十三日目:人身売買組織を潰せ!3
案内されて進んだ先は、館の三階にある一室だった。
奴隷売買で設けているのか、領地から得られる収入が無い割には館は豪華絢爛だ。
廊下には質の良い絨毯が敷き詰められているし、調度品も綺麗に磨かれている。
「今回拘束した方々は、こちらに収容されています。まだ捕まえたばかりですから、首輪を嵌めただけでまだ手をつけてはおりません」
扉を開いたディアナは、部屋の中に美咲たちを招き入れる。
歩いているうちに、落ち着いて心に余裕ができたのだろう。メイドとしての所作を崩さず、ディアナは優雅に振舞っている。
「今、首輪の鍵をお外しします」
「いや、それは拙者が行う。鍵を寄越すでござるよ」
妙なことをされてはたまらないと思ったのか、タゴサクが言葉を遮ってディアナに鍵を要求する。
「承知いたしました。こちらが鍵でございます」
ディアナは懐から鍵束を取り出し、タゴサクに手渡した。
十や二十ではない鍵の数に、タゴサクの眉間に皺が寄る。
「隷従の首輪は簡単に手に入れられるものではござらんのに、これほどの数をどうやって……」
「それは私も存じ上げておりません。用意したのは、お館様ですので」
平静を装うディアナに、タゴサクがため息をついた。
最初の取り乱し様から意志が弱いのかと思ったら、一度落ち着けばディアナは驚くほどふてぶてしくなった。
「食えぬおなごでござるな」
すっかりディアナは腹が決まってしまったらしく、タゴサクにはディアナが嘘をついているのか、それとも本当のことを言っているのか分からない。
「とにかく、今は捕まった人たちを助けましょう」
穏やかな顔で、セザリーが言った。
進言するセザリーの様子は、取り立てておかしいところは無い。取り乱すようなこともなく、普通に振舞っている。
「……セザリー。あなた、落ち着いたの?」
「ええ。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
美咲が尋ねると、セザリーは肩を落として落ち込む。
決して無感情になっているわけではないことを確認し、美咲は安堵して微笑む。
「いいのよ。仕方ないわ。無理はしないでね」
自分が主と定める美咲の労いを受けて、セザリーの瞳が喜びで潤んだ。
続いて美咲は、残るセザリーの義妹二人にも目を向けた。
「あなたたちもよ、テナ、イルマ」
「わかってるわよ」
まだ少し割り切れていないのか、テナはふくれっ面を浮かべている。唇を尖らせ、拗ねた口調で美咲に答え、俯く。
対照的に、イルマはにこやかな笑みを浮かべた。
「そうですぅ。それに、よく考えたら、彼女はまだ利用できますぅ」
吹っ切れた様子なのだが、彼女の場合かえってそれが怖い。
不思議に思った美咲は、イルマに尋ねる。
「どういうこと?」
「それは私から説明します」
イルマの代わりに、首を傾げる美咲の疑問に答えたのはディアナだった。
「私には彼女たちへの調整のノウハウがあります。おそらく彼女たちは、あなたのために更なる力を得たいのでしょう。彼女たちの調整は、まだ途中でしたから。そうよね?」
思わずディアナに釣られて問い詰める視線を飛ばした美咲は、無表情でそ知らぬ顔を決め込むセザリーと、そっぽを向いて口笛を吹くテナに、爛々とした瞳で息を荒げながら美咲を見つめるイルマの姿を見た。
無言でディアナに向き直った美咲は、顔を顰めて苦情を漏らした。
「一人、明らかに調整が失敗してる風の子が居るんだけど。治してくれるのよね?」
どのタイミングでイルマが興奮するのか分からないので、美咲は凄くやりにくい。
突然襲い掛かられそうで、ちょっと怖い。
なぜ同性に対して貞操の危機を感じなければならないのか。理不尽である。
「努力はいたしますが。手を尽くしてあの状態ですので、期待はなさらないでください。彼女の場合は、下されたオーダーが悉く酷すぎたのです。命令でしたから従いましたが。元々は性欲どころか、恋すら知らない、運動が好きで活発な子だったんですよ」
「……元に戻すことはできないの?」
知らないイルマの過去を垣間見て、美咲の胸が痛む。
無理と分かってはいても、できることなら、美咲は彼女たちの心を治してあげたかった。
「完全に、という意味でならば不可能です。私は彼女たちとそれなりに親しい間柄だったとはいえ、それでも全てを知っていたとは到底言えません」
「そう。やっぱりそうなのね」
うねる感情を静かに抑えようと努力する美咲の袖をミーヤが引っ張る。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。私は大丈夫よ、ミーヤちゃん」
悲しみを押し隠し、美咲はミーヤに微笑みかける。
美咲がセザリー、テナ、イルマ、ミーヤ、ディアナと話している間に、タゴサクはタティマたちを首輪の頚木から無事解放し終えたようだった。
彼らは、互いの無事を喜び合っていた。
「これで、一安心でござるな」
「すまん。俺としたことがドジッちまった。助かったぜ」
「拙者より、美咲殿らに礼を言うでござるよ。彼女たちの助けが無ければ、拙者だけで辿り着けたかどうかは分からぬ」
意識を取り戻したタティマが身を起こし、安堵した顔のタゴサクと会話をしている。
「あんたもありがとな。でっかい借り作っちまったが、後でちゃんと返すぜ」
いつか美咲を賭博に誘ったタティマは、あの時と同じ、でも親愛度が増した笑顔で、美咲に笑いかける。邪気のない、まるで少年のような笑顔だった。
タティマだけでなく、他の面々も次々に目を覚ましている。
「……何で俺、こんなところに居るんだ?」
髭面の男、ミシェルが寝起きのように目を瞬かせながら、辺りを見回す。
状況が分かっていない様子のミシェルに、同じく目覚めたベクラムが文句を言う。
「おい、忘れたのか。洞窟内で女の子が倒れているのを見つけて、駆け寄ったら即効性の痺れ薬をぶちまけられたんだよ。お前、皆怪しがってるのに真っ先に近付いてぶっ倒れやがって、僕がどれだけ心配したと──」
ベクラムの言葉を遮って、ミシェルは笑いながら頭をかいた。
「お、そうだった。すまんすまん」
謝罪していながらも本心から悪いとは思っていなさそうなミシェルの態度に、ベクラムは額に青筋を浮かべる。
「お前ね、悪いと思うなら次からはもう少し思慮深くなってくれないか」
「無理だ」
「即答するなよ、頼むから!」
目を覚ましたミシェルとベクラムが漫才のようなやり取りを繰り広げていた。
ちりちりとした黒い髪の毛をぼうぼうに伸ばし、整えているわけでもない髭面のミシェルと、金髪碧眼で胡散臭い貴公子のような容姿のベグラムは凸凹な面子だが、意外に馬が合うようだ。
「麻痺に効く魔法薬を持ってたのはあっしだけだったのに、使う前にあっしが麻痺したら世話がないでやんす……」
己の不甲斐なさに、モットレーは落ち込んでいた。いつもはこずるそうな鼠顔も、今はしょんぼりしていた。
冒険において、彼らのパーティでは罠や不意打ちの警戒はモットレーの役目だった。モットレーは他人よりも感覚が鋭く、そういう隠されたものを探知するのが得意だったのだ。
その得意分野で遅れを取ったことに、モットレーはショックを受けている。
「何はともあれ、皆無事で本当に良かったでござるよ」
そう言ってため息をつくタゴサクは、心の底から安堵しているようだった。
時間が惜しいとセザリー、テナ、イルマの三人を無理やり兵士に仕立て上げて先を急ぐほどだ。よほど心配だったのだろう。肩の荷が下りた顔をしている。
(……文句は、まあ、今は口にしないでおこう)
道中感じていた不満を、美咲は結局口に出さずに飲み込むことにした。再会の喜びに水を差すこともあるまい。
「美咲殿。合流出来たでござるが、これからどうするでござる。ここはラーダン内でござるから、先に進むも良し。これで終わらせて、拙者らは洞窟に戻り、後は他人に任せる手もあるでござる。クエストそのものはもう達成している故、後は死体を運び出すだけでござる」
区切りがついたところで、タゴサクが美咲に尋ねた。
(そっか。もうルアンたちの生死は判明したし、地図だってあるから……)
納得した美咲に、タティマが期待で身を乗り出して話しかける。
「もちろん首謀者を捕まえるよな? 遣られっぱなしは俺たちの性に合わないんだ」
ぼきぼきと指の骨を鳴らしながら、今度はミシェルが怒りで髭面を歪めた。
「俺たちをここまで虚仮にしたんだ。ただじゃおかねぇ」
彼がそうしていると、どう見ても野盗の親玉にしか見えない。しかもストーリーに絡まない、やられ役の方の親玉だ。これでも実力は確からしいので、人を見かけで判断しない方がいい典型かもしれない。
「こういう荒事を生業としてるぼくらは、舐められたら終わりなんだよねぇ」
ベグラムも甘いマスクに剣呑な表情を浮かべている。
「目に物見せるでやんす」
音もなく手元にナイフを忍ばせたモットレーが、目に冷たい光を灯した。
やる気に満ちた彼らを見て、美咲はディアナに問う。
「一応聞いておくけど。館の中にまだ居た分には、捕まえても構わないわね?」
「はい。そこまで厚顔無恥ではありません」
さすがに虫が良すぎるということは理解しているのだろう。
ディアナは美咲の問い掛けに、己の主の身を案じたのか不安げな表情をしたが、もうとっくに逃げていると己を納得させたのか、反対しなかった。
「とりあえず、屋敷を一通り探してみましょう。何か見つかっても見つからなくても、後は街の人に任せるということで」
「そうでござるな。その場合はルアンの生家であるグァバ家に話を持ち込むと良いでござろう。ここの主と繋がっていないのは確かのようでござるからな。回収したルアンの遺体も帰してやれるでござる」
つい今までの癖で、美咲はタゴサクとさっさと話し合って方針を決めてしまった。
「……何ていうか、少し見ない間に成長したなぁ、嬢ちゃん」
目を見開いてやり取りを見ていたタティマが相好を崩す。
「そうでしょ? ふふん、お姉ちゃんは凄いんだから!」
褒められた美咲ではなく、何故かミーヤがふんぞり返った。
「では、他の方を閉じ込めている部屋へ、お連れいたします」
ある程度主の安全が明確化されたことで協力的になったディアナの先導で、美咲たちは他の人たちの救助に向かった。




