十三日目:洞窟の先にあったもの2
予想外の事態にしばらく硬直していた美咲は、指示を求めるセザリーの声で我に返った。
「どうしましょう。美咲さん、今からでも追いかけた方が良いでしょうか」
「えっと、どうなのかな。タゴサクさん、どう思います?」
判断に迷った美咲は、悩んだ末にタゴサクに丸投げした。
少し考え込んだタゴサクは、結論を美咲に告げる。
「こうなった以上、静かに事を運ぶのは不可能でござる。敵が混乱しているうちに拙者らも突入するのが良いでござろう」
「賛成。隠密行動とか、いまさら無理だし?」
向こうの惨状が楽しみなのか、テナが不穏な笑みを浮かべてタゴサクの意見に同調した。
「私も、テナちゃんと同意見ですぅ」
同じ考えだったようで、小さな声で、ぼそぼそとイルマも賛成した。
一方で、思いも寄らない事態に涙目になっているのがミーヤである。
こっそり見てきてもらう程度のつもりだったのに、まさかの全軍突撃で、ミーヤは失敗したと感じ、この先どうなるのかとがくがくぶるぶる震えていた。
「お姉ちゃん、どうしよう」
「大丈夫だよ。ペリ丸たちが戻ってくるまでの間、私がミーヤちゃんを守ってあげるから」
不安からか、ぎゅっと美咲の服の裾を握り締めるミーヤを、美咲は元気付けようとする。
ふるふるとミーヤは首を横に振った。
「でも、お姉ちゃんは誰が守ってくれるの? 今のミーヤじゃ、守れない」
今にも涙が零れ落ちそうな状態のミーヤの横に、セザリーが音も無くしゃがみ込んだ。
「ミーヤさん、心配しないで。美咲さんも、ミーヤさんも、私たちがお守りしますから」
タゴサクが美咲とミーヤのやり取りに気付き、己の腰に差した刀の柄にぽんと手を置いた。
「そうでござる。拙者がいる限り、おなごたちには指一本触れさせぬでござるよ」
自信に満ちたタゴサクの言葉は美咲とミーヤに安心感を与えたが、逆にイルマは不安感を煽られたらしい。
疑念に満ちた眼差しで、イルマはタゴサクを見つめた。
「それって私たちも入ってるんですかぁ?」
「はっはっは。もちろんでござるよ」
「何だか不安ですぅ」
セザリーたちを瞬く間に無力化したことでタゴサクの実力の一端を既に見せられている美咲とミーヤは、タゴサクの自信に大いに勇気付けられたが、不意打ちで倒されてタゴサクの実力を理解していないイルマはじとりとした目でタゴサクを見ている。
一方で、タゴサクの実力の如何に関係なく、自信満々な態度が尺に触った者もいた。テナである。
テナは美咲を守ることが使命と思っている。セザリーとイルマもそれは同じだが、二人は守るのが自分でなくとも結果的に美咲が安全であることに変わりが無いならそれでいいと思っているのに対し、テナはどちらかというと自分で守りたいと考えていたし、今の自分なら守れると思っていた。
だから、テナにとってはタゴサクの発言は、到底容認できるものではなかったのである。
「引っ込んでなさいよ。美咲を守るのは私の役目なんだから!」
「意気込むのは結構でござるが、近付かれたらどうするでござる。弓は扱えても、近接戦闘の心得は無いでござろう」
もっともなことを言われ、テナはむっとした顔で口を噤んだ。言い返そうと口を開きかけるが、タゴサクの指摘が図星であることはテナ自身自覚しているので、結局何も言えずに不機嫌な顔で顔を背ける。
「じゃあ戦うのはアンタだけで十分ね! ピンチになった後で助けを求めてきたって援護してあげないんだから!」
顔を背けながらも気になるらしく、ちらちらと視線だけ飛ばして、テナはタゴサクの反応を窺っている。
視線に気付いているのか、タゴサクは大口を開けて笑った。
むくれ始めたテナを見たタゴサクは笑みをかみ殺し、テナを諭した。
「どの道、屋敷の中では少人数で戦わざるを得ないでござる。特に通路などは、二人並んで立ち回るのは無理がある場合もござろう。弓矢は誤射の危険があるでござるから、室内では使い所が限られるでござるよ。それに、狭いということは利点にもなり得るでござる。適宜の交代は必要でござるが、基本的には拙者一人で間に合うでござる」
完璧に言い負かされたテナが頬を膨らませた。
「まあまあ、それでも弓矢が便利で強力な武器であることに変わりはないんだし、タゴサクさんの言葉だって、言い換えれば使い所を考えれば建物の中でも十分役に立つってことだよ。私はテナのこと、頼りにしてるよ」
役に立ちたいのに役に立てないもどかしさをよく知っている美咲は、テナを慰めた。
「み、美咲ー! あんた、いい子だわ! 凄くいい子だわー!」
「わっ!?」
感極まったテナは、美咲の頭を抱えて頬擦りする。
苦笑して、セザリーがテナを引き剥がした。
「はいはい落ち着いて、美咲さんがびっくりしてるじゃない」
我に返ったテナが、照れて顔を赤くしながら美咲に謝る。
「えへへ。ごめんね、美咲」
「ううん、気にしてないよ」
浮かびかけた苦笑を微笑に変えて、美咲はテナに微笑みかける。
機嫌を直してにへらとだらしない笑みを浮かべたテナを、イルマが羨ましそうに見つめた。
「いいなぁ。私も美咲ちゃんにセクハラしたい。そして怒られて責められたい。はぁはぁはぁ」
うっかりイルマの呟きを聞いてしまったミーヤが、きょとんとした顔でイルマを見つめる。
「イルマお姉ちゃん、お姉ちゃんに苛められたいの? どうして」
子どもの無垢な視線に自分が何を口走っていたか自覚したイルマは、顔を真っ赤にした。
「やだ、私ったらどうしてこんなこと。はしたないですぅ」
見てはいけないものを見てしまった美咲は、気まずくなって視線を逸らし、セザリーに尋ねる。
「イルマちゃん、大丈夫ですか……? なんか様子が」
「記録では、あの子は一番酷い調整を受けていたようです。心の均衡を保つために、被虐趣味に目覚めてしまったのかもしれません。もし良ければ、あの子には優しくしてあげてください」
「それは、もちろんそうしますけど」
答える美咲は、笑えばいいのか悲しめばいいのか分からず、曖昧な表情を浮かべた。
やり取りを眺めていたタゴサクが、手を叩いてずれ始めた話題を元に戻す。
「結論を出すでござるよ。今こそ好機、事は迅速に運ばねばならぬ。拙者はこのまま突入するのが良いと思うのでござるが、賛成ならば手を挙げて欲しいでござる」
タゴサクの言葉に、真っ先に美咲とミーヤが手を上げた。
美咲はセザリーたちのような女性がまだいるのなら、一刻も早く助けてあげたいという思いからで、ミーヤはペリ丸たちが心配だからである。
手を挙げた美咲を見て、セザリー、テナ、イルマの三人も手を上げた。彼女たちは、美咲の判断を尊重し、どこまでもついていくつもりだった。でなければ、そもそも魔王城に同行するなどと言いはしない。
「ふむ。皆異論はない様子。ならば決行でござる」
全員の手が上がったのを見て、タゴサクが満足そうに頷く。
方針が決まったので、後はさくさく進んだ。
探索でばらばらになっていたのを、タゴサクを先頭に、すぐ後ろにテナとイルマ、その後ろにセザリーとミーヤ、最後尾に美咲と隊列を組み直す。
本来の隊列はミーヤも美咲と同じ後衛なのだが、ペリ丸もマク太郎もいない現状では戦力として数えられないため、フォローしやすい中衛に組み込んだ。
「あまり時間はかけられぬでござるが、道具も確認しておくでござる。予定外の人数が増えたでござるし、いざという時に無かったでは済まされぬ」
「もっともですね。ミーヤちゃんもやろう」
早くも自分の道具袋の中身を調べ始めたタゴサクに頷き、ミーヤに声をかけて美咲もそれに習う。
「うん!」
元気よく返事をして、ミーヤも背負ったぬいぐるみ型道具袋を下ろした。
「あの、美咲さん、私たちは……」
「ん? 何?」
遠慮がちにセザリーに声をかけられ、美咲が振り向くと、粗末なワンピースを纏い、弓を手にしているセザリーと目が合う。
セザリーの持ち物といえば、弓以外は矢筒くらいしかない。
軽装のセザリーを眺めた美咲は、得心して頷いた。
「あ、そっか。道具袋持ってないんだ。えっと、セザリーさんがそうだってことは、テナちゃんとイルマちゃんも?」
美咲の問いかけに、テナが腰に手を当てて答える。
「そうよ。そもそも目が覚めた時には何も持ってなかったしね」
「元々私たちがどんな服装で、どんな物を持っていたかも、もう私たちには知る術がありませんから。だから、私たちの持ち物は、奴隷だった時に着せられたこの服と、弓矢だけですぅ」
どこか寂しそうな表情で、イルマが微笑んだ。
彼女たちの服装は粗末なもので、裸よりはマシという程度でしかない。
ボロ布で出来た服、という表現なら、その惨状が正しく伝わるだろうか。
三人の返答を聞いて、美咲は思案する。
(一応余分な薬草は買ってあるけど、これじゃあ、私の手持ちだけじゃセザリーさんたち全員の分は賄えないなぁ。私にはどうせほとんど効かないから、ミーヤちゃんに魔法薬は全部持たせてるけど、そこから融通すればなんとかなるかな?)
自分の道具袋に入っている、買い込んでおいた薬草を見ながら、美咲は脳裏にミーヤの道具袋に入れた魔法薬の個数を思い出す。
(魔法薬は部位欠損を治療できる高級魔法薬が一人分に、内臓破裂や骨折といった内側の怪我を治療できる中級魔法薬が一人分。あとは軽い外傷のみ治療可能な低級魔法薬が四人分。……一人か二人程度なら、重傷者が出てもなんとかなるけど、それ以上は厳しそう。何よりあんまり想像したくないな)
こんなことになるなら、ケチらずにもっと余分に買い込んでおけばよかったと、美咲は後悔してため息をついた。
店に置いてあった魔法薬のうち、一番高価な高級魔法薬でも美咲には効果がないので、対費用効果の問題で買う気が起きなかったのである。
美咲にも効果があるのはさらにその一つ上、あらゆる怪我を瞬時に治癒させる最高級魔法薬のみである。
最高級魔法薬は調合に魔法を使っていないので、美咲にも効果があるのだが、原料となる薬草の希少性と金額の高さは群を抜く。まず間違いなく店には並ばない品である。それを用意してくれていたエルナも、二度は手に入らないだろうと言っていた。
「私はミーヤちゃんと合わせて、高級魔法薬一つ、中級魔法薬一つに低級魔法薬四つ持ってます。後は薬草ですね。血止め、鎮痛、化膿止めを二人分持ってます」
タゴサクは美咲の報告を聞いて、ホッとした顔をする。
「なら何とかなりそうでござるな。拙者は高級魔法薬を四つ持っているでござる。拙者だけではこれしか持ち合わせていない故、人数が増えて少し不安でござったが、杞憂で良かったでござる」
なんでもないことのようにタゴサクは言ったが、美咲を驚かせるのには十分だった。
(高級魔法薬って、一つ二レド以上するのに、それを四つも持ってるなんて……)
一レドが日本円に換算して約一万円なので、高級魔法薬は一つ二万円以上する計算である。つまり、全部で八万円。
美咲の手持ちでも頑張れば買えない額ではないが、代わりに他の必需品が買えなくなるので、美咲は数の変わりに種類を揃えることで妥協した。
高級魔法薬は中級と低級の効果もまとめて含まれているため、高級魔法薬を揃えられるのならそれが一番いい。値段も武器や防具などに比べればまだまだ現実的で、美咲でも手が届く範囲内なのだが、一つや二つ買うならともかく、不足なく数を揃えるには如何せん高い。
(稼いでるんだろうな……)
そう考えると、資金繰りに苦労している美咲としては、少し羨ましくなってしまうのだった。
「よし。では、突入するでござるよ。皆の衆、拙者に続くでござる」
一番に転移装置に飛び込んだタゴサクを皮切りに、美咲たち全員が転移装置に乗り込んだ。