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美咲の剣  作者: きりん
序章 始まり
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一日目:召喚された少女2

 案内された部屋で、美咲はエルナから自分がこんな場所にいる理由といきさつを聞いた。


「魔王を倒すために勇者として召喚された? 冗談はファンタジーの中だけにしてよ……」


 ドッキリか何かだと思っていた美咲の予想は、当然のように否定された。自前のウサ耳を持つエルナから聞かされた話は、到底現実の話とは思えない荒唐無稽なものだったが、現に明らかに普通の人間ではないエルナがいる以上、頭ごなしに否定は出来ない。

 日本の科学者が密かにウサ耳人間を生み出したという説も、美咲が魔王を倒すために召喚された勇者だという話も、胡散臭さでは同レベルだ。そもそもウサ耳人間を作り出すことに科学者たちが成功したとして、それで美咲にドッキリを仕掛ける理由が分からない。

 信じ難いが、説明されたように、異世界に召喚されたと考えた方が、一番しっくりとした。

 弱りきった美咲は、とんでもない面倒事に巻き込まれたことを理解し、盛大にため息をつく。

 異世界に召喚されたというだけでも信じ難いのに、この世界はさらにややこしい。

 エルファディアという名前のこの世界では、人族が魔族という異種族の侵攻によって絶滅の危機を迎えている。

 かつては人族、つまり人間が治める国々は無数に存在していたらしいが、魔族によって次々に滅ぼされ、今現在この大陸に残っている人間の国は三つしかない。

 今いるベルアニアというこの国もその一つで、現在進行形で侵略を受けている。他の二国の協力を得て人族連合軍を結成し抵抗を続けているが、魔族の軍勢に敗退を重ね、領土は削り取られ情勢は悪化の一途を辿るばかり。もはや人類が生き延びる希望は伝説に語られる勇者のみであるとのことだった。

 非常識な状況に置かれればまずは現状を否定するのは当然の反応で、美咲はエルナに詰め寄り、元の世界に送還することを訴えた。


「冗談じゃないわよ。どうして私がこんな見ず知らずの世界のために骨を折らなきゃならないの。日本に帰しなさいよ」


 本当に、馬鹿げた話だと美咲は思った。

 勇者を異世界から召喚する。それはまあいい。いや、良くはないが、いよいよ進退窮まって、神頼みに走ったのだと考えれば、その動機はまだ理解できる。

 でも、どうしてそうやって世界の命運を託すべく呼び出したのが、よりにもよって美咲なのだ。

 自慢ではないが、美咲には特別な力も才能もない。

 敢えて言うなら容姿だが、それも平均よりも少しだけ可愛い程度に過ぎない。美咲よりも可愛い子など、街を探せばいくらでもいる。それこそ、美咲が通う高校にだっている。容姿以外は学力、運動神経共に平均的で、取り立てて特筆すべきことなど何もない。ごく普通の中流家庭で生まれ育ち、市立の小学校、中学校を卒業し、ほどほどの偏差値の県立高校に通っている、ただの少女なのだ。


「巻き込んでしまったことはお詫びします。ですが、私たちも、貴女を召喚してしまったのは本位ではないのです。本来ならば勇者という肩書きに相応しい、屈強な戦士を召喚するはずでした。帰して差し上げたいのはやまやまですし、技術的にも不可能ではありません。お望みなら、今すぐにでも行って差し上げます、が」


「だったら……!」


 エルナに詰め寄った美咲は、エルナの口からとんでもないことを聞かされた。


「私としては、それはお勧めしません。今のあなたには、魔王を倒すしか選択肢がないのです。倒さずに帰れば、三十日後に死ぬことになる」


 思わず呆然として、美咲はエルナを見つめた。

 言っている意味が分からない。自分が望めば帰れるのだということは分かった。それはいい。喜ぶべきことだ。一方的に拉致して帰さないぞ、というような犯罪組織染みた方法を取らなかったことは、評価に値する。

 しかし、魔王を倒さずに帰れば死ぬというのは、どういうことだ。それも三十日後。オカルトか。オカルトなのか。非科学的で、信じる根拠も価値もない。美咲が今いる場所が、日本であるならば。

 ウサ耳を生やしたエルナがいることで、ここが地球であるという可能性は、限りなく薄くなった。同時に、日本であるという可能性も消えた。

 異世界。エルファディアという名前らしい。もちろん美咲に聞き覚えはない。

 今美咲が置かれている状況自体が非科学的なのだから、エルナの言葉を非科学的だと決め付けて退けることこそが、非科学的だ。

 全ての物事はあるべくして起こる。一見非現実のように見えても、実際に観測できるのならば、理屈をこねくり回して説明することは、不可能ではない。

 元の世界では、観測できないから魔王はいなかった。魔法も存在しなかった。召喚されることなど、それこそ小説やマンガ、アニメやゲームなど、フィクションの話でしかなかった。

 それら全てのフィクションが、この世界ではひっくり返って現実になっているのだ。この世界では、美咲の世界を走る車や飛行機などの、この世界にとってのオーバテクノロジーこそが、フィクションだろう。


「……どういう、ことなの」


 美咲は辛うじて、それだけを呟く。疑問はたくさんある。でも、口を開けば怒りや戸惑い、不安、恐怖といった負の感情が蓋を突き破って出てきそうで、美咲はそれを押さえるのに必死だった。

 泣き喚いて、それで事態が好転するなら、美咲はいくらでも泣いてみせる。何なら赤ちゃんに退行したっていい。

 現実は変わらない。美咲はエルファディアという異世界に召喚され、魔王を倒す勇者に仕立て上げられた。しかも、実は望まれたものではなく、美咲が呼ばれたのは、向こうにとっても事故のようなものらしい。


「召喚する際、魔王に召喚の儀を察知され、術に介入されて召喚対称を無力なあなたにずらされたばかりか、あなたの身体に死出の呪刻を刻まれてしまいました。魔王を倒さない限り、今日から数えて三十の月が沈んだ時、呪刻の呪いによってあなたは死に至ります。あなたが目覚める前に解除を試みましたが、無理やり解除しようとしても呪いが発動するようで、私たちには手がつけられませんでした。ですので、今送還することは可能ですが、お勧めできません」


 エルナは丁寧に美咲に説明をしてくれる。

 お互いにとって、事故のようなものだ。誰も幸せにならない。得をしたのは、術に介入した魔王ばかりという、どうしようもない話。

 二の句を告げずに美咲が絶句していると、エルナが用件は済んだとばかりに立ち上がる。


「私は物資の手配をしなければなりませんので、これで失礼します。明日の出発までは部屋からお出しすることはできません。一応衛兵を置いておきますが、混乱を避けるためにもみだりに部屋から出ようとしないようにお願いします」


 一方的に話を切り上げられて、美咲は驚いた。

 魔王を倒せばいいのは分かった。そうしなければ帰れないことも。

 でも、自己紹介くらい、してくれてもいいのではないか。美咲だって、自分のことを何も話していないのだから。


「えっ!? もう終わりなの!?」


「充分でしょう。あなたは三十日後に死ぬ。だから生き延びるために魔王を倒さなければならない。これ以上に明快な論理がありますか?」


 無感情に言い捨てて、エルナは部屋を出ていく。自分については話さず、美咲に対して踏み込んで聞くこともない。自分とて呼びたくて呼んだわけではないのだから、美咲のことなどいかにも興味がないとでもいうような態度だった。

 部屋に取り残され、美咲は呆然とする。


「何よそれ……。全然納得できない」


 しばらく俯いて唇を噛み締めていた美咲は、ふと顔を上げるとおもむろに上半身を肌蹴た。

 エルナのいう死出の呪刻のようなものが本当に刻まれたのなら、肉眼で確認できるのではないかと思ったのだ。

 予想は当たった。

 上半身には禍々しい黒い紋様がびっしりと胸元から腹にかけて、乳房にまでびっしりと描かれている。

 肩から腕の部分にまで、その文様は伸びていた。

 紋様の部分を触っても肌色の場所と感触は変わらず、擦っても落ちない。

 この分だと背中にも、下手をすると下半身にまであるかもしれない。

 穿いていた黒タイツをよく見ると、分かり辛いが下にきっちりと紋様が走っているのが見えた。

 腕、胴体、足とくれば、背中になってあるのだろう。

 鏡を見せられたとき、映った顔に紋様が無かったことだけが救いだ。


(乙女の柔肌になんてことするのよ……)


 美咲は肩を落として肌蹴た制服を直す。

 改めて部屋を見回せば、美咲が召喚された時に持っていた通学鞄がテーブルの上に置かれていた。

 下校途中だったのだ。


(早く帰らないと、お母さん心配するよね……)


 ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認する。

 今の時刻は午後六時ちょうど。いつもならとっくに帰宅している時間だった。

 一瞬コンセントの差込口を探し、ため息をつく。


(充電……できるわけないか。腕時計、つけておけばよかった)


 スマートフォンがあるからいいやと自分の部屋に置きっぱなしにしていたことが、今更になって悔やまれる。

 エルナは出ていってしまったし、今部屋にいるのは美咲一人だ。

 何か今の自分にできることを見つけようと辺りを見回した美咲は、壁の一角に本棚が設置されているのを見つけた。

 ぱっと顔に喜色を浮かべて走り寄った美咲は、一冊抜き取って開き表情を曇らせる。

 戻してもう一冊、もう一度戻して繰り返し。

 新しい本を開くたびに美咲の表情が暗くなっていく。

 全ての本を確認して本棚に戻した美咲は、当てが外れたことに落胆した。


(文字も読めない。本当に私、どうすればいいんだろう)


 大きな部屋にぽつんと一人きりでいると、憤慨していた心がたちまち萎んで心細くなってくる。

 心細さで涙腺が決壊して、涙が溢れる。


(バカ。泣いて、何が解決するってのよ)


 強がって涙を拭っても、寂しさまでは拭えない。

 広すぎる部屋の中、豪勢な調度品が、独りきりですすり泣く美咲を見下ろしていた。



■ □ ■



 その日の夜は王子に晩餐に招かれた。

 テーブルマナーはおぼろげながら知ってはいたものの、それも元の世界での常識の範囲内でしかなく、文化の違いという点を差し引いても美咲は無作法だったが、王子は美咲が食事をする様子を見て楽しそうに笑っていた。

 美咲は何故か同席していたエルナの顔が、美咲が手を動かすたびにどんどん険しくなっていくのが恐ろしく、食事を楽しむどころではなかったので、楽しいなどとは思えなかった。

 部屋に戻った美咲は、エルナに連れられ、メイドに手伝われて全く寛げない入浴を済ませると、植物の繊維を細かく裂いて作られた歯ブラシで歯を磨き、床につく。

 元の世界のベッドとさほど寝心地が変わらない、この世界基準ではかなり高級なベッドに寝そべり、美咲は今日の出来事を思い返す。

 学校が終わるまではいつも通りだったのに、何故か自分は異世界に召喚されて勇者としてここにいる。

 改めて思い返してみても意味不明だった。


(勇者なんて、私に務まるわけないのに)


 不安だが、自分の生き死にが懸かっているのではどうしようもない。

 帰りたい。でも、魔王を倒さなければ、帰ったところでどうせ死ぬのだ。

 実はエルナのはったりなのかもしれない。でも、実際に死出の呪刻などという代物が自分の肌に刻まれている以上、嘘だとは思えない。そもそもこの呪刻を何とかしないと、帰ったところで恥ずかしくて外を出歩けない。


(まだ死にたくないよ)


 前途は暗い。

 魔王や魔族がどれくらい強いのかは知らない。でも、この世界の人間たちが苦戦しているのだから、相当強いのだろう。それを倒すなど、本当に美咲に可能なのか。


(やるしかないんだ。生きるためには)


 死なないために死にかねない危険に飛び込まなければならないのには、この際目を瞑る。

 色々あってとにかく疲れた。今日はもう終わりだ。明日また頑張ろう。


「……こんなクソったれな現実に負けるもんか。絶対、帰るんだから」


 布団に顔を埋めてつぶやく。

 一日目の夜はこうして静かに過ぎていった。


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