魔女
僕は再び一人での旅を始めました。彼女が死んでしまった事に対しては受け止めきれないものの、村に戻らなければいけないからです。村で待つ家族に会って彼女の事伝えなければいけないし、胡椒も無事に送り届けなければいけない。
僕を信用して送り出してくれた村の人たちを裏切るわけにもいけません。僕はこの仕事を達成したあとにやらなければいけない事があるのですから。
そして、僕は無事に村へと辿り着きました。村の人達はよく無事に帰ってきたと喜んでくれました。もちろんお母さんも喜んでくれています。僕は旅先での出来事を家族に伝えます。妹と出会ったという事は伝えましたが、僕達の恋路の話は伏せました。僕が彼女を殺した様なものです。そんな事は言えません。
僕は仇敵を、かつて僕が生まれた村を滅ぼした奴らを滅ぼしに行く事をお母さんに伝えます。僕が生きている理由は奴らに復讐を果たす事のみなのです。
お母さんは、もうそんな事しなくても良い。死にに行くだけだと言いました。義父は引き止める事はしませんでした。実の息子でも無い僕を引き止める理由も無いそうです。妹も同じような事を言います。お母さんだけは泣きながら引き止めてくれました。「お願いだから行かないで」と。僕の気持ちはもう復讐しか残っていなかったのです。僕はお母さんに言い放ちます。
「知らないね。僕はお母さんと再開するまでは一人で生きてきたんだ。僕の事は僕が決めます。関わらないでほしい」
お母さんは、僕の言葉を聞いて何も言えなくなってしまった様でした。僕はそんなお母さんに背を向け、一人、仇敵達のいる村へ向かいます。
居心地の良かった村を離れた僕は自分の得物を準備しなければいけません。魔剣の類さえあれば一人でも復讐を果たす事が出来るかもしれない。僕は復讐を果たす為に魔剣を探す事にしたのです。魔剣を探すと言っても何処にそんな物があるのかは分かりません。僕は何年も探し続けました。
そんな時、妙な噂を耳にしました。僕の住んでいた村が壊滅したそうなのです。僕は復讐を果たすまで村に帰る気はありませんでした。お母さんや、その家族達の無事を祈りつつ僕は魔剣探しの旅を続けます。
魔剣の噂は聞けどそれ自体には辿り着くことができません。歯痒い気持ちを抑えながらも魔剣を探します。
色々な村や街を巡りながら魔剣探しをしていたある日、とある村で魔剣を作れるという魔女が存在するという話を聞く事が出来ました。僕は情報を頼りに魔女の住む森へと入って行きます。
魔女が住むと言われる森は人の出入りを拒むように草木が生い茂り、夜になると魔獣の咆哮が聞こえてきます。僕はこの森の雰囲気に畏怖の念を抱きましたが、こんな事に恐怖を感じているようでは復讐を果たす事などできないと自分に言い聞かせ、森を奥へ奥へと進んでいきました。
何日も何日も森を歩き続けます。どのくらい森で過ごしたのか分からなくなってきた頃、濃い霧の広がる土地へと辿り着きました。視界などほとんど無い状態で、いくつもの石に躓いたり、段差で転んだりをしながら進みます。そして、濃い霧を抜けたその先に一軒の小屋を見つけた僕は誰かいないかと小屋を覗きました。
小屋の中には一人の若い娘がいます。その娘は何をするわけでもなく虚空を見つめているようにも見えました。僕は一言挨拶をし、小屋の中へ入ります。小屋の中は装飾物でいっぱいでしたが、どれも不気味な雰囲気を醸し出しています。僕は、この娘こそ魔女に違いないと確信しました。
しかし、僕が何度も声を掛けてもこの娘は反応しませんが、ふとした時、僕はこの娘に見られている様な気がしました。僕は何度もこの娘の瞳を覗き込みましたが、微動だにしません。焦点の合っていない瞳。吸い込まれそうな澄んだ瞳に僕の顔が写し出されます。その時に見えた僕の顔は怒りと憎しみと焦りにまみれた様に見えました。
僕は自分の顔がすごく醜く見えます。それもそうでしょう。僕は今、復讐の為だけに生き、復讐の為だけに自分の得物を探しているのだから。
ずっとこの娘の顔を眺めていると、どこか身に覚えのある顔をしています。どこで出会ったのか……僕は昔の事を思い出そうとしました。しかし、思い出せません。長年追い続けた魔剣の事は頭の中には無くなっていました。
僕はすごく阿呆です。一つの事を考えると別の事を忘れてしまいます。僕はどうしてここにいるのだろう。僕は今まで何をしてきたのだろう。僕はこれから何をすれば良いのだろう。僕は何の為に……生きてきたのだろう。
思い出すのも嫌な幼少の頃の記憶から、一つ一つ紡ぎ出していきます。殺された村の人々。僕を奴隷の様に扱い嫌がらせをしてきた母親代りの人。彼女を殺して、本当のお母さんを探す旅に出た事。死んだと思っていたお母さんが生きていると教えてくれた占い師……
僕は思い出しました。この娘。たった一度、旅の途中で出会った占い師です。しかし、この占い師の姿形はあの時と変わっていないように見えます。
「貴方はずいぶんとお変りになられたようですね」
あの時と変わらない口調で占い師が僕に話し掛けてきました。占い師は僕の全てを見透かしている。そんな気がしました。
「そうだね。あれから何年もの月日が流れたんだ。変わらない人間なんていないさ」
虚空を眺めていた占い師は僕と目を合わせました。占い師は可哀想な人を見るような目で、哀しそうな瞳で僕を見つめ言いました。「貴方が望むのならば、私は何も言いません。貴方の道は貴方だけのものなのだから」と。
占い師はそう言い終わると禍々しい剣を僕に渡してくれました。この剣を受け取った時、僕の復讐心が僕の身体中を駆け巡るように走っていったように思えました。これこそが僕の探し求めていた魔剣なのでしょう。占い師に礼を言おうと顔を上げた時、占い師の姿はどこにもありませんでした。