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異世界ツーリング  作者: おにぎり
第一章~異世界
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1日目~5日目

――――――――――――――

一日目

 


「アバー!!アバー!!アババー!!」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いたいたいたたたっちいいいいいああああ……………

 

 電灯のスイッチを消し、またすぐ点けたかのように、意識が戻った。そしてまたすぐに消えた。

 全身を貫く痛みに、脳がシャットダウンしたのである。


「アバー!!アバー!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いああああああああ……………


 目覚めては痛みで気絶し、また痛みで目覚めてはさらなる痛みで気絶する。

 すでに伊勢に時間の感覚は無い。しかし痛み以外の感覚が皆無であるため、その痛みは永遠の責め苦であった。

 

 ―ああ、やっぱり事故って身体めちゃくちゃになったのか…伊勢は朦朧としながらそう思い、また気絶した。


「アバーババババ……」  


 ――いつしか、気絶しなくなった。全身の痛みは続いている。特に頭がぶん殴られるように痛い。眼を開けてみようかと思い、まぶたに力を入れてみるが、涙と目ヤニでくっ付いたようにあける事が出来ない。ふるふると震えた。


「気が付きましたか?相棒」


 少し低めの女の声がした。伊勢は声を出そうとするが、喉がからからに乾いており、カフゥ…、と訳の分からない音を出すのが精いっぱいだった。

 しばらくすると眼を濡れたタオルで拭われた。眼を開けて、ぼやけ切ったピントを苦労して合わせる。

 長い黒髪の女が伊勢を上から見下ろしているようだった。


「もうしばらくの辛抱ですよ、相棒。がんばって。水、飲みますか?」

 

 口に水を含ませた小さな布を入れられた。ちょっと吸った。旨かった。


 伊勢はなんだかすこしだけ安心して、今度は普通に眠りについた。



 

 また、目が覚めた。眼を開けてみる。

 (テントだ…寝袋の中?なんだこれ?どういう状況だ?)


 体の痛みは殆ど良くなっていた。重度の筋肉痛程度のものだ。頭も重いが大丈夫。思考能力もある。体を確かめてみた。手を握り、足先を動かしてみる。

 (よし…動くし感覚もある)

  事故で半身不随とかでかい後遺症は負っていないようである。ほっとした。「あ、あー、よし。喋れるな」かすれてはいるが声も出た。


 痛みに耐えて、動きにくく違和感のある体を起こし、寝袋から出てみる。ふと、手を見る。

 

 「なんじゃこりゃあ!」

 

 某名作TVドラマの名シーン張りの驚愕であった。

 伊勢の記憶にある、男にしては華奢で小さかったデスクワーカーの手が、ごつごつしたデカイ肉体労働者のがっちりとした手に代わっていた。

 急いで寝袋から出て、全身を確認してみた。ロンTだけを着ていて、下は丸出しであった。

 

 「なんじゃこりゃあ!!!」

 

 デカイ。

 165㎝50kgのチビガリだったはずの自分の体が格段にがっちりしている。プロ野球の一番バッターでもやっていけそうな、アスリートの肉体であった。

 胸は分厚く、四肢は太く長く、肩は筋肉が盛り上がっていた。見事な肉体である。


 伊勢は一分ほど驚愕した後、ニヤリ、と笑った。歓喜である。コンプレックスが解消されたのである。ヨーコさんマジ神様!、と心の中でつぶやいた。先程まで痛みにのたうちまわっていたのに現金なものである。こういう所は単純な男である。


「ってまてよ…って事は、夢なの?現実なの?」


 伊勢は混乱しつつ違和感のある体を無理やり動かして、テントを開けて外にまろび出た。


 目の前は低い灌木とブッシュがわずかに生えているだけの、砂漠であった。

 ぐるりと振り返ると、眼下には海が広がっていた。日が大きく傾いていた。

 10mほど離れた岩陰から、腰まである黒髪を海風になびかせ、白い鎧を着た、美女が出てきた。背が高い。180cmはありそうだ。手には大量の流木を抱え、ゆっくりと歩いている。

  

「おー相棒。おはようございます。パンツはいてください」


 伊勢を見て、美女はのんびりとそう言ったのであった。




―――――

5日目


 パンツをはいたり、水を飲んだり、体を拭いたり、ヒゲをそったり、火の準備をしたりしているうちに、日が暮れた。

 真っ暗にはならなかった。都会人にはわからないが、満月に近い月明かりは意外なほど明るいのである。月明かりで本だって読める。

 日が落ちると、気温は一気に下がってきた。

 バッグをあさってフリースを引っ張り出して着る。心配されたサイズは伊勢の新しい体に合わせられていた。さすがヨーコさん、サービス満点である。

 

「先程はいきなりヘンなもの見せてすいませんでした。で、申し訳ないですがよろしければ状況を教えていただきたいのですが…」


「おい相棒!ボクにそんな丁寧な口調はやめてください。ボクと相棒は相棒なんですヨ!」 


 そう言って、美女はプッと頬を膨らませてむくれて見せた。

 相棒?何を言っているのだろう、この美女は。伊勢には訳がわからぬ。

 しかし、180センチを超えるであろう陸上選手のような均整の取れた高い身長と、切れ長の眼をしてシャープな顎の怜悧な顔立ちなのに、少し幼い口調とコロコロと変わる表情は、ある種のミスマッチな魅力であった。専門用語で言う所のギャップ萌えである。


「ボクは相棒のバイクですヨ。バイク。GSX-R75○ですヨ」


「え、マジで?」


「はい。マジです」


「え、じゃあやっぱ全部ホントなの?夢じゃないの?」


「はい。全部ホントですヨ。夢じゃないです」

 

 とりあへず、ホントなのだろう。今一つ頭が上手く働かない伊勢であったが、そう言う事にして話を進める事にした。


「ボクと相棒が転移する時にヨーコさんから意志を貰ったんです。ヨーコさんとそういう話だったでしょう?あ、ラーメン作りますね。サバ缶もありますヨ?」 


「あ、うん。サンキュ。そか、お前、俺の愛車か。えらくカッコいいハンサム美人だな。俺のR750のイメージ通りだ」


「ふふふ、やだ美人だなんて、ありがとうございます」


 肩をすくめて嬉しそうに笑った。素直な奴である。こういう素直さは、良い。


「名前は?」


「まだ無いですけど…相棒が付けてくれませんか?」


「うーん、R75○だからアール、ってのは?本当は男の名前だけどさ」


「うん!それでいいです!嬉しい…ふふ」


 とても嬉しそうである。素直な奴である。


「で、アール。状況を教えて欲しいんだけど…」


 アールは今までの事を説明した。


「はい!今日で転移してから5日目ですよ。こっちに来てすぐ相棒が倒れてしまったので、ボクの方でなんとかテントはって、水と塩だけ与えながら様子見てましたヨ。周りは砂漠で何にも見えないですし、助けを呼びに行くのも出来なかったから。」


「あー、なんかすごい痛かったんだよね。今は大分マシだけど。何なんだろうね。肉体改造の結果かなぁ…」


「うーん、ボクは何ともなかったので分からないですねぇ…。まあ、相棒が元気になってボクは本当にうれしいです!!」


「迷惑かけたみたいだなぁ。すまん。水とかは意識なくても飲めてたんだ…ん?どうしたの?」


アールがモジモジしていたので、疑問に思い伊勢は聞いてみた。


「謝らないでください!あー、水分とかは…あの…その…ペットボトルでお尻から…」


「…ああ…、そう…ですか…それはまたなんと言うか…ありがとうございます?」


「あ、いや…あの…どういたしまして?」


伊勢はインスタントラーメンを食べながら聞いていた。二袋目であった。食事時のお尻の話に、ちょっと切なくなった。


「ところでアールは食わなくていいのか?ガソリンとかないけど、大丈夫なの?」


誰か相手が目の前にいるのに自分だけ食事をするというのは変な気分である。出来れば一緒に食べたいものだと伊勢は思った。


「ボクは食べなくても大丈夫なんです。バイクですから。

 一応この姿でも食べられると思いますけど…この姿はなんと言うか漫画で言うゴーレム?みたいなもんですから。

 ガソリンや車体、食料や水の原料として、その辺の草でも木でも鉄でも何でもタンクに突っ込んでくれれば、それを原料に全て合成できますヨ。必要な元素さえ入っていればいいんです。」


実にエコである。

その後、アールが説明した所によると、原料さえあればバッグやパニアケースの中身も合成でき、中身を含めたバッグそのものを『日本から持ってきた状態に戻す』事も出来るらしい。というか、補充すると戻ってしまうらしい。これらの仕様については、後々,色々と確認が必要であろう。


「そか、まあ食料が無い時はともかく、そうでないときは食べられるなら俺と一緒に食べよう。その方が俺も嬉しい」


「はい!」


「よし、じゃあ明日俺がマトモに動けるようなら、二人で探索してみるか。人のいる所に出ないとな。お前の服も買わないといけないし。」


「はい!そうしましょう!」


 いい返事であった。


「じゃあ、アール。そろそろ寝よう。お前どうするんだ?」


「ボクは寝る必要は無いので大丈夫ですよ。バイクなので。シュウさんはゆっくり休んでくださいね」


「……ああ、お前がそう言うなら。じゃあ明日は5時には起こしてくれ。おやすみ相棒。明日からよろしくな!」


「はい、相棒!!」


 初めて言葉を交わすと言うのに、アールとはとても話しやすかった。昔からなじんでいる気がした。

 愛車だったからか、と伊勢は思ったが、「シュウさん」、とアールが伊勢の名を呼んだときに、気が付いた。


 アールの口調や表情は出逢ったころの亜由美に、ちょっとだけ似ているのだ。




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