ってシステリートが答える。
「ディーガです」
自信満々に言ったシステリートには悪いが、美咲にはディーガというものが何なのかまるで分からない。
きょとんとしている美咲を見て、説明不足に気付いたシステリートが、説明を付け足す。
「ベルアニアやその周辺国で昔から親しまれていたボードゲームですよ。こうやってお互いが持ち駒を決めて、並べて戦うんです。戦の指揮に通じるものがありますし、楽しいですよ。良かったら一戦やりませんか?」
「……この駒、ニーチェに似てますね」
駒の一つを指でつまみ上げたニーチェが、その造形の細かさに驚きながら言った。
「ふふん。それだけじゃないですよ。全ての駒は私を含め、全員をモチーフにしたんです。例えば指揮官駒はご主人様、私、ミーヤちゃん、アリシャさん、ミリアンさんの五つですし、他の兵種駒もそれぞれ合いそうな人物を割り振ってあります。例えばセザリーたちは剣兵と弓兵ニ種類ずつ、イルシャーナは槍兵、ドーラニアは斧兵、ラピちゃんも剣兵ですね。ペローネとニーチェ、アンネル、メイリフォアは投擲兵です」
「わ、本当に似てる。こんな小さな駒にここまで彫り込むなんて器用ねぇ」
自分に似せられている剣兵の一つを摘み上げて、ラピがまじまじと観察した。
「私、もうちょっと可愛いんじゃない?」
「いえ、そっくりですよ」
不満げな表情のラピに、システリートはにっこりと笑って言った。
どちらが正しいのかは、そっと気まずそうにラピから目を逸らした美咲の態度が全てを物語っている。
「全員分の駒があるんですね。持ち替えしてる私たちの分まで全部作るなんて……」
心底感心した様子で、セザリーはまじまじと床に並べられた駒を見ていた。
一方で、興味津々に自分の駒を眺め回していたテナが、駒を逆さに持って硬直した。
ぎぎぎと錆びた扉を開けるような硬い動きでシステリートに振り向いたテナは、引き攣りながら尋ねる。
「……ねえ、下着まで忠実に再現されてるんだけど。どういうこと?」
「そりゃもう、調査しましたから。ご主人様の下着までばっちりですよ」
自信満々のシステリートの台詞に、テナ、イルマ、イルシャーナが素早く反応した。
「えっ、マジで!?」
「早速確認するですぅ!」
「わたくしが先ですわ!」
一斉に美咲そっくりの指揮官駒に伸びる手を次々と叩き落とし、美咲は自分の指揮官駒を確保する。
確かに、上も下も下着がばっちり再現されていた。それも、元の世界で買ったお気に入りで、召喚された当時から今までずっと着用しているものだ。
真っ赤になった顔で、美咲はシステリートに怒鳴った。
「システリートさん! せっかく感心してたのに、あなたって人はオチを作らずにはいられないんですか!?」
いつ見られたのか、美咲本人にも全く分からないのが油断できない。
「うふふ、教えてもいいですよ? ご主人様のためなら、私は何でもしてあげますから」
「教えなさい、今すぐ!」
詰め寄る美咲の耳に唇を近付けて、システリートは囁く。
「もう少し寝相を良くしないと駄目ですよ? 寝返りで肌蹴て丸見えになります」
林檎のように紅潮した顔のまま、美咲は反射的にシステリートを見上げる。
「私って、そんなに寝相悪いの?」
重々しくシステリートが頷いた。
「かなり。たぶん全員に最低一回は見られてるんじゃないですかね」
恥ずかしさのあまり美咲は崩れ落ちた。