十三日目:小さな恋の終わり1
調べた結果、牢の中にも特に異常は見つからなかった。
「空振りでござるか」
どことなく、タゴサクは残念そうだ。
「仕方ないです。次に行きましょう。ミーヤちゃん、進行方向にペリトンを放って索敵をお願い。セザリーさんたちは戦闘に備えていつでも先制射撃ができるように準備しておいてください。抜けてくる敵がいたら、タゴサクさんが始末してください。背後の警戒は私とミーヤちゃんで担当します」
矢継ぎ早に指示を飛ばす美咲に、複雑な表情でタゴサクが言った。
「……無理だけはしないで欲しいでござるよ。無理させるために、拙者はああしたわけではござらん」
「別に無理なんてしてませんよ。責任の所在を自覚しただけです」
答える美咲は素っ気無い。
「次の目的地は、ヴェリート側の出口近くにあります。少し遠いので、ついでに通り道の怪しい場所も調べてしまいましょう。皆もそれでいい?」
美咲が皆を見回すと、全員から了承の返事が返ってくる。
「そう。じゃあ行きましょう」
再び隊列を組み直し、一行は歩き出す。
「ペリ丸、お願いね」
「ぷう!(任せて!)」
ミーヤがペリ丸を地面に下ろすと、ペリ丸は一声鳴いてペリトンを呼び寄せる。
「ぷうぷぷぷう!(あっちに危険が無いか見てきて!)」
「「「ぷうぷ!(がってん!)」」」
元気良く鳴いたペリトンたちが、洞窟の奥へと駆けていく。
会話しているように見えるが、ミーヤとペリ丸の間で会話は通じていなかったりする。
やがて近場を索敵したペリトン二匹が戻ってくる。
「ぷうぷう!(右側の道には魔物がいたよ!)」
「ぷぷぷう! ぷっぷう!(でも、草食性の魔物だったから、話をして退いてもらったよ! 左には誰もいなかったよ!)」
「左は敵影なし、右は魔物がいたけど説得で退いてもらうことに成功したみたいです」
翻訳した内容を美咲が皆に伝える。
「……なんとも、便利でござるな」
超有能なペリトンたちに、タゴサクは少し引き攣った顔をしていた。
「ミーヤとお姉ちゃんの共同作業だよ! お姉ちゃんと一緒なら、これくらい朝飯前なんだから!」
ふっふーん! と胸を逸らしてミーヤは自慢げにしている。
すぐ前を行くセザリーが振り返り、美咲とミーヤに微笑んだ。
「ふふ。さすが私たちの美咲さんね。ミーヤちゃんも凄いわ」
微妙な言い回しだが、聞き流せる範囲内なので美咲は流した。またご主人様とか呼び始めたら美咲も反発するが、これくらいならまだ気にしないでいられる。
「私たちも負けてられないわね。……ちょっと、セザリー、場所変わってくれない?」
「頑張りますぅ。……私も美咲ちゃんの傍に行きたいですぅ」
気合を入れ直すテナとイルマは、セザリーと同じ中衛でもタゴサクがいる前衛側なので少し不満そうだ。
妹たちの気持ちがよく理解できるので、セザリーはくすくすと笑みをこぼすと我侭を聞いてあげることにした。
「はいはい。じゃあ、テナ、変わりましょうか。しばらくしたらイルマにも変わってあげてね」
「いいの? やった!」
嬉々としてセザリーと隊列を交代したテナは、はしゃいで美咲に抱きついた。
「美咲の隣、ゲットー♪」
抱きついたテナは、心底嬉しそうな顔で美咲の腕に頬擦りする。
「あっ、ずるーい!」
対抗心を燃やしたミーヤがもう片方の腕に抱きついた。
「ぐぬぬぬぬ……。テナちゃんもミーヤちゃんもいいなぁ。羨ましい」
イルマが物欲しそうな顔で美咲を見ている。
「両手塞がったら、いざという時に剣が抜けないよ。ほら、退いて」
苦笑した美咲は、テナとミーヤを引き剥がした。
「はーい。ごめんね、お姉ちゃん」
悪ふざけが過ぎたことを悟り、ミーヤがぺろりと舌を出した。
「私はもう少しこうしていたいな。駄目?」
テナが抱きついたまま流し目を送ってきたため、美咲はにっこりと微笑んで首を横に振った。もちろん駄目に決まっている。
「ミーヤが退いたんだから、テナも退くのー!」
「ちぇー」
ぷんすかとむくれるミーヤに引き剥がされ、テナは唇を尖らせて美咲から離れた。
「姦しいでござるな。探索中とは思えないでござる。もう少し緊張感を持って欲しいでござるが、拙者が言うのも野暮か」
最前列を行くタゴサクが苦笑を漏らす。
「……次は私ですぅ」
「およ?」
戻ってきたテナをがっしりと両手で掴んだイルマは、そのまま半回転してテナと位置を入れ替えた。
美咲の前に立ったイルマは、ぽっと頬を染めて美咲を見つめる。
そのままイルマは、ハートマークを飛ばしそうな雰囲気でもじもじとする。
「私、美咲ちゃんのなら、いつでも待ってますからぁ」
意味不明なイルマの台詞に、美咲は思わず真顔になった。
「ごめん。ちょっと意味が分からない」
意味が分からずとも、なんだか嫌な予感がする美咲だった。
深入りしたらピンク色の地雷を踏み抜きそうな気がした美咲は、イルマの発言を聞かなかったことにした。
忘れるなかれ。彼女たちが兵士として調整されていたのは、あくまで名目上の理由で、なおかつ理由の一つに過ぎないのである。
■ ■ ■
セザリー、テナ、イルマの好き好き光線を浴びながら、美咲は最後にルアンと会話をした通路へと辿り着いた。
途中で怪しい場所をいくつか調べたが、今のところは何も無い。
「ふむ。ここで激しい戦闘があったようでござるな。少し古いでござるが、痕跡があるでござる」
地面を調べたタゴサクが、残っていた血痕や足跡、削れた岩肌などを目ざとく見つけた。
「生命の気配はありませんね」
周りを見回したセザリーが独特の言い回しをする。
「でも、なんか死臭がするよ。どこかに死体でもあるのかも」
宙を仰いでくんくんと臭いを嗅いだテナは、顔を顰めながら言った。
地面を見ていたミーヤが、ひっと小さく悲鳴を上げて後ずさる。
「ここ、凄い血の跡があるよ」
「美咲ちゃん。これって多分……」
イルマが遠慮がちに美咲に心配そうな視線を向けた。
「分かってる。大丈夫よ」
固い表情でイルマに言葉を返した美咲は、意識をして深呼吸をし、冷静さを保つ。
夥しい出血の痕跡があるのに、死体が無い。片付けられてしまっているのか、それとも。
グモに書いてもらった地図を広げる。
ゴブリン語の注釈は読めないが、グモに読んで貰ったのをいくつか日本語に訳して書き込んでいるので、分かっているものもある。
「……少し引き返して脇道に逸れた先に、死体置き場があるみたいです」
タゴサクが、美咲が広げている地図を覗き込んできた。
「ここから近いでござるな。この周辺を調べて何も無さそうでござるし、行ってみるでござるか」
「そうですね。それに、地図だと死体置き場の奥に、不自然な余白があるんです。隠し部屋があるかも」
「よし。なら、死体置き場とやらに向かうでござるよ」
踵を返し、タゴサクは先頭を進んでいく。
しばらく歩くと、死体置き場に着いた。
洞窟だというのに、ここだけ扉が据え付けられている。
「……くちゃい」
中に入る前から漏れ出てくる強い死臭に、鼻を押さえたミーヤが涙目になった。
「確かにこれは、少し厳しいですね」
吐き気を堪えているのか、口元を押さえるセザリーの顔色は悪い。
「この分じゃ、中に死体残ってるんじゃないの?」
顔を顰めながらテナが言った。
「それどころか、ゾンビになってる可能性もありますよぅ」
テナの陰に隠れてふるふる震えているイルマの言葉に、美咲はため息をつく。
(……いるんだ。ゾンビ。そりゃ、異世界だもんね)
美咲は知人の死体がゾンビになっていないことを願った。変わり果てた彼らの姿を見るのは、やはり悲しい。
(ディックさん、エドワードさん、ピューミさん。……ルアン)
もしかしたら、この扉の向こうに、この四人の死体があるかもしれないのだ。それどころか、ゾンビになっているかもしれない。
せめて、ブードゥー教の方の無害なゾンビであってくれればいいのに、と美咲は思った。
「拙者が扉を開くでござるよ。皆の衆は下がっているでござる」
罠を警戒したタゴサクが、美咲たちを下がらせた。罠を調べたいが、専門知識を持つ人間が今は居ないので、調べ様が無い。なので、一番対処しやすいタゴサクが扉を開けるのだ。
タゴサクが扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。罠は無いようだ。
扉の向こうから、むわぁっと悪臭が漏れ出てくる。
「さすがにこれは、きついでござるな」
思わず鼻を押さえかけたタゴサクは、渋面で手を下ろした。この先何が起こるか分からないので、片手を塞ぐわけにはいかないのだ。
「けほっけほっ。うえぇ、くちゃい」
あまりの酷い臭いに、ミーヤが咳き込んでいる。
「ミーヤちゃん、大丈夫?」
見かねた美咲はミーヤの背を摩った。美咲も蹲りたいくらい酷い臭いだが、我慢する。
セザリーが部屋の中を覗き込み、瞑目した。
「……ああ、やはり死体が放置されていましたか」
「ゴブリンの死体も、人間の死体もあるね」
テナが嫌そうな顔をしながら、セザリーと同じように部屋の中を観察する。
「本当に、ここに入るんですかぁ?」
とてつもない臭いと部屋の惨状を見て入りたくなくなったのか、イルマが及び腰になった。
「もちろん入るでござるよ。入って調べねば、何も分からぬ」
一番に、タゴサクが足を踏み込んだ。
特に罠などが発動する様子はない。それを確認して、次々に中に足を踏み入れていく。
「……これは、酷い有様ですね」
部屋の中を見回して絶句していたセザリーが、辛うじて言葉を搾り出す。
そこかしこに、死体が積み上げられていた。
幸いといっていいのか、乱雑な積み方ではあるが、人間とゴブリンで分けられているので、人間の死体の確認は難しくない。
「おえっぷ。吐きそう」
臭いに当てられ、テナは口に手を当て吐き気を堪えた。
意外にも、部屋に充満している臭いとは裏腹に、死体の腐敗度は時間相応だった。おそらくは、元々この部屋には死臭がこびりついていたのだろう。もしかしたら、ゴブリンたちが住み着く前から、死体置き場だったのかもしれない。地図には死体置き場と書かれていたから、ゴブリンたちもこの臭いを嗅いで、死体置き場にすることを決めた可能性もある。
だとしたら、長年色んな死体を保管してきた結果が、この悪臭に繋がっている。
「涙が出てきました……」
あまりに臭すぎて、イルマがはらはらと落涙していた。
美咲は黙ってなおも足を踏み出す。
「お姉ちゃん?」
言葉を無くして蹲っていたミーヤが、歩き出した美咲を見て、慌てて裾を掴み、後をついていく。
「クマクマ(臭いからここで待ってる)」
「ぷうぷう(これはひどい。臭すぎて中に入れない)」
鼻が利くのが祟っているのか、マク太郎とペリ丸が入り口で所在無げにミーヤを見ている。
「……待っててもいいんだよ?」
つらそうなミーヤに美咲はそう言うが、ミーヤは首を横に振った。
「大丈夫。……お姉ちゃん、確かめたいんでしょ?」
「……うん」
図星を差された美咲は、隠さずに頷いた。
「生きてる人、いるかなぁ」
「可能性は低いでござるよ」
美咲とミーヤに追い付いたタゴサクが、ミーヤのぼやきに口を挟んだ。
「……期待はしてません」
唇をかみ締め、美咲は死体の前に立った。
(この人たち……どこか見覚えがある。気のせいかな)
死体を確認した美咲は、既視感のようなものを覚えた。
(いや、違う。この人たち、前回のクエストの参加者だ)
話をしたこともないし、ほとんどが顔を合わせただけの関係だが、それでも見知った人間が死んでいる光景は、美咲を陰鬱な気分にさせる。
(きっと、皆も……)
歯をかみ締め、泣きたくなるのを堪えながら、美咲は次々に死体の顔を確認していく。
(ああ、やっぱり……)
死体の中に、大切な人たちの顔があるのを見つけてしまった。
エドワード
ディック。
ピューミ。
そして、ルアン。
もちろん、生きてる人間など、一人もいない。全員間違いなく息絶えている。
(ごめんなさい……ごめんなさい……!)
あの時のことが、ついさっき起こったかのような鮮明さで美咲を苛む。
皆この洞窟で死んだのだ。
美咲とルフィミアを残して、死んだのだ。
そして、そのルフィミアも。あの戦場で。
「どうしたでござるか、美咲殿」
立ち尽くす美咲に話しかけてきたタゴサクに、美咲は死体を手で指し示すことで答えた。
その方向に視線を向けたタゴサクは、ルアンの顔を見つけて息を飲む。
「……ルアン。こんなところに、いたでござるか」
タゴサクにとっても、ルアンは知り合いなのだ。一時期先輩冒険者として、面倒を見ていた。
美咲とタゴサクが見つめるルアンの身体が、ぴくりと動いた。