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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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六日目:魔王討伐には仲間が要る4

 薬草の群生地は、街を出て三時間ほど歩いた場所にあった。


「……これって、すぐ近くっていうにはどうなんだろ」


 一人っきりで立ち尽くす美咲は、見渡す限りの薬草を見てため息をつく。

 たった三時間しかかからないというべきか、それとも三時間もかかったというべきか。

 美咲の感覚では間違いなく後者なのだけれど、主な移動手段が徒歩でほとんどの人間が健脚であるこの世界では、これでも充分近い。

 現代の感覚では三時間で歩ける距離は意外に短いが、それは道が曲がりくねっていて必ずしも真っ直ぐでないためであり、この場合は当てはまらない。

 ラーダンから真っ直ぐ歩いて三時間だから、この場所からはもうラーダンは見えない。

 ここは冒険者ギルドが管理している群生地で、依頼を受けた者以外の採取は禁じられている。

 守るかどうかは各個人の良心に委ねられているが、ばれれば冒険者ギルドからそれなりの罰を受けることになるだろう。

 そもそも誰にでも好きに摘ませていては、街のすぐ近くという好条件だからこそ、この群生地はあっという間に採り尽くされて姿を消してしまう。

 群生地を維持するためには、規制することも時には大事なことなのだ。

 冒険者ギルドで貸し出された薬草を入れる籠を片手に、しゃがみ込んで薬草を摘んでは籠に入れ、摘んでは籠に入れを繰り返す。

 出発前に依頼書をルアンに読み上げてもらったところ、この辺りに生えているのは薬草のみで毒草が混じっているということは無いと書かれていることが分かったから、見分けに関しては素人同然の美咲でも安心して摘むことができる。


「結構かさ張るなぁ、これ」


 いくつも摘んでいると、籠に入れるというより押し込む感じになってくる。

 何よりいちいち数えるのが地味に大変だ。

 街の外だからはぐれ魔物が出ないとはいえないし、しゃがんでいて体勢が悪いから、不意を打たれたらまずいというのは美咲でも分かる。

 かといって過度に緊張して警戒していてはすぐに自分がいくつ薬草を摘んだのか分からなくなってしまうので、どうしても警戒よりも薬草摘みの方に意識を割かざるを得ない。

 それでも何度か数え直しをする羽目になっているので、思った以上に薬草摘みというのは大変だった。

 多い分にはまだいいが、足りない場合依頼達成にならないので報酬が貰えない。


「六十五、六十六、六十七、と」


 口に出していくつ摘んだか数えつつ、新しい薬草を摘んで籠に入れる。


「……腰が痛いなぁ」


 ずっと屈んでいて強張っている腰に手を当て揉み解す。


(ていうか、制服の上からコスプレみたいな格好して、やってることがただの草むしりとかどうなんだろ)


 別に派手に戦いたいわけではないが、最終的に魔王との戦いが避けられない以上、自分が強くならなければいけないのは美咲とて理解している。

 でもそのためにどうするべきかと考えると、筋トレくらいしか思いつかない。体力を上げる、腕力を鍛えるという意味では堅実な選択ではあるけれど、まず間違いなく、強くなる前に命の期限が来るに違いない。

 それに、美咲はできるものなら命のやり取りなどしたくなかった。

 魔王という人物も、うっかり喉に餅でも詰まらせて死ねばいいのにと割と本気で思う。この世界に餅があるかどうかは分からないが、もしそんなことが実際に起きれば、美咲は大笑いした挙句に深く感謝するだろう。

 呪刻が消えれば元の世界に帰るのに何の支障も無くなるのだから当然だ。もっとも、召喚者のエルナが死んでしまっているので、新しく術者を探さなければならないけれど。


(……エルナ)


 彼女のことを考えると、今でも心が痛む。

 第一印象こそきつい性格のように感じたが、一緒に旅してみれば意外に気さくなところもあって、ザラ村に着いたあたりではそれなりに打ち解けていたように思う。

 だからこそ、美咲は彼女が死んだことが悲しい。しかも、その原因は美咲の不注意からなのだ。悔やんでも悔やみきれない。


(って、いけない。集中しないと)


 我に返り、美咲は慌てて薬草摘みを再開する。

 幸い数はまだ覚えており、やり直しという憂き目には遭わずに済んだ。

 美咲は案外単純作業が苦手なようで、中々集中することが出来ない。もっとも、薬草摘みに集中し過ぎて回りが見えなくなるのも、それはそれで問題だ。万が一はぐれ魔物が現れても、気付くのが遅れてしまう。

 それに、ここまで薬草摘みが地味なのも、ちょっと問題だと美咲は思う。

 薬草摘みで何をどうやったら強くなれるのか、美咲にはさっぱり分からない。


(はぐれ魔物でも出ないかな)


 ラーダンまでの道中、アリシャがはぐれ魔物を簡単に仕留めたのを見たので、そんなことすら考えてしまう。

 アリシャが苦もなく倒したことで、はっきりいって、美咲は魔物を舐めてかかっていた。

 怖いことには変わりないものの、『自分でも倒せる敵』なのだと認識している。

 勇者だということで、美咲は自分を無意識に特別な存在だと思っていたのかもしれない。

 それは良い面も悪い面も両方あり、良い面では美咲の心の安定に一役買っていた。もし最初の遭遇で、大怪我を負わされるような目に遭っていたら、しばらくベッドから離れられくなっていただろう。完治した後も、魔物に対してトラウマを抱え、強い恐怖感を覚えるようになっていたとしてもおかしくはない。


「よう。捗ってるか?」


「ルアン! そっちの依頼はもう終わったの?」


 背後から声をかけられて飛び上がった美咲は、慌てて振り向いてにかっと笑う笑顔に遭遇し安堵した。

 同じくらいの年齢の異性と二人きりという現状に、美咲は少しドキッとする。

 均整が取れた身体は鍛えられていて、完全にスポーツマンや武術家のそれだ。

 顔立ちも端正で見目が良く、それでいてやんちゃな雰囲気を漂わせている。


(よく見たら、結構格好良いんだよね……アリシャさんには負けるけど。あ、でも、アリシャさんくらいの年齢になれば、良い線行きそう)


 馬車を盗もうとして失敗したのを切欠に、美咲はアリシャに心を開いて、完全に信頼を寄せていた。

 こんな自分に、想い人らしき男性の形見の品を預けてくれたのだ。わざわざ大切な品物を、持ち逃げされる可能性を承知の上で預ける。これ以上の信頼の表し方はあるだろうか。美咲はもう、二度とアリシャを裏切らないと決めている。

 そんなアリシャに比べると、ルアンは若さ故の青さはあるけれど、同時に将来性も強く感じる。長じれば、中々素敵な男性になりそうだ。


「慣れてるからな。すぐに終わらせたよ。そっちはどうだ?」


「私の方はまだかな。薬草摘みって意外に大変だね」


 歳が近い異性の男の子ということで、美咲は若干照れながら会話をした。

 クラスで人気者の男の子に、不意に親しげに話しかけられたような気分だ。

 苦笑いして肩を竦めた美咲は、ルアンが自分の横にしゃがんで薬草を摘み始めたのを見て吃驚する。


「手伝ってやるよ。あといくつだ?」


 尋ねながらも、ルアンは慣れた手つきで次々と薬草を摘んでいく。

 美咲がやっていたよりも早く、まさに熟練の手つきだ。


「ありがとう! あと三十三枚!」


「よし、分かった。さっさと済ませちまおうぜ」


 美咲が答えると、ルアンは頷いて薬草を摘むペースを速めた。美咲が一つ摘む間に、もう三つは摘んでいる。

 親切にも、美咲の籠にルアが自分が摘んだ薬草を入れていく。

 二人に増えたことで効率が上がり、ほどなくして達成に必要な量の薬草が集まった。

 満杯になった加護を抱え、美咲はルアンに礼を言う。


「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。すごく助かっちゃった」


「いいってことよ。こういうのはお互い様だしな」


 照れた表情でルアンは鼻の頭をかいている。

 美咲は薬草がぎっしり詰まった籠を抱えて立ち上がる。

 籠の取っ手を握る手に、ずっしりと薬草百個の重みがかかる。

 結局最後まで何も出なかったのは、美咲にとって幸運というべきか、それとも不幸だというべきか。

 薬草を百個摘み終えた美咲は、重くなった籠を抱えてルアンとともに薬草の群生地帯を後にした。



■ □ ■



 薬草を冒険者ギルドに提出して懐が潤った美咲は、続けて依頼を受けるルアンと別れ、ほくほく顔で風のせせらぎ亭へと向かっていた。

 ラーダンへの道中に世話になったアリシャに、相談と報告があるためだ。

 相談というのは、勇者という定義について、ルアンに聞いた話が本当にこの世界の常識なのか知りたかったからである。

 さすがに事情を知らない人間に「この世界の勇者って~」とか口走るわけにもいかないので、そういう意味でもアリシャは相談相手にぴったりだ。

 本来なら事情を知る相手といえば召喚者であるエルナに聞くのが一番だったのだけれど、彼女はもう死んでしまっている。


(私、頑張ってるよ、エルナ)


 短い間だったけれど、それでも多少は仲良くなれていたと思っている。

 エルナと一緒にラーダンに着くことができていたら、どうなっていたのだろう。


(って、ダメダメ、また考え方が暗くなってる。前向きにいかなきゃ)


 込み上げる感傷に胸がざわめくのを堪え、歩みを進める。

 風のせせらぎ亭に着くと、美咲は宿屋の台帳を見せてもらえるように頼んだ。


「あのー、すみません。知り合いがここに泊まってるはずなんですけど、台帳見せて貰ってもいいですか?」


「申し訳ございませんが、犯罪防止の都合上台帳はお見せできないことになっております」


 宿屋の女性は困り顔で、美咲の頼みを断った。

 良く考えれば当然だった。十分予想できたことだ。間違いなく美咲の落ち度である。


(ど、どうしよう……)


 顔色を青褪めさせて動揺する美咲を見て、哀れに思ったか宿屋の受付は照会を申し出てくれた。


「ただ、名前を教えていただければこちらで探しますよ」


 もちろん、美咲が嫌というわけもなく、一も二も無く頷く。


「お願いします。アリシャっていう名前の女の人です」


「アリシャ様ですね、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 しばらく台帳を確認していた女性は、台帳から顔を上げ、背後にある鍵置き場を振り返ると美咲に告げた。


「台帳に記入がありますが、今は外出されているようです」


「そうですか……いつ頃帰るか分かりますか?」


「私どもには分かりかねます」


(まあ、そりゃそうだよね)


 期待していなかった美咲は、無理に食い下がらずあっさり諦める。


「ありがとうございます。帰ってくるまで部屋で待つことにします。もし帰ってきたら、美咲が相談したいことがあって部屋で待ってるって伝えてください」


 伝言を残し、美咲は鍵と預けていた道具袋を受け取って自分の部屋へ向かった。


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