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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十三日目:洞窟の先にあったもの1

 しばらく休憩した一行は、隠し部屋や通路がありそうな場所にやってきた。

 目は若干まだ腫れているものの、美咲は調子を取り戻したようで、気丈に振舞っている。


「うん。やっぱり、ここが一番怪しいですね。不自然な空白があります。隠し部屋があるのかも」


 美咲が何度も地図を確認しながら、壁を見る。

 通路は行き止まりだが、調べれば何か分かるかもしれない。


「ふむ。調査してみるでござるか」


 辺りの壁を叩きながら歩き、そのまま奥まで進むとタゴサクは行き止まりの壁を叩いた。


「うん?」


 タゴサクが眉を跳ね上げて、もう一度行き止まりの壁とそうでない壁を叩き、響く音を聞き比べる。


「どうやら当たりのようでござるな」


 ミーヤが目を輝かせた。


「すごい! おじちゃん、どうして分かったの!?」


 またおじさん呼ばわりされたタゴサクが微妙な表情になったが、やはり子どもが言うことなので流すことにしたようだ。


「壁の音が違うでござる。行き止まりの方は、壁の向こうが空洞になっているでござるな。音が反響して聞こえるでござるよ。何なら、ミーヤ殿も試してみるといい」


「やるやる! ミーヤもやるー!」


 マク太郎とペリ丸を連れたミーヤが、興味津々な表情で、目を好奇心で輝かせて魔物使いの笛で壁を叩く。


「本当だ! 他のところはゴンゴンっていう感じだけど、こっちはコンコンって音がする! お姉ちゃん、凄いよ! コンコンだよ!」


 テンションが高いミーヤは興奮して魔物使いの笛を振り回しながら美咲に駆け寄っていく。

 その際、ミーヤが振り回した魔物使いの笛が、タゴサクの脛にヒットした。


「ごふっ!」


 子どもの腕力とはいえ、手加減というものを全く考慮していないミーヤの一撃は、うっかり油断していたタゴサクを悶絶させた。


「タ、タゴサクさーん!」


 慌てた美咲が、ミーヤを連れてタゴサクに駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


「も、問題ないでござるよ」


 全然大丈夫じゃなさそうな顔で脂汗を流しながらも、タゴサクは笑ってみせる。やせ我慢である。

 それでも今後の探索に支障が出そうな状態ではないことを確認した美咲は、安堵のため息をつくと、眉をきりりと吊り上げてミーヤに向き直った。


「もう! ミーヤちゃんも周りを良く見て動かないと駄目でしょ!」


「ごめんなさい……」


 姉とも慕う美咲に叱られたミーヤは項垂れ、たちまちしょんぼりとした。


「まあまあ、美咲さん。ミーヤちゃんも、悪気があったわけじゃないんですし」


 うるうると目に涙を溜めるミーヤを見て、セザリーがミーヤを庇う。


「そーそー。何なら私が蹴ってやるわ。この人無駄に頑丈みたいだし」


「はっはっは、当たらぬでござるよ、テナ殿!」


 もう復活したタゴサクは、自分の脛目掛けて放たれるテナのローキックをひょいひょいかわしながら余裕な表情をしている。

 最初は笑っていたテナだったが、何回蹴ろうとしても掠りもしないので、やがて笑みを消して真顔になる。

 体術の心得が無くとも、テナは身体のリミッターが外れているが故に身体能力そのものは高い。だというのに、パワーとスピードがそれなりに乗ったテナのローキックを、タゴサクは完全に見切っていた。


「キーッ! こいつムカツクわ! イルマも手伝いなさいよ!」


「修行が足らぬでござるな!」


「二人とも、遊んでる場合じゃないよぅ……」


 ムキになって悔しがるテナとテナを煽るタゴサクに、イルマがため息をついて近寄っていく。

 能天気なやり取りを見て、美咲の怒りがしなしなと萎んでいく。

 本人が気にしていないのに、部外者の美咲が怒り続けるのも馬鹿らしい。

 美咲は苦笑して、ミーヤの頭を撫でた。

 ミーヤが恐る恐るといった様子で、美咲を見上げる。


「次からは気をつけてね、ミーヤちゃん」


「うん!」


 もう美咲が怒っていないことを悟ったミーヤは、たちまち笑顔になった。


「それで、タゴサクさん。どうします? 壁を壊せばいいんですかね。それともどこかに壁が開く仕掛けでもあるんでしょうか」


 ミーヤに纏わりつかれながら、美咲はぺたぺたと行き止まりの壁を触る。周りと変わらない、いたって普通の岩壁だ。


「ふむ。ではまず、スイッチか何かが無いか探すでござるか」


 テナとイルマ二人とじゃれ合っていたタゴサクが、一足飛びで美咲の傍にやってきた。

 一瞬で置き去りにされたテナとイルマがぽかんとしている。


「お姉ちゃん、ミーヤも手伝う!」


 小さな足をちょこまか動かして、ミーヤも行き止まりの壁を調べ始めた。


「美咲さん。私たちは、念のため通路を警戒しておきますね」


「あ、はい。お願いします」


 セザリーに美咲が返事をすると、セザリーはショックが抜け切っていない様子のテナとイルマの頭を軽く叩いた。


「わっ」


「きゃっ」


 我に返った二人が目を白黒させる。


「いつまでも遊んでないで、行くわよ」


 退路を確保するセザリーとテナ、イルマに、いざとなったらマク太郎とペリ丸、さらにはペリトンの群れまで居る。

 調べている最中に背後の警戒をしなくてもいいのは、美咲にとってはとてもありがたい。

 おかげで調査に集中することができる。

 それで結果が出るかどうかは別問題だが。


「見つからないでござるな。美咲殿とミーヤ殿はどうでござる?」


「こっちも見当たりませんね。まさかいちいち壁を壊して通るとも思えないし、どこかに仕掛けがあると思うんですけど」


 難しい顔で話し合っているタゴサクと美咲の横で、ミーヤが声を上げた。


「ここに何かあるよ、お姉ちゃん」


「え、本当!?」


 慌てて美咲が振り向くと、ミーヤが指差す壁の一角に、押しボタン式のスイッチがあった。

 蓋を開け閉めするタイプのようで、蓋の表面は岩壁に偽装されている。

 しかも、そのスイッチは美咲の視線のかなり下、足元近くにあった。その周辺だけ光る苔が辺りに無くて薄暗く、目を凝らさなければよく見えない。


「こんなところにあったなんて。どうりで見つからないわけだわ。良く気付いたね、ミーヤちゃん」


「上の方は良く見えないから、ミーヤは下の方を中心に見てたの。そしたらあったよ」


 どうやら、ミーヤの小さな背が幸いしたらしい。まさに灯台下暗しである。

 美咲はミーヤの頭を優しい手つきで撫でた。


「お手柄だね。偉い」


「えへへー」


 ミーヤは美咲の服の袖を掴むと、はにかんで相好を崩した。

 褒められて嬉しかったのだ。


「それでは拙者が押してみるでござるよ。美咲殿とミーヤ殿は、念のためセザリー殿たちのところまで下がるでござる」


「分かりました。行こう、ミーヤちゃん」


「はーい」


 タゴサクをその場に残して、美咲とミーヤはセザリー、テナ、イルマと合流する。少し待ってタゴサク以外の全員で戻ってくると、行き止まりだったはずの通路の向こうに部屋があるのが見えた。

 部屋の中央には大きな台座があり、その床にはぎっしりと文様が彫られている。よく見ると、台座全体が淡い光を放っていて、通路よりも明るい。

 台座を観察したタゴサクが言った。


「使われている石は転移石でござるな。やはり転移装置があったでござる」


「セザリーさんたちやタティマさんたちを浚った奴らがこの先に居るんですね……」


 戦闘の予感を感じ、美咲の声に緊張が走る。美咲の左腕は無意識のうちに、勇者の剣の鞘に添えられている。


「私たちをこんな身体にした者たちが、転移装置の向こうに……」


 美咲の後ろで、セザリーがぎり、と歯を食いしばる音がする。


「落ち着きなさいよ。向こうはもう敵地なんだから。冷静さを失っても良いことないわよ」


 今にも激発しそうなセザリーを、テナが嗜めた。


「……分かってるわ、テナ」


 妹のように愛しているテナの忠告を聞いて我に返ったセザリーは、静かに深く深呼吸をして気持ちを落ちつかせる。

 イルマがそっとセザリーの手を掴んだ。

 振り返るセザリーに、イルマは弱々しく微笑んでみせる。


「私もテナちゃんも、怒ってるのはセザリーちゃんと一緒だよぅ。……やっぱり、許せないよね」


 笑顔ではあるが、最後の一言には隠しきれないイルマのどろりとした感情が滲み出ている。

 タゴサクが口を開いた。


「この向こうは人攫いたちの本拠地……噂が正しければラーダンの貴族の屋敷に繋がっているでござろう。セザリー殿たちをけしかけてきたことから見て、拙者らがこの洞窟に居ることは奴らも知っているはず。となれば、問題は、待ち伏せの有無でござるな。美咲殿はどう考えるでござる?」


「向こう側で出待ちされていたら厄介ですね。こちらからは状況が分からない以上、転移した先から殺られかねません」


 答えた美咲は、ただ勢いに任せて転移すればいいというわけではないことに気付き、考え込んだ。


(ビデオカメラとか送り込んで、監視カメラみたいにこっちから映像を確認できればいいのに)


 文明の利器に頼り切った生活をしていたことを自覚する。美咲は何も解決作を思いつかない自分に歯噛みした。現実的ではない方法しか思いつかない。

 考え込んでいたセザリーが顔を上げ、タゴサクに提案する。


「私とテナ、イルマの三人で一斉に矢を射掛けるのはどうでしょう。うまくいけば、向こうの相手に当たるかもしれません」


 タゴサクは顎に手を当てながら首を横に振った。


「残念ながら、それは無理でござる。転移装置は誰かが乗っていないと動かせないでござるからな」


「そうですか……」


 考えた作戦を却下されたセザリーは残念そうな顔で引き下がる。

 腕を組んだテナがぼやいた。


「誰か乗らなきゃいけないのかー。となると、向こうを確認するにしても、最低一人は先行させなきゃいけないわね」


「危険ですぅ……」


 その役目に自分が選ばれる可能性を想像し、イルマがぶるりと震えた。

 うんうん唸って知恵を絞る美咲、タゴサク、セザリー、テナ、イルマを見ながら、ミーヤはどうして誰も思いつかないんだろうと首を傾げていた。

 偵察をするなら、ぴったりな方法があるではないか。


「ねえ、お姉ちゃん」


「うん? ミーヤちゃん、なあに?」


 いくら待っても誰も気付きそうになかったので、ミーヤは美咲に言ってみることにした。美咲を選んだのに特別な理由はなく、ただミーヤが一番慕っている相手だったからである。


「ペリ丸に頼めば、見てきてくれるんじゃないかな。ペリトンなら、入り込んでてもミーヤたちよりは警戒されないよ」


 当たり前のことのように言うミーヤに、美咲は首を傾げた。


(そう……なのかな?)


 知識としては知っていても、具体的にペリトンがどれくらいポピュラーな動物なのか美咲は知らないので、判断が難しい。

 答えず考え込んだ美咲を見て不安になったのか、ミーヤはおどおどし始めた。


「ミーヤ、間違ってる……?」


 不安そうなミーヤの声に我に返った美咲は、慌てて取り繕う。


「そんなことないよ。タゴサクさんたちにも相談してみよう。もしかしたら、うまくいくかもしれない」


「……うん!」


 自分の案が受け入れられたミーヤは、たちまち笑顔になった。


 美咲はミーヤを連れ、タゴサクにミーヤが思いついた作戦を提案してみる。


「はあ、ペリトンを使う、でござるか」


 さすがにそれは考えていなかったらしく、作戦を聞いたタゴサクは目を見開いて驚きを露にした。


「確かにどこにでもいる動物でござるし、住宅に紛れ込んでてもおかしくないでござるが……」


(おかしくないんだ……)


 ウサギもどきが家に入ってきてもおかしくないという台詞を聞いて、美咲は密かにカルチャーショックを受けた。美咲の世界なら、ウサギが家に紛れ込んでいたら、野良などより先に、まずどこかのペットが脱走したのかと思われるだろう。


(犬とか猫と同じくらい、ポピュラーなのかな)


 野良ウサギは珍しいが、野良犬や野良猫なら元の世界でも珍しくない。野良犬は最近は見なくなったものの、野良猫なら、餌を求めて美咲の家の周りをうろついていて、中に入ってくることも確かにあった。


(そう考えると、いけるのかな?)


 だんだん良さそうな考えに思えてきた美咲は、タゴサクの様子を窺う。


「ふむ。悪くない考えでござるな。念のため、セザリー殿らにも相談してみるでござる。日常の視点は彼女らの方が詳しいでござろう」


 タゴサクは手招きし、セザリー、テナ、イルマの三人を呼び寄せた。

 三人は思い思いに考え込み、意見を述べる。


「ペリトンですか? ……確かに、繁殖力が強く寒冷にも熱帯にも適応できるペリトンはどこに居てもおかしくないですから、上手くいくかもしれませんね」


「うん、私もそれでいいと思う。でも、ペリトンの肉は美味しいから一匹くらいは食べられちゃうかもね?」


 最初にセザリーが口を開くと、それをテナが茶化した。


「た、食べられちゃうの!? お姉ちゃんどうしよう!」


「本当に捕まっちゃっても、食べられるより前に私たちが突入して騒ぎになるから大丈夫だよ」


 あわあわと慌てるミーヤを、美咲は苦笑しながら落ち着かせる。

 いくら美味だからといって、さすがに侵入者をほっぽってペリトンを食べようとは思うまい。


「テナちゃん、ミーヤちゃんをからかっちゃ駄目だよぅ。非常時にそんなことする人いないよ」


 同じことを思ったのか、イルマがテナを嗜めている。

 悪びれずにテナは舌を出した。


「特に異論は無いようでござるな。美咲殿、頼めるでござるか?」


 まさか自分に振られると思わなかった美咲は、タゴサクに頼まれて困惑しつつ承諾する。


「え? あ、はい」


 よく考えれば、ペリ丸と意思疎通ができるのは美咲だけなので、必然的に頼むのも美咲の仕事となるのだ。


「むー。ペリ丸はミーヤのなのに」


 ペリ丸の主であるはずの自分を飛び越えて決まったことに、ミーヤがむくれた。


「ごめんごめん。ならミーヤちゃんも一緒にお願いしようか」


「うん!」


 美咲が謝るとミーヤはあっさりと機嫌を直した。単純である。

 マク太郎と一緒にいるペリ丸のところに向かうと、二匹揃って首を傾げてきた。


「クマ?(何?)」


「ぷう?(どうしたのー?)」


 意外とつぶらな瞳の二匹に見つめられ、何となく自分が汚れた気になる美咲であった。獣は純真だが、人間は色々そうでない場合もあるのである。


「えっとね、向こうの様子を見てきて欲しいの!」


 先にミーヤがペリ丸にお願いする。


「……ぷう?(分からないよ?)」


 言葉が通じず、ペリ丸はきょとんとした顔でミーヤを見上げた。

 しばらく見詰め合った後、通じていないことに気付いたミーヤの目が潤み出す。

 その様子を見た美咲が慌てて通訳した。


「ミーヤちゃんがね、ペリトンたちを使ってこの転移装置の先に何があるのか見てきて欲しいって」


 すっかり通訳が板についた美咲であった。


(私、ただの女子高生であって、通訳じゃないんだけどなー)


 心の中でぼやく美咲だが、この世界で求められている役割は勇者である。魔王を倒す決意はしたものの、実力が追いついているとはまだ思えず、自信がないので胸を張ってそう言えない典型的な例であった。


「ぷうぷうぷ。ぷー(いいよー。任せてー)」


 快諾したペリ丸はペリトンの群れを呼び寄せ、何事か命じる。


「ぷー!(野郎どもとつげきだー!)」


「ちょ」


 美咲が止める間もなく、ペリトンの群れ全部が転移装置に飛び込んだ。


「クマ! クマクマ!(面白そう! 俺も行く!)」


 何かが起こることを察知したのか、暢気な顔をしていたマク太郎が目を輝かせて群れの後に続いた。

 大惨事の予感であった。


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