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軍事研 -俺を取り巻く裏事情- (※改稿版)  作者: 笈生
第一章『A Passion Day(日常)』
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第一章第二節『A Passion Day(最悪な一日)Phase.2』

 俺たちの通う市立矢間高等学校は朝の点呼が8時半ちょうどに行わる。そこから15分間の朝の(ホーム)(ルーム)を隔てて、8時45分から1限目が開始。その後は各10分ずつの移動・休憩時間を挟みつつ各55分間の授業を四限分、昼休みまでぶっ通しだ。

 そんな午前中の授業を終えた12時55分。お昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り響き、「起立(きりーつ)。礼」とお決まりの挨拶も終えて安堵にも似た弛緩した騒めきが湧き上がる教室で――


「汐崎とレーマンの二人。ちょっとついて来い」


 俺とエレノアは四限の担当であった化学科教員に呼び出された。


「「…………」」


 俺は取り出しかけた弁当をそのまま机の上に置き、俺と同様、昼食が入っているらしいコンビニ袋を取り出した所だったエレノアと顔を見合わせる。来るべき時が来た。エレノアの若干強張った顔は、そう雄弁に語っていた。……きっと俺も同じような表情をしていることだろう。


「お昼は置いてけ。すぐ終わる」


 クラスメイトの無言の目線を集めながら、俺たち二人は授業教材その他を抱えて一足先に教室を出た白衣の女性教員の後を追ったのだった。



     ・・



 さーてお昼だ、先生質問がと、先生と生徒でごった返すお昼休みの職員室。並んだ机と行き交う人々により、視界が開けている割に狭い印象を受けるその部屋の中ほどに、俺たちを連れてきた化学科教員・增原(ますはら)(けい)の机はあった。


「さて」


 デスクと対になった背もたれ付きの回転いすに腰掛けたまま、机に向かって何かしらの書類にチェックを入れていた增原先生は、そう一言切り出してボールペンのノックを弾いた。


「どういう事か、納得のいく説明をしてもらえるかな?」


 回転いすを回し、デスクの前で二人並んで丸椅子に座らされていた俺たちを、增原先生は半身だけで振り返った。教師らしいというべきか理系らしいというべきか、とにかく化粧っ気の少ない增原先生であるが、切れ長で二重の目と濡れたような艶のある長めの黒髪のために全体の印象としては美人の部類だ。多分きちんと化粧をすれば十分上位に食い込めるだろう、というのが增原先生を担任に持つうちのクラスの総意でもある。


「何で呼ばれたのかは分かってるな? 二人とも」


 念を押すように、增原先生が俺たちにそう尋ねた。その表情は怒っているようでも呆れているようでもなく、ただ単純に事情を訊いているというような真面目なものだ。

 俺とエレノアは顔を見合わせた。俺から見たエレノアの表情は気まずいような迷っているような、曖昧なものだ。


「「…………」」


 何も答えられずにいる俺たちに、增原先生は若干表情を曇らせる。增原先生のくっきりした眉が不思議そうに吊り上がった。

 確認のためか机上に積み重なった書類の山から一枚を取り出すと、手に持ったままのボールペンの頭でこめかみを叩きながらその文面を眺める。やがて確認を終えたようで、鼻から一つ息を吐くと顔をあげる。


「二人して一・二限を無断欠席しただろう? 理由は?」

「えーっと……」


 增原先生の質問に、俺は答えかけて言葉を濁す。

 実の話、真っ正直に答えたものか迷ったのだ。俺自身が怒られたくないという思いもある。ただ、この話は俺だけの問題にならないと思ったことも確かだ。一緒に授業をサボったエレノアに関わって来るというのはもちろんの事。現場や部長という立場から、軍事研の他の部員にまで迷惑がかかるかもしれない。もし万が一俺たちのサボりが原因で部活が活動停止――もしくはもっと悪くして廃部なんてことになったら、俺は二代目部長として初代部長含む軍事研メンバーに申し訳が立たない。

 そんな俺の逡巡をどう受け取ったのか、增原先生が「あー……」と困ったように頭を掻く。


「別にそんな身構えなくていいぞ」


 そういうと先生は、人差し指と中指で挟み親指で支えたボールペンで俺を指す。


「レーマンだけならともかく、今回は汐崎(おまえ)も付いてたんだろう?」

「はぁ……まあそれは」


 信頼ありがたい限りなのだけれど、ぶっちゃけ居眠りしてただけなんだよなぁ……。俺は余計に真実を伝えるべきか悩む。現実は期待には答えられないものの、幻滅されるのも怖い。というか先生は一体どんな事情があったと考えているのだろう?


「ちょ、うちならってどういう――」


 そんな俺の身勝手な苦悶など気にするでもなく、エレノアが增原先生の言葉に反発して立ち上がる。


「普段の素行の問題だ」


 エレノアの言葉に被せるような即答だった。

 そのあまりに隙のない返しに、エレノアは「な、な……」と返すべき言葉を見失ったまま、結局ストンと椅子に腰を下ろした。

 

「ああ別に、レーマンを反社会的な言動に絶えない非行青年(ふりょう)だなんていうつもりはないぞ? ただ、問題行動が目立つのは確かだ」


 お前の場合大抵悪意はないんだけどな? ちょっと考えなしに行動しすぎなんだ。

 先生はそうフォローなのか説教なのか微妙な文言をエレノアの前に並べ立てる。

 增原先生の手の中で、ボールペンがマーチングバンドのバトントワリングよろしくクルクルと回っていた。……器用っすね。


「先生、買ってくれてるところ悪いんですけど、少なくとも今回に関していえば俺もエレノアと同じ部類です」

「ん? そうなのか」


 真実を話すべきと意を決し先生に切り出した俺に、增原先生の視線が移される。

 ボールペンの動きがピタッと止まった。表情こそさっきまでと変わらない物訊き顔だったが、ボールペンの動きが止まったことで、射竦められたような気分になる。


「結局、何してたんだ? 二人とも」


 勘違いだといいが、心なしか增原先生の眼光が鋭くなったような気がした。切れ長の目がピタッと俺に向けられたまま細められる。やたらと喉が渇き、首を真綿で絞められたように二の句が継げない。膝の上に置いた両手の平がじんわりと湿ってきた。

 意を決したばかりで情けない限りだが、俺は蛇に睨まれた蛙のような気分で、再び逡巡していた。


「まぁまぁ增原センセ。そんな性急に問い詰めなくても」


 俺たち二人の後ろからそう朗らかな声がかけられたのは、そんな折の事だった。

 思わずエレノアと一緒に振り替えると、そこには四つ分の湯呑を載せたお盆を抱えるもう一人の白衣の女性の姿があった。


「二人にだって何かしら事情があったんですよ。ねぇ二人とも?」


 唇の左下にあるほくろが特徴の優し気な印象の女性職員は、養護教諭の常盤(ときわ)(さくら)先生だ。


「桜ちゃんじゃん。職員室(こっち)来るの珍しいね」

「ちょっとねー。教頭先生に報告することがあってこっちに来たのよ」


 はーい、お茶。要るでしょ?

 常磐先生はそういいつつエレノアに湯呑の一つを差し出す。若干小さめのその湯呑には、煎茶か何かが入っているようだった。


「お腹の調子はどう? エレナ」

「えっ……。あ、うん大丈夫……」


 何事か心配そうに訊いた常磐先生に対し、エレノアは俺に盗み見るような視線を向けて若干しどろもどろ気味に常磐先生に答える。俺としては、エレノアも体調を崩す事があるんだなとそのくらいしか感想はないのだけれども。さっきの反応が地味に気になるな。


「ほら君も――汐崎くん、だっけ? どうぞ。ちょっと温めにしてあるからごくごく飲めると思うよ」

「あ。どうも」


 差し出された湯呑を受け取ると、確かにその湯呑は温かいものの、熱いという感じではなかった。でも、梅雨明け直後でこれからどんどん暑くなっていくこの時期に、どうしてわざわざ温かいお茶を用意したんだろうか。


 そんな風に考えていると、常磐先生は增原先生の机に歩み寄って、さらにもう一つの湯呑を先生の机に置いた。


「はい。增原先生は熱いお茶ね」

「ありがとうございます」


 先生の机に置かれた湯気を立てるお茶を見て俺はなんの冗談かと思ったが、增原先生は平気な顔でその熱いお茶をすすっている。……まあ本人がいいならいいのだろうけど、暑くはないのだろうか?


「何でって顔してるわね?」


  そんな俺に気が付いた常磐先生が自分のお茶をすすりながら、見透かしたような笑顔で笑いかける。


「夏は冷たいものを飲みがちになるけど、かえって暑くなったり夏バテしやすくなったり、太りやすくなったり――と体にはあんまり良くないのよ」

「はあ……。なるほど」


 養護教諭の先生らしい回答だった。

 あ、でも熱中症には気を付けて、夏場は熱いものより温いものくらいの方がいいわね。

 そう言って微笑む常磐先生の横で、增原先生が額に汗を浮かべながら(あつ)ーと顔を手で仰いでいる。色々と台無しな絵面だった。


「普段から体を冷やしていい事ってないのよ。エレナは特にね」


 そう言って湯呑を手近な机に置いた常磐先生の細い腕が背後からエレノアの腹部に回される。


「女の子は体を冷やすと良くないから、その辺り気をつけないとだめよ?」

「ぎゃあっ!? ちょっ! 触んなって!!」


 腕の下から手を回され、ブラウスの上からお腹を撫でられたエレノアが驚いたように飛び上がる。

 完全に湯呑から煎茶が飛び上がってたけど……今の挙動で派手にお茶を零さなかった辺り、エレノアはエレノアだな。


「と、常磐先生。やり過ぎです」


 職員室の注目を集めてしまっているエレノアと常磐先生を見て、さしもの增原先生も声を潜めて慌てているようだった。逆に当の常磐先生はあらあらとのんきに笑っている。


「まったくもう……」


 增原先生はそう言って一瞬項垂れると、ボールペンを自分の机の上に置く。


「とにかくだ」


 場を仕切りなおすように咳払いをすると、增原先生は、歯を剥いて常磐先生を威嚇しているエレノアと俺に向き直る。


「致し方なく授業欠席した事情があるなら、それはそれで構わないから。反省文書いて、適当に罰掃除でもしたらそれで終わりなんだからな?」


 最初に身構えなくていいって言ったろ?

 增原先生は握りこぶしを自分の額に当てて「調書取ってるわけでもなし。いい加減普通に話してくれ」と悩ましそうに呟いた。

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