35日目 幕間
35日目 幕間
アールは毎日A4のスケッチブックに絵を描いている。色々な絵だ。
上手いかどうかは分からないし、恥ずかしいから誰にも見せた事は無い。色々な絵を、色んなかき方で、思うまま、好きなように描いている。
初めて書いたのは塩田の絵だった。自操車の上で揺られながら描いた。
デジカメのメモリーはバッグにしまうと初期化されて消えてしまうので、相棒がこの世界にいるうちに、たくさんたくさん絵を描いて残していこうと思っている。
昨日は自分たちが魔法の儀式を受けている所を描いた。
次はなにが描けるだろう。
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「よーし、出来た」
相棒が嬉しそうな声をあげる。描いていた遠心分離機の図面が出来たのだろう。
「出来ましたか?相棒」
アールは用意していた紅茶を持って行った。アールの相棒はあまり甘いのが好きではないので、ほんの少しだけ砂糖を入れたレモンティーだ。
「ああ、後は親父と打ち合わせしながら決めればいいさ。鎧もあるし、一服したら行こう」
「はい。相棒」
鍛冶屋の親父さんにはアールも用事がある。
相棒の為の防具だ。
アールの変形・合成チートで作ったCFRP製の小札を渡すと、親父さんは戸惑ったようだ。見ていてちょっと面白い。
その後、相棒と親父さんは遠心分離機についての話し合いの為、アミルさんの所に行った。アールは親父さんの店で待機である。
ああいう案が浮かんでくるのはすごいとアールは思う。
アールには知識はあっても経験が無い為、なかなかいい考えが浮かんでこないのだ。少しもどかしいが、相棒ならその分たくさんのモノを作り出していくと思う。
根拠は無いが、アールの相棒だからだ。
親父さんの娘のラヤーナさんが、お手製のガラスアクセをお勧めしてくる。
アールにはアクセをつけるという発想が今一つないが、ラヤーナさんの作るものは綺麗だと思う。
「ラヤーナさん、綺麗ですよね」
アールの言葉を聞いて、彼女は真っ赤になった。
「そのとんぼ玉、ちょっと見せてください。お手製なんでしょう?」
その言葉を聞いて、もっと真っ赤になった。
「ア、アールさんみたいに綺麗な人にお勧めするのは恥ずかしいんですけど、自分でも結構綺麗だと思うんです」
「うん。ボクはアクセサリーは良くわからないけど、綺麗だと思いますヨ」
ラヤーナさんは嬉しそうにほほ笑む。
「ラヤーナさんは、なんでガラスアクセサリーを作ってるんですか?」
「え、えと…」
「ん?」
「私の好きな人がガラス職人で…」
アールはちょっと嬉しくなった。好きな人の好きなものを好きになるなんて、とても良い話だと思った。
「一つください。それと、良かったら作る所を見せてもらえませんか?紙はあるので絵に描きたいんです」
「えっ?でも…私なんて…」
「描けたらラヤーナさんにプレゼントします。それとこれから作るガラス細工を交換しませんか?」
「いいですけど…紙の絵なんてそんな高価なもの…」
ラヤーナさんは遠慮したがっているが、アールは我ながら良い考えだと思った。
「ボクはお金で買うより、いいと思うんです。ね?」
「はい」
ラヤーナさんはアールにとんぼ玉を作っているところを見せてくれた。
鍛冶場の隅で、鉄を打つ職人たちの邪魔にならないように、小さくなって作ったとんぼ玉。
好きな人の事を一生懸命に考えて作ったとんぼ玉。
とても綺麗だとアールは思う。
紐をつけて、首にさげてみる。少し邪魔だけれど、いいと思った。
ラヤーナさんも嬉しそうだ。
「おい。でかいネェさん」
ドワーフさんがアールに声をかけてきた。
「お前さん、素人じゃねぇだろ。ちょっと俺の向こう槌を打ってみろ」
そう言って、大きなハンマーを手渡してきた。
「いいか?俺と気を合わせて打てよ?」
アールは良くわからないけれど、一生懸命に打ってみた。
「さすがだ…上手いな」
良くわからないけれど、タイミングを合わせて、必要な所を打つだけだと思う。
剣を一本打ち終わる頃に、相棒が店に帰って来た。
「相棒、お帰りなさい。じゃあ帰りましょうか」
「ああ、そうだな。じゃあ親父、頼んだよ」
「任せろ」
相棒は軽く手を振って、店を出る。アールもラヤーナさんとドワーフさんに手を振って店を出た。
帰りの自操車の中、相棒は静かだった。上手く行かなかったのだろうか。
「相棒?どうしました?」
自操車がゴトゴトと揺れる。
「いや、人生いろいろだな、ってさ」
「そうですか」
うん、たしかにそうだ。