十三日目:再び、ゴブリンの巣へ2
作戦会議といってもタゴサク以外はほとんどが素人なので、自然とタゴサクが進行を努めることになる。
「人数が拙者と美咲殿にミーヤ殿、セザリー殿にテナ殿、イルマ殿の六人でござるから、前衛中衛後衛で役割自体は綺麗に分けられるでござるな。問題は誰を何処に振り分けるかでござるが。少々職種が偏っている故、二、二、二よりも二、三、一の方が良いでござろう」
タゴサクがその辺に落ちていた枝を拾い、地面にガリガリと図を書いていく。
丸で三角形の頂点を作るように書き、その中に同じように丸で逆三角形の頂点を作るように書く。
そうすると、同じ形の三角形が二つ、連なるように出来上がった。
「正面の前衛は拙者一人が勤めるでござる。中衛にはセザリー殿、テナ殿、イルマ殿の三人についてもらうでござるよ。後衛は美咲殿とミーヤ殿に任せるでござる。テナ殿とイルマ殿は拙者の援護を、セザリー殿には美咲殿とミーヤ殿の援護をお願いしたいでござるが、良いでござるか?」
図形を見ていたセザリーが顔を上げてタゴサクに尋ねた。
「後衛よりも、前衛の枚数を増やした方がいいのではありませんか?」
セザリーには、前衛がタゴサク一人というのは、少なすぎるように思えたのだ。
まるで生徒に対する教師のように、タゴサクはセザリーに対して説明する。
「もっともな意見でござるが、探索において一番気をつけるべきは不意打ちでござる。拙者も正面からの敵襲にはすぐ反応できるでござるが、背後からの奇襲にはどうしても対処が遅れるでござる。後衛が一人では、その間持ち応えられない可能性があるでござるよ。安全策を取るなら、後衛に人数を割く方がいいでござる。前衛の少なさは、中衛の枚数で補えるでござる。いざとなれば、後衛へも援護に入り易いでござるよ」
(なるほど……)
その説明を、美咲も頷きながら聞いていた。
現役の冒険者だけあって、タゴサクの意見は美咲も悪くないもののように思えた。
美咲かミーヤのどちらか一人に任せるのは、タゴサクにとって不安が残るだろうし、二人纏めておいた方が何かと対処しやすいだろう。
不測の事態で襲われても、自衛に徹すれば美咲もある程度耐えられるくらいには鍛えられているし、ミーヤもマク太郎がいるから心配はない。
中衛が多いので、前衛の少なさも援護の枚数でどうとでも誤魔化せる。
前衛は自分一人でいいと言い切る辺り、タゴサクは自分の実力に自信を持っているのだろう。
確かに、素人目に見ても、タゴサクの身のこなしには隙が無い。さらに言えば、着流しという独特の服装が、身体の予備動作を隠しているので、動きを読みにくい。相手が達人であればあるほど惑わされそうだ。
(まあそれでも、アリシャさんに敵うとは思えないけど)
まるで母親に対するように、アリシャに絶対の信頼を置いている美咲は、大いに贔屓目でアリシャとタゴサクの実力差を計った。
結果はアリシャの圧勝である。美咲の主観なので、実際どうなるかは分からないが。
タゴサクの説明は続く。
「洞窟に入ったら、地図を頼りに隠し通路を探すでござるよ。洞窟内は広いでござるが、どの道馬車が使えない以上、ラーダンに徒歩で帰るのは現実的ではござらん。休憩を入れつつ、怪しい場所を虱潰しに探すでござる」
ごくりと誰かが唾を飲み込む音を、美咲は聞いた気がした。
誰もが固唾を呑んでタゴサクの話に聞き入っている。
長丁場になるだろう。怪我人も、出て欲しくないが死人も出るかもしれない。皆それを覚悟しているのだ。幼いミーヤでさえも、幼いなりにそれをよく理解している。
「もし隠し通路を見つけても、すぐに入ってはならぬでござる。罠を仕掛けられている可能性は少ないでござろうが、無いとも言えぬでござるし、隠し通路の先は貴族の屋敷に繋がっているでござろう。ミーヤ殿に、索敵をしてもらうのが良いでござろうよ。ペリトンが一体入り込む程度なら、我々と違って怪しまれることもないでござろう」
説明を聞いているうちに、美咲の脳裏にふと疑問が浮かんだ。
ゴブリンの洞窟とラーダンの街は、馬車で移動しなければならないほど離れている。だとすると、直線だとしても、隠し通路はかなりの距離になる。
さすがにそれはおかしいと考えた美咲は、タゴサクに尋ねてみることにした。
「……そういえば、ラーダンの街までここからだとかなり遠いですよね。そんな遠いところまで、隠し通路があるのはおかしくないですか?」
「もっともな質問でござるな」
頷くと、タゴサクは再び地面に絵を描き始めた。
洞窟の入り口の絵を描くと、通路を長々と延ばし、端に館の絵を器用に描き、使った木の棒で洞窟と館を指し示す。
「美咲殿の言う通り、ここからラーダンまで隠し通路一本で繋がっていると考えるのは現実的ではないでござる。馬車なら数レンディアの道のりでも、歩きともなればその数倍はかかるでござろうし、距離が伸びれば伸びるほど、崩落の危険も増すでござる。実際は通路ではなく、このように洞窟と館を繋ぐワープゲートが設置されているでござろう」
洞窟の行き止まりの図から、館の図をタゴサクは線で結ぶ。
字面からどんなものかはある程度予想がつくものの、また聞き覚えの無い装置の名前が出てきて、美咲は表情を歪めた。まあ、転移装置か何かだろう。
セザリーから待ったがかかる。
「待ってください。個人でのワープゲートの利用は禁止されているはずです」
「その通りでござるが、今は戦争に手一杯なこの国に違法ワープゲートを取り締まる力はないでござる。それに、元々が人攫いをしでかすような輩が、禁止されているからといってワープゲートの設置を躊躇うとは思えないでござる。禁止されているのはどちらも同じでござる故に」
「ですが……」
納得できない様子のセザリーとは対象的に、テナは得心したようだった。
「なるほどね。確かに、奴隷制度そのものは容認されているから奴隷の売買は犯罪じゃないけど、奴隷を人攫いで調達するのは立派な犯罪だものね。特例法があるとはいえ、人間同士じゃ特例にも当たらないし」
(また良く分からない単語が出てきた……。特例法って何よ)
どこか嫌な予感を感じつつも、疑問をそのままにするよりはと思い、美咲はテナに尋ねる。
「あの、特例法というのは?」
尋ねられたテナは、そんな質問をされるとは思わなかったのか、吃驚した顔で美咲を見つめた。
「特例法を知らないの? ……あ、そっか。異世界人だもんね。なら知らないのも無理はないか」
タゴサクから聞き出したことを思い出したテナは、腰に手を当てて美咲に向き直った。
「じゃあ、簡単にだけど教えてあげる。特例法は、正式名称を『魔族及び人類への敵対種族に対する特例法』っていってね。要は、人間の敵相手に犯罪を犯しても、罪には問わないっていう法律のことよ。つまり、人間を浚って奴隷にするのは罪になるけど、魔族を浚って奴隷にする分には問題ないってこと」
美咲は空いた口が塞がらなかった。
「適用範囲が曖昧過ぎませんか? これじゃどうとでも悪用できそうですけど……」
「人間には当てはまらないのは確かだから、いいんじゃない?」
話すテナの表情はけろりとしている。
良くはないと美咲は思うが、所詮は異世界人に過ぎない美咲には、自分の考えがこの世界でも正しいのかどうか自信が無い。
(もしかしたら、エルナのお母さんも、その法律のせいで奴隷にされちゃったのかな)
考えると、胸が不快感でもやもやする。
思わず、美咲は胸を押さえた。
そうだとしたら、それはとても嫌なことだと美咲は思った。
■ □ ■
大まかな作戦が決まったので、とうとう洞窟に突入することになった。
「それでは皆の衆、そろそろ出発するでござるよ」
タゴサクの呼びかけで美咲が立ち上がると同時に、ミーヤも元気良く立ち上がった。
「お姉ちゃん、ドキドキするね!」
傍にペリ丸やマク太郎を侍らせながら、ミーヤは始めての探索で緊張か、それとも興奮しているのか、頬を紅潮させて美咲を見上げた。
「そうだね。私もミーヤちゃんをどこまで守れるか分からないから、マク太郎を傍から離したら駄目よ」
言い聞かすようにそっと囁いた美咲に、小さい胸を張って美咲はえへんと自信満々に笑った。
「大丈夫! むしろミーヤがお姉ちゃんを守ってあげるから!」
「あらあら、頼り甲斐があるわね」
すぐ前を行く予定のセザリーが、ミーヤを見て自分の口に手を当ててくすりと笑みをこぼした。
「これは、私も頑張らないといけないわ。こんなに小さな女の子まで頑張ってるんだもの」
ミーヤを見つめるセザリーの目は優しい。
和やかな会話が流れる後方に対し、隊列の前方ではテナがその陽気さを遺憾なく発揮して、出発前の気合を入れていた。
「テナちゃんのチカラを見せてやるのだー!」
「ちょっと、声が大きいよ。恥ずかしいよ……」
まるで自分の事のように顔を真っ赤にしてテナを嗜めるイルマが、タゴサクの反応を気にして彼をちらちらと見た。
タゴサクはそれを知ってか知らずか、大口を開けて笑った。
「はっはっは。元気がいいのは良いことでござるよ。しかし、洞窟内では静かにするでござるよ。何があるか分からない故」
笑いながらも、しっかりと釘を刺しておくのを忘れない。
「はーい」
返事をしたテナはぺろりと舌を出す。
全員が隊列を組み終わったことを確認したタゴサクが、振り向いて皆を眺めた。
「最後にもう一度だけ確認するでござる。洞窟に入ったら、地図を活用して怪しい場所を重点的に探すでござるよ。できるならば全てを調べたいところでござるが、生憎それをするには時間が少々足りぬ。取捨選択は、美咲殿にお願いするでござる」
まさか一任されるとは思ってもいなかった美咲は、吃驚して素っ頓狂な声を上げた。
「わ、私ですか!?」
「一度洞窟に入ったことがあるのは美咲殿だけでござるからな。他は今回が初めてでござるから、美咲殿が適任でござるよ」
「……分かりました。頑張ります」
寄せられる信頼に、美咲は神妙な表情で頷いた。
「では、出発するでござるよ!」
タゴサクの号令で、セザリー、テナ、イルマの三人が歩き出す。
後に続こうと数歩歩いたミーヤは、美咲が歩き出していないことに気付いて、美咲の方へ振り向いた。
「お姉ちゃん?」
話し合いをしていた時のまま同じ場所に立ち尽くす美咲は、洞窟の入り口を見つめ、祈るような眼差しを向けている。
(……ルアン。絶対、君を見つけ出すよ。だから、もう少しだけ待ってて)
美咲はようやくここまで戻ってきた。
生きているかは分からない。けれど、希望を抱くのは、間違いではないはずだ。
「ごめん、ミーヤちゃん。今行くよ」
不思議そうな表情で見上げてくるミーヤに微笑みかけ、美咲は人知れず決意を固めてゴブリンの洞窟に足を踏み入れた。