歩兵中隊 16
本日は二話投稿します。
コレは一話目。
歩兵中隊 16
帝軍旗が煙臭い空気をはらませて、中隊の組んだ方陣に接近する。
ただの速歩だが、五百騎を超える部隊だ。なかなかに迫力がある。
帝軍本隊は方陣の西、約200ヤルの地点で停止すると、すぐさま四方に数十騎の斥候を飛ばした。
中隊の方には、5騎の伝令を先行させてきた。
伝令は大声で呼びかける。
「我らは第四帝軍先遣隊なり! 我が名はシャール・オスル・ハラユーム! 各々方は第四砦の守兵であられるか?!」
外側に向けて密に長槍を構える中隊兵士の壁が、少し割れた。
方陣の西面を担当する士官、第四小隊長のキムタクが兵士達の隙間から前に出た。。
「私はジャハーンギール第三兵団第四小隊長、ヴィスタースブ・ホライユ・ゴーラン。お待ち申しあげていた。当方の指揮官を呼ぶゆえ、しばしお待ちを」
「心得た。……たった今、激烈な戦闘を行ったものと推察するが……時に、支援騎馬隊長のジャイアン殿は?」
「10日前に、死にもうした」
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「いてて……」
「が、我慢しろ。…………ほら、ぬ抜けた。衛生兵の所で、すすぐに消毒して、縫ってもらえ」
「へへ、どうも中隊長」
ファルダードは方陣の中央あたり、青空の下で負傷兵の手当てを手伝っていた。衛生兵の手が足りなさ過ぎるのだ。支援騎馬隊も、数騎が治療用の水を汲みに東の小川まで走っている。ひっきりなしだ。
取り急ぎの確認では、中隊の被害は戦死17名、重傷29名。軽傷は残り全部だ。全体的に矢傷が多い。戦死は、最終的にもう少し増えるだろう。
全戦力の四分の一近くを失っているので、戦闘としてはかなりギリギリだったという事だ。一般的には、一つの戦闘で戦力の三割を失えば、その部隊は組織的な抵抗が出来なくなる。壊滅したと言っていい。
一番被害が大きいのはヴィシー隊だ。今では初めの四分の一まで減ってしまった。指揮官のナヴィドも死んだ。ファルダードが殺した。
「中隊長、帝軍が到着しました。使者が待ってます。」
キムタクが報告に来た。
「お? おお、行く――まマフボド殿!」
「ええ、わかりました」
マフボドは顔中に細かい擦り傷をたくさん作っている。彼は落ちつか無げに負傷兵の間でうろうろと歩きまわっていたが、ファルダードが呼びかけると、すぐに馬のもとに向かった。
ファルダードは鈍重なマフボドの乗馬を手伝い、自分もすぐに馬に飛び乗った。
2人だけで、急いで方陣を出る。外に帝軍の使者が待っていた。
ファルダードは先に呼びかけた。
「し使者殿、御苦労。びヴィシーの、まマフボド司令と、じジャハーンギールのファルダード・ホライヤーンである。急ぎ、せせ先遣隊指揮官殿に会いたい。あ案内を頼む」
「……かしこまりました。ご案内いたします。――ハッ!」
使者はファルダードのどもりに多少怪訝な顔をしながらも、すぐに馬側を蹴って馬を飛ばした。ファルダード達も付いていく。
帝軍にファルダード達が近づいていくと、二騎が馬群の中から出てきた。帝国西側の顔をした異常に鼻の大きな男が一人。もう一人は、東側の顔をした三十代後半の男だ。背はあまり高く無いが、骨はがっちり太い。
鼻の大きな男が呼びかけた。
「第四砦の指揮官殿らであられるか? 私はフシャング将軍旗下、第四帝軍第一騎兵隊長、アルサーン・サーデク・ハリーフ。我々が戦闘を引き継ぎます。取り急ぎ、状況を解説いただきたい」
味もそっけもない。実に武人らしい。
「え援軍感謝します。わ私はジャハーンギール第三兵団兵団長、ファルダード・ホライヤーン。ここ、こちらは第四砦司令、まマフボド・イブン・ウッディーン殿。
現在、て敵の兵力は600強と推定。ぜ全軍騎兵。つつい先ほど、と砦に追い込んだ所です。と砦の城門、お大型投石器は燃やしてあります。いい井戸と食料庫は、ぎ擬装して埋設。た隊舎の、や屋根も取り外して破却済み。――ろ籠城は不可能です。いい一日経てば、水不足で、う馬は全滅ですな」
ファルダードが言った途端、アルサーン隊長と馬を並べる男が哄笑をあげた。
「うわはははははは!おい、ファルダード殿!マフボド殿!素晴らしい!面白い!もう終わっているではないか!あ?!何だこれは!お初にお目にかかる。実に面白い!わははは!キルマウス・セルジャーンと申す!帝軍と合流して来た。ヴィシーでな。後で息子が来る。俺の本隊を率いてな。奴は遅れているのだ」
「ああ、あ、あなたが、きキルマウス殿ですか。い、いつぞやの皇帝陛下へのお口添えには、か感謝いたします」
「そんな事はどうでもよい。うははは!笑いが止まらん…………うわはははは!!では後でな!ファルダード殿はどもりであられるか!よいよい!どうでもよい!アルサーン殿、俺は水を補給して東側を押さえるぞ!では後で一緒に飯を食おう!ハイヨッ!わはははははは…………」
言うだけ言うと、キルマウス・セルジャーンは馬首を返して砦の方に駆けて行った。風のようだ。
帝軍とは装備の違う、70騎ほどのセルジュ兵と思しき騎兵が、馬群から離れて彼を追う。
「……」
「……」
「……では、後は包囲して、適当に降伏勧告しておけばよろしいな?マフボド殿、ファルダード殿」
アルサーンが無表情に聞いてくる。そこに若干のウンザリしたような響きを感じるのは、ファルダードの気のせいではあるまい。
「はい、よ宜しくお願いします、あアルサーン殿。我が隊への医療支援も」
「心得まいた。――ハッサン、西へ展開。アフマド、キルマウス殿を追え。ホセインは水の補給。ジャファルはモングの陣から資材を引っ張って来い。ハビブ、後ほど降伏勧告の使者を飛ばせ。残りは第四砦守兵と合流し、防御陣形を取れ」
アルサーンが端的な指示を行うと、帝軍は俄かに動き出した。流石、アルバール帝国の精鋭である。
ファルダードとマフボドは顔を見合わせて、ホッと息をついた。今この瞬間、仕事が終わったのだ。
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夜。
三日月の下で、中隊とヴィシー軍、それに第四帝軍は陣を張っている。
あれからさらに250ヤルほど砦に接近した。戦闘の残り香で魔獣が寄ってくる為、魔境からは少しでも離れたいのである。
中隊とヴィシー兵らは帝軍の用意した食事をむさぼり食って、今は休んでいる。もう、彼らの仕事は終わった。
今はモングの降伏を待つだけだ。
「うう、旨い珈琲ですね」
「確かにすばらしい香りだ」
「それだけは、こだわっているのですよ。約……18時間前に挽いた豆です」
――鼻がデカい分、香りにも敏感なのかもしれぬ。
珈琲片手にとりとめも無い事を考えつつ、ファルダードは砦を見ている。隣には同じように珈琲をすする、マフボドとアルサーン。
「よくもあんな戦術をとられましたな、ファルダード殿」
「ま、まあ、はは波状攻撃を受ければ突破されています。まあ、それならそれで、よ良かったのでね。金にはなりませんが」
「私は隊を左右に振って、砦守兵の援護射撃を受けつつ、北門から入城しようかと思っていたのですがね……キルマウス殿の言葉ではないが、もう終わっているとは思いませんでしたよ……強いですな、あなたの兵は」
普通に考えて、アルサーンの策が順当である。砦内に強力な騎兵戦力を持つ事で、攻略をあきらめさせるという事だ。砦を保持する事が当方の勝利条件であるから、戦術的にはごく普通の考え方である。
「ええ、わ我が隊は最強の歩兵と、じ自負しております。それに、特にびヴィシー兵が、な何より頑張ってくれましたよ」「そのお姿を見るに、マフボド殿も随分と奮戦なさったようだ。如何か?」
「はは……まあ、そうですかね。だが、魔獣もモングも恐ろしいですな……おや?」
「――さて、来ましたぞ」
三騎のモングが砦から出てきた。極々ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
東側のセルジュ兵と帝軍兵から20騎程が飛びだし、三騎を取り囲んだ。そのまま、本隊に護送してくるようだ。
「やれやれ、私の指示など必要無いな。キルマウス殿が全部やってくれる」
「はは……」
本隊の陣から100ヤルほど離れたところで、モング達は馬から下ろされた。念入りに武装の有無を確認され、縄をかけられた上でファルダード達の前に引っ張られてくる。キルマウスは、その後ろをせからしく付いてくる。
三人のモングは、実に淡々としていた。堂々とはしていないが、悄然ともしていない。扁平な面に無表情を張り付けている。事務的な感じだ。一人が片手に首をぶら下げている。
「アルバール語は話せるのか?その首は何だ?」
アルサーンが問う。ファルダードは彼に交渉を任せた。
「すこし、はなした、アルバールご。かしら、これ、くび。かしら、オドンチメグ・フンビシ、なまえ」
首をぶら下げたモングが、一歩前に進み出てこたえる。
そいつは自分たちの大将の首を地面に放ると、アルサーンの前に蹴り出した。ファルダードの眼には、大将首は40歳くらいの頬のこけた男に見えた。
「ふん。モングらしいな。実にモングらしい。面白くも無い。バカめ」
キルマウスが半眼で吐き捨てた。
「降伏するという事で良いのか?」
「まけた。かつ、できない。いきる、よい。しぬ、ない。よい」
「砦の外に馬を出せ。武器も城壁から外に、すべて投げ出せ。その後に一人ずつ歩いて出て来い、武器と鎧は無しだ。」
「わかった。うま、でる。ぶき、でる。ひと、でる。ひとり、ひとり。なし、ぶき」
「いいだろう、今すぐに馬と武器を出せ。人は明日だ」
「わかった。うま、ぶき、いま。ひと、あした。わかった」
モングの使者のうち二人は自分たちの馬に乗せられ、淡々とした顔を崩さずに帰って行った。残り一人は人質だ。まあ、自分等の親玉を殺す連中だから、人質など意味は無いが。
モングとの交渉はそれで終わった。
ファルダードは、人と話した気がしなかった。
それから半時間ほどが経ち、砦からモングの馬が続々と吐き出されてきた。
アルサーンの帝軍は、それらの回収に忙しく走りまわっている。マフボドは疲れ切って、中隊の敷いた陣の中で鼾をかいている。
一方、ファルダードとキルマウスは、セルジュ隊の中で飯を食っていた。
「ふむ、不味い。駄目だな。雄の老いぼれ羊か?お?このパンはなかなかだ。良い小麦だ。ファルダード殿。あなたも喰ってみるとよい。駱駝汁はどうだ?お?!美味い!」
「え、ええ……」
焚き火を囲んで肉とパンを焼き、鍋をかけて香草と駱駝の瘤のスープも作っている。戦場とは思えぬ立派な飯である。付き人らしき人物が、黙々と料理と給仕をしている。
「なかなか変わった戦術をとられたな。阻塞だったか。誰が考えた?イセの発案ではあるまい?ファルダード殿ご自身か?」
不味いと貶した羊肉を食いちぎりながら、キルマウスはファルダードに問いかけた。
「わ我が中隊のある士官が、ぶ部下の兵士と相談して考案しました。じじ実戦で使ったのは今回が初めてです」
「なかなか良い案だな、あれは。戦域の限定化には有効と言っても良かろう。欠点も色々あるが。……で?どうするおつもりだ?これからは?お?!新しい羊が焼けたぞ?コイツはどうだ」
新しい羊の骨付き肉にむしゃぶりつきながらも、キルマウスの眼はしっかりとファルダードを観察している。この闊達で破天荒な人物の本質は、この冷えた眼にあるとファルダードは感じた。怖い眼だ。
「きキルマウス殿、つまるところ、もモングが攻めてくる理由は一つだけです。わわ我々よりも、か彼らの方が強いから、です。……こ今度の羊は美味いですね」
「ふむ、続きをお願いする。おい、もっと肉を焼け。バターをたっぷり塗れよ!」「ご存知のように、ももモングは魔境を挟んで北にある、ゆ遊牧部族を、ほぼ完全に支配下においています。せ先代の大族長から、今代の、だ大族長にかけて、支配力を増大させてきました。
一方、わわ我々は……ま魔境の壁に頼って、今まで何もしていない。ほ北東部は中小の一門と、ぶ部族が細かく乱立して、まとまりがない。ち中央は助けに来ないどころか、ま、まとまりを崩して来た。ほほ他の東の諸侯も関心が薄かった。西の者は言わずもがな。……つつまり、弱い。
い今はこうして帝軍が来て、せセルジュ一門も支援に来て頂いています。だだが、この先は?いつまで、ち駐屯できる?……きキルマウス殿?」
「三年。あるいは四年。準備。偵察。逆侵攻。したたかに叩いて退く」
キルマウスは斬り付けるように応えた。
「ででは、さ三年のうちに、形にしなければならないのです」
「ホライヤーンがやるのか?力はあるか?出来ないとは言わぬ。だが現実として、可能か?」
「わ我が一門は、し白山羊族の姫を娶り、く黒馬族に多大な影響力を持っています。じ邪魔が無く支援があれば、か可能です。――それに、わ我が兵は、つ強い。きキルマウス殿もご覧になったでしょう?」
「確かに強い。頭抜けていると言っても良かろう。で、なぜホライヤーンが博打を打つのだ?個人的な野心か?一門の願望か?」「少なくとも、わ私は私の責任を、は果たさなければならないのです。ここで張らねば、す全て潰えます」
どうせ、どこかの一門が覇権を握って、帝都から官位を戴き、このアルバール北東部を治める必要があるのだ。
帝都の役人がやれるのであれば、それでも良い。だが、この地に根差した兵がいなければ、権力を担保し続ける事は出来ない。内外の不安定要因を抑止するには、常在する明確な力が必要なのだ。
誰かがやらねば無らないなら……
「金は?」
キルマウスの質問は続く。
「く黒馬族が安定化すれば、り陸路が回復します。かか海路と陸路でへラーンとジャルダードを繋げられます。そ、それまでをしのぐ金は、ままず十分。「ホライヤーンは北東部に留まれるのか?」
「きき北に不倶戴天の敵がいるうちは」
「ふははははは!良い答えだ!ファルダード殿。だが、そういうのは俺の仕事だ。あるいは陛下の、な。……自分の腕の長さを弁えぬ者は長生きせんぞ?」
「これからは、わわ私の仕事にもなります」
ファルダードはキルマウスの冷えた眼をはっきりと見据えて言った。もう、退く事は出来ない。ファルダード・ホライヤーンの全てを賭けて、やり遂げねばならない。
キルマウスはしばらくファルダードと睨みあった末、ふっと力を抜いて口だけで薄く笑った。
「よかろう。よくわかった、ファルダード殿。金を貸す。俺の名も、な。逐一手紙を寄越してくれ。さあ、肉が焼けすぎる。喰おう。そのタレを付けるのだ。おい、そこのお前!アルサーン殿を呼んでこい。珈琲を飲みたい」
「か彼は忙しそうですが……よ良いのですかな?」
「彼の部下は優秀だ。任せていれば良い。アルサーン殿は自分でやりすぎる。ファルダード殿も仲良くなっておくといい。フシャング将軍の懐刀だぞ、彼は」
「わわかりました。ところで、きキルマウス殿、いイセ軍曹殿、アール軍曹殿はお元気ですか?」
「あのバカ共か。なにやら金持ちになっている。バーナーはパワーとか抜かしてな。頭がおかしいのだ。夫婦そろってのバカだ。変な奴らだ」
「はははは」 キルマウス・セルジャーンから変な奴と言われるなら、ある意味で最高の褒め言葉かもしれぬ。実に軍曹殿達らしいと、ファルダードは思った。久しぶりに会って、自分と中隊を見て頂きたいと、そう思った。
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次の日、ファルダードは低い城壁の上から周囲を監督していた。
モングは砦から順番に出て来て、縄で数珠つなぎにされている。こういう事に付きものの多少のゴタゴタはあったものの、槍と弓がその問題を迅速に解決した。
この後、モングらは奴隷として売られる。モングの馬も市に出して売られる。その収益は帝軍、ヴィシー軍、中隊で分けられる。中隊の賞与や、負傷および戦死補償はそこから出るのだ。
「ファルダード殿、戻ってきましたね」
「まマフボド殿」
マフボドが静かにファルダードに歩み寄り、声をかけてきた。着替えていないから、彼の服や鎧は昨日の戦闘の汚れをそのまま引きずっている。顔も擦過傷だらけ。ファルダードよりもずっと汚れた格好だ。
「びヴィシー軍は立派に戦いました。まマフボド殿も。わわ私は、い一緒に戦えた事を誇りに思います」
「そう言って頂けるとありがたいです……もう、二度と軍人の真似事はしませんが」
「そ、その方が、よろしいかと」
彼に軍人は出来ない。彼の心は、戦いに備えるようには出来ていないのだ。軍人でもないのに、不幸にも砦の司令官になってしまった。現場を甘く見ていたのだろう。中隊を初めて預かった時の、ファルダードと似たようなものだ。もはや、遠い昔の事に思える。
「ファルダード殿、私に出来る事はありますか?ヴィシーの為に戦って頂いた借りを返さねばならぬ」
「まマフボド殿、びヴィシーの為だけではないのです。ももちろん、じジャハーンギールの為だけでも」
ファルダードは気がついた。自分は、この丸っこい羊のような商人が嫌いでは無いようだ。まんざらでも、ない。
毒にも薬にもならぬ、臆病ながらも限界まで頑張ったこの男。なんのことはない、一皮むけば皆同じだ。訓練を受けていないだけで、この男も元の中隊の兵士達と大して変わらぬ。
「これから、い、いい色々と協力してもらう事があると思う。そ、その時はよろしく、戦友マフボド」
「……ああ、槍を振る以外ならね。ファルダード」
2人は城壁に並んで砦を見た。
眼下では、帝国東西の兵士たちが、力を合わせて各所の機能を回復させている。