17~18日目
17日目
「ここが俺たちの家か…」
朝からキルマウスの家人に案内されて来た家を見て、伊勢は絶句した。
眼前にあるのは『家だったもの』、である。一言で言うと、ぼろい。
いや、多少ぼろい程度であるなら良いだろう。しかし屋根が無いとはどういう事か。これは『家』の定義に入るのだろうか。これでは廃墟ではないか。
「なにかの間違いですか?」
「いえ、ここで間違いありません」
「そうですか」
「はい」
望みは断たれた。
「大丈夫ですヨ相棒。いざとなればテントでOKです」
アールさんは今日もプラス思考である。さすがだ。
まあ、良いところを見ていこう。
ざっと見た感じ、崩れた塀に囲まれた敷地は30坪くらいはありそうだ。十分に大きいと言って良いだろう。合格。
家賃は土地代だけで月に200ディル。まあ3~4万円程度の金である。べらぼうに安い。合格。
場所は主壁の外だが、主壁近くで門にも近い。主壁の内だと家賃が異常に高く一軒屋などナンセンスらしいので仕方ない。合格。
家屋は土色の石作り2階建て。まあ合格。
庭があり、すぐそばに水道が走っている。合格。
風呂、無し。まあ外の共同浴場に行けば良い。合格。
トイレ、無し。これも普通だ。この町ではおまるにしてから共同の捨て場に行く方式だ。合格。
さて、問題はドアが無く、窓は単なる穴で、屋根が無い事と二階の床が半分くらいしか無い事。失格。
ふむ…と伊勢は考える。なんとかなる気がしてきた。
「アール君。我々はモノづくりの国の民だ!頑張ろうではないか!」
「がんばりましょう!相棒!」
そう言って、ヤケクソ気味に情熱を燃やす事にしたのである。
さて、伊勢とアールが今持っている金は4500ディル弱である。金が無い故、自分たちで何とかしなければならない。
まずは物騒であるから壁を直すことにした。
とりあへずアミルの店に行って自操車と御者を借りる。タダである。コネが大事なのだ。
石材店と木材店と大工も紹介してもらう。当然紹介料はタダである。コネが大事なのだ。
ファリドとビジャンのウチに行って、二人を叩き起こし、助っ人とする。タダである。コネが大事なのだ。
崩れている壁の面積から必要な石材を計算して、石材店に行った。最下級の石材で800ディルであった。
これらの石材は職人が魔法で作っているので安いのである。
家に持ち帰って、ファリドとビジャンに積ませた。彼らの作業費用はタダである。コネが大事なのだ。
次に門と扉と窓、そして屋根である。大工を雇った。
大工の工賃は一日に100ディルとの事だったが、変形チートでアールの体から鉄の釘を40本つくって工賃の代わりとした。タダである。
必要な木材を計算して、材木屋に行った。3300ディルであった。
一月分の土地代を払った。200ディルであった。
金が無くなった。
全員で一丸となって全力で作業した。
おそろしい事に、一日で家は何とか形になった。素晴らしきかな人力。
余った木材でベッドも二つ作った。
しかし金が無くなった。正確に言えば所持金は43ディルである。
とりあえず、完成した家に入り、みんなで飯を食う事にした。
インスタントラーメン、ワカメと瓜の味噌汁、サバ缶、おにぎり、細切り昆布と豆の煮物、である。
日本からもってきたいつもの標準メニューに、戯れに昨日買った瓜と大豆を加えただけの料理だ。さみしいものであるが、徹底して肉体労働した後の体にはとてもうまく感じる。最高の調味料は空腹なのだ。
「いやあ、ファリド、ビジャン、助かったよ。有難う」
「兄貴と姉御の家っすから全然いいっすよ。でも大丈夫なんすか?金を全部使っちまって」
ぐむ…嫌な事を聞く、と伊勢は少したじたじとなった。だが…
「大丈夫ですよ。ボクがついてますからネ」
そうなのだ。アールが居るのである。信頼を置いてくれるのだ。だから、もう二度と弱気になって間違えない、と伊勢は誓うのだ。
「そう、大丈夫だ。何とかするさ」
「ふふ、ケセラセラですヨ?」
そう言って笑うのだ。
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18日目
日本から持ってきた物品を売っていけば、金にはなるかもしれない。
しかし、伊勢は出来るだけそれは避けようと思っていた。
アールの事があるからだ。
金の卵を産む鶏は檻に閉じ込められかねない。初めから不必要に目立ち過ぎるのは良くないのだ。
伊勢とアールは戦闘士なのだから、戦闘士としてまずは経験を積み、金を稼ぐべきだ、そう伊勢は考えた。
さて、武器を何とかしよう。
と言う事で、親父の鍛冶屋に赴く事になったのである。
親父の鍛冶屋に店名は無い。誰に聞いても『親父の鍛冶屋』としか言わないし、親父の名前は『鍛冶屋の親父』である。
それで通じるのだからそれでいいのだ。名前などその程度のものである。
10時ごろ家を出て、親父の鍛冶屋に向かう。歩いて40分ほどの道のりである。
日はもう高く、日光は強い。伊勢はこの世界に来て、もう随分日焼けしてしまった。いまでは現地人よりも浅黒い場合も多い。もともとアルバール人は白色人種の為、伊勢の方が日焼けしやすいのかもしれない。
アールは夜のうちに、親父の鍛冶屋からもらってきた鉄鉱石を原料に、変形チートで自分の武器を作っていた。
槍と弓である。
槍の柄は3m程度の鉄製。中空になっているがそれでも肉厚は分厚く、20キロ以上の重さがある。3分割出来るように雄ネジと雌ネジが切ってある優れモノだ。穂先はひたすらデカく頑丈で重い。ついでに伊勢の槍の穂先もおまけで作ってあるが、比べてみると悲しくなるほどに頼りない。
弓はこれまた120センチ程度の鉄製で弦はワイヤーだ。張力がいくらあるかは知らないが、伊勢の力では10センチも引く事が出来なかった。
「こんちわー親父さん。出来てるかい?」
伊勢は鍛冶屋のドアを開けると15歳ほどの若い娘がカウンターに座っていた。
「こんにちはお客さま。えぇと、お名前を教えてもらっても?」
娘が笑いかけながら答えてくる。この国では基本的に客に愛想を振りまく事を完全に放棄している店がほとんどなので、ある意味で日本的な接客であろう。地味にうれしい。
「ああ、すいません。伊勢修一郎です。きのう親父さんに剣の柄を頼んだものです」
「あとボクの持ってきた武器の焼き入れをお願いしたいです」
アールも一緒に用件を伝える。
「ああ、あなたがアールさんですね!!父から聞いています。今呼んできますね!良かったら私の作ったアクセサリーを見ててください!!良かったらどうぞ!!」
娘はアールにニコニコと笑いかけて、カウンターの横から少し恥ずかしそうにアクセサリーを出してくる。ガラスと銀細工を組み合わせたようなものが多い。アールにもう一度笑いかけると、急いで飛ぶように奥に消えていく。元気の良い事である。
しばらくすると親父が出てきた。
「おう、出来てるぞ」
「娘さん可愛いじゃないか。あんたに似てなくて良かったな。親父さん」
「うるせぇ。ラヤーナは嫁にやらねぇ。見るんじゃねぇ」
ここにも親バカがいるようである。
「そんなことよりこれだ。試してみろ」
伊勢は握って、振ってみた。ざらついたエイの革が手に喰らい付くようで、非常に具合が良い。完璧である。
「どうだ?」
「いいな親父さん。文句のつけようがないよ」
「俺の仕事なんだから当たり前だ。そんなことよりその剣の作り方を知っていたら教えろ」
伊勢は素人であるが、日本人の常識程度には日本刀の作り方くらいは知っているので、考えながらわかる範囲で教える事にした。まあ間違ってるかもしれないがそこまで責任は持てないのである。
「あー、材質は玉鋼って奴だ。砂鉄と木炭を重ね合わせて空気を送りながら溶けない程度の温度で加熱して玉鋼をつくる。で、出来た玉鋼の良い部分を割って、同じく玉鋼から作ったヘラの上に積み重ねて、紙を巻いてまとめて加熱して塊にする。それを打ち延ばしてはまとめ、打ち延ばしてはまとめ、って何回か十何回か知らんが折り返して繰り返し鍛錬して、組成を平均化しながら不純物を抜いていく。その後に中心に柔らかい鋼、刃の部分に硬い鋼、棟の側にもなんか他の鋼を置いて打ち延ばして鍛錬して一つに固めて成型する。その後に刃の上に薄く水で溶いた粘土を塗って、乾かした後に加熱して水に入れて焼き入れだ。まあ最低でも芯と皮の2種類の鋼を組み合わせる剣だな。硬い外側と粘りある内側で互いに支え合うから折れにくく曲がりにくいって言われてるな。どこまで本当かは知らんが。」
「…詳しいじゃねぇかお前…お前の名前は覚えておくぞイセ・シューイチロー。何かあったらすぐに言え。とりあへず店の物を何でも持って行っていけ」
ツンデレなのだろうか。そうなのであろう。
伊勢は遠慮なく弓を貰う事にした。木材と何かの動物の角を膠で貼り合わせて成型した複合弓である。地球で言う所のトルコ弓と言うようなものであった。並んでいる中で二番目に強い弓と矢を20本ほどと、箙(矢筒)も受け取る事にした。
「で、次はお嬢さんだな。ついてこい」
伊勢とアールは親父の後ろについて鍛冶場に入った。
「出せ」
「はい、これですヨ。試しを3つ用意してきたのでこれで焼き入れを試してから本番をやってくださいね。油焼き入れでお願いしますヨ」
テストピースを準備してくるとはアールもなかなかに用意周到である。
「…用意が良いじゃねぇか。深くはきかねぇが、一晩でこれを仕上げてくる事といい…お前も鉄の変形魔法が使えるのか?って随分重てぇ穂先だな!…ドグラ!おいドグラ!!お前がやれ!」
「はい、親方」
奥からドワーフが出てきた。たぶんドワーフであろう。
人の1.5倍はあろうかと言う横幅と厚み。腕は丸太のように太く、肩は丸く盛り上がり、腹は樽のようだ。身長は150センチくらいだろうか、低い。ドワーフとしか思えぬ。
あまりのファンタジーに伊勢はもう突っ込む気力を喪失したのであった。
「ウチで一番腕のいい鍛冶師だ。コイツならまず間違いねぇ」
そう、親父が言うのなら間違いは無いのであろう。
条件を変えながら焼き入れをし、出来あがったテストピースにアールが金づちを振りおろして試した。
「よし、じゃあ二番目の塩梅でやれ」
「はい、親方」
焼き入れが終わった後の穂先は真黒な鉄塊である。槍の穂先と言うよりも、楔形の塊に柄が付いているようなものであった。
親父自ら刃の部分にやすりをかけ、砥石で砥ぎ上げた。
そうして、武器は出来あがった。
次は金を稼がねばならぬ。
さて、明日は狩りである。