一年と36~49日目
1年と36日目
「相棒、思いのほか良い家ですね」
「おう…俺の予想のはるか斜め上を行った。中身は殆ど空っぽだけど」
家が完成した。
純白である。実に良い見た目の家である。見た目にはこだわらなくて良い、と大工には言ったが、外壁には全面に漆喰をぬるので、新築なら綺麗になってしまうのは仕方ないらしい。色タイルで飾ってないだけだ。
真っ白な家に、窓にはアールがチートで作成したポリカーボネートを嵌めてあるので、外から見た感じは実にシンプルかつ瀟洒である。ガラス窓自体が極めて高価だし、採光のために壁に鉛で埋め込んであるのが殆どで、完全に透明な窓を嵌めている家などこの家の他にはない。この点が一番目立っているポイントかもしれない。
一階は土間の厨房と伊勢の部屋とアールの部屋。変な構成だが、伊勢は作業場に近い部屋が良いし、アールは体重が二百キロを超えているので上の階でない方が良いのだ。気分的にそうらしい。
二階は居間、三階は各自の寝室、このような構成になっている。離れに風呂も作った。
作業場兼ガレージ兼実験室は家の隣に併設されており、研究環境もこれでだいぶ改善できたというものである。
費用は8万5千ディルかかった。金はギリギリである。『誉』とガラスペンの売上でようやく足りたという所だ。来月まで本気で金が無いので、ファハーン魔境に狩りに行かねばならないだろう。
しかし…
「引っ越しを手伝ってくれたのは良いが、コイツらはなぜ勝手にバーベキュー場を作ってんだ?」
ファリドとビジャンがかまどを作っている。
「相棒、ボクが許可しましたヨ。ここでバーベキューをやりたいそうなので。良いですよね?」
それなら問題ない。
「おいお前ら、どうせならもっと具合よく作ってくれ。これじゃ座らないと食べにくいだろ?もっとレンガ積んで腰の高さまで高くするんだよ。そうすりゃ歩きながらでも食べられる。ドーム状の蓋を用意すればセシリーの作るアメリカンスタイルのバーベキューもできるぜ?」
「……わかった…ふただな…」
「流石は兄貴だ!バーベキューの達人だぜ!」
意味不明な称号を受けてしまった伊勢である。喜ぶべきかもしれぬが、あまり嬉しくはない。
「他のみんなは片づけ?」
「はい相棒。みんな個人の荷物は殆どないので、実験関係の諸々を。マルヤムさんは作業台を作ってますヨ」
相変わらず器用なババアである。それにしても長い間アミルの店で荷物を預かってもらえたのは助かった。石鹸の実験も問題なく始められそうだ。まことにコネはパワーである。
しかしアミルはまだ帰ってこないのだ。
帝都の政治的な状況も聞いてみたいし、新ネタも売りたいし、できれば蜂蜜の状況も聞きたい。
まあ、新幹線でちょちょい、というわけにはいかない異世界事情なので仕方ない所ではある。
「アール、セシリーの劇の方はどうなの?」
伊勢はアールとセシリーがやっている劇作について聞いてみた。これは伊勢は全くタッチしていないのだ。本当は凄く気になるのだが、助けを求められない限りは、できるだけ口出ししないようにしている。
「セシリーも悩んでいましたが、いい形で書けそうです。パクリと言えばパクリですけど…相棒とボクも同じようなものですし」
「はは、だな。俺ら丸パクリだわ。はは。…ああ、魔石バーナーは例外だな」
「ですね、ふふ」
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1年と38日目
「何これマルヤム…すげぇ。大体もう良いんじゃないか?売れるレベルだと思う。」
「旦那、これでいいのかい?多分こっちの方が良いよ?」
マルヤム・ザ・スーパー・ババア、のおかげで伊勢一家の経済状況が一転して改善する気配が出てきた。伊勢が帝都にいる間、彼のおいていった実験計画書に従ってコツコツとマルヤムが実験をしていたおかげで、あの石鹸が出来ているのである。空気中で保管すると言うのがポイントだったのかも知れないが、できているのだから問題はない。
配合したタルクの滑りにより、今売られているものと比べても、肌触りはこちらの方がはるかに上である。
「マルヤム、給料アップしよう。1日に4ディル」
「旦那!気前が良いねぇ!」
食事と住居付きで、ババアに1日に4ディルというのは、この世界では破格の待遇なのである。普通なら1ディルでも御の字なのが異世界クオリティだ。
「よし、マルヤム。それとロスタム。残った部材で条件をもっと詰めるぞ?あと、香りづけに薔薇の香油を貰ってくる。何処で入れればいいか、どの程度の量が良いか、石鹸の出来に影響しないか、そんな所を見極めるんだ。」
「はい師匠」
「あいよ、旦那」
いい返事だ。伊勢は楽しくなってきた。
いいぞ。
こういうのが、良いんだ。
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1年と41日目
伊勢とアールは久しぶりにファハーン魔境に来ていた。バーナーの売上金が入ってくる来月までは金が無くて苦しいため、おこづかい稼ぎである。意外と切実なのだ。
今は昨日の夕方に仕込んでおいた罠を確認して歩いているところ。ビジャンの罠と比べればできが悪いが、機能はそれなりに果たす。こういう細工に関しては、アールの方が伊勢よりもはるかに器用だ。悔しくなんて無い。
「おお!棘猪がかかってる!」
その名の通りヤマアラシの猪版のような魔獣だ。草食に近い雑食だが、とても気が荒い為、戦闘士に駆除が求められる魔獣の一種である。ちなみに美味い。
「相棒!、メスならコイツは売らずに持って帰りましょう!」
やはりアールもそのつもりのようである。オスの棘猪の肉は臭いが、メスなら最高なのだ。すでに二人とも、頭の中は食い気が支配している。
槍では、罠から万が一外れた時に危ないので、伊勢が矢でとどめを刺した。運良くメスだ!すぐさま森から引きずり出して首を割き、腹を割き、内臓を取り出す。これをしないと美食アカデミーの偉い人に怒られる。これが美味しく食べる為の鉄則である。
「よし次に行こう!」
周囲の適当な木を切ってソリを作り、猪を乗せて、これをアールが曳いていく。男としては何だが、非力な伊勢は涙をのんだ事にして周囲の警戒である。
警戒は常に厳としなくてはいけない。伊勢の探知魔法は便利だが万能ではないのだ。相手がこちらを視認した上で悪意や敵意を持ってくれないと、伊勢は感知する事が出来ないのである。互いの偶発的な遭遇などはどうしようもないのだ。
その日の成果は棘猪一匹と魔狼一匹、裸緑猿6匹だった。急いで帰って、料理するのだ!
「よし、ロスタム。燻製小屋を作るぞ!」
「はい師匠!」
昼過ぎにファハーンに家に帰って来た伊勢は疲れも見せずに、燻製小屋なるものを作り始めた。とは言っても、穴を掘って、その周りに家の外壁を作った余りのレンガを積んで、木の棒をわたし、上を板でふさいだだけ。実にみすぼらしいが、機能は満たす。たぶん。
「ロスタムよ、燻製というのはな水分の除去と煙の殺菌成分で保存性を良くした食べ物だ。菌については分かるな?」
「はい師匠、発酵や腐敗や病の原因になる小さな生物です」
「そうだ。ウイルスとはまた別だな。…そして覚えておくべきなのは、ベーコンという料理だ。今から作る。あいや…まあ…塩に漬けるから1週間後かな?ならば今日はトンカツだ!」
「トンカツ?!」
トンカツ。伊勢が1年以上食べていないトンカツである。パン粉は作った。小麦粉はある。卵もある。油は石鹸用の大量のオリーブオイルがあるので、それを利用。料理人は鉄人(バイク的な意味で)アール先生。
「うまい」
とても、うまかった。惜しむらくはトンカツソースと辛子が無かった事だが、これはまあ後で作れば良い。ウスターソース作りというノルマが一つ増えたと言う事だ。レモンと醤油で食うトンカツもまた、最高である。
「ロスタム、うまいか」
「はい師匠!!」
「そうか、覚えておけ。これがトンカツだ。この世の中で12番目にうまい料理だ」
「絶対忘れません!!」
「アール、おかわりを頼む。今日は死ぬまで食う」
「はい、相棒」
アールの炊く白米も美味い。
最高の夕食であった。
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1年と49日目
最近は親父の鍛冶屋にも、弟子が多くなってきた気がする。奴隷もいるが、親父の場合は扱いが弟子と変わらないので、伊勢には違いが分からないのだ。まあ、いい事なのだろう。どっちにしろ大した差はないのだ。
「で、親父、時間の余裕が出てきたかい?」
「余裕はねえ。だが前よりマシだ」
魔石バーナー『誉』の注文はすでに100台を超えた。とりあへずはこのあたりで減速するようだ。また新たな街に行って売れば、いくらでも売れそうではあるが。
「『栄』の注文は、もう取らせても大丈夫か?誉の改造型で共通部品も多いから問題ないと思うんだけど…」
「ああ、注文取れ。それとノギスはまだ売らねえ。まだ精度が良くねえ。…俺だけが作れても仕方ねえからな」
「わかった」
『栄』は誉を小型にして、応答性よく、扱いやすくしたものだ。火力は弱いけど、ワークの小さい細工師や、溶けやすい金細工などには、こちらの方が向いていると思う。製造元価格は一万三千ディル。誉よりだいぶ安く抑えている。このうち千ディル強が伊勢の取り分だ。
ノギスに関しては、測定器具なので精度が大切。親父もその辺に妥協せずに、製法を模索している。
「親父、この魔石バーナーにポスターを作ろう!」
「なんだ、ぽすたぁってのは」
「紙にコイツの絵と売り文句と仕様と親父と俺の名前を乗せるのさ。『魔石バーナー誉、その炎は全てを溶かす。バーナーはパワーだ!』とか書いて、売り子が配るんだよ」
親父はピンと来ていないようだ。まあ仕方が無いだろう。
「まあ、俺に任せとけ。悪いようにはしないよ親父」
やっぱり、魔石バーナーは面白い。
「じゃあ、そんなとこで。それと親父、コイツは俺が作ったベーコンだ。あぶって食うと酒が進むよ」
「ああ、コイツは良いな」
親父には適当に休んでもらわないといけないからな。




