32日目 幕間
投稿忘れ分です。挿入しました。
32日目 幕間
これで魔法が使えるのかな?…先程、礼拝堂で儀式を受けたものの、アールは甚だ疑問である。なにしろ彼女はバイクなのだ。人間でなくとも魔法が使えるなら良いが、いくらファンタジー世界でも期待のし過ぎは禁物だ。
「まあ、どっちでもいいですね。今日のご飯は何にしよう…」
彼女にとってはその程度のものである。基本的にお気楽だ。
相棒が図書館に行くと言うので、アールは家にかえって相棒の鎧の部品を作ろうと思っていた。変形・合成チートで、とっておきの鎧を相棒にプレゼントする。相棒の反応が本当に楽しみだった。
「バザールに寄って、今日のご飯を考えよう」
ご飯を作るのも、アールの大事な楽しみ。まだ料理経験は100回もないけど、それにしては上手だと思っている。特に飯盒炊爨には自信あり、だ。
バザールには大抵毎日通っている。冷蔵庫が無いから出来るだけ食材は毎日買ってきたいのもあるし、買い物自体が彼女の楽しみ。歩いて、店をみているだけで楽しい。
「こんにちは、おじさん」
「おう、嬢ちゃん。こんちわ。今日はなんだい?
いつもの店のおじさんに挨拶する。この国ではあまり、こういう形の挨拶が無いのか、最初は戸惑った感じになるけど、二度目からは向こうからも挨拶してくれるようになる。気持ちが良いものだ。
今日は八百屋さんでナスを買い、肉屋さんで鳩の肉を買った。ここでは鳩は結構よく食べられる食材だ。アールも割と好きである。
フルーツ屋さんで柘榴を三つ買うと、今日の買い物は終わり。値段の相場はまだ良くわからないけれど、以前よりはお得に買えるようになってきた。ビジャンさんに交渉のコツを聞いたのが良かったのだと思う。彼曰く、「……舐められたら負け…」だそうだ。
ふと見ると、バザールの近くの噴水に大きなアライグマがいた。多分、アライグマだ。
アールは近づくと、柘榴を一つあげてみた。
『お?!何だいお姉ちゃん?おいらにくれるの?』
喋った。
アライグマが、喋った。
アールも喋り返してみた。
『はい、どうぞ。ボクはアールです。あなたの名前は?』
陽子さんのチートに感謝だ。アライグマと喋れるなんて!
『おいらはニチリッチだよ!ナードラから商売に来たんだ!姉ちゃん、よくおいらの言葉が分かるねぇ!』
『あ!獣人さんだったんですね!初めて見ました!』
『そう!おいらは獣人だよ!』
ニチリッチはアールが言葉を喋れる事に、大した疑問は持っていないらしい。なんか単純で面白い。言葉は、さっか音が多くて人間だと発音がすごく難しいが、なんとか会話は出来る。
『ニチリッチさんは何の商売をしてるんですか?』
『おいらは辛い木の種を売ってる!なんかこの国の人は好きなんだって!おいらは旅が好きなんだ!獣人には珍しいんだぜ?!この前なんか双樹帝国にも行ったんだ!すごいだろ!おいらの兄弟たちもみんな旅が好きなんだ!旅好き一家なんだ!』
香辛料だ。ナードラは暑い国だから香辛料が多く取れるのだろう。ニチリッチさんは人間との会話が楽しいのか、凄く嬉しそうな感じ。
その後も、たくさん喋りかけてくれた。
夢中でニチリッチさんと話していたら、肩を誰かに掴まれた。
「おい嬢ちゃん。面白そうだな。俺も仲間に入れてくれよ」
ちょっと薄汚れた感じの若い大きな人が、アールたちの会話に入ってきた。強引で嫌な感じだけど、仲間に入りたいなら仕方ないか。
「こんにちは。こちらの獣人さんはニチリッチさん。ナードラから香辛料の商売にきてるんです」
「あ?誰に断わって商売してんだ?あ?てめえ商人なら俺の言葉が分かるよな?俺の所に挨拶がねぇだろ?!あ?!」
大変だ…何かまずい事を言ってしまったらしい。
「あの…ニチリッチさんはそんなつもりじゃ…」
男の人はアールに向き直って、ニヤニヤと笑った。嫌な笑みだ。
「おい嬢ちゃん。あんたが落とし前つけてくれるならそれで良いんだよ。ちょっと事務所までおいで。話をしよう」
『ダメだよアールちゃん!おいらなら簡単に逃げられるから!』
それじゃダメだ。誤解はとかないといけない。
「わかりましたヨ。行きましょう。『ニチリッチさん、また後でね。心配要りませんよ』」
『アールちゃん!!』
慌てているニチリッチさんには悪いけど、彼を置いて薄汚れた人の事務所に来た。事務所の中にも薄汚れた人がたくさんいた。15人くらい。
「おい、嬢ちゃん。脱ぎな」
何を言っているんだろう?アールは話をしに来ただけなのだ。小首をかしげていると、いきなり顔をぶたれた。
「脱げって言ってんだよ。もっと殴られないと分からねぇか?!」
彼らが怒っているのはわかったけど、さすがにアールだっていきなり殴られたら頭に来る。相棒も自分の身には気をつけろと言っていた。
「ボクは話をしに来ただけです。誤解を解きに来たん…」
アールはまた殴られた。話をしてる途中なのに…この人たちは…
「もう一回ボクをぶったらぶち返しますよ?」
「おう、やってみろ」
男は楽しそうに言いながら、アールの顔をまた殴った。
アールはすぐさま男のおなかをパンチした。男は壁にふきとんで倒れた。
「兄貴!」
周りにいた薄汚れた人たちが、アールに一斉に飛びかかって来たので、おなかに一発ずつパンチをした。
皆、床に倒れた。
「兄貴さん。起きて下さい。ボクは誤解を解きに来ただけですヨ。そうですよね?」
「そ、そ、そうです…」
「バザールでの商売に兄貴さんの許可が必要なんですか?」
「い、いりません…」
それなら、完全な誤解だったのだ。
「それなら不幸な誤解ですね。わかってくれたらいいんです。ボクは毎日バザールに行きます。また見かけたら、挨拶してください。兄貴さん達は、もうすこし清潔にした方が良いと思いますヨ?」
ちょっと余計な御世話かもしれないけど、アールは見ていられなかったのだ。悪い事ではないはずだ。
「わ、わかりました。綺麗に掃除します」
「はい。じゃあボクは行きます。頑張ってくださいね、あ、みなさんボクの名前はアールですヨ」
「はい、アールのあねさん…」
アールは事務所を出た。誤解が解けたので、それで良いのである。
『アールちゃん!』
ニチリッチさんが駆け寄ってきた。心配だったのだろう。
『心配要りません。誤解は解けました。…ニチリッチさん、よかったらボクのうちに遊びに来ませんか』
『行く!』
ほら、こうしていれば友人が増えるのだ。
アライグマみたいに可愛い、獣人の友人。すばらしい。
アールはとても満足だった。