144日目
144日目
ファハーンは大きい。
北東部のジャハーンギールなどとは比較にならないほどの規模である。
「師匠…何ですかこれは…」
「これがファハーンだ。40万人規模のオアシスの街だな。」
「すごいです…」
今までロスタムの生活圏はほとんどプーリー村だけだった。80人しかいない小さな小さな村であった。
ファハーンの壮大な城壁は、ロスタムにとっては化け物のように感じられる。圧迫感があり人間がつくったものとも思えない。神か悪魔の手によるもののようだ。
そしてなにより人が多い。プーリー村で会うだろう一生分の人間を、1時間で見てしまいそうだ。ロスタムはくらくらした。
「ボクも人が多くて最初は感動しましたヨ。さあ着きました」
街中を走った小型自操車は、無事に彼らの家に着いた。ちなみに御者はマルヤムである。
「これはひどい」
「なんにも無いですヨ。相棒」
「イセ君!やられたね!」
「師匠…大丈夫ですかこれ…」
「おやまぁ…見事な仕事だねクシシ」
泥棒であった。徹頭徹尾、泥棒なのであった。
家の中を見回ってみると、家具と食器、鍋や包丁、服などはすべて持ち去られている。慈悲は無い。
ただし、アールがひそかに床下に作った『大切なものボックス』(アール命名)に入れた金や、ノートや、描きためた絵などは無事だった。
大切なものボックスはアールにしか開けようの無い、非常に重い石で蓋されているから無事であったのだろう。鍵(物理)は正常に作動したのだ。
これが盗まれたら大変なことであったから、一同は全力で脱力した。
「…とりあえず…大丈夫だ。マルヤム、片づけを頼むよ。これで鍋と食器の買い物も頼む。レイラーは家まで送ろう。それからアミルさんの所と鍛冶屋の親父に挨拶する」
ロスタムが自操車を動かして、まずはレイラーの家に行った。
都会で運転するのが初めてなロスタムはおっかなびっくりである。この世界でも若葉マークが必要であろう。
「ただいま帰りましたお父様」
「おお!レイラー!さあ話してくれたまえキミ!おおイセ君!ご苦労様だったね!アール君も!」
レイラーの父のベフナームは相変わらずである。小さくて丸っこくて、一生懸命である。
「お父様!素晴らしい知見が得られましたよ」
「そうかね!さあ研究室に入ってくれたまえ君達!」
「いや…まだこの後に行かなきゃいけない所があるので…ああ、紹介します。こいつは俺の弟子のような何か、そんな感じのロスタムです。」
「は、はじめまして、ロスタムと申します」
ロスタムは緊張しているようだ。都会も人も、初めてづくしな上に、偉い学者に会ったのだから無理は無い。
「私はベフナーム・モラディヤーン。ファハーンの知恵の館の館長にして学者だ。君は運がいいねぇ!イセ君の弟子になるとは!私と交代しないかね!」
伊勢はベフナームが図書館の館長などとは初めて聞いたが、日本人的スルースキルを駆使して黙って流した。ロスタムを見ると、伊勢を驚愕の目で見ている。何を思ったかなんとなく見当はつくが、伊勢はそんな上等なものではない。過剰な期待は小心者の伊勢としては、やめてもらいたいものである。いつか失望の目で見られる未来図を想像してしまうからだ。
「さあ君達!研究室に入りたまえ!」
「いや…まだこの後に…レイラー、ベフナームさんに新たなる数学、微積分について教えてあげて…」
「そうお父様!微積分と言うすごい数学が!力学に対する新たな知見もあるのですよ!」
「それは何だね?!」
伊勢にとっては二回目の、アールにとっては初めての訪問だったが、研究部屋に連れ込もうとするベフナームの誘いを何とかいなし、席を立った。
玄関で見送ってくれる執事のキルスが、また少し痩せていたような気がした。
「師匠は…すごいんですか?」
レイラー達の家を辞して、自操車に乗りこむときにロスタムがアールに聞いた。伊勢にばっちり聞こえている。本人のすぐそばで聞くのはどうかと思うが、これも日本人的スルースキルを駆使する事にした。
「相棒はすごくは無いですヨ。でもちょっとだけ感心する事も多いですヨ」
さすがアール。妥当な評価である。伊勢と言う人間はその程度のものなのである。
「すごくはない。俺はこの国の人間じゃないから、他とは違う事を知っているだけだ。」
スル―できなくなって口出ししてしまった。このあたりに気の小ささが出ている。
「でも…100人の軍隊を率いていたり、3級戦闘士だったり、…今度はこんな大きな街の知識の館の館長様が弟子入りしたいって…。でも泥棒に入られてるし、家は大して大きくもないし、蜂蜜作ったりもしてるし、性格はなんか普通っぽい…」
ロスタムはううむ、と唸って考え込んでしまった。そうやって分析されると、伊勢としても自分が何なのか分からなくなってくる。ゲシュタルトだかなんだかが崩壊しそうだ。
「まあ…いいから自操車を出してくれ」
「はい」
―ガンッッ
「ロスタム君、考えながらの運転は危険だと思いますヨ」
「すいません」
弟子選びが正しかったのか、自信が無くなる伊勢であった。
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「ああ、イセ殿!アール殿!どうだったあちらは?!まあ奥に入ってくれ!」
一行がアミルの店に行くと、本人がすぐに飛び出してきて奥にいざなってくれた。伊勢らにとってもすでに勝って知ったる他人の家である。
「ところでこの子供は…」
「ああ、こいつは俺の弟子的な雰囲気のする何かそういう奴でロスタムといいます。ここに使いに出す事もあると思うんでよろしく」
「はじめまして、弟子のロスタムと申します」
ロスタムは先程ベフナームに挨拶した時よりは落ち着いているようだ。
伊勢はまずアミルの心配している事を片付ける事にした。タイムイズマネーである。
「さて、蜂蜜ですが、一言で言うとそれなりに上手く行きそうです。すでに用意した枠の間に蜂が巣を作り始めたことを確認しています。本当に順当にいけば、今年から新たな形での生産が行えるかもしれません。まあ軌道に乗るのは数年後でしょうが…もしかしたら今年、残りの二万五千ディルを俺は貰えるかもしれませんね」
「おう…それはいい…ふふふ」
「ですな…なははは」
ニヤニヤと笑い合う伊勢とアミルである。このニヤニヤが商売の醍醐味なのだ。
「問題は蜂蜜ではなく、モング族ですね。情勢が不安定になる可能性があります」
アミルの顔が強く引き締まった。商人にとって最も重要なのは地域の政治的・軍事的な安定だ。荒れてしまっては交易どころではない。
伊勢は北東部での自分の一連の体験から導き出した、かの地の情勢を伝えた。
「俺が訓練したジャハーンギールの訓練兵100名弱を率いて、ほぼ同数のモング族の偵察兵と戦闘を行いました。圧倒的に完勝しまして、モングは全滅させたんですが…問題はモングが南下してくるルートが魔境内にあるという事です。
その場所は今回の戦闘で得た捕虜から割り出したので、南下ルートを扼する形で砦でも組めばいいんですが…それでもどこかからまたやってくる可能性が…
モングの力を抑える何かがモングの後方にあればいいんですけどね。エルフの双樹帝国とかが叩いてくれると良いんですけど…遠交近攻ってね…まああの高慢エルフですしねぇ…」
伊勢がジャハーンギールでしてきた事を聞いてアミルはあきれたようだ。蜂蜜を作りに行ったと思ったらモングと戦争をして帰ってくる。アミルには何があったのか訳がわからない。
「何をやっているのだあなた方は…明日、キルマウス様の所に行かないか?2人の体験をお耳に入れたい」
伊勢としてもそうなることは予想していたので嫌は無い。親しくなった人のいるジャハーンギールが戦場になるなど、伊勢とアールからしてもまっぴらごめんである。
「わかりました。明日の早朝にこちらに来ます。それと…」
次は別件の商談だ。
「アミルさん、以前俺が言った石鹸の方、わかりましたか?」
これは以前アミルに提案したグリセリンの件だ。
この世界にもかなりしっかりした石鹸はある。臭さも無くて十分使えるレベルの硬い石鹸だ。色的にも匂い的にも、植物油と水と何かの灰かなんかを混ぜて作っているはずなのだが、この石鹸を作った後の廃液をきれいに濾して処理すればグリセリンが取れるのである。たぶんそうなるはずである。
「すまない、製法がわからなかった。作っている工房と商会が、何もかも秘匿していてどうにも出来ないんだ…」
納得である。特許もなければ知的所有権も無いのだから、誰かにばれたら一瞬でマネをされて終わりだ。対抗するには権力に結びついて利権で縛るか、ヤクザをつかうか、商人としてのマネーパワー&コネパワーで縛るしかない。仮にそれが出来る力があるのであっても、余計な情報を流さないに超したことは無いのだから、製造元は製法を全力で秘匿するのは当たり前だ。これに気がつかない方が間違いと言うものだ。
あれ?
…ん?待てよ…?
「ならばアミルさん。俺達で石鹸、作って売りますか?だって大体の作り方わかってるんですから…そんで余りをグリセリンとして使えば良い…ね?」
そう。別に他から廃液だけ持ってきて再処理するんじゃなく、最初から自分で作ればいいのだ。それだけのことだ。気がつかない方が間違いと言うものだ。本当にアホであった。
アミルの顔を見ると目をかっぴらいて絶句していた。あれ…この人も気づいていなかった。
視野狭窄とは恐ろしい。伊勢もアミルも廃液を安くもらって来ることしか考えていなかったのである。
「なんなんですかね…俺らは。…石鹸の製造について許可制だったり、販売に関して専売権が設定されていたりとかはするんですか?あるいは偉い人が国とくっついて売ってるとか?」
「いや。かなり調べたがそんな事は無かった。北部の商会が10年ほど前に売りだしたのが、この国の石鹸だ。特に製造と販売に関して許可はいらないはずだ」
プロの商人たるアミルがきっちり調べているのだから間違いは無かろう。
「じゃあその北部の商会と言うのを敵に回しても大丈夫ですか?」
「まあ大丈夫だろう。あちらは北と西、私は南か東で活動地域が違うしな。」
それなら何の問題も無いのである。
「では、石鹸作って売りましょう。これは実験します。北部の石鹸とは少し違うものになるかもしれません。もしかしたらファルジ村で作る事になるかもしれません」
どうせソーダ原料としては木灰を使っているのだろう。どの木を使っているのかは分からないが、もしかしたら海藻かもしれない。灰の供給には魔境の木か草か、あるいは海藻か…それとも自分で合成して作るか…アンモニアも無いし電気も無いし難しいか。
「で、いくらで買いますか?」
「実際に出来あがったモノを見せてもらわないと、これは値がつけられない。でも5万位で考えてくれて良い」
「それはグリセリンとは別で?別個の発明として考えてもらいたいんですけど…」
伊勢の言葉にアミルはさすがに苦笑している。伊勢としては頭の中のものを売って換金しているのだから仕方ないのだ。伊勢の売れる商品はこれだけなのである。そしてロスタムという弟子もどきもいればマルヤムという従業員もどきもいる。彼らの生活を守らねばならぬ。
「ではグリセリンについては1万で買う。良いかな?」
全部で6万。悪くないと伊勢は判断した。
「良いでしょう。先に申し上げておきますが、グリセリンを元にしてできる素晴らしいものがあります。これは500万以上の価値がありますよ?こうご期待です」
「っ!!楽しみだ…」
「それと、以前言っていた紙の製法を…」
「おおおおおおおお!」
アミルはテーブルに身を乗り出して叫んだ。すごい食い付き方だ。伊勢は少し引いた。
「え、ええと…これは大きな話になります。需要が非常に大きい。アミルさんの商会だけで対応できますか?」
「無理だ。ただ、この国で一番初めに製造を始めた名誉は手に入れられる。それで充分私の得になる」
なるほど。伊勢は理解した。
この国では名誉や名声と言うものの価値は非常に大きい。日本で考えている以上の価値があるのである。
商売は人と人との付き合いだ。名誉・名声は間接的に実利を担保するのである。
「アミルさんの考えはよくわかりました。今回の報酬も五万で結構。ただし俺とアールもその名誉に乗せてもらいたい。我々には名声が必要です。特にアールには」
伊勢が考えたのはアールの事だ。
ジャハーンギールまでの道のりにおいて、伊勢とアールは隊商の仲間と馴染む事がなかなか出来なかった。一緒に敵と戦う仲間である戦闘士は頼れる仲間として見てくれたが、他の商人や御者からすれば、人間からバイクに変化するアールは理解不能の恐怖であった。人間は何にでも理由を求めようとする。科学だって宗教だって、発端は好奇心と怖れだと伊勢は思っている。科学のみならず、宗教だって、何だかわからない現象などに、どうにかこうにか無理やりストーリーをつけて説明したものがほとんどだ。人間は、わからないもの、説明が出来ないものが、怖いのだ。
この国の宗教は、なぜか神の敵である「悪魔」というものを設定していないし、交易が広がっている事もあって比較的寛容だとは思うが、それでも人々の恐怖はすぐに排斥に繋がるものだ。戒律から外れたり、神の教えとは違う「説明」がなされれば尚のことだろう。ガリレオ・ガリレイ然りである。
伊勢はアールが恐怖されたり排斥されるなら、この国で生きていくつもりはない。ここに居場所を作らなければいけないのだ。
恐怖される前に、『異国の大魔法師』という名誉あるレッテルによってアールを説明し、名声によってそれを広げれば…
明らかに変でも、「紙や他の色々なものを作ってくれた『異国の大魔法師』なら少し変で当前でしょ」、と思われれば…それが伊勢の考えだ。
アミルは急に名声を口にした伊勢をいぶかしんだようだが、伊勢の話を聞くと大きく頷いて納得した。内心では彼も危惧していたのだろう。
「よくわかった。そうしよう。私の方でもできるだけアール殿の事を宣伝するようにする」
「お願いします。実際の製法ですが、私は専門でもありませんし、実際に作った経験もありません。大体の製法を知っているだけです。
ゆえに、かなりの実験と研究が必要になるので、素材の手配をお願いします。必要なものは後で連絡します。それと…すぐにはできない事を心得ておいてください。数か月以上は時間がかかると思います」
そのようにして商談は終わった。
「アミルさんボク達からのお土産です」
別れ際にアールからジャハーンギールのアンチョビみたいな調味料と、薔薇の香油とポプリを贈った。ポプリはいつも料理を習っている奥さんへの気持ちで、アールの自作である。
「師匠は商人なんですか?」
アミルの店から親父の鍛冶屋に向かう道すがら、ロスタムが伊勢に聞いた。
「商人では…多分ないな。俺が売ってるのは発明だ」
「発明?」
「ああ、今まで世の中に無かったモノや考え方を発明と呼ぶ」
伊勢の説明にも今一つ理解できていないようだ。無理もないかもしれない。今までロスタムが居たのは新しいものが生み出される事など無い、小さな小さな村だ。何かを自分で考えて、形にして、売りだす、という概念が無いのかもしれぬ。
小さな村では、何か新しいものや考え方で世の中が変わっていく、という事がないのだ。
「ロスタム君。相棒がアミルさんに売っているいるのは、相棒の頭の中身ですヨ。知恵です」
「ああ!」
わかったようだ。これに限らずロスタムはアールと波長が合うようだ。意外と感覚派なのかもしれぬ。
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「親父、ご安全に!」
「あ?なんの挨拶だそりゃ」
「俺の国で鍛冶屋など、怪我をしやすい仕事の仲間同士でする挨拶だよ。久しぶりだね」
「ああ」
安定のぶっきらぼうである。これが親父だ。押しても引いてもぶったたいても形状の変わらない、まんまるい硬鉄の塊のようなぶっきらぼうだ。
「で、あれはどうだった?」
「なんとかなりそうだ。夏には結果がわかる」
「そうか。そいつはよかった」
親父は嬉しそうだ。自分の作ったものが役に立つなら、それが一番職人にとっては嬉しい。伊勢はそう思っている。
「アールさん!!こんにちは!イセさんも」
親父の娘のラヤーナ。この子も変わらない。アールを見た瞬間パッと花を咲かせたような笑顔を浮かべ、一瞬してから恥ずかしそうにモジモジして、それからちょっと頑張って勇気を出しました風に、斜めから弧を描くようにつま先立ちで近寄ってくるのだ。このコンボをくらえば、若い男なら一部の特殊な趣味の持ち主以外は、抵抗する間もなく間違いなく轟沈である。弾頭は通常にあらず、だ。まことに残念な娘だ。
実際にロスタムなど既に魚雷の片舷斉射を食らった子船のようである。顔を真っ赤にして炎上している。もう駄目だ。もう終わりである。救命ボートも無い。
「小僧、お前はなんだ?娘を見るんじゃねぇ。炉に突っ込むぞ」
ロスタムから燃えあがった炎は、抑揚の全く無くなった親父の言葉で一気に消火されたようだ。少し可哀想である。
「こいつは俺の弟子のような可能性が残されている風味の奴だ。ロスタムと言う。使いに出すだろうから、覚えておいてくれ親父」
「こここ…」
落ちつけロスタム。娘に手を出さない限り、炉に突っ込まれる事は無いのだ。逆に、少しでも手を出せば突っ込まれるわけだが。
「こんにちは、はじめまして。弟子のロスタムと申します」
「ふん」
「で、親父。試していたのはどんな感じだ?」
親父に試作をしてもらっていたのは金属製のつけペンである。この国では葦の枝を削ってつけペンとして使用するが、金属ペンにできないかと思ったのだ。金属ペンなら葦のように何度も何度も削り直す必要もないし、インクの持ちも良い。インクだって今使っている膠で固めた墨を使う事が出来る。意匠性に関しても自由度が大きいから、それだけでも需要を掘り起こせると思う。工業製品でも意匠は極めて重要な要素の一つだ。
「あー、まあ書けなくはないけどよ…引っかかる」
伊勢は親父の言葉を聞いて、試作品を受け取って試してみた。
うん、引っかかる。
やはり思っていた通りになってしまった。先端が硬く鋭過ぎるので引っ掛かるのだ。問題は紙で、羊皮紙のような柔らかな紙に金属ペンでは無理があるようだ。これは文字を書くためには使えないだろう。
親父曰く、双樹帝国から輸入した高価な紙にも書いてみたが、マシになるとはいえ、やはり引っかかるとの事。難しそうだ。
「あんま良くないね親父。まあ細い線が書けるから罫線や図面を描くには良いかも知れんが…その辺の需要はあんまりないからな」
「そうだな」
「これから俺らで紙を作るが、それでもこのペンはあまり使えないかのしれん。ただ可能性はあるから時間がある時は考えておいてくれ」
「わかった。ガラスの方は紹介するのか?」
「ああ頼む。」
「それと親父、こいつはモングの兵が持っていた剣だ。2本ある。土産だ」
伊勢はあの戦闘で鹵獲した剣を出した。馬上から相手を切り裂くためなのか、大きく腰の曲がった1メートルほどの片手の曲刀である。持ち主があっという間に死んだからか、最近のものと思われる大きな傷は無い。
「おう!これは嬉しいじゃねぇか」
「ただでやるわけじゃない、職人としてこの剣を調べてくれ。向こうの技術が知りたいからな」
「言われなくてもやる。」
「ところで親父、これは俺が実験で使うんだがもっと正確な秤が……」
話し合う伊勢と親父の後ろでは、アールとラナーヤがプレゼント交換をしていた。
ラヤーナはガラスと銅で作った自作のかんざし。
アールの方は自分で書いた絵と自作のポプリ、そしておおきな陶器の徳利に入れた蜂蜜だ。
「ラヤーナさん、前よりも細工がうまくなっていますね。(例の彼に習ったんですか?)」
「(はい。秘密ですよ)」
恥ずかしそうに小さな小さな声でしゃべるラヤーナ。アールから見てもとてもかわいらしく思える。
「いいですね。とても綺麗です。とてもやさしい感じがします。」
複雑な作りのかんざしではない。二股の頭に淡い水色と乳白色のガラスが三つはめ込まれているだけだ。
でも、綺麗だ。
「ラヤーナさん。大事に使いますね。使い方を教えてください。ボクはこの髪形しか自分では出来ないんです」
アールにはあまり装飾品の使い方や髪形や衣装に関しての知識が無い。アールの知識は伊勢のものが基本になって作られているため、女性の装いに関しての知識が全く欠落しているのだ。いびつなのだ。
伊勢自身も、服は生地と自分の体型にあっている事しか気にしない為、装飾品は一切持っていない。男性はそれでもいいが、女性がそれでは少しさみしい気がすると最近のアールは思う。せっかくこの世界に来るときに貰った、綺麗なものを綺麗に思う心が、アールにはあるのだから。
「ボクは服とか、装飾品も知らないんです。よかったら教えてください」
「私でよければ是非!!」
「あ、そう言えば泥棒に入られてしまいまして、服が全部なくなったので買うか作るかしないといけないんです。良ければボクの買い物に付き合って下さい」
ラヤーナはもう信じられないものを見るような目をしている。
「じゃ、じゃあ明日の午後とかでも…」
「午後ですね。ボクがここに来ますね」
「はい!」
ラヤーナの目は陶然とし、瞳孔が開いている気がする。もう駄目である。この女子はもう終わりだ。
ロスタムはアールとラヤーナの姿を、店の商品を覗く振りをしながら密かに見ていた。
アールさんは驚くほどきれいな人だ。アールさんほどの美人は初めて見た。今までそんな沢山人を見てきたわけじゃないが、抜群に綺麗だろう。
しかしラヤーナさんは……まるで違って…ああ、ダメだ…炉に放り込まれる。ここで死ぬわけにはいかない。あの親父の目は本気だ。娘に近づいたものを殺す野獣の目をしている。問題はラヤーナさんが可憐過ぎて可愛すぎて愛おしさが…ああ、やめるんだ死ぬ気か俺は…しかし死んでもいいかもしれない…いやダメだせっかく拾った命が…ラヤーナさん…ああ…
ロスタムが操る自操車がゴトゴトと進んでいく。
結局、3軒を回るだけで1日が終わってしまった。
買い物に行く予定がパーである。
「相棒、明日の午後ラヤーナさんと買い物に行く事になりました。」
「おーいいじゃないか。ついでに俺とロスタムとマルヤムの服も買って来てくれ」
「はい相棒、そのつもりです」
―ガンッッ
「ロスタム君、考えながらの運転は危険だと思いますヨ」
「すいません」
弟子選びを本気で間違えたと、自信をなくした伊勢であった。




