二年と351日目
二年と351日目
伊勢とアールは久々に魔境で狩りをした。
戦闘士を名乗るなら、たまにはこうして実績を上げておく必要がある。二級戦闘士で有名な二人の事、何もしなくても除名される事は無いが、それでも周囲の目は気にする必要があるのだ。
棘猪は取れなかったものの、魔狼2頭、裸赤狒々1頭、裸緑猿11匹を仕留めた。1日の狩りとしたらかなり上出来である。もちろん銃を使っている。
二人はそのまま家には帰らずに、街道の休憩所で一泊する事にした。
久しぶりに夜の砂漠が見たかったのだ。
家の皆には言ってあるので、心配をかける事は無い。
伊勢は休憩所の城壁から出て、街道横に転がっていた背丈ほどもある大きな岩によじ登った。足を投げ出して岩の端に座る。
アールは伊勢の足もとで、岩に背中を預けて立っている。
月は満月。
風は無い。
音もない。
延々と礫が連なる平野があるだけだ。
伊勢は小石を手にとって投げた。
「相棒、あっという間ですね」
「そうだなぁ…俺なんかもう35だぜ?」
「四捨五入したら初老ですヨ」
「はははははは!確かに!」
驚きだ。もうすぐ初老とは!
「でも、この体のせいで、あんまり歳とったようには感じないんだよな」
「はい、相棒。でも、ちょっと変わりましたヨ」
「そうか?」
「はい、相棒は前よりほんの少しだけ、怖がりじゃなくなりました。色んな事を引き受けるようになりました」
「うん」
「立派になりましたねぇ、相棒。ちょっとだけ、かっこいいですヨ」
「そうだろう?もう少し褒めてくれてもいいのだよ明智君」
「ふふふ、今日はこの辺にしときます」
「うーん、残念。ははは」
「ふふふ」
変わるつもりもなく、変わっていくのだ。生きているのだから。
「アールは、結構変わったな」
「ボクのスタートは記憶と意志だけでしたからね」
「うん」
「知ると、自動的に人は変わるんだと思います」
「うん、変われる範囲でな。良くも悪くもな。あのマルヤムだって変わったからなぁ」
「オミードにべったりですもんね。べろべろばぁって」
「べろべろばぁ」「べろべろばぁ」
「あははははは」「ふふふふふ」
「あれ、オミード絶対怖がるよな?」
「泣きましたからね…ふふ」
「俺はマルヤムが変わる時は死ぬ時だけだと思ってたよ」
「アレですヨ、アレ。…生命とは動的平衡にある流れですヨ」
「お前はどっかの分子生物学者か!」
「ふふ、間違えました?」
「そんなに間違っちゃいないんじゃないか?」
「ボクも岩に登ります」
「これは俺の岩だ!」
「相棒のものはボクのもの!」
「それも間違っちゃいないな」
アールは変形チートで足を延ばして岩に登った。伊勢の斜め左の角に腰を下ろす。
伊勢の向いている方向は南西、アールの向いている方向は南南東。
「うーん、チートクライミングずるい」
「結構難しいんですヨ?伸ばすのにちょっと集中がいりますから」
「俺にはわからん」
「ふふ、ですよね」
「うん」
ちょっとだけ間が空いた。伊勢はタバコに火を付けた。アールは月光に浮かぶ地平線を見ている。
「凄いですよね。どんどん大きくなって。ほんとに凄いです」
「飲んで寝て出して、大きくなるね」
「赤ちゃんは凄いです。あんなに小さかったのに」
「ああ、生まれた時は、ほとんど未熟児だったのにな」
「本当に軽くて、落とすのが怖かったです」
「だから俺はあんまり抱かないんだ」
「ふふ、知ってます」
「ご存知でしたか」
「ええ、もちろんですヨ。あっ」
キツネみたいな動物が駆けて行った。こんな砂漠にも、動物がいるのだ。
「レイラーがいなかったらフィラー、まずかったんだろう?」
「そうかもしれません。出血が止まらなかったので」
「そうか。レイラーには世話になりっぱなしだな」
「たぶん、レイラーさんもそう思ってますヨ」
「だから良いんじゃないか」
「確かにそうですね」
「あいつはどうすんだろうね。もう28だろ?」
「え?知らないんですか?」
「え?」
「ふふふ、じゃあ秘密にしておきますヨ」
「秘密ならしょうが無いな」
「はい」
「ちょっとだけ教えてくれよ」
「ダメです。後のお楽しみです」
アールは笑いながら踵で軽く岩を蹴った。小さく破片が飛んだ。
「次はセシリーとファリドかなぁ。ラヤーナとファルサングかアフシャーネフとダールかもな」
「どうでしょう。セシリーさんも次で借金完済ですね」
「うん、それは間違いない。セシリーは自己評価以上の能力があるんだよ」
「やっぱりタイラス・アポロニウスは受けましたね」
「タイタス・アンドロニカスだからな。悪役はモングなんだし」
「敵役をモングにしたのは地味に効くかもですヨ?」
二人はフフンと笑い合った。
「オミードは普通の人間とかエルフより強いかもしれませんね」
「ああ、俺も思った。交雑強勢だっけ?でもなぁ…」
「そうですね。良し悪しです」
「うん、子供がな。まあ、それも含めてどうなるかわからないけど」
「まだ、本人が赤ちゃんですけどね」
「ははは、だな」
「ふふふ…ケセラセラ、ですヨ」
「ケセラセラ、だな」
精々やるだけやって、ケセラセラ、である。
みんな、それしか出来ない。
神様以外は、それしか出来ない。
だから一生懸命に、本気で、全力で、精々やるだけやる。
「ロスタムの神様はどうなったんだろうな」
「ロスタム君は、…ずっと探す気がします」
「絶対にわかんないだろうな。そういうもんだ」
「わからない方が良いのかもしれません」
「そうだな。ロスタムはずっとあれで良いと思う。自操車の運転以外はな!」
「ふふふ。ロスタム君は…ロスタム君の神様に助けられてる気がします」
「ああ、確かにそうだなぁ」
「羨ましいですか?」
「いや、そうでもない」
「ボクもです」
伊勢とアールに神様は必要ない。
「相棒、実は携帯に陽子さんからのメール、来てるんでしょう?」
「うん。やっぱバレてたか」
「どうするんです?」
「わかってるだろ?」
「言ってください」
伊勢はアールを見た。アールも伊勢の顔をまっすぐに見ていた。
「アール、俺は―――――にしたよ」
アールは笑って言った。
「相棒、ボクにはわかってましたヨ」
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fin.