8日目
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八日目
「イセ殿、アール殿、私は明日ファハーンに行きますが、よろしければ私と共にファハーンに行きませんか?」
昨日、アミルから夕食の後に自室に呼ばれ、そのような提案を受けた。伊勢としては願ったりかなったりである。ちなみに今日の夕食は魚料理であった。
「それは良い、是非ご一緒させてください!」
「それと、アフシンから聞きましたが新しい水車の提案をしていただいたとか。早速、村の大工と相談して作らせる事にします」
「ああ、あの程度でよろしければ…」
日が変わって翌日の、朝である。
アフシンらに別れのあいさつを告げる。昨日のうちに世話になった礼としてアミルにメモ帳、3色ボールペン、石鹸、シャンプーとリンスを渡しておいた。同行はするが、キリの良い所で礼はした方がいいと思ったのである。
アミルからは礼の礼として、伊勢とアールの服を貰った。伊勢は普段着1着を、アールは普段着2着と上等な余所行きの服である。不必要に目立つ事もないと思うので、非常に助かる贈り物だった。
さらに、個人的な金銭が必要なのでカミソリとタバコと防水マッチ、エマージェンシーブランケットをアミルに買い取ってもらった。4,000ディルになった。一般人の一食が1ディル程度であるから、日本円にして50~80万円程度の価値はあるだろう。半分ずつ二人で持つ事にした。
オアシス都市ファハーンまでは自操車で8日の距離であった。その間、時に中継都市に宿泊し、時に街道の無料宿泊所に泊まりながらゴトゴトと進んでいくのである。
塩を積んだ7台の自操車を連ねて一行は荒野を進む。7人の御者、アミル、カスラー、伊勢とアール、3人の戦闘士、合計14人のメンバーだ。カスラーと部下の3人は騎乗であった。
早朝にファルジ村を出て殆ど休まず進み、日が沈む直前にタシーという人口5000人程度の街に着いた。10キロ程度離れた近隣の小規模魔境の資源とそこから流れる小川を地下水道で引き、それを利用した灌漑農業によって成り立つ町だ。ここから先の街道は遥かに整備されている。お尻に優しいであろう。
タシーの町は全て石造り。やはり4mほどの防壁で囲まれている。日本人からすると圧迫されるような恐ろしさがある。この町は防衛のためにわざと区画整理をしていない為、迷路のようだ。道を知らなければまず迷ってしまうだろう。
アミル行きつけの商人御用達の宿屋に泊る。アミルが適当に部屋割をした。伊勢とアールは同室であった。他意は無い。無いったら無いのだ。なんたってアールはバイクなのだから。
「あー、っつかれたー、尻が崩壊寸前だよ…」
「ふふ、お疲れ様です相棒。ボクに乗れば一瞬でいけるんですけどねぇ」
「そうだなぁ、俺もお前に乗りたいよ」
他意はないのだ。
「ボクも相棒を乗っけていきたいです」
「もう乗っていっちゃおうか?」
「乗っちゃいますか?」
―コンコン。カスラーであった。
「あーすまん、本当に邪魔してすまんのだが…飯だ。すまんな」
「どうもカスラーさん。今行きます」
「カスラーで良い。『さん』はいらない。いや、すまんな」
カスラーはドアを閉め、階下に降りていった。
「なんで謝るんだろう?」「さあ?」
他意は無いのである。
宿の夕食は干魚とくず野菜の塩スープ、バターの匂いのするナン、ドライフルーツ、であった。
ナンはうまかった。スープは…まあ、食えなくはないが、日本人からすると美味くは無いもである。舌が肥えているというのはある意味厄介なものなのだ。
ポケットからレモン汁の瓶と醤油を出して、スープの味を調えた。ポン酢代りである。遥かに良くなった。
「イセ殿、なんだねそれは?」
カスラーが興味を持って聞いてきた。
「レモン汁と、醤油という俺の国の代表的なソースですよ。大豆を発酵させ、それを絞って作ったものです。カスラーも使ってみるかい?」
敬語とタメ口が入り混じった口調で答え、カスラーに瓶を渡す。
「ふむ…ほう、これは変わった味だが・・・悪くないかもしれん。他のものにも使わせてよいか?」
ダメ、とはいえないであろう。Noを言えない日本人である。醤油とレモン汁はどんどん人の手を回っていく。なぜか関係の無い宿の客にも回っていく。伊勢の手元に帰ってきたころには空なのであった。まあ、補充は効くから良いのであるが。
夕食の後は風呂だ。宿にもあったが、外の風呂の方が大きくて良いとの事だったので、伊勢とアールはカスラーに案内され、御者数人を含めて連れ立っていった。
このあたりの風呂はいわゆるトルコ風呂である。
エッチな意味では無い。蒸し風呂の事だ。余程小さな村落で無い限りは何処でも蒸し風呂があり、伊勢は入らなかったが当然ファルジ村にもあったらしい。
風呂は熱を逃がさないように半地下式の厚い壁に覆われた構造になっている。
外見はそっけないが内部は思いのほか綺麗だった。入口は外階段を上がった二階だ。主人に入場料を払って中に入ると、休憩所ではイスとテーブルが並べられ、コーヒーや茶や水タバコが楽しめるようになっている。喫茶店や庶民のサロンのような感じである。壁は漆喰が塗られており、海と白い山脈の絵が描かれていた。
奥の廊下を進めば半地下の一階に下りる階段がある。男湯と女湯にわかれており、脱衣所と蒸し風呂と涼しい水風呂の三室からなる風呂であった。脱衣場の壁には森の絵画が描かれている。
蒸し風呂には壁に穴があり、そこから蒸気と熱が出ていた。カスラーに聞くと、奥の小部屋で奴隷が熱魔法を使って水を沸かしているとの事。ここでも魔法、エコである。ふと見上げると天井を赤白青の小さな色タイルで幾何学模様に飾ってある。美しいものだ。
こうして蒸し風呂で体を温め、水風呂から水汲んでかぶる(入ってはいけないらしい)、これを交互に何回か往復してからあかすり奴隷に胴のヘラで垢をかき落とさせるのが入浴方法だとか。どう見ても痛そうである。絶対に皆、気持ちよさそうなフリをしているだけのやせ我慢であると思う。
伊勢はとりあへず、水風呂の隅でシレっとシャンプーを使うだけにしておいた。
伊勢が風呂からあがって二階の休憩所に戻ると、アールが濡れた髪のままでコーヒーを飲みながら待っていた。なぜか沢山の女性に囲まれている。
「おーお待たせ相棒、『どうなってんだ?なんだいこの女の子たちは?』」
後半だけ日本語に変えて聞いてみた。
「おかえりなさい相棒『なんかシャンプー分けてあげたらこうなりました』」
「お姉さま綺麗」とか聞こえてくる。まあ、シャンプーを分けてあげたせいではなかろう。十中八九アールの外見が宝塚だからであろう。
「アール…まぁ何だ、がんばれ?」 「相棒?」
伊勢は違うテーブルに座り、カスラーらとコーヒーを飲みつつタバコを吸う事にした。
この世界のコーヒーも又、地球と同じように苦いものであった。
「相棒?…え?あなたは何でそんな所を触るんですか?あれ?!」
苦いものであった。