51日目
51日目
鍛冶屋の親父から連絡がきた。「できた、こい」との事らしい。もちろん遠心分離機の件である。
「こんちわー」
「ああ、こんにちはアールさん!!あ、イセさんも。…アールさん今日は私の新作があるんですよ!このビーズの耳飾りなんかアールさんに良く似合……」
まあ、いつものパターンである。カウンターにいる親父の娘、ラヤーナさん。この娘にとっては伊勢はアールの付属品にすぎない。いや…この娘だけじゃ無いな…と伊勢は思い返した。
魔境から戻ってきてから、戦闘士とハンターの間でアールの扱いが、お姫様扱いのようなのである。すれ違ったりするたびに、会釈される事が多い。敬語で話される。伊勢はなんとなくおまけ扱いだ。大方、300キロ近い獅子を彼女一人で担いで運んでいた事が原因なんだろうと思う。あれはそれなりに沢山のハンターにみられた。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。親父だ。
「親父、イセだ!」
「鍛冶場に来い!!」
奥の鍛冶場から親父のどう間声が聞こえてきた。伊勢はアールを置いて、奥に入っていった。
「見ろ」
大体、良い出来である。思ったよりも良い。
構成はだいたい3つだ。バケツ部分、回転機構、蓋。それぞれ、それなりに綺麗に出来上がっている。
バケツをチェックする。当初は銅の予定だったが、木の方が安いし直しも楽なので木製にした。要するに木の樽を改造したバケツだ。
まあ漏れなければいいのだ。親父も水を入れてちゃんとチェックしている。ドレンの部分も…問題ないようだ。水がドレンから漏れないなら粘度のある蜂蜜が漏れる事は無かろう。単なる木栓でも良いのだが、まあ技術的な試しである。この辺は親父がよくやってくれてる。この世界の技術がイマイチ分からない伊勢は形状を描いただけだから、現場での詳細は親父の腕任せだ。
回転機構と、蜂の巣板を乗せるラックをチェックする。4枚の巣板がセット出来るラックだ。上から落とし込むように設計してある。今は親父に渡したダミー巣板が乗っている。
伊勢は回してみた。意外と軽く回る。回転バランスも崩れないようだ。まあ、あまり回転速度が速いわけでもないから、それほど気にするまでもないだろう…くるくるくるくる。歯車の動きは良い。ベアリングを使えないので色々心配だったが…何とかなったようだ。でも、軸受の感じは少し見なおそう。
「親父、手拭いをたっぷりの水でぬらして持ってきてくれ。試しだ」
親父が下働きに持ってこさせた手拭いをラックに突っ込んで回してみる。
びしゃびしゃと、水が外側に飛び散った。良い感じだ。
「親父、良いんじゃねぇか?モノには成ったと思う。まだ改良すべき点はあるが、こいつなら売っても問題ないだろう」
「よしわかった。そいつはアミルに出す前に直しておく。おいお前ら!拭いて綺麗にしておけ!」
親父は下働きに指示する。
「良くやってくれたな、親父。さすがだ。ところでいくらかかったんだい?」
「まあ、ギリギリだろうな。一度作ったからな。次はずっと楽に良い物を作ってやる」
「そうか、悪いねぇ…コイツはそんなに数が出るもんじゃない。数年以上はあとに、養蜂やってる各村に多くて数台ずつって所か?
他にマネする奴も出てくるだろう。申し訳ないが、あんまり儲かりはしないよ」
「面白いから良い。初めて作ったのは俺だしな」
技術屋の親父である。気持ちのいいものだ。
「でだ…親父。聞きたいんだけど、親父のところでガラス細工はどの程度できるの?」
ネタ仕込みのための確認である。ガラス細工が出来るなら色々と夢広がるのだ。
「ガラス細工なんて出来ねぇよ」
親父はあっさりそう言った。
「え?だってラヤーナちゃんがいろいろ作ってるじゃないか?」
「あれはラヤーナが勝手に鍛冶場の道具を使って、隅っこでやってるだけだ。
正直言って仕事のじゃまだが、俺には娘は追い出せねぇからな」
親父はなぜか少し誇らしげだ。微妙にかっこ良くない発言の、何処に胸を張れる要素があるのだろうか。謎である。
「そうか、なら仕方ないな。じゃあガラス職人の紹介は出来るかい?」
「できねぇ事は無い。ラヤーナの母親の弟がガラス工房で婿をやっている」
「じゃあそのうち頼む」
親父は微妙な言い回しだが、まあ聞くまい。
「あと親父、親父のところで細かい加工はどのくらいできる?例えば…鳥のくちばし状の金属に針のような穴をあけたり、髪の毛の幅の切れこみを入れるような事は出来るかい?」
伊勢は工場の地面に火箸で絵をかきながら説明した。
「難しいな…俺が魔法を使えば出来るだろうが、他の奴じゃ無理だな…」
伊勢としては、親父だけが出来ても困るのだ。出来れば超一流の鍛冶師じゃなくても作れるように、魔法を使わないでやりたい。
「そうか。でも、ちょっとやり方を考えておいてくれ。新しい筆記用具を作りたいんだ」
「ふむ、筆記用具か。ああ、いいだろう」
伊勢が考えているのは万年筆とガラスペンである。
この国では、羊皮紙に葦を削ったつけペンを使って描くのが一般的だ。インクは墨である。墨の製法は日本とたぶんそれほど変わらないだろう。油のすすを膠で練り固める製法だと思う。
ここに、なんちゃって和紙の製造と合わせて、新しい文房具を広めよう、と思っているわけである。それなりに野心的な計画であった。
万年筆はまあインクから開発しないといけないだろうが、ガラスペンなら墨汁でも使える。仮に万年筆が出来なくても、金属つけペンは出来るんじゃないかと期待してもいる伊勢である。
「ああ、親父。そのうち親父にある、あのボロい旋盤をさ、ちょっといい具合に改造しよう。他にもいくつか工作機械をそろえよう。
そのうち、それをアミルさんを通じて売っても良いと思う」
「俺の旋盤は古いがボロくない。工作機械だと?大して金は出せんぞ?」
「親父にはこれから世話になるだろうから良いさ。それでモノを作ってくれれば俺の得になる」
「そうか…ならいいだろう」
槌音が響く工場の中、思いをはせる。
この油と煤で汚れた臭い場所だからこそ、可能性が転がっているのだ。




