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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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六日目:魔王討伐には仲間が要る2

 アリシャと別れた美咲は、ギルドの大掲示板の前で無数の張り紙を睨みながら唸っていた。

 文字が分からないので、どんな依頼があるのかギルド職員に尋ねた結果のことだ。


「むう……報酬事態は魅力的なんだけど、全部が全部魔物退治の依頼なのはどういうことなの」


 美咲が不満を露にして呟くと、隣で談笑していたパーティーらしい四人組のうち、短槍使いの男が美咲の独り言を聞いて笑った。


「そりゃ当たり前だろ。安全な依頼は競争率が高いから、張られたらすぐに剥がされちまう。欲しかったら張り出される時間を見極めて張り込むしかないぜ」


「ええっ!? そうなんですか!? 何時に張り出されるんだろ……」


 がっかりする美咲の横で、男はにやりと口元を意地悪く歪める。


「悪いが教えてやらねーぜ。命あっての物種だからな、同じ依頼を狙う奴は少ない方がいい」


「こら! 初心者に意地悪しないの!」


「イテッ」


 短槍使いの男のパーティメンバーらしいぞろりとしたローブ姿の女性が、短槍使いの男の頭を叩いた。

 魔法使いだろうか。大振りの杖を携え、三角帽子を被ったいかにもな格好をしている。

 女性は親しげに美咲に話しかけてきた。


「新しい依頼は朝と昼に張り出されるから、その時間に張り込むといいわよー」


 あっさりと教えてくれた女性に、美咲は面食らう。


「何でそんなあっさり教えてくれるんですか?」


「何でって、私たちはもうそんな簡単な依頼を受ける時期は過ぎたもの。魔物退治の方が稼げるわ。パーティ組んでるから危険度も下がるしね」


 朗らかに笑う彼女は、先ほどの短槍使いの他に、鎧と大盾が特徴的な重武装の戦士と、聖職者らしいシスター服姿の少女とパーティを組んでいるのだと、美咲に彼らを紹介する。


「私はルフィミア。短槍持ってるのがディックで、向こうにいるのがエドワードとピューミよ。あなたの名前は?」


「……美咲です」


「ミサキ? ちょっと変わった変わった名前ね。どこの国出身? 私はヴァリアントなんだけど」


(ヴァリアントってどこだろう……)


 この世界の地理に詳しくない美咲はぴんと来ない。

 何せ現在地理について美咲が知っていることといえば、この世界の名前がエルファディアで、今美咲がいる国がベルアニアという国であることと、東に行けば城塞都市ヴェリードがあり、その先は魔族領で進んでいくと魔王城があるということくらいだ。

 過去にアリシャに対して言い繕おうとして失敗した美咲は、その時の経験を生かし場所ではなく国の名前で誤魔化そうとする。


「に、日本です……」


 愛想笑いを浮かべる美咲に対して、ルフィミアは不思議そうに首を傾げた。


「ニホン? そんな国この辺りにあったかしら?」


 ルフィミアはベルアニアの生まれではないし、冒険者となってそれなりに長く、色んな国に行ったことがある。そんなルフィミアの知識を以ってしても、ニホンという国など聞いたことがない。

 まあ、効いたことがないのは当然だ。何しろ日本が存在するのは美咲の元の世界。それこそ、この世界の人間にしてみれば美咲の世界の方が異世界である。


「辺境の島国なので、たぶんあまり知られてないと思います。実際に今まで知ってる人に出会ったことないですし……」


「あら、そうなの」


 納得した様子のルフィミアを見て、美咲は内心安堵する。

 何とか上手く誤魔化せたようだ。

 短槍使いのディックが入り口でルフィミアを呼んだ。


「おーい! 出発するってよ!」


「今行くわ!」


 振り返って返事を返したルフィミアは、美咲に向き直ると不意に真剣な表情になる。


「一応先達として助言させてもらうけど、もし依頼を受けるんだったら、慣れないうちは危険を感じたらすぐ引き返しなさい。依頼失敗になっても死ぬよりはマシよ」


 最後にそう助言の言葉を残して、ルフィミアは仲間とともに冒険者ギルドから去っていった。

 残された美咲はもう一度大掲示板を見上げる。

 まだ午前中なのにも関わらず、半分くらいの依頼は既に誰かが受けた後らしく、大掲示板には所々空白が目立っている。

 残っている依頼書はほとんどが魔物退治で、他の依頼も盗賊や魔物を警戒する街道警備や、魔物が跋扈する森深くでわずかに自生する希少植物の採集など、美咲には到底達成可能だとは思えない依頼ばかりだった。


「……出直そ。昼になったらすぐに見にくればいいんだし」


 そうでなくても、無理に冒険者に拘る必要もないだろう。

 商業都市と呼ばれるこのラーダンなら、ザラ村とは違って余所者に対しても雇用の道は開いているはずだ。

 探せばバイトが見つかるかもしれない。

 今後美咲がどう行動するにしても、先立つものは必要だ。

 アリシャが言っていた通り、お金はないよりはあった方がいいのは確かだし、エルナの道具はお金くらいしか美咲にとって使い道が無い。

 服は身体のサイズが違うから着れないし、魔法を無効化する美咲の体質では、エルナの道具袋に入っていた安価な魔法薬類は全く意味を成さない。

 食糧もラーダンに着くまでの旅の間にほとんど食べ尽くしているので、補充が必要だ。

 しばらくこの街を拠点にするなら、当面の宿も確保しなければならない。風のせせらぎ亭という名前の宿屋にアリシャが泊まると言っていたから、その宿がいいだろう。


「あ、でもバイトは長く続けられないから無理か……」


 よく考えてみると、美咲にはそんなに時間が残されているわけでもないから、もし仮に仕事が見つかってもすぐに辞めなければならなくなる。

 やっぱり、冒険者として稼ぐしかないと悟り、美咲は肩を落とした。

 考えを纏める。


(やっぱり一人で安全にできる依頼をこなしながら、魔王討伐のパーティ募集かな。何日くらいで魔王城まで辿り着くのか、それも調べなきゃ)


 当面の方針を決めた美咲は、まず風のせせらぎ亭の場所を知るために、ギルド職員に片っ端から尋ねることから始めた。



■ □ ■



 風のせせらぎ亭は、冒険者ギルドから四十五分ほど歩いた場所にあった。


「結構、遠かった……」


 見知らぬ街で、慣れない道を一人で歩いた美咲は、ようやくそれらしい建物が見えた時には少し息が上がっていた。

 石畳の地面はコンクリートよりも凹凸が多く、学校の指定革靴の靴底越しに地面の感触を伝えてくるので、足も結構疲労している。

 でも長い間歩いただけあって、通り道に色んな店を見つけて、美咲は興味を引かれた。

 相変わらず文字が読めないので、どんな店かは様子を見て推測するしかなかったけれど。

 目の前の宿屋らしき建物も、実は宿屋じゃないという可能性があるのが少し怖い。

 建物の中に入った美咲は、カウンターに座っている女性に尋ねる。


「すみません。ここが風のせせらぎ亭で合っていますか?」


「はい、そうですよ。ご宿泊ですか?」


 宿屋の女性はにこやかに答えた。

 無事辿り着けたことに美咲はホッとする。


「お願いします」


「何泊なされますか?」


 女性は台帳を開くと、カウンターに置かれていた羽ペンとインク瓶を手元に引き寄せる。

 美咲は眉を寄せて考え込む。


(えっと、今日で六日目だから、猶予はあと二十四日。とりあえず十泊くらいでいいかな。あとはその時に考えればいいや)


 何せ、まだ魔王城まで何日かかるかも分からないのである。

 幸い今はまだ余裕があるし、いざとなれば予定の変更も容易い。

 余裕を持って計画を立てるべきだと美咲は判断した。


「十泊でお願いします」


「お一人様ですか?」


「はい」


「十レドになります」


 道具袋から財布代わりの巾着を取り出し、銀貨を十枚支払う。

 結構な大金を得て浮かれていた気持ちが、軽くなる巾着の重みとともにたちまち萎んでいく。


(結構かかるなぁ……。アリシャさんに貰ったお金がほとんどなくなっちゃった)


 もともとエルナも自分の分の路銀まではそれほど用意できていなかったようで、美咲の手持ちの金は残り少ない。またすぐにでも金策をしなければならないだろう。


「では台帳に名前の記入をお願いします」


 羽ペンを差し出されて、受け取った美咲はインク瓶にペン先をつけようとして固まった。


(……あ。私、ベルアニア文字書けない。ええい、日本語で書いちゃえ)


 書きなれない羽ペンでガリガリと名前を書くと、日本語で書かれた美咲の文字を見た宿屋の女性は少し目を見開いて口を開けた。

 台帳に書かれた名前と美咲の顔を見比べた女性は、美咲がベルアニア人でも周辺の国の人間でもないことに気付いたのか、すぐに笑顔を取り繕う。

 女性は美咲に部屋の鍵を差し出し、一枚の羊皮紙を美咲に見えるように手で示した。


「お部屋は二階の二百三号室になります。食事についてはご希望の方にのみ別料金でご提供させていただいておりますが、ご希望なされますか?」


 思わず釣られて羊皮紙を見た美咲だが、やはりベルアニア文字で書かれていて文字が読めない。


「えっと、三食でおいくらですか?」


「朝食が五ペラダ、昼食が十一ペラダ、夕食が十四ペラダになります」


 それぞれ日本円に直すと五百円、千百円、千四百円になる。


(朝食はともかく、昼食と夕食は少し高いかな……)


 時代も世界も違うので一概に比べることはできないが、元の世界では内容に拘らないという前提ではあるものの、ワンコインあれば昼も夜もだいたい食べられるというのが、美咲の認識だった。


「なら明日の朝食だけお願いします」


「承りました。朝食は朝八時となっておりますので、時間になったらお部屋にお運びさせていただきます」


 部屋を取った美咲は鍵を受け取り、女性にベルアニア流の挨拶をして階段から二階に上がる。

 各部屋のプレートを確認しながら廊下を進んでいくと、目的の部屋はすぐに見つかった。


「あった。ここが二百三号室ね」


 鍵を開けて中に入る。

 ベルアニアでは基本的には靴を脱がないで生活するらしく、部屋の床も一階や廊下と同じ板張りだった。


「……別に期待はしてなかったけど、やっぱり元の世界のホテルとかとは比べ物にならないな」


 質素といえば聞こえがいいが、要はみすぼらしい。

 とはいえ、広さそのものは十分にあって、仮の拠点としては申し分ない。

 道具袋を外してベッドの上に置こうとして躊躇する。

 置きっぱなしにしても大丈夫だろうか。

 よく見れば、鍵は現代では確実に問題になりそうな単純なタイプの鍵だ。開けようと思えば外からでもこじ開けられる。

 美咲は道具袋を背負い直して階下に下りた。


「あの、荷物を預けることってできますか?」


 また台帳の前で暇そうにしていた宿屋の女性に話しかけると、女性はすぐにこやかな笑顔になって美咲に対応する。


「はい。荷物に関しては、金庫がございますので、お品物一つにつき五十ペラダで責任を持ってお預かりしております」


「お願いします」


 道具袋から財布代わりの巾着だけ取り出し、五十ペラダ払って道具袋を預ける。

 さすがに道具袋の中身をそれぞれカウントするような阿漕な商売はしないらしい。

 財布だけ懐に仕舞って、美咲は宿屋を出た。


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