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美咲の剣  作者: きりん
一章 不安な旅路
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四日目:失ったものと得たもの2

 酒場に入った女性は、入り口の酒場の看板に併設されている宿屋の看板を見て、感嘆した。


「へえ。二階が宿屋になっているんだ。大きな街じゃ珍しくもないけど、村ぐらいの規模ならちょっと見ないね」


 どうやら、女性は今まで様々な場所を旅してきたらしい。今の一言だけで、深い見識が伝わってくる。

 宿屋の帳簿の前に座って受付をしていた女将が、女性と一緒に入ってきた美咲を見て受付業務をするために出てきた。


「おや、これまたべっぴんさんを連れてきたじゃないか。馬車の当ては見つかったのかい?」


「見つかったというか、これからの努力次第というか……」


 美咲は頭をかいて苦笑する。

 振って沸いたチャンスに飛びついた美咲だが、美咲と女性は全くの初対面同士である。

 我ながら図々しくもよく頼めたものだと、美咲は我ながら思う。


「知り合いなの?」


 興味持って尋ねた女性の質問に答えたのは、美咲ではなく女将だった。


「昨日から泊まってる子でね。ちょいと大変なことになっちゃてるのさ。良かったら助けてやってくれないか?」


 大変なこと、という部分で女将は神妙な表情をする。

 エルナのことを想い、美咲も遣る瀬無い表情になった。

 こんな世界に来る羽目になった元凶の一人だけれど、第一印象とは違い話してみればそれなりにいい子で友達になれそうだったのに、死んでしまったのが残念でならなかった。

 女性はふむ、と顎に手を当てて首を傾げる。


「どうやら訳有りのようだね」


 女将がいそいそと美咲と女性を二人がけのテーブルに案内した。

 テーブルの窪みに女性が自分の長剣を鞘ごと立てかけたのを見て、美咲はそうするための窪みだったのかと驚き、慌てて勇者の剣を同じように自分の席の窪みに立てかけた。

 女性は装飾過剰気味な勇者の剣を見て一瞬怪訝そうな表情になるが、美咲と勇者の剣を見比べると、何故か納得する様子を見せた。

 美咲としては、何だか釈然としない。

 準備を済ませた女将が、美咲と女性に尋ねる。


「それじゃ、注文を窺いましょうかね。お嬢ちゃんはどうする? また食べていくかい?」


 正直お腹は空いていなかったので、美咲は丁重に断り飲み物だけ注文することにする。


「それじゃあここから好きなのを選んでおくれ」


 メニューの一角を示されるが、文字が読めないので全く分からない。


「ああ、外国の人なんだっけ。ならこのピエラジュースがお勧めだよ。あんたくらいの歳だったら、ピエラジュースくらい飲んだことがあるだろう?」


 だからそのピエラジュースって一体何なんだ、と美咲は聞きたかったが、仮にピエラがこの世界で誰もが知っているようなポピュラーな果物だった場合、不審を招くことになる。

 残念ながら、女将の台詞ぶりからして、その可能性はかなり高そうだった。


「それでお願いします」


 聞くに聞けず、美咲は何が出てくるのか戦々恐々としながら、引きつり笑顔でピエラジュースを注文した。


「はいお待ち。ピエラジュースだよ」


 女将が運んできたのは木製のコップに入った緑色のジュースだった。

 緑色とはいってもいわゆる青汁のような濃い緑色ではなく、どちらかといえばメロンのような淡い緑色だ。

 思い切って飲んでみる。

 始めに舌に感じたのは柑橘系のぴりりとした強い酸味で、後からさっぱりとした甘み来る。甘ったる過ぎず、飲み易い味だ。

 ピエラジュースを見た女性が懐かしげな顔をした。


「ここにもあるんだね。私も子どもの頃はよく飲んだよ」


「やっぱりそうかい。ピエラはどこでも育つ果物だからね」


 満足そうに女将は一人で納得している。

 女性は女将に朝食のメニューを注文すると、美咲に向き直った。


「それじゃあ、まずは自己紹介をしておこうか。私はアリシャ。ラーダンで傭兵登録するために旅をしてるんだ」


「傭兵登録?」


 馴染みの薄い単語を聞いて、美咲は思わず聞き返す。

 疎い美咲には、傭兵という言葉自体がピンと来ない。ただ何となく、本当に何となく、戦争をする人という認識があるだけだ。

 不思議そうな表情で黙り込んだ美咲に苦笑しつつ、アリシャは言葉を付け加えた。


「ラーダンは人族連合軍が詰めるヴェリードへ、物資を届ける重要拠点だってことは知ってるね? こういう物資っていうものの中には、もちろん人間だって含まれる。奴隷兵とかね。傭兵だって同じさ。ラーダンなら、仕事に喰いっぱぐれることもないと思ってね」


 美咲は信じられなかった。

 選択の余地がない美咲ですら、命を賭けて魔王と戦うのが嫌で仕方がないというのに、どうして自ら危険に飛び込むような真似をするのか。

 正気の沙汰とは思えない。


「怖く……ないんですか?」


「んー、まあ、怖くないっていったら勿論嘘になるけど、見入りはいいから。やばそうだったら逃げちゃえばいいんだし。それで、君の名前は?」


 聞き返されて、美咲は返答に詰まる。

 よく考えれば、自分の名前は、この世界において、奇妙ではないかと、今さらながらに気付いたのだ。


「あ……美咲、です」


「珍しい名前だね? この当たりじゃ聞き慣れない響きだし、私の故郷でも聞いた覚えがない。どこの生まれだい?」


「う……」


 突っ込んだ質問をされ、思わず美咲は口篭ってしまう。

 残念ながら、アリシャの疑問は美咲が答えることのできない類のものだった。


「うん? 何か言えない理由があるのかな?」


 不思議そうな顔で尋ねられ、美咲は焦って回答をぼやかす。


「えーと、東方から来ました」


「……東方って、ラーダンから東は、ヴェリードまでを除いて向こう側全部魔族領のはずなんだけど。来た道をわざわざ馬車まで買って戻りたかったのかい?」


 美咲は言葉に詰まって沈黙した。

 言えないことのオンパレードで、取り繕えば取り繕うほどボロが出てきそうだ。

 不審げな顔になったアリシャに美咲は慌てて弁解する。


「ま、魔族領を迂回して海の向こう側から来たんです」


「魔族領の回りの海には、クラーケンとか大型の水棲魔獣がうようよしてるのに?」


 そんなの知らなかった美咲は絶句した。

 美咲が絶句している間にも、アリシャの不審そうな視線はますます強まる。


「えーっと、えーっと……」


 目を泳がせながらも美咲は必死にアリシャが納得しそうな理由を探すが、残念ながらここで天啓的に解決策を閃く、などということはなかった。

 アリシャが確信を得る方が早い。


「……嘘、ついてるね?」


「……はい。ごめんなさい」


 ついに美咲は力尽き、言い繕うのを諦めて白旗を上げる。

 眉を顰めていたアリシャが、ふっと表情を和らげる。


「まあ、言えないっていうのならそれでもいいさ。こんな世界で生きてりゃ、誰だって他人に語りたくないことの一つや二つあるもんだ」


「あの、アリシャさんはどちらのご出身なんですか?」


 機嫌を伺うように引きつった笑顔を浮かべて美咲が尋ねると、アリシャはくすりと笑った。


「自分の出身地は隠すのに、人の出身地は聞くのかい。ま、いいけどね。私はミルギリの生まれさ」


 ミルギリってどこだよと突っ込みたくなるのを、美咲は必死に堪える。


(しまった、固有名詞出されても分からない……)


 美咲は心の中で涙する。

 地図を探そうにもどこにあるのか分からないし、そもそも文字が読めない美咲では、どの道見つけたところで意味がない。

 恥を忍んで聞くべきか、聞かざるべきか。


(聞いてみよう。聞いてみなきゃ、会話を発展させることなんかできない。会話が弾まなきゃ、仲良くなるなんてできっこない)


 恐れていても仕方ない。

 どうせ、恥など既にかきまくっているのだ。


「ミルギリって、どこですか? 私、世間知らずで地理には疎くて……」


 またしても頓珍漢な質問だったらしく、アリシャは美咲の質問を聞いて唖然とする。


「旅をしているのに地理に疎いって、今までよく無事に生きてこれたね」


 言われてみれば正しくその通りなので、美咲は何もい言い返せない。美咲だって、旅してますと言われたその口で、どこに行けばいいの分かりませんとか言われたら、耳を疑う。

 墓穴を掘りすぎてあうあう涙目になる美咲を見兼ねてか、アリシャに朝食を運んできた女将が口を挟んできた。


「あまりいじめないでやっとくれ。その子は旅の相方を亡くしたばかりなんだ。その子の方が旅については詳しかったんだろ?」


「それは……気の毒に。お悔やみ申し上げるよ」


 会話が途絶えた。

 しばらく、アリシャが朝食に手をつける食器の音だけが響く。

 朝食を終えたアリシャが、美咲の目を真っ直ぐ見て言った。


「いいよ。乗せてあげる」


「本当ですか!?」


「ただし、条件がある」


 思わず立ち上がった美咲に、アリシャは冷静さを感じさせる声音で言葉を紡ぐ。


「ラーダンに着くまでは、私の指示に必ず従うこと。万が一魔物や盗賊に襲われたら、美咲は自分の身を守ることに専念して、戦闘は私に任せること。食事に関してまでは面倒を見れないから、日々の食料に関しては自分で何とかすること。この三つを守れるなら、連れてってあげるよ」


 美咲は勢い込んだ。

 アリシャの指示に従うのは乗せてもらう美咲にとっては当然のことだったし、戦闘についても今の美咲には、やりたい気持ちなんてこれっぽっちも無かった。そんなの、魔王と戦うだけで、美咲にはお腹いっぱいだ。

 食料に関しても、エルナの荷物があるから何とかなる。


「守ります! 絶対に破りません! ありがとうございます!」


「そう。なら、さっそく出発しようか。早い方がいいだろう?」


 一足先に席を立ったアリシャが勘定を済ませたので、美咲も女将にピエラジュースの代金を支払い後を追う。

 村の外で草を食んでいた馬を馬車に繋ぎ直し、アリシャは御者席に飛び乗った。


「あの、私はどうすれば?」


「馬車の中に入って」


 言われた通りに、美咲は馬車の後部から中に入った。

 意外と広く、畳に換算すれば六畳以上はありそうだ。

 大きな樽だとか、中身が満載で膨らんだ袋だとか、一まとめに縄で纏められた薪だとか、様々な物が積まれて結構雑然としている。

 鞘に納められ、さらに器具で倒れないように固定された長剣や槍などもあった。

 荷物をかき分け、荷物と荷物の間のスペースに座り込む。

 馬車がゆっくりと動き出した。

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