6日目
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6日目
朝。5時前である。
空はまだ、ほの暗い。日本の6月であれば朝5時は充分に明るいが、ここでは日本とは季節が違うか、あるいは南半球なのだろう。
アールは外で朝食を作っている。
大したメニューはできない。日本から持ってきた食材以外にはないからである。ご飯、乾燥ワカメの味噌汁、サバ缶、それだけであった。
手際は悪い。生まれて6日。初めて作る食事なのだから仕方が無いのである。
ご飯を炊くのは一度失敗した。焦げてガビガビになったので地面に埋めた。これは二度目のトライであった。
アールの知識は相棒の伊勢の記憶を元に形成されているが、実際の所、生後150時間も経っていないのである。手際の悪さもいたしかたないのであった。
コンロの火にかけた飯ごうのふた手を置く。バイクだからやけどはしない。振動がしないのを確かめると、火から外して逆さにして地面に置いた。
水を入れたアルミの子鍋を火にかけて、温めた。
沸騰直前に出汁のもとを入れ、乾燥ワカメを入れてから味噌を溶かした。改めて沸騰するのと同時に火を弱めた。
サバ缶はそばで燃やしていた焚火の近くに置き暖めておいた。
次に、アールは近くにあった人抱えもある岩を持ちあげて、平らな面が上になるように向きを変えた。食卓にするのだ。
驚きのパワーであった。さすが147馬力のバイクである。
作った料理を岩の上に並べ、ふふふ、と幸せそうに笑った。
初めて料理を作って、相棒の役に立てる事が、アールにはとても嬉しかったのだ。
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「相棒、あいぼー!起きてくださーい。あーさでーすヨー!」
「あ、うぅーん。ああ、おはようアール」
「はい、おはようございます。ご飯出来てますヨ」
伊勢は眼を覚ますと、枕元のペットボトルから水を一口飲んだ。ハンドタオルを濡らして、顔と首筋を拭いた。
体の痛みは殆どなかった。万全である。
「おー、ご飯できてるじゃん!!アール作ってくれたんか!ありがとなぁ!」
伊勢は歓声を上げた。異世界に来ても白米と味噌汁を食える幸せ。そして朝食に食べる久しぶりの和食である。感動したのである。
「どういたしまして、ささ、食べてくださいなー」
アールはいそいそと箸で飯ごうの蓋にご飯をよそった。自分の分も少量を中蓋に盛る。味噌汁は鍋からマグカップに移した。
「「いただきます」」
食べた。
ご飯は少し芯が残っていて硬かったし、味噌汁は辛過ぎた。
でも、とても美味しかった。一気に食べてしまった。
「アール、ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末さまです。えへへ」
伊勢にとっては久しぶりに他人の作ってくれた朝食であり、アールにとっては初めて誰かにふるまった料理であった。
タバコを吸いながら、ちょっとのんびりした。
朝日がアールの黒髪に光っていた。
伊勢はコーヒーを飲みながら、少し見とれた。
ご飯の残りはおにぎりにしてアルミホイルにくるみ、昼飯にする事にする。
さて、出発準備である。
飯ごうと鍋を砂で磨いて、テントをたたみ、バッグとパニアケースにしまった。
伊勢にとってキャンプはなれたものである。手際良く作業を進めてあっという間に荷物をまとめてしまった。
「さて、じゃあ行くか。パニアとサイドバッグどうすんだ?手で持っていくのか?」
「ふふふ、見ていてください…」
意味深に笑うと、アールは荷物を両手で抱えて自分の腹に押し付ける。数秒すると、腹部が銀色の液体になって、バッグをのみ込んでいった。
まさにファンタジーであった。
「おふぅ…御見それしましたアール先生!」
「どうだ参りましたか、明智君!思う存分に褒めてくれてもいいのですよ!はっはっは!」
などと下らないやり取りをしながら、出発と相成ったのであった。
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こうしたサバイバルの知識が無いため、どこに進むべきか正解がわからない。少し迷った末、海沿いをしばらく移動してみる事になった。荒野の内陸部を走っていくのは不安だったからである。
伊勢とアールは砂浜に向かう緩やかな崖を降りていた。
アールが前、伊勢が後ろとなり、ゆっくりと斜めに降りていく。アールは200kgを優に超える体重があるため、浮石を刺激して起こる落石に注意しなければならないからであった。まさに巨漢系女子である。
「ふふふ、相棒…見ていてください」
砂浜に降りると、アールがまたそう言って不敵に笑った。このパターンが若干気に行ったようである。ノリである。
両足を抱えるようにしゃがみ込んだ。数秒すると銀色の塊になり、さらに十数秒すると徐々にバイクの形を取り始め、一分ほどで見なれたGSX-R75○が荷物をキレイに搭載した形でそこに鎮座した。それはまさにファンタジーであった。
伊勢は眼を見開いて絶句である。
「ふふふ、まだ終わりませんヨ?」
バイクのどこからかアールの声がすると、さらに二分ほどかけて、ハンドルが高くなり、フォークが伸び、タイヤの形状が変わり、スイングアームの形状が変わり、ステップの位置やシート形状も変わってオフロードっぽい形状になった。
「すごいっすアール先生!正直、濡れました!」
「ふむふむ、もっと褒めてくれていいのだよ明智君!でも濡れるのは簡便してください」
下ネタは禁止のようである。
「ほら、乗ってください相棒。行きましょう!」
「おう!」
伊勢は跨った。ヘルメットをかぶり、グローブをはめ、エンジンをかける。
二人は太陽を背にして走り出した。
アールの走りは本格的なオフロードバイクから比べても遜色のないものだろう。もはやオンロードバイクとは言えない謎バイクである。ファンタジーバイクである。
二人は砂浜と海の境の部分、濡れて締まった砂の上を時速40キロほどで走った。伊勢にとっては砂浜を走るのは初めてだったし、新しい体にも慣れていない為に不安が強かったが、アールの補助のおかげか意外に簡単に走る事が出来た。
波もほとんどなく穏やかだ。 薄茶色の砂浜、空の青、海の蒼。陽光に波がキラキラと煌めいて反射している。小さな小さな雲が風にたなびいている。ベンチレーションから吹き込む風は、若干の塩味。ほんのりと湿った、涼しい風である。後で体と革ジャンを拭かなければならないだろうが、それは後で考えよう。
ふと、後ろを振り返る。所々を並みに消されたタイヤ痕が、緩やかに弧を描いて視界の続く限りどこまでも伸びていた。
「相棒?」
「なんだいアール?」
「どうですか?」
「最高」
伊勢は答えた。
アールは嬉しそうに笑った。
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さすがにずっと砂浜を走り続けていたわけではなく、岩場になる所などでは迂回もしたり、高台に上って周りを見たりしたが、人の姿は確認できなかった。
そのたびに休憩して、12時ごろにおにぎりとカロリーメイトで昼食を取った。伊勢の新しい体は燃費が悪いようである。と言うよりも、以前のチビガリボディの燃費が良かったと言うべきであろうか。いずれにしても異常に腹が空いていた。ちなみにアールの昼食は砂浜に落ちている流木である。伊勢の食べたおにぎりとカロメの食べカスは流木のかけらと一緒にタンクの給油口に入れた。伊勢としてはタンクに変なものを入れるのは心理的に非常に抵抗があるが、アールが大丈夫だと言うのだから大丈夫なのであろう。気にしたら負けなのである。
午後3時を過ぎ、さすがにちょっと飽きてきたころに、砂浜に水路を見つけた。
「おいアールこれみろよ。なんかあるぞ!」
「これは何かの何かですね。行ってみましょう!」
水路は幅1mほどでU字型をしているおり、浅いものであった。満潮であれば海水がのぼってくる程度であろう。今は底のあたりに海水がひたひたしている程度だ。
二人はアールに人型をとらせ、水路をたどってみる事にした。
と言っても、たどるまでの事もなかった。振り向けば水門である。初のザ・人工物。伊勢は第一異世界人とのコンタクトへの期待に震えるのであった。
水門は単なる石の枠に板をはめ込んだだけの単純なものである。横の水路横の傾斜を乗り越えて奥を覗いてみた。
塩田であった。
水門の向こうで数人の男が、塩水溜まりで塩をかき集めていた。
中東系の整った顔立ちをした若い男たちであった。
眼が合った。
ファーストコンタクト。ファーストコンタクトである。
「ナ、ナイスチューミチュー」
先んじて挨拶すべし、と心が逸るままに、英語で話しかけてしまった。
外国人と見れば英語で話しかける日本人メンタリティが出てしまった。
あせり過ぎである。バカであった。
「なちゅっちゅ?どこの人だ?あんたら」
おう、なんと言う事か!相手の男の口から出た言葉は聞いた事のないものであったが、意味がはっきりとわかるのである!
「ああ、すいません、こんにちは」
おう、なんと言う事か!多少たどたどしいが、伊勢もこの言葉を使えるではないか!陽子さんに感謝である。
「おう、こんちわ。どうした兄ちゃん姉ちゃん。変わった格好してんな?」
まずい。自分たちのストーリーを全く何も考えていない伊勢である。こんな所でライクアローリングストーン式にファーストコンタクトをゲットしてしまうとはサプライズ以外の何物でもないのである。
「あ、ああ、ええと…船で…」
適当に喋ってみた。
「ああ、船で来たのかい。 親方ー親方ぁ!なんか船で客人が来たよーっ!!」
第一異世界人の若人が叫ぶと、奥の方にいくつか並んでいる石で出来た小屋から男が出てきた。
40歳くらいに見える痩身の男であった。日焼けした尖った厳しい顔をしている。
伊勢は手をあげて男に会釈した。
「おう、お客人たち。こんにちは。こんな所で珍しいね。船は何処だね?海岸に付けているのですか?」
顔に似合わず、男は意外とフレンドリーであった。
「どうもこんにちは。あいや、あの…それが置いてかれてしまいまして…」
「なに?!おいてかれたぁ?」
「は、はあ…」
「まあ、中で話を聞こう。女性もいるしな。まあ入ってくれよ」
「はい、ありがとうございます」
そういう事になった。
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親方が出してくれた素焼きの椀に注いだ水を飲みながら、伊勢はなんとか話をでっち上げた。
故郷の国ではある一定の年齢になると諸国をめぐる旅に出る場合がある。それで船に乗ってやってきた。そんな話である。荒唐無稽である。
「ほほう、旅に。それは大変ですなぁ。そちらの女性は奥さんですかな?鎧を着ておられるが」
親方は伊勢の話を信じた。奇跡である。
「いやですわ奥さんだなんて親方さん」
「あ、いや、妻ではなく相棒みたいなものです。こら、アールも微妙に変なリアクションするな」
「ご従者、ですかな?いずれにしてもあなた方の恰好と話し方を見るに、それなりの御身分のある方のようにお見受けします」
伊勢は普通のサラリーマンである。否、元サラリーマン現在無職のプーである。親方の完全なる勘違いだが、伊勢は変に侮られるよりはいいと思い、申し訳なく思いながら訂正しない事にした。こういう汚さもサラリーマンには必要なのである。そういうことにしておくのである。
「身分などと…今は一介の旅人。申し遅れました、伊勢修一郎と申します。こちらは相棒のアール」
「アールです。宜しくお願いします」
「私はアミル・ファルジャーンと申します。この塩田から北4サングにあるファルジ村の村長にして塩商人です」
「ほう、村長殿でいらっしゃいますか。…よろしければアミルさん、村で一泊の宿をお願いできますでしょうか?」
「もちろんでございます。イセ殿。夕方には皆、村に帰りますのでその時まで塩田を見るなりして時間を潰してください。よろしければ案内も致しましょう」
「「ありがとうございます」」
と、いうことで夕方まで塩田を散策する事になったのである。
この塩田は、汐の満ち引きでプールに水を引き込み、それを揚水水車で水密プールにくみ上げ、乾燥地帯特有の天日で蒸発させて塩を得る仕組みだ。得た塩は、一瞬だけ海水にさらして苦汁を溶かし出してから、レンガの上に広げられて乾燥させ、麻袋に詰められるのである。
生産性はかなり高いらしい。伊勢が一日に出来る塩の量を聞くと、最大2000ポルとの事であった。500mlのペットボトルをアミルに持たせてみると、大体1ポルである、との事だったから、日産1000kgの塩を作っている事になる。つまり毎日30トン以上の海水をくみ上げて蒸発させているのであった。
さて、4時になると男たちは台車に荷物を積み、帰り支度を始めた。
台車には馬もいなければ人が曳く所もない。箱型の荷台があり、前部に粗末なイスが一つ付いているだけのものである。
「さ、イセ殿。乗ってください」
「これは?」
「自操車ですが?さあ出してくれ」
アミルが前部のいすに座る御者に号令を出すと、馬も人も居ないのに木のきしみをあげながらゴトゴトと動き出した。
「うおお、なんですかこれは?!勝手に動いてる!!」
「え?自操車ですが…御者が魔法で動かしていますが…ここアルバール帝国では普通の乗り物ですがお国にはありませんか?」
「私の国には、こういうのはありませんね…自動車といって似たようなものはありますが…魔法ですか…私の国にこういう魔法はありません…魔法…魔法ですか…すげぇ…ははは」
伊勢は驚愕した。驚きのあまり笑えた。
魔法である。ファンタジーである。陽子さんは地球と似たような世界と言っていたが、どこが似ていると言うのか。ファンタジーではないか!
伊勢は一服して心を落ち着けようとタバコに火を付けた。
「ええっ?なんですかそれは!!」
「え?ああ、タバコとライターですが…火を出す道具です」
「凄い!!火を出す道具!!見せてください!!」
今度はアミルが驚く番である。伊勢から金色のタンヒルのライターを受け取り、つけ方を教えてもらって火をつける。シュボッ…
「凄い!こんなのは見た事が無い!!」
伊勢とアミル、驚愕しあっている二人にアールは置いてきぼりである。
魔法よりもライターよりもファンタジーバイクである自分の方が遥かに凄いのに何をそんなに驚く事があるのだろうか。訳がわからぬ。驚きの基準がわからぬ。とりあへず景色を見よう。
「4人しか乗ってねぇのになんか重てぇな…車輪でも壊れたかな?」
そんな御者の小さなつぶやきに、そっと目をそらして景色を眺めるアールなのであった。
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一時間ほどでファルジ村に着いた。
ファンタジー自操車は人が歩く速さよりほんの少し早い様であるから、おそらく6キロほどであろう。つまり1サングは1.5キロくらいだ。
300戸ほどの村だった。漁業と製塩と放牧とデーツ(ナツメヤシ)の栽培、その他若干の農業で成り立っている村なのであろう。村の周りには堀が掘られ、4mほどの高さの城壁がめぐらされている。「大したものだこの城壁を作るのは大変でしょう」、と聞く伊勢に対して「魔法で作りました」とアミル。まさに魔法さまさまなのであった。
伊勢とアールはアミルの家で井戸水を使って水浴びをして旅の埃を落とすと、家族を紹介されて歓待を受けた。
アミルは普段は北のファハーンというオアシス都市で暮らしているので、ここに来るのは年に数回とのこと。商人として大分手広くやっているらしい。たまに現場を見に来て、自分の原点に立ち返るために、このファルジ村に帰ってくるのである。
当然、家族も主にファハーンの町に住んでおり、ここには三男が管理の為に詰めている。三男は寡黙で実直そうな男で、いつもにこにこと笑っている。
異世界に来ていきなり裕福と思われる男と出逢う事が出来て、伊勢は幸運に感謝した。このような歓待に恐縮する伊勢に対して、アミルは「遊牧民の国であるから旅人をもてなすのは当たり前の事」と告げた。まあ打算は当然あるだろうが、それは伊勢とアールも同じである。いつの世も一番大事なのはコネなのである。
歓待の席には、アミル、三男アフシン、三男の妻フィラー、護衛長のカスラーが出席した。
使用人の老女が食べ物を盛った陶器の皿を盛ってくる。羊肉のミルクスープ。ナンのようなパン。麦の粥。レーズンバター。豆のトマト煮。デーツ。メインには巨大な羊肉の塊であった。各自が床の上の薄い座布団に座り、その前のじゅうたんに皿を広げるスタイルである。
全員に皿が行きわたるとアミルが代表して祈りをささげた。
『唯一にして至高なる神よ。我が戴くこの糧は至高なる神の肉、このワインの一滴は神の血。我が糧に我が血、我が肉となる至高なる神の肉体をお分けいただきました事にこうべを垂れ、深く深く感謝いたします。』
普段の言葉であるアルバール語ではない祈りの言葉であった。
祈りを終えると、アミルが羊肉を切り分ける。これは席に座る長の役目である。分け前を分配する、と言う意味があるのだ。伊勢、アール、アフシン、フィラー、カスラーの順で皿を渡された。正確な序列があるらしい。
「「いただきます」」
伊勢とアールは日本語で小さく言って、木のスプーンとフォークで食べ始めた。
「ほう、『イタダキマス』と言うのはイセ殿の国の祈りですかな?」
「はい、命を提供してくれた食材と、それを用意してくれた人に感謝を述べる言葉です。我が祖国である日本でも神は万物に宿るとされていますから、食卓の糧に神を見る先程の祈りの文句と根っこは同じかもしれませんね」
「ほう!祈りの意味を!バール古語がお分かりになるか。これは教養のあるお方だ!」
「は、はぁ、カタコトですが」
やべ、不味かったかな…、と伊勢は思うが、もう後の祭りである。男が一度口に出した言葉は引っ込められないのである。
「イセ殿の祖国はニホン、と申されたな?よろしければニホンの事をお聞かせ願えますかな?」
「はい…そうですね。ここから海を渡った遠い遠い所にある巨大な島国です。場所は詳しくは言う事ができません。2600年前から続く血統を持つ皇帝が象徴となって国を治めています。まあ公称2600年で、実際の所、血統の連続性が担保されているのは1500年ほどですが。
70年近く前の戦争で300万人以上が死んでからは戦争は起こっていません。戦後復興してからは基本的には平和で豊かな国です…まあそれが幸せと直結するかは分かりません。どんな社会でも様々な問題がありますし、個人でも・・・色々ですからね。
後は…「モノをつくる」、という事を美徳とし、それに関して優れた国であり民族です。私もモノをつくる仕事をしておりました。」
苦労しながら考え考え、喋ってみた。アールは隣で凄い勢いで何枚もナンを食べている。伊勢にしてみれば少し小憎たらしいものであった。
「ほう、寡聞にもニホンという名前を聞いたことは無かったですが、随分と強大な国のようですな…して、イセ殿はなぜ旅の目的地にアルバールを?」
「実は私がアルバール帝国を目的地に選んだわけではないのです。送りだした方がここを選んだ、と言うのが正しいですね。私も教育されてこのあたりの言葉はしゃべれますが、実際はここが何処だかもわからないんですよ。送りだした方はそのうち戻れると言っていましたがどうなる事やら…」
「深い事情がありそうですなぁ」
「まあ、あまり聞かないでください。良くある、ちょっとした家の事情と言う奴です。32歳にもなってお恥ずかしい話です。」
「「「32歳???!!!」」」
黙って聞いていたメンバーも含め、アール以外の全員がそこに食い付いた。アールはすごい勢いでスープを飲んでいる。小憎たらしいものであった。
「32歳とは…失礼ですが二十歳にもなっていないと思っておりました…」
いやいやそれはない…と言いかけてふと思った。目覚めてから、まだ鏡で一度も顔を見ていないが、もしかしたら若返っているのかもしれない。
「あー、私の国の人間は若く見られる事が多いのですよ…はは」
とりあへず誤魔化すしかないのである。
「失礼ながら…もしかしてアールさんも三十路を越えていたりするのですか?」
三男の嫁のフィラーさんが聞いてきた。戦慄の顔をしている。
「ボクは生後150時間くらいですヨ?」
「150時間??」
「あー、えーと…19年くらいです。だよなアール」
アールは黙ってうなずく。フィラーさんを中心としてなぜかホッとした空気が流れた。
「それにしてもアールさんの髪はお美しいですねぇ。どのような手入れをなさってるんですか?」
「ん~、洗うくらいで特に何かやっているというわけではないですヨ」
アールの髪は一種のカーボンファイバーである。手入れもクソもないのだ。
「イセ殿、その体と腰に佩かれていた剣を見て察するに、たいそう武芸が達者ではないかと推察するが?」
と、今度は護衛長のカスラーである。三十過ぎの精悍なイケメンであった。やはり商売柄、武芸や武器が気になるのであった。
「ええ、一応身に付けた、という程度のものですが…もう随分昔から振っていないのでなまりきっていますね」
「いや、その体はなまっているようには全く見えぬ。俺も戦闘士として興味が尽きん。良ければ明日、軽く立ち会わぬか?」
イヤイヤイヤイヤ、戦闘士だか何だか知らぬが、プロの方と立会なんかとんでもない事である。伊勢は救いを求めるかのようにアミルに目を向けた。
「ふむ、それはよい。イセ殿、私からもお願いします。カスラー、稽古をつけてもらいなさい」
蜘蛛の糸は無残に断たれた。カンダタは落ちるしかないのである。
「イセ殿、では宜しく頼む」
「は、はい。稽古をつけてもらうのは私の方になると思いますが…お手柔らかに…」
やれるだけやってみよう…半ばヤケクソになった心境で伊勢はそう思うのだった。
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