一年と119日目
一年と119日目
三千騎以上の騎馬が行軍すれば、自ずと土煙が上がる。地平線まで平らな荒野で、隠しきれるものではない。隠しきれないと分かっているなら、精々利用してみるだけだ。
キルマウスは騎馬を横に広げ、土煙を上げさせ、大きな軍勢であると敵に誤認させる作戦に出た。これで逃げればそれが一番良い。他の諸侯軍や第4帝軍と合流して敵を叩けば良いのだ。
部隊は徐々に近寄っていくが、どうやら逃げる気は無いらしい。モングが動き出す気配は見て取れない。
キルマウスが右手を上げた。副官の…伊勢が名前を思い出せないナントカさんが号令を出すと、太鼓が鳴らされて部隊が密集した。拡散していると命令が届きにくいし、各個撃破されやすくなるので寄せたのだろう。馬の脚は速歩だ。
「ダール様!敵が逃げないのでぶつかってくるでしょう。そのまま一当たりして抜け、ヴィシーに入る事になりそうです!良いですか!ヴィシーに入るのが最優先です!」
副官のナルスが声を張り上げてダールに怒鳴った。周りの馬蹄の音がうるさくて声が届きにくいのだ。一度はぐれたら自分の隊をさがすのは大変だろうと思う。もしかしたら意外とその辺はアバウトなのかもしれない。
敵の動きは大まかなところでは見える距離になってきた。やはり、隊をまとめてこちらにぶつけてくる気だ。敵の騎馬部隊が陣形を整えるためか、ごそごそ動いているのが見える。
伊勢の眼はなかなか良いのだ。
どうやら中央部分には比較的重装な槍騎兵が、左右に身軽な軽騎兵が配されるような気がする。中央の重装騎兵でこちらの動きを止め、左右の騎兵を側面と後方に展開させて、金床と鉄槌をやるつもりだろうか?こちらも全軍騎兵なのだから、簡単には行かないだろうが…。
そもそもキルマウスは正面から戦う気などさらさらないのである。彼の考えはヴィシーに入り、城を守って援軍を待ち、最後にやってきた援軍に合わせて挟撃する事だ。オーソドックスで間違いのない戦術だと伊勢は思う。
ゆえに、当然敵は事前に入城を妨害してくる。敵からしたら、入城を許せば半ば以上負けなのだ。
伊勢が含まれるダール隊は左翼に位置している。軽装騎兵と軽くぶつかるか、それをかすめるようにしてヴィシーに入るのが最善に思える。重装騎兵とはあまり当たりたくない。伊勢とアールの組み合せは、乱戦では不利になるばかりであろう。周りは背が遥かに高いのだ。アールは二輪なのだ。
怖い…。
これは…無理だ。
乱戦になってしまえば、個人の武勇もクソも無い。体に馬をぶちかまされた記憶が、伊勢の脳裏を何度もよぎった。あれは、交通事故と同じだ。バイクに乗ってあんな事故に突っ込んでいくとは…正気じゃ無い。どうにか上手く回避しないと…。
「相棒、馬を調達してそれに乗ってください」
アールも伊勢と同じことを考えていたらしい。
「お前はどうすんだよアール」
「ボクは走ります」
「ダメだ。お前が死ぬ」
人型のアールの脚は遅い。バイクになると無人じゃ走れない。体重が200キロもあるから馬にも乗れない。伊勢とセットでいるしかないのだ。
「ボクは…大丈夫です」
「ダメだ」
この『大丈夫』は初めての嘘っぱち大丈夫だ。ヘタクソめ。伊勢にはバレバレだ。伊勢は相棒なのだ。
馬の突進や馬上槍を何度も受けたりすれば、間違いなくアールだって死んでしまう。交通事故と同じだ。アールといえども耐えられないんだ。
…正直に言って後ろに下げてもらうしかない。
「ナルス殿!」
伊勢は隊の副官ナルスに向けて声を張り上げた。
「応!」
「俺とアールの組み合わせは、馬群のぶつかり合いに耐えきれん!相性が悪い!下がらせてくれ!」
伊勢の言葉にナルスは即座に納得してくれた。あきらかに伊勢とアールは周りの馬と比べると小さすぎるのだ。マトモな頭を持っていれば誰だって無理だと分かる。
「わかった!ダール様も共に!」
「私は嫌だ!下がらな…」
「言う事を聞いてください!!」
ナルスの怒鳴り声に、しぶしぶとダールは従った。憤然と顔を赤くしている。
伊勢とアール、それにダールは馬群の間を抜けて、隊の後方に移動した。
ダールはぷりぷりと怒っているが、伊勢にはそんな事にかかずらっている余裕はない。戦端がもう開くのだ。なんとしてでも生き延びなければならない。死ぬわけにはいかないのだ。
後方に移動してしまうと、敵の動きは全く見えなくなってしまう。見えるのは味方の馬群と土煙ばっかりだ。後方を動く伝令の動きと、なんとなくの雰囲気で戦況を予想するしかない。
「ダール殿!」
「なんだっ!」
頭にきているから、言葉づかいも忘れてしまっているらしい。ガキが!
「頭を冷やして観察しろ!…多分、敵の右翼とぶつかりそうな感じだ。敵は両翼に軽騎兵を置いているように見えた。数の面で敵主力はこいつらだ。重装騎兵は中央で俺達の突進を受けとめようとしてるとおもう。
…俺達は多分、敵右翼の軽騎兵の中を抜けていけそうだ!矢に注意しろ!」
「わわ、わかった!」
さっきまで激怒で赤かったダールの顔は、今は恐怖で真っ青だ。それが普通だ。あたりまえだ。まだガキなのだ。
伊勢の目も、これ以上ないほどかっぴらいてしまっている。体じゅう冷や汗まみれだ。グローブの中は汗でドロドロだ。戦いは、怖い。歯がカチカチ鳴りそうになるのを、食いしばって我慢する。
これ以上怖がったそぶりを体にさせたら、歯止めが効かなくなってしまうから。怖いけど、怖くない振りをしていれば、それなりに動けるはずだ。多分そうなのだ。
「相棒!相棒は絶対ボクが守ります!」
アールが伊勢にそんな事を言ってくる。バカ野郎と思う。お互いさまだ。
「バカ野郎。お互いさまだ!」
頭のタガが緩んでいるので、そのまま声に出してしまった。本当にバカ野郎だ。
「ふふふ、そうですね」
「ああ、そうだ。はは」
そうだ、笑うのだ。無理やり笑うのだ。ビビっていても、そうすれば気持ちが楽になる。人間の体はそういう風に出来ている。気持ちが楽になったと感じたのなら、もうこっちのもんだ。気のせいで十分だ!
「はははっあはははは!ダール殿!笑え!気持ちが楽になるぞ!あははははっ」
ダールはギョッとした顔で伊勢を見ている。狂ったとでも考えたのだろうか?まあ大差はない。
「お前らみんな笑え!あははは!」
周りの兵が、少しずつ、はははと声を出し始めた。やがてヤケクソな哄笑になった。――アハハハハ!
―うおおおおお
吶喊が上がり、突撃が始まった。
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「うおおおおお!」
さっきまで笑っていたバカどもも、今はいくさの雄たけびを上げている。後はもう突っ走りながら、当たる敵をぶっ殺していくだけだ。
隊の速度は大分緩んだが、止まらずに前進していく。敵に、こちらの突撃は阻止できていないのだろう。いける。
バラバラと、五月雨のような矢が降ってきた。なんてことは無い。大してくらった奴もいないし落馬した奴もいない。左側から撃たれているようだ。
伊勢たちの左にいた騎馬隊が、弓兵を抑えるために離れていった。これでダール隊が最左翼である。戦場が少しは良く見えるようになった。
思った通り、こちらの騎兵隊は、敵の軽騎兵と重騎兵の隙間をこじ開けている。敵右翼の軽騎兵は、初撃でなかば壊れてしまったらしい。こちらの左翼が相手をしているのは小部隊で広く動き回る軽騎兵だ。たぶん、粉砕された部隊の名残みたいなものである。
「ダール殿!怪我は無いな!」
「大丈夫!」
ダールは声を限りに叫び返してきた。これなら大丈夫そうである。
「弓隊くるぞっ!」
見ると、100人ほどの弓騎兵隊が、敵の後方からわかれて、こっちに向かってきていた。これを抑えるのは…この隊だ。
敵は見る見るうちに近づいてくる。隊の前方から順に、兵士個人の判断で矢が撃ち込まれた。
「相棒!」
「平気だ!」
こっちの兵が何人か落ちて、向こうの兵も何人か落ちた。伊勢の体にも矢が当たったようだが、痛みは無い。ダールも無事だ。
敵はかすめるようにダール隊を通り過ぎる。後方に回り込もうとしたが、こちらの矢の猛射に耐えきれずに、半円を描いて戻っていった。
その後、急に部隊の速度が上がった。疾走し、どんどん街の城壁が近づいてくる。
どうやら突破したか、敵が阻止をあきらめたらしい。戦端が開いてから10分も経っていないと思う。騎馬戦闘というのは展開が早いものだ…
――ウワァァァァァ
歓声が聞こえてきた。
ヴィシーの住民が叫んでいるのだ。街が丸ごと燃えているような歓声だった。
城門を、くぐった。門の左右にヴィシー兵がいるのが見えたので、彼らが敵の後方を襲ってくれたのかもしれない。
城壁の内側、街の中を適当な位置まで進み、隊は止まった。伊勢はアールから降りてダールの元に歩いていった。
「ダール殿、副官に会い、キルマウス様に報告を」
「わ、分かりましたイセ殿。イセ殿はけがの手当てを…」
「ええ」
ダールは負傷兵を気遣って、治療を指示してきた。彼も顔色は悪いが、すぐに指示が出せるとは、思った以上にしっかりしている、と伊勢は思った。
「アール行こう。怪我人の治療を手伝おう。応急処置くらいなら俺達で十分出来るからな。消毒液もあるし」
「相棒…」
「この国の医療はまずいからな…俺達で治療してやった方がマシかもしれないな」
「相棒、脚に矢が…」
ふと伊勢が下半身を見てみると、左足の太ももに矢が刺さって、貫通していた。レザーパンツの裾からは血が滴っている。
アールの顔は真っ青だ。彼女の顔を見て、ああ失敗した、と伊勢は思った。




