20日目
20日目
アールは戦闘士協会に来ていた。
一人である。相棒は昨日の戦いの筋肉痛と打ち身のために、体を休めている。
ファハーン魔境では獲物を引き渡し、代わりに金券を貰う。その金券を換金しにギルドに来たのであった。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。えっと、アールさん」
「はい、リラーさん」
「リラーで良いですよ」
リラーは小柄な女性だ。眼だけが大きくて、他のパーツが小さい。
綺麗な娘ではないが、可愛らしくて、アールは戦闘士協会とのギャップがとても良いと思う。
「リラーさん…ああ、癖のせいで、人の名前から『さん』を抜かしては呼べません…」
「じゃあリラーさん、で」
二人でふふふと笑い合う。
可愛らしい女の娘と、長身の怜悧な美女が微笑み合っている姿など、とても珍しいものだ。しかもそれがむさくるしい戦闘士協会内で…これはひとつの奇跡であろう。
ギルド内で事務と営業をやっている戦闘士上がりの顔の怖いおじさんは、まず呆然とし、その後に少し嬉しくなった。今日は家で待つ妻と息子に、美味しいものを何か買っていってやろうと思う。
カウンター横で事務処理を待っていた3級戦闘士の男は、密かに心を寄せているリラーの笑顔に泣きそうなほど胸が熱くなり、その対面の美女の笑顔を見て打ちのめされた。もう、これ以上美しい光景を見る事は生涯無いかもしれない、そう思った。
ギルド支部長はパーテーションの陰に隠れていた。なぜかわからないがアールと言う美女を見ると、動悸がして膝が震えるのだ。胸に激痛が走る気がする。記憶にないがどこかで会った事があるのだろうか…。彼は独り、悩んでいた。
「ところでアールさん御用件は?」
「ああ、換金をお願いします」
「はい、では兌換券をお願いします」
アールは金券を出した。
「はい、確認します…え?裸緑猿62匹と裸赤狒々2匹?アールさんって4日前に登録したばっかりですよね?!」
「はい、そうですヨ?」
「それでどうやってこれだけの数を…」
そうなのだ。普通は行って帰るだけで二日潰れるのである。4日前に登録した戦闘士が、これだけの戦果を持ってこれることは、ありえ無いのである。
「どうって…ボクと相棒で森に入って殆ど槍で倒しましたヨ?」
「裸赤狒々も槍で、ですか?」
普通は遠距離からの毒矢で倒すのである。近距離戦闘は危険すぎるのだ。
「はい、ボクが槍で、相棒が剣でやっつけましたヨ。頭を噛まれましたけど、別になんてことは無いので大丈夫ですヨ」
「ええっ?!頭を噛まれたって!…でも大丈夫そうですね…」
「はい、大丈夫ですヨ?」
リラーには訳が分からなくなってきた。いままでの常識とは何だったのだろうか。
「すごいですね…アールさん魔法師かなんかですか?」
「はい、ボクはチートが使えますから…ものすごい魔法使いみたいなもんですヨ」
「えっ?!本当にそうなんですか!!…登録時に書かれていなかったものですから…魔法師と言うならこの戦果も、支部長の件も…納得です。登録情報を是正しておきますね」
「はい、お願いします」
戦闘士同士の情報交換は密である。
アールという魔法師の名前がファハーンの戦闘士の間で有名になるのも、そう時間はかからないのであった。
アールは無事に換金をする事が出来た。
彼女はそれで良いのだった。