序章『Monologue(独白)』
ある時、私の平穏な日常は、唐突に終わりを迎えた。私を取り巻く世界がまとめて裏返るようなあの変質の正体を、私は今に至ってもまだ、充分に理解できていない。
日常の片隅に見つけたふとした綻びに興味を持ってしまったのが、全ての運の尽きだった。その綻びは私が触れた瞬間に爆発的に広がり、私の愛すべき世界をぼろぼろに崩しながら浸食していった。穏やかで透き通った日常風景は様々な人間の思惑と疑心暗鬼が入り混じった混沌とした闇へと反転し、私の愛した世界は突然私に牙を剥いた。
気味の悪い感情に満ちた真っ暗な闇の中でたった一人身を震わせながら、私は何度世界を返してと願ったことか。
脳裏に浮かんでは恐怖に喰われていく願いが無意味なものだと気が付くのに、さほど時間はかからなかった。希望が打ち砕かれた時のあの心の冷える感覚を、私は忘れない。自重で固まった重たい雪よりも冷たく、燃え盛る炎のように身を徐々に徐々に焦がしていくような絶望の気配。
そんな絶望に沈んでいく刹那、私の目に突然君は映りこんだんだんだ。ずっと目の前にいたのに、私には君が見えていなかった。
体中、傷と煤でぼろぼろになりながら、私の目を覗き込んで「死んでしまったのかと思った」と息を吐いた君。その姿を見て急に零れ落ちた涙を混乱しながら拭う私を見て、君は声を上げて笑ったのだ。
あの時、もしも君が笑ってくれてなかったら。私がそれを見て笑えていなかったら。私は今もあのどろどろとした暗闇の中で一人震えていたのだろうか? そう思うと、私は背筋がぞっとする思いを禁じ得ない。
だからこそ、私は君に感謝しているんだ。あの瞬間に私を取り巻いていた真っ暗な世界に、微かな光が差したのだから。
今も逃避行は続いているけど、それでも君に気が付くより前のように何一つ分からない暗闇ではない。それに、君のその温もりが傍にあるなら、私はどれだけでも耐え抜いて、立ち向かってみせる。
君は私の唯一の支えなのだから。
序章は、主人公を取り巻く裏事情の中心部にいる人物の独白となっております。
リメイクではありますが別作品と言ってもいいくらい大幅な改稿になっておりますので、前身作をご覧になった読者様に置きましても、よろしければご一読くださいませ。
※作中における各種知識に関し、なるべく正しい情報に基づいて描写する心づもりではありますが――もし誤った部分や誤字脱字などお気づきになりましたらご指摘いただけますと幸いです。