十三日目:彼女たちの選択2
事実を知ったセザリーとテナの落ち込み様は、美咲の貧相な語彙ではいくら言葉を尽くしても足りないくらい酷かった。
何しろ、自分が信じていた思い出全てが、偽物だと知ってしまったのだ。
彼女たちが帰りたいと思っていた家も、再会を願っていた家族も、最初から存在しなかった。迫害などを語る以前の問題で、ラーダンに彼女たちの居場所は無かった。
セザリー、テナ、イルマの三人が仲良くなった経緯も、偽られていた。記憶が作られたものだと知った以上、それを前提とした友情すら揺らぐ。それが二人にはショックだった。同じ辛い境遇に置かれ、家族のように思い合っていたのに、突然その拠り所が偽物だと突きつけられたのだから。
落ち込んでいない様子なのは、最後に調整記録に目を通したイルマだけだ。彼女だけが、先に絶望する二人の様子を見ていたからか、事実を知っても衝撃が少ないようだった。
「……テナちゃん。元気出して」
「煩い。ほっといてよ」
恐る恐る声をかけたイルマに、牢扉の開錠を試みるテナは険しい表情で返事をした。
「でも……」
イルマは心配げな表情をテナだけでなくセザリーにも向けるが、セザリーはイルマの視線に気付いているだろうに、俯いたまま反応を見せない。
「じゃ、じゃあさ、美咲ちゃんについていって、魔王を倒した後のことを考えようよ。自分探しの旅なんてどうかな。本当のことが分からなくても、未来にしたいことを見つけることならできるよ、きっと」
素っ頓狂なイルマの台詞に、思わずセザリーがくすりと笑う。
「自分探しの旅、か。そんな存在しないものを探してどうなるの。私たちの中に、自分なんてとっくの昔に残っていないのに」
顔を上げてイルマを見つめるセザリーの声には、隠し切れない自暴自棄な感情が篭められていた。
今のセザリーにあるのは、偽物の記憶に、強化された肉体と弓の扱い方、そして身体を弄られたことによる後遺症だけだ。
これでは未来に思いを馳せたところで、他に何も持たないセザリーが就ける職業など、せいぜい傭兵か娼婦くらいのものである。
それに、セザリーは自分の中に自分から何か違うものになろう、という前向きな気持ちを、まるでそこだけ丸ごと削り取られてしまったかのように、どうしても見つけることができなかった。
記録によると、彼女たちは、人身売買の商品奴隷として、個別に売られ、買われを繰り返していたようだった。買われるたびに、新しい記憶を書き込まれ、買い主が望む通りに振る舞い、飽きて売られれれば再び記憶を真っ白にされ、新たな買い主が決まれば注文に合わせて調整される、その繰り返し。そこに人間としての尊厳などない。今の記憶を植えつけられ、姉妹のように仲良くなったのも、たまたま今回の買い主が三人を同時に買い上げ、そう注文したからに過ぎない。
三人は、商品として完成次第買い主に送り届けられる予定だった。名目は護衛であるものの、わざわざ見目の良い女ばかりを選んでいることから、間違いなく別の用途があるだろう。
記録には、未来の日付で、剣術を習得させると予定に書かれていた。今は弓しか扱えないところを見ると、出荷はまだ少し先で、今回の迎撃は彼女たちに服従の首輪を嵌めた誰かにとっても苦肉の策だったのかもしれない。
だがそんなことは、セザリーたちには関係ない。こんな有様でいまさら自由意志を解き放たれても、セザリーはどうすればいいのか分からない。
事実を知る前ならば、元の生活に戻れないと分かっても耐えられた。テナとイルマを大切に思っている気持ちに沿って動けばそれで良かったからだ。でも、その気持ちすら偽物だと知ってしまったら、後は何が残る?
偽物の自分ばかりで、何も無いではないか。
ばらばらになりそうな心を抱えたまま、セザリーは泣いた。恐ろしいことに、セザリーにはこの悲しみも苦しみも憤りさえ、自分のものであるとは思えなかった。
洗脳が解けて戻るのは自由意志だけで、弄られた身体と精神は不可逆だ。似たような色に塗りつぶすことは出来ても、元に戻すことはできない。
調整記録には、なんらかの要因で洗脳が解けてセザリーが事実を知ったとき、捕らえて再洗脳するための対応方法をマニュアル化したと書かれていた。マニュアルには、まるで機械であるかのように、セザリーの感情の動きまで明記されていた。そしてその通りに、セザリーは悲しみ、苦しみ、憤った。それを自覚した瞬間、セザリーは完全に自分が信じられなくなったのだ。
「皆、両親の顔を思い出せる? 私は思い出せないわ。両親がいたっていうことは知ってるのに、名前も顔も、声すら分からないの。ラーダンで暮らしていたことは覚えているのに、どんな暮らしをしていたのかも思い出せない。それ以上のことは、何も分からないの。……私、これを読むまでそれに全く疑問を抱いてなかった。考えることすらなかった。どうして?」
「そ、それは」
イルマは口ごもった。
セザリーの疑問は、イルマ自信も抱いていたことだった。記憶をいくら辿ってみても、思いだせるのはあやふやで抽象的な事柄ばかりで、詳細がどうしても出てこない。それでもセザリーとテナが大好きであることに違いがなかったから、気づかない振りをして、目を背けていた。自分の調整記録を見て、イルマはその理由を知った。
「そんなの、まだ調整途中だったからに決まってるじゃない! だって、そう書いてあったんだもの!」
言葉を捜すイルマより先に、テナが反応した。テナは泣いていた。泣きながら、笑っていた。
一転して凄まじい形相でセザリーを睨みつけたテナは、子どものようにまくし立てた。
「そうよ! 私たちにはどうせ何も無いわよ。私の欄は見た? 『次女役。快活な性格で、友達思い。とある切欠で友人になったセザリーとイルマを家族のように慕い、姉妹と思って場を明るく盛り上げようとする』なんて書いてあったわよ! 笑えるくらい全くその通りに振舞ってたわ! ずっと気付かなかった! とある切欠っていっても、私には、仲良くなった後の記憶しかないのに!」
ヒステリックにテナが怒鳴った。
まるで人格が崩壊したかのように取り乱し始めた二人に、とうとうイルマがめそめそと泣き出した。
「……二人とも、やめてよぅ。そんなこと、言わないでよぅ。セザリーの欄には、『長女役。行動的だが思慮に欠けるテナと、賢いが臆病なイルマを姉のように慈しみ、二人を導く』って書いてあったよ。頼むから、そう振舞ってよ。私もちゃんと、書かれている通りに振舞うから。じゃないと、ご主人さまに可愛がってもらえないよ」
そのまましくしく泣いていたイルマは、不意に顔を上げ、抑揚の無い静かな口調で呟いた。
「……あれ。ごしゅじんさまって、だれだっけ」
呆けたように宙を見上げ、舌足らずな口調で、イルマは「あー、あー?」と意味を持たない言葉を繰り返し始める。
実は、見た目に反して一番精神の均衡が崩れかけているのはイルマだった。記録によると、三人の中で、イルマが一番精神改造を受けた頻度が高い。それだけ多く買われているのだ。人格の調整内容も、気の強い人格から今のように内気な人格まで幅広く、精神にかかる負担は大きい。
テナは壊れかけたイルマを眺めて、哀れに思うと同時に、自嘲した。
イルマと自分の現状の差に、どれほどの意味がある。
「もうセザリーさんも、テナさんも、イルマさんも、自由なんだよ。そんなに卑下したら駄目だよ。もっと自分自身を大事にしてあげて」
たまらず口走った美咲を、テナは思わず笑って見つめた。
甘い、甘い言葉だ。まるで砂糖菓子のように甘くて優しい言葉。テナたちの絶望を嘆きを、憤りを、理解しているようで全く理解していない。
長期間の精神支配は、既に元のテナの自我を破壊している。調整記録を閲覧したことがトリガーとなって、テナはそれを悟った。今まで気付かなかっただけで、既にテナもセザリーも、イルマも、心の髄まで他人に従うことしか出来ない人形になっていたのだ。度重なる調整によって人間であることを辞めさせられたテナたちは、もう自分では何をしたいのかも分からなくなっている。
「美咲。あなたがいなかったら、私たちはきっと自分の現状に疑問を抱けずに暮らしてた。だから、自由意志を取り戻してくれて、これでも感謝してる。でもね、自覚しちゃったのよ。私たちはとっくに心も身体も壊されきってて、今の私たちは元の形を失った粘土みたいなものでしかない。他人の手で捏ねられて、滑稽に踊って主人の機嫌を取ることが関の山。他の生き方なんて出来っこないわ。だから美咲、新しい私たちの形は、あなたが捏ねて。私は、私の意志で、あなたが望む通りの、勇者のために生きて死ぬ兵士になりたい。そうすれば、私たちがこんな目に遭ったことにも意味があったんだって思える。諦められる。きっと、他の皆も同じ気持ちよ」
「違う! あなたたちは人間だよ! 人間として生きることを、諦めないで」
「いいえ。テナの言う通りだわ。私も、イルマも、もう人間には戻れない。ふふ、粘土、か。言い得て妙ね」
「そんな。セザリーさんまで」
泣きそうな顔で、美咲はセザリーを見つめた。セザリーはまるで本当の人形のように、微笑みを貼り付けている。
「調整記録を読んで、気付いたことがあるの」
もはや繰り返す言葉もなくまるで壊れたがらくたのように呆けているイルマに寄り添い、慈しむように彼女の髪を撫でる。妹を愛する姉の姿にしか見えないのに、その姿はどこか寒々しい。
「私たちには本来、自由意志なんて許されなかった。糸で括られた泥人形が望まれたのは、繰り主の望みを汲んで、その通りに動くことだけ。それだけしか求められなかったし、それしか出来ないようにされてしまった。けれど、そんな私たちでも、今は一つだけ、私たちの意志で出来ることがある」
急に、されるがままだったイルマの顔が動いた。首を巡らせて、美咲に視線を合わせる。イルマの口から、たどたどしく、言葉が紡がれる。
「それは、くりいとのあやつりてをえらぶこと。じぶんのいしではうごけないけど、うごかすしゅじんをえらべる。これはとてもうれしいこと。まちがいなく、だれにうえつけられたものでもない、わたしたちのいし」
「違う。違う。その答えは間違ってる。あなたたちは人形なんかじゃない。そんな風に思いつめる必要なんてない。だって、あなたたちの手は、こんなに温かいのに」
美咲はテナの手を取った。ぬくもりが皮膚越しに美咲の手に伝わる。生きている証だ。決して陶磁器のような、ましてや冷たい泥のような、命の通わない肌ではない。
テナはセザリーやイルマに浮かべるような親愛の笑みを、美咲に浮かべた。目を閉じると、触れた美咲の手を、まるで宝物を扱うかのような手つきで、そっと握った。
「ありがとう、私たちみたいな出来損ないを、美咲はまだ人間だと思ってくれるんだね。そんな美咲だからこそ、私たちは、美咲の力になりたい。あなたになら、使い潰されても惜しくないから」
テナの手に、セザリーが自分の手を被せた。
「だから、命じてください。あなたの兵士になれと。あなたのために、その命を散らせと。それがあなたに助けられた、人形にしかなれなかった私たちが抱いた唯一の願い。どうか私たちのことをまだ人間だと思ってくださるなら、人間に戻りたかった私たちの最期の望みを叶えてください。そして願わくば、この世に再び平和を取り戻すための一助としてください」
答えられずに美咲はいやいやをするように首を振った。
見つからない。彼女たちを説得する言葉を思いつけない。だから美咲に出来ることはだだを捏ねるように回答を拒否することだけだった。
「お姉ちゃん……」
そんな美咲を、ミーヤは心配そうな瞳で見つめていた。それでも、彼女たちを止めようとはしない。セザリー、テナ、イルマの気持ちが少なからず理解できたからだ。
偶然から美咲に助けられなければ、ミーヤはおそらく彼女たちと同じ境遇に落ちていただろう。自分と彼女たちの境遇を重ね合わせるからこそ、美咲を慕いつつも、三人を止められない。
最後に、イルマが手を重ねた。
子どものように震える美咲の手に重ねられた、三人の手。
「あなたのためにいきることになれば、きっと、いまのいたみも、くるしみも、みんななくなる。それは、ほとんどのかんじょうがそれでしめられているわたしたちにとって、きえることとおなじこと。それでもいい。わたしたちをたすけてくれたみさきに、おんをかえしたい」
「やめて、恩を感じてるなら、もうやめて。こんなの私は命じたくない」
美咲には、そんな決断を下せない。
彼女たちを助けたのだって、たまたま自分にその力が備わっていたからだ。
ただの女子学生で、特別な存在でも何でもない美咲に、そんな重すぎるものは背負えない。
今でさえ、背負ったものに押し潰されそうになるのを、必死で耐えているのに。
「無理よ。こんなの、出来るわけないじゃない。言ってしまえば、どうなるか分かってるのに」
何かを失い、傷付くたびに、美咲は逃げたいという思いを必死に誤魔化しながらここまで歩いてきた。
元の世界に帰りたいから、自分の居場所を取り戻したいから、歯を食い縛って耐えてきたのだ。
それが今、砕けた。
今の美咲は、現実を受け入れられずに駄々をこねる子どもと同じだ。
だからこ、紛れもない美咲の本心でもある。
「ならば、美咲殿に代わって拙者が命じるでござる!」
いきなりの大声に美咲は心臓が止まりそうになり、目を剥いた美咲は割って入ったタゴサクを睨みつけた。
何を言うのだろうか、この男は。
「あなたが、ですか?」
さすがにセザリーも驚いたようで、元奴隷の少女たち三対の視線が美咲に飛んでくる。
「そうでござる。しかし、拙者が命令を下し、お主らがそれを受諾した瞬間、お主らの主は拙者ではなく、美咲殿に切り替わるでござる。そしてこの二つは、以後拙者のいかなる命令よりも優先されるべき事柄でござる。拙者は言うならば、そなたらを出荷する奴隷商人のようなもの」
美咲は目を見開くと、信じられないものを見るかのように唖然とした目でタゴサクを見つめた。
その表情が恐怖で染まる。タゴサクの意図に気付いたのだ。
「止めて! そんなの望んでない! それは私の望みじゃない!」
叫ぶ美咲の声に被せるように、タゴサクは声を張り上げた。
「美咲殿を守れ! 美咲殿のために生き、そして死ね! 美咲殿は異世界の人間故、立場による守りも、後ろ盾も持たぬ身。その刃を魔王に突き立てるには他者の力が必要不可欠! そして善人であるが故に、一度承諾したお主らの願いを違えることは絶対にないと拙者が保障するでござる! 時に剣となり、時に盾となり、美咲殿の刃を魔王に届かせるために、その命をお守りしろ! そのためになら、喜んで命を差し出せ! そなた等は、勇者美咲を守り戦う兵士でござる!」
タゴサクの言葉を聴いているうちに、だんだんテナの目に生気が戻ってきた。
思わずイルマが拍手し、セザリーの表情も綻んだ。
だが、三人が美咲を見つめる目には、今までに無い狂信者のようなどこか異様な光が灯っている。
彼女たちが望んだのは、一種の再洗脳だった。三人とも、解放されたとはいえ、長年奴隷として扱われてきたことにより、元々の自我はとっくに崩壊している。今の彼女たちの自我は、調整で新たに組み上げられたもので、洗脳が解ければやがて崩れ落ちるだけのものだ。
洗脳が解けても偽の記憶しか残らないうえに、弄られた記憶や身体は永遠に元には戻らない。手がかりがない以上、元の自分を知る術はないに等しい。セザリーとイルマへの親愛の情も、植え込まれたものだと知ってしまった。
そこへ、タゴサクは彼女たちの自我が崩れ去る前に、「従いたい」という欲求の矛先を美咲に集約させたのである。三人とも、偽物であっても今の人格と、それで得た友情を失いたくなかった。それが彼女たちの全てだったからだ。だからこそ、心地良い言葉を並べたタゴサクを仮の主として認め、自らを定める定義を受け入れた。
結局最後まで、その決断によって美咲がどう思うかまでは、考えを避けて。
三人は祈るように腕を組み、俯いて美咲の前に跪いた。まるで許しを請う罪人のように、誓いの言葉を述べる。
「セザリー・ルルーズは誓います。美咲の剣となり、盾となり、この身体と命全てを燃やす尽くすと」
「テナ・エクローゼは誓います。美咲の剣となり、盾となり、この身体と命全てを燃やし尽くすと」
「イルマ・ノワは誓います。美咲の剣となり、盾となり、この身体と命全てを燃やし尽くすと」
静かに、三人は顔を上げて美咲の返事を待つ。彼女たちはもはや、真実人形となった。偽りの思い出に篭り、偽りの絆に縋り、その最後の瞬間まで、美咲のために戦い続ける人形となった。彼女たちの中では既に未来は確定しているのだ。
「……もう、戻れない」
美咲は呟くと。拳を震わせた。それ以外は静かなものだ。向ける視線は凪いでいて、唇は薄く諦観の笑みすら浮かんでいる。きつく、きつく握り締められた拳だけが押さえきれない美咲の激情を隠しきれないでいた。
静謐な瞳に憤怒を宿し、美咲は揶揄するようにタゴサクに問う。
「これで、満足? 私はもう、何があっても魔王を倒すしかなくなった。もちろん最初からそのつもりだったけど、以前と今の状態は、私にとっては別物よ」
静かな声でタゴサクは答えた。
「依存させる形になるのは申し訳ないと思うでござるよ。だが、ああでもしなければ、人形としてすら、彼女たちは壊れていた。それに忘れないで欲しいでござる。拙者の仲間たちは、今もまだ囚われていることを」
言外に、時間が惜しいという気持ちを滲ませ、タゴサクは美咲に言った。
俯いた美咲は、表情を隠す。
「うん。だからあなたがしたことについて、今は何も言わない。ごめんなさい。損な役回りをさせてしまって」
(分かってる。分かってるよ)
泣きたくなる気持ちを堪えながら、美咲は内心で呟いた。
これは美咲にとっても悪いことではない。
今までの戦力では魔王に届かないことは分かっていた。
挑めば、美咲は必ず死ぬ。
けれど、新しく得た人形は壊れるその瞬間まで主のために舞い続け、やがて美咲の剣を魔王に届かせるだろう。
込み上げる全ての嘆きを、美咲は握りつぶした。
誰のためでもなく、自分のために、自分が元の世界に帰るために戦うと決めたのだ。
ならば犠牲にするであろう彼女たちに、罪悪感を覚えることこそが間違いで、走り続けることこそが、彼女たちに対する贖罪となるだろう。
そして、そう思うことすら偽善に過ぎないことも、美咲は理解している。
(今更、何を良い子ぶってるのよ。本当は、こんな世界どうなってもいいと思ってるくせに。エルナやルアン、ルフィミアさんたちに感化された? そうかもしれない。皆、良い人ばかりだったもの)
自分本位で始まった旅が、いつしか本当に世界を救う旅に摩り替わりつつあったことを、美咲は自覚した。
本当に、この世界を救いたいと思っていた。そうしなければ、命を賭けて助けてくれた皆に申し訳が立たないから。
何て、自分勝手で醜い動機なのだだろうか。救いたいと思う理由が、義侠心でも何でもなく、ただの罪悪感に過ぎないだなんて。
その事実から、目を背けていた結果が、これだ。
歯を食いしばり、猛る感情を飲み込む。
しばらくして落ち着いた美咲は、顔を上げて三人を見つめた。
「それじゃあ、さっそくだけどお願い。この牢扉、破れる?」
美咲の『お願い』に、セザリー、テナ、イルマの三人は顔を見合わせた後、頷いて声を揃えて返事をした。
「「「はい。ご主人様」」」
「……マスターは止めて」
不機嫌そうな顔を隠そうともせず、美咲は眉を顰めた。
くすりと笑い、セザリーが返事をする。
「承りました。美咲様」
「様付けも敬語も要らない。普段のままでいい」
しかめっ面になる美咲の横を、けらけら笑いながらテナが通り過ぎていく。
「もー。美咲は我侭ね。困るわー」
「うるさい。さっさと行きなさい」
悪態をつく美咲の前をテナを追いかけるイルマがぺこぺこと頭を下げて通り過ぎた。
「すみませんすみません」
「……ったく。調子が狂うわ」
三人の様子は今まで通りで、美咲は思わずため息をついた。
「お姉ちゃん、大丈夫? 無理してない?」
美咲の服の袖を掴むミーヤのもう片方の手は、美咲の頬に伸びる。ミーヤの指が、僅かに流れた水滴を払った。
「……してないといえば嘘になるけど。なっちゃったことは仕方ないわ。せめて、前向きに捉えないと」
視線を向ける先では、セザリーとテナとイルマが三人力を合わせて、牢の鉄格子を力技で捻じ曲げているところだった。限界以上の筋力を出せる三人が力を合わせれば、この程度は朝飯前である。
「できたみたいでござるな」
「ええ、そうね。行きましょう」
「おー」
タゴサクとミーヤを連れ、美咲は歪んで人一人が通れるくらいになった鉄格子を潜った。